Yahoo!ニュース

偶然のゴールもスランプもなし。大儀見が追い続けた必然への挑戦と”必然”だった女子W杯準優勝

小澤一郎サッカージャーナリスト
女子W杯決勝27分に一矢報いるゴールを決めたFW大儀見優季(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

偶然のゴールをなくす。

足でボールを扱う不確実性の高いサッカーというスポーツにおいて、特にゴールは運・不運で語られることも多いが、今の大儀見優季に偶然のゴールはない。「偶然出たプレーというのは、現象として“できた”以上、必ず必然にできると思っています」と語る彼女は、国内でプレーしていた頃からゴールの必然性を高めるための挑戦を続けてきた。

サッカーノートも同じ時間の同じ食事も全ては「必然性を高める」ため

毎日こまめにサッカーノートをつけ、感覚的に出たプレーや意図せず上手く行った現象を全て言語化し、一つ一つ体系化していった作業は大儀見メソッドの根幹だ。サッカーノートはかなりの冊数に及んでいるが、今はもうサッカーノートをつけていない。書き残す必要がないからだ。

大儀見は試合が終わった時点で全てのプレーアクションを頭の中で振り返ることができる。それが何年前の試合であっても脳の記憶メモリーから抽出したいプレーを映像と文字で引き出すことが可能だ。自らの試合映像を見直すこともほとんどない。「記憶力がいい」と表現したくなるところだが、彼女からすれば必然性を高めるプロセスにおいて記憶する術を習得しただけのこと。難しいこと、特別な努力は何もない。

欧州に渡って以降、一週間のルーティンが定まるシーズン中は基本的に毎日同じ時間に同じものを食べている。

起床から就寝までできる限り同じ時間に同じ行動をする生活のパターン化も、大儀見にとってはゴールの必然性を高めるための大切なルーティンワークだ。「毎日同じ時間に同じものを食べることで変化に気づきやすい体を作ることができます」と話す通り、前日比で体重が百グラム単位変化していたとしても大儀見はその理由を突き止められる。

ある意味でストイックに映る彼女のサッカー選手としての生き様は、大儀見本人にとっては「自分を知るため」、「ゴールの必然性を高めるため」の当たり前の営みだ。日常からいい時と悪い時の幅を狭める取り組みを続けている大儀見にとっては「スランプ」という言葉も存在しない。なぜなら、スランプという言葉は、感覚や偶然性に頼って生活している選手に起こる状態であり、例えば今大会の大儀見は自分のイメージを超えた筋繊維の反応スピードまで意図してコントロールできていた。

チームとしてこの3年、4年変わっていないことが証明された今大会

女子W杯が開幕する2ヶ月前、大儀見は連覇を狙うための鍵についてこんな話しをしてくれた。

「ドイツ、アメリカ、フランス、ブラジルのような強豪と対戦する時には何か一つ武器が欲しいですね。前回大会もロンドン五輪もそういう相手になると引いて守って、耐えて、PKか運任せで勝つしかない戦いだったので」

こう話していた大儀見にとって、決勝でのアメリカとの実力差、女子W杯準優勝という結果はある意味で必然だった。アメリカに2-5で敗れた決勝戦の後、ミックスゾーンで大儀見はこう述べた。

「結局、最後にこういう形でアメリカに負けたことでチームとしてこの3年、4年変わっていないことが証明されたと思っています。そこは認めなければいけないこと。チームがもうワンランク上のレベルに行くためには、そこをしっかりと認めた上で先に進まなきゃいけない」

大儀見が「自分たちの良さを消された時に何も対応できないというか、それを上回るものがなかったというのを感じた大会でした」と総括した通り、決勝のみならず1ヶ月の女子W杯取材で準優勝に終ったなでしこジャパンから見えたのは決勝の舞台でアメリカのようなレベルの相手に勝つために明確なイメージと逆算のプランを持ってこの3年、4年を営んできた選手と「アメリカに勝てればいい」、「連覇できれば嬉しい」と漠然としたイメージの中で日常を過ごしてきた選手との基準の差だ。

チームの一員、ましてや中心選手としてこうした発言にリスクがあることは承知の上で、大儀見は決勝直後に敢えてなでしこジャパンに向けて厳しい言葉を発した。

「自分だけが質を求めても意味が無いということはこの大会を通して感じました。周りに対しても同じように求めていかなかったら、結局自分の求めていることが生きてこない。これからは自分自身の質を求めつつも、もっと周りにそこを求めていかなきゃいけない。自分が嫌われてもいいからそこはやっていかないといけないなと感じました」

”必然”で世界一を獲るための糧となる71分のシーン

アメリカとの決勝戦での27分のファインゴールについて「本当に1試合1試合積み重ねてきたものがようやく形になったという点では、成果を感じることができたゴール」と振り返ったが、おそらく大儀見は2-5とアメリカが3点リードで迎えた71分のシーンを“必然”で世界一を獲るための糧としてこれから先の4年間、胸に刻み続けろうだろう。

画像

このシーンは、鮫島彩からの横パスを受けた宮間あやが相手DFのギャップにダイアゴナルランで侵入した大儀見に対して右足のアーリークロスを入れたもので、結果的にはアメリカのGKホープ・ソロがパンチングでクリアした場面だ。

日本の決定機でもなければシュートチャンスでもなかったこのシーンを覚えている人はほとんどいないかもしれない。ただ、このシーンをスタジアムの記者席から目撃した瞬間、「大儀見はこの相手、このシチュエーションで得点を奪うために必然性を高めてきたのか……」という明確な答えをもらった気がした。

決勝前日、大儀見は「アメリカのセンターバックはそれほど予備動作に反応してこない。DFラインとして浮き球の処理やGKとの連係はそこまでだと思うし、特に右CBの19番(ジョンストン)の方を狙っていきたい」と話していた。

鮫島からの横パスを宮間が受けた瞬間、大儀見は周囲の誰よりも速く予備動作の動きをスタートさせている。今大会彼女が一貫して大切にしてきた「体の反応スピード」の速さが如実に現れたシーンだったが、大儀見の動き出しに対してアメリカの左CBサワブラン(4番)も素早く反応して彼女のダイアゴナルランに備えた。

準決勝までの6試合、どの国のディフェンスも大儀見の素早い予備動作に反応することができなかったが、決勝でのアメリカのサワブランは速いタイミングで大儀見の動き出しを認知し、体の向きを入れ替え、バックステップを踏んでアーリークロスに備えた。

宮間と大儀見がいつも2人組を組んだ本当の理由

画像

大会を通じて、宮間と大儀見の2人組の関係は精度を高めていった。練習でも試合前のアップでも2人は、基本的に、意図的に2組のメニューでは必ずコンビを組んだ。多くの2人組が同じ所属クラブ、ピッチ外での相性で組まれていたのに対し、宮間と大儀見の2人組の関係は明らかに「アメリカのような相手からゴールを奪うために極限まで二人の感度を高める」目的で組まれていた。

1次リーグで宮間のクロスのタイミングが「早過ぎる」と感じた人も多かったかもしれないし、実際に現象としては「攻め急ぎ」となるシーンも多かったが、宮間と大儀見の中ではアメリカとのこの決勝で通用するタイミングと精度への追求が大会中ずっと行われてきた。

実際、決勝の71分のシーンにおける宮間のアーリークロス、大儀見の予備動作は疑いの余地なく女子サッカー界の中で最高レベルのタイミングと精度だった。しかし、アメリカのCBのリアクションとポジショニング、それからGKホープ・ソロの冷静な飛び出し、中でもクロスに対するプレジャンプなどの無駄な動作が一切ないステップワークとパンチングの技術も同じく最高レベルのものだった。

佐々木則夫監督はアメリカとの決勝後の会見で「細かいセットプレーなど緻密なサッカーを展開された中で相対的な状況を見れば、今日われわれが勝ち得るパーセンテージは少なかったのかなと思います」と語った。

「嫌われてもいいから周りにも求めていく」

大儀見優季が準優勝に終った女子W杯カナダ大会の後に示したこの覚悟の裏には、「偶然ではなく”必然”で世界一になる」という強い意思とその目標から逆算した中での日常の営みがすでにぎっしりと詰まっている。

<”大儀見メソッド”の連載終了>

【連載1】「決定力不足」の言葉を打ち消す可能性を秘めた”大儀見メソッド”

【連載2】大儀見メソッドからなでしこメソッドへ、構築が進む得点の”型”作り

【連載3】「外れる」とわかっていてもシュートは打った方がいいのか? 

【連載4】「生きている以上、極め続ける」大儀見優季がゴールへのプロセスにこだわる理由

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

小澤一郎の最近の記事