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ゴシップにまみれたなでしこジャパンから得るべき教訓

小澤一郎サッカージャーナリスト
9日の北朝鮮戦後、スポーツ新聞の加熱報道に釘を刺した佐々木則夫監督(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

リオ五輪の出場権を逃したなでしこジャパンのアジア最終予選が終わった。第3戦を終えてオーストラリアと中国がアジアの出場権2枠を獲得し、第4戦、5戦の2試合が消化試合となったにもかかわらず、なでしこジャパンはチームとして戦い、チームとして勝利をおさめた。

9日の北朝鮮戦後の監督会見で佐々木則夫監督が「この何日間は非常に苦しい生活の中でチームを支えてきた」と明かした通り、出場権を逃して以降のなでしこジャパンには「異常」とも呼べる内容のゴシップ記事がスポーツ新聞発で降りかかっていた。

■負けた時にゴシップ記事を書くのがスポーツ新聞ではない

すでに報じられている通り、会見の最初の質問における回答で佐々木監督は次のように述べた。「負けた時にゴシップのような記事の内容を書くのがスポーツ新聞ではないと思います。もっと中味の濃い、そういったものをぜひ同じサッカーの仲間として、やはり皆さんの力を借りなければいけないことだと思っています。そういったところが少し文化として足りなかったんじゃないかなと僕は新聞を拝見して感じます」

「スポーツ新聞」の看板を背負い、当たり前のように記者パスを受取り、スタジアムでは寒さや風、雨とは無関係なスタンド上段のボックス席で試合を取材できる権利を得ている記者たちがピッチで繰り広げられているサッカーとは全く関係のない事象でチームをこき下ろす、個人を批判するゴシップ記事を書きたて、そういった記事を「特別取材班」などという隠れ蓑の下で世に送り出す手法に同業者の一人として怒りと悲しみ、そして猛烈な恥ずかしさを感じている。

負けた時、結果が出ない時にチームがメディアから叩かれることは世界のサッカー界では当たり前のこと。欧州や南米のサッカー大国では派手なバッシングや叩き方も目にするが、根底にはサッカーやチームへのリスペクトと愛があると断言できる。筆者がスペイン在住時代、バレンシアCFを率いていたウナイ・エメリ監督(現セビージャ監督)がメディアから過激なバッシングを受けていた時期にインタビューする機会に恵まれた。

そこでエメリ監督に「なぜメディアから叩かれている時でも誠実にメディア対応することができるのですか?」と質問したところ、「相手にリスペクトを求めるのであれば、まずはこちらがリスペクトすること。相手に誠実な仕事を求めるのであれば、まずはこちらが誠実な仕事をすること」とまっとうな答えをもらった。

2011年の女子ワールドカップ・ドイツ大会で優勝したなでしこジャパンは、それ以降の国際大会でも好結果を出し続け、社会的関心を集めた。それに応じて取材を行うメディアの数も一気に増えた。そうした中でも佐々木監督や選手たちは誠実にメディア対応を続けてきた。9日の北朝鮮戦のミックスゾーンでも記者の問いかけを無視して取材対応を怠るような選手は一人もいなかった。

だからこそ、スポーツ新聞の記者に発言の一部を本意ではない形で切り取られ、記者の思惑通りに加工され使われたことで特定の選手やなでしこジャパン自体がゴシップにまみれる結果となった事態をメディア側の人間として重く受け止めている。

■代表は自分で行く、行かないを言う場所ではない

また、ゴシップ記事と同じく敗退決定後からはベテラン選手の「代表引退」が話題にあがった。9日の最終戦後に「代表引退」を口にした選手は皆無で、そのワードを待っていた一部のメディアにとっては肩透かしに終ったメディア対応だったかもしれない。しかし、宮間あやが「代表は自分で行く、行かないを言う場所ではない」と述べた通り、日本代表とは現役選手の誰もが目指すべき頂点のチームであり、結果を出すための組織だ。

勝つために一体感は必要だが、仲良し集団である必要はない。結果を出すというベクトルのために各選手が自らのピッチ内外での役割を理解し、そのタスクを忠実に遂行していくことが求められる。初戦から思うような結果が出なかったことで、大会中は特に昨年末に現役を引退した澤穂希さんが抜けた穴の大きさを抽象的に表す「澤ロス」なる言葉も出てきたが、澤さんが昨年の女子W杯・カナダ大会で示した“背中”を大儀見優季は次のように理解する。

「カナダ大会では澤さんがサブの立場であることを理解し、完全に割り切ってチームをサポートする役に徹底しているのが目に見えて伝わってきました。若手選手への声かけだったり、チームへの気遣いだったり、すごく細やかにやっていたのが見て取れました」

リオ五輪を逃し、チームが崩壊してもおかしくない中で迎えた第4戦のベトナム戦で控えに回ったチームリーダーの宮間、大儀見ら中心選手がベンチでどういう振る舞いをしていたのか、得点を奪った時にどういうリアクションを見せていたのか、われわれは今一度思い返して記憶に残すべきだろう。

もしかすると今回、ゴシップ記事にまみれたことで一時的に日本代表(なでしこジャパン)への情熱を欠く選手が出てくるかもしれない。しかし、「サッカーを大切に扱う」ことを有言実行できる選手が揃うなでしこジャパンは年齢に関係なくこれからもその時点で最高の選手が集まる場であり、勝つための集団・組織であるだろう。今大会で得た教訓や課題は、なでしこジャパンのチームだけのものではない。むしろ、今回も誠実でプロフェッショナルな立ち振舞を続けた彼女たちから教えられた”われわれの教訓”が多かったのではないだろうか。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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