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アメリカとの差は戦術的ディテール。プレーできる選手とできない選手がはっきり見えた女子W杯決勝

小澤一郎サッカージャーナリスト

開始16分で4失点を喫した序盤から2点を返したとはいえ、なでしこジャパンは女子W杯決勝でアメリカに2-5で敗れた。スペインでサッカー監督として活躍する坪井健太郎氏は決勝から見えた課題を「ハイレベルなゲーム環境でのパフォーマンス」、アメリカとの差を「戦術的ディテール」と結論付けた。

女子W杯における【坪井分析】最終回をお届けする。

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――女子W杯決勝は、開始16分で4失点という誰も予想しなかった展開でなでしこジャパンは2-5でアメリカに敗れました。あくまで戦術的に試合を振り返りたいと思いますが、まずはアメリカのチームとしての特徴やプレーモデルを説明下さい。

前提としてアメリカはテクニック、戦術、フィジカルを含めて選手一人一人のクオリティが日本よりもワンランク上のチームでした。決勝のシステムは1-4-4-1-1で、チームの中心はトップ下の10番ロイドです。彼女はFWとトップ下を兼ねて自由にプレーします。ロイド以外にも前線のボールの収まりどころとして左サイドハーフの15番ラピノーの役割が大きく、この二人がビルドアップのプレーモデルにおいて欠かせない存在でした。

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攻撃のプレーモデルを見ても、中盤でポゼッションができますし、縦に速い攻撃もしっかりとできます。ポジションチェンジも効果的に使えるし、システムのバランスを崩すことなく流動性を確保できる高い戦術レベルを持っているチームです。何か男子サッカーの強豪チームを見ているような力強さ、テクニック、戦術がありましたし、全てにおいて完成度の高いチームでした。

立ち上がりにアメリカの得点が生まれたのは2列目からの飛び出しを利用した突破とそこから派生したセットプレーでした。その点を踏まえても、アメリカは日本の特徴をしっかりと分析してきちんとした守備から攻撃を仕掛けていこうという狙いが序盤の4-0となるまでの時間帯で形として出ていました。

――「日本の特徴をしっかりと分析していた」というのは具体的にどういう現象から読み取れましたか?

今大会の日本のセンターバックは前にアグレッシブに行くよりも、背後へのスペースを警戒してマッチアップするFWをリリースしてボールを持たせる対応をする傾向にありました。その守り方を踏まえてアメリカは、序盤から1トップのモーガンが前線で日本のDFラインの背後を取る動きを入れてDFラインを下げ、ライン間に入ったロイドとラピノーにビルドアップのボールを付けていました。

一方で守備においても、日本の攻撃のポイントはFW大儀見優季が中盤に下りてきてのポストプレーですから、そこに対してかなり厳しく行っていました。左センターバックの4番(サワブラン)は特に自分のゾーンを捨ててでも大儀見に対してアグレッシブな守備を行なっていました。

つまり、アメリカは攻守において狙いどころをしっかりと定めた上でボールを奪った後は縦に早い攻撃を仕掛けてカウンターのプレーモデルを選択してきました。14分の3失点目は、阪口夢穂が中盤に下りた大儀見に付けようとしたビルドアップの縦パスをカットして素早く右サイドに展開し、そこからアーリークロスを入れたカウンターの形から生まれました。

ここでは日本が最終ラインでボールを回していたことから左SB鮫島彩が高いポジションを取っていて、前向きでボールを奪ったアメリカは素早くそのスペースを使いました。アメリカの右SH17番(ヒース)がボールを受けたことで当然、CB熊谷紗希はサイドのカバーリングのためにスライドします。

しかし、熊谷がスライドして空けた中央のスペースを宇津木瑠美、阪口夢穂のボランチが埋めることなく、17番はそのスペースにクロスを入れてきました。表面上はCB岩清水梓のクリアミスから12番(ホリデー)に決められた失点ですが、戦術的に見てCBがサイドにつり出されたスペースをボランチが埋めていないのは大きな問題であり、このレベルの相手になるとこうした戦術的ミスからゴールが生まれてしまいます。

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――確かに見た目には岩清水のクリアミスでしたが、日本のボランチ2人は後方にいたホリデーに追い抜かれてフリーでシュートを打たせてしまいました。

この試合のみならず、日本はCBがサイドにスライドした時にボランチがスペースを埋める戦術アクションが習慣化されていませんでした。立ち上がり5分で2失点した精神的ショックがあったとはいえ、14分のシーンのボランチのスプリントを見れば戦術が徹底されていないのは一目瞭然です。本来であれば、熊谷がサイドに流れた時点でボランチが全力でスプリントをかけている必要があります。

――振り返るまでもないですが、3分、5分にセットプレーから2失点したことで日本のゲームプランのみならずゲーム自体が壊れてしまいました。

そうですね。90分を見た時に、やはりセットプレーでの2失点はかなり大きかったです。サッカーに「たら、れば」はないですけど、その後の展開を見れば日本がずっと押されていたわけではないし、後半は特に日本が押しこむシーンやシュートチャンスも多い内容でした。結果として2-5の大敗になってしまいましたが、このスコアをもたらした決定的な要因はセットプレーの2失点です。

アメリカのセットプレーですが、1点目は特にロイドのシュートコースを作るために周りの選手が駆け引きの時点で日本の選手を上手くブロックしています。また、ペナルティアークにポジションを取る選手は通常、こぼれ球を拾う役割を担っていてクロスボールに合わせるための走り込みはしません。その選手が入ってくるパターンは相手を驚かせることができ、これは事前にプランニングされたアクションです。アメリカの選手たちは立ち上がりから確実に実行して成果をあげました。

――セットプレー以外でもアメリカは入念にプランニングされた日本対策を実行していたように思います。

特に試合の入り方は、アメリカが一枚も二枚も上手でしたね。パワーに加えてフィットネスレベルも高いアメリカは、フィジカル面でアドバンテージを持っていますから、キックオフから早いテンポでボールを前進させることでその優位性を出すことに成功しました。アメリカのサポーターで埋め尽くされたホーム同様のスタジアムの雰囲気も上手く利用したと思います。

日本はセットプレーで失点したわけですが、セットプレーに持って行くためには攻撃を仕掛けてボールを前進させなければいけません。そのために素早いカウンターというのがプランニングされ、チームとして立ち上がりはそれを徹底してきました。勢いと選手のクオリティを上手く噛み合わせたサッカーで日本は完全に飲まれてしまったというのが序盤の流れです。正直、前半でゲームは壊れてしまいましたが、それもサッカーの一部ではあります。

――セットプレーの守り方ですが、後方から走りこむロイドをあまりにもフリーにし過ぎた印象があるのですが、マーキングについて問題はなかったですか?

日本のマークが甘かったのは間違いないですが、バスケットでよく見られるスクリーンプレー、つまり味方をフリーにするためにマークしている敵の選手を予備動作でブロックしてしまうアメリカの駆け引きは巧妙でした。

こうした大会になると当然、スカウティングで相手のセットプレーのパターンを頭に入れていますが、逆に相手はそれまでの試合では見せていないようなパターンを新たに用意します。ですから、どんな試合でも最初のセットプレーというのはリアクションにならざるを得ないので、ここではアメリカの集中力と決定力を褒める以外ないと思います。2回目からはある程度、予測できる部分も出てくるのですが、次のFKでも高さを警戒する日本を逆手にとってニアに速いボールを入れてきたアメリカが一枚上手だったということです。

ちなみに、マークやアプローチの距離感ですが、女子W杯決勝という舞台、アメリカを相手にした日本の基準とアメリカの基準では明らかに差がありました。日本にとってはあのマーク、距離感で「マークしている」ことになっていたのでしょうが、セットプレーのみならずクオリティの高いアメリカの選手たちは試合を通して日本のマークや寄せにさほどストレスを抱えることなくプレーしていました。

準決勝までに日本が対戦した相手であれば、少しマークを緩めても冷やっとするところで終って何となくごまかしが効いていましたが、この舞台、このレベルの相手になると1回で決めてくるというのを痛感させられました。

――とはいえ、4失点して以降の日本は切れることなく持ち味を出してアメリカを押し込む時間帯をそれなりに作りました。

確かに日本はボール保持をしながら足元でつなぎ、プレスが来た時にはワンタッチではがすパスワークを見せるなど随所に良さを出しました。個人的には、「全ての要素でアメリカが上」、「絶対に勝てない相手」だったとは思いません。サッカーにおいてスコアが拮抗している時にバランスが崩れるのはカウンターとセットプレーです。それをものにしたアメリカが数字で見たら2-5で勝利したということで、日本を全否定する必要はありません。

――日本が警戒していたロイドにはハットトリックされましたが、流れの中でも上手くつかまえられず本当に嫌な選手でした。

彼女は真ん中でプレーできるクオリティを持っています。中央でボールを受けられるし、いなせるし、ライン間でも背後でもボールを引き出せる。本当につかまえにくい選手でした。

ただ、個人レベルはもちろんですが、アメリカはグループのオーガナイズも高いレベルにありました。特に、DFラインのオーガナイズはしっかりしていて、チャレンジ&カバーが徹底されていました。例えば、大儀見のポストプレーにセンターバックがついていく時には、もう一人のCBとサイドバックがしっかりとカバーに入っていました。その絞るスピード感、ボールの移動中のポジション修正は非常に速かったです。守備のオーガナイズに関しては、日本がこれまで対戦してきた国と比べると数ランク上でした。

――戦術的に見た時には早々に4失点を喫した日本の佐々木則夫監督は、素早く交代カードを切って、選手間のポジションやシステムを入れ替えながらリスクを取って攻撃的な戦術に打って出ました。佐々木監督の采配をどう評価されますか?

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リスクを冒して前に出ていかなければいけない状況だったとはいえ、佐々木監督の采配は勇気あるものでそれによって今までとは違ったなでしこジャパンの形が生まれました。例えば、4失点した後には岩清水に代えて澤穂希を投入してボランチの阪口をCBに下げました。

左サイドも宮間をボランチ、宇津木を左SB、鮫島を左SHに入れ替えました。終盤には右SB有吉佐織を前に上げて3バックにしましたし、左に流れる傾向にあったモーガン対策として熊谷と阪口のポジションも入れ替えました。個人的には急造のシステム、戦術ではあったかもしれませんが、新しいサッカーが見えた印象です。

また、監督心理からするとあのように大差がついてしまった場合はじっとしている余裕はなく、リスクを冒して動いていく必要があります。そういった意味で「何とかして勝利に近付けるぞ」という気迫がピッチの外から伝わる采配だったのではないでしょうか。

何より、戦術変更後もチームはしっかり機能していました。それがなぜかと考えた時に、やはり日本も個人レベルで見た時にはテクニックのレベルが高く、順応性がある。そうしたベースがあるからこそ、試合中に普段あまりやっていない戦術変更を加えてもチームが機能するのです。

戦術変更をした途端に機能しないチームというのは、選手それぞれのポジショニングが明確にならず、パスコースが作れなくなりボールを保持できなかったり、サポートができなくなる傾向がありますが、この試合のなでしこはそのようなことはなくしっかりとチームが機能していた印象です。

それというのは日本サッカーの強みだと思います。これだけ機能させることのできるチームはなかなかないです。ポリバレントな選手がたくさんいるチームというのは、こういうことができると思いました。川澄奈穂美や大野忍に代わり、菅澤優衣香、岩渕真奈といった若手が入ってきて新たなサッカーを見せたというのは今後につながると思います。

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ただ、このピッチ上で決勝のリズムやインテンシティについていけない選手がいたことも事実です。ある意味で、決勝はこのレベル、この舞台でプレーできる選手とできない選手がはっきりと見えたゲームでした。例えば、宮間はできる選手の代表格ですし、澤もやはりできます。準決勝までとは違ってはっきりと選手としてのプレーレベルの測定が出てきた試合だったとは思います。

今後、次のリオ五輪なのか次の女子W杯なのかはわからないですが、それまでに特に若手選手はどこのリーグ、どこのカテゴリーでプレーするかが大事になってくると思いますし、こうした舞台でアメリカ相手に勝ちたいのであれば全員がプレーできるレベルになっていなければいけません。

――最後に改めてこの女子W杯決勝、アメリカに2-5で敗れた試合から見えたなでしこジャパンの課題は?

やはりハイレベルなゲーム環境でのパフォーマンスです。詳しく言うと、戦術的なところで差が出ていたと思います。例えば、守備のプレッシングで穴がない守備、ポジションをずっと取り続けていたアメリカと、14分の3失点目のボランチのスペースカバーがいい例で、ちょっとしたところで綻びが出てしまう日本。アメリカのような相手になると1回か2回の綻びであっても、そこからはがされてシュートまで持って行かれてしまいますし、それを確実に決めてきます。

そういう戦術的ディテールを突き詰めていかないと、その前にそれが課題と認識しないと、こういう舞台までは行くことができても、この舞台で結果を出すことはできないと思います。そのディテールを知り、習得する場というのは、活動期間が限られる代表チームではなく日々の環境、所属クラブであり自分がプレーするリーグです。

現在のなでしこジャパンは、どれだけの選手が欧州やアメリカといった世界女子サッカーのトップリーグでプレーしているのでしょうか。宮間や澤のような国際経験豊富なベテランは別として、現状では大儀見、宇津木、熊谷といった選手に限定されます。各ラインに一人はいますが、この舞台で勝てるチームはアメリカを見ればわかるように、ピッチ11人がそのレベルにあります。

何も国内のなでしこリーグが低いと言っているわけではなく、この決勝で突きつけられた現実を冷静に受け止め、日本女子サッカー界全体で基準を上げることが必要だということを言いたいのです。

少なくとも選手レベルで見た時に、テクニックがあって順応性の高い日本人選手は日常の基準が上がればこの舞台で遜色なくプレーできる選手に成長すると思いますので、課題は日本女子サッカーに関わる一人一人が基準を上げるために自分ができることを実行に移すことだと思います。

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<了>

【プロフィール】坪井健太郎(つぼい・けんたろう)

1982年、静岡県生まれ。静岡学園卒業後、指導者の道へ進む。安芸FCや清水エスパルスの普及部で指導 経験を積み、2008年にスペインへ渡る。バルセロナのCEエウロパやUEコルネジャで育成年代のカテゴリーでコーチを務め、2012年には『PreSoccerTeam』を創設。現在マネージャーとしてグローバルなサッカー指導者 の育成を目的にバルセロナへのサッカー指導者留学プログラムを展開中。昨年『サッカーの新しい教科書』(カンゼン)を上梓し、その的確な戦術分析能力と戦術指導に注目が集まっている。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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