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「序盤のキーマンはコケとサウール」UCL決勝プレビュー

小澤一郎サッカージャーナリスト
UCL決勝前日(5月27日)の公式練習を行なうレアル・マドリーの選手たち(写真:ロイター/アフロ)

レアル・マドリーとアトレチコ・マドリーの“マドリードダービー”となったUEFAチャンピオンズリーグ(UCL)決勝のキックオフまでいよいよ24時間を切った。(キックオフは現地時間28日20:45、日本時間29日03:45)

この決勝を前に「堅守」が特徴のA・マドリーの守備のプレーモデルをバルセロナで活動するサッカー指導者の坪井健太郎氏に解説してもらった。

UCL決勝までに知っておきたい「A・マドリーの守備」

今回はUCL決勝の展望やキーマン、鍵となる戦術について坪井氏に語ってもらう。

――今季のレアル・マドリーはシーズン途中で監督交代があり、OBでもあるジネディーヌ・ジダン監督が指揮を執っています。ジダン監督になってからのR・マドリーの変化や現在のプレーモデルについて教えて下さい。

ラファエル・ベニテス前監督(現ニューカッスル監督)とジダン監督の違いは、ロッカールームの中にあると思います。それはどういうことかというとチームをしっかりとコントロールできていたかどうか、ということになります。「スター選手をきちんとコントロールできていなかった」とまでは言い切れませんが、ベニテス監督時代のR・マドリーは不協和音やチームが一つになっていない雰囲気が出ていました。

ジダン監督は選手として世界的スター選手でしたから、R・マドリーのようなスター選手揃いのチームを指揮するために必要不可欠な監督としてのカリスマ性を持っています。そのアドバンテージがあるので監督交代直後のチームには「空気が入れ替わった」感が出ていて、交代から1ヶ月間ほどの試合では選手はよく走り、切り替えも早い献身性がチームから見えました。

ただ、その後少し落ち込んだ時期があり「1部未経験」の新米監督として疑問符が付いても仕方ないような采配や結果もありましたが、4月に敵地カンプ・ノウで行われたエル・クラシコ(第31節バルセロナ戦)に逆転勝利(2-1)したこともあってシーズン終盤のチーム状態はまた盛り返しています。

ジダン監督の選手起用を見てみると、最初の時期は4-4-2のシステムを用いたり、ハメス・ロドリゲス、イスコといった選手を使っていましたが、シーズン終盤はアンカーにカゼミーロを入れる4-3-3のシステムを固定し、スタートのメンバーも固定化しています。それによって安定感も出てきました。

レアル・マドリーの予想スタメン
レアル・マドリーの予想スタメン

国内リーグの試合は特にボールを持つ時間が長くなるので、攻撃の局面に時間を割くことが多くなります。攻撃のパターンは2つあって、まず1つが4-3-3の陣形を崩さない形です。その時にはサイドバックはそれほど高い位置を取らず、中盤のモドリッチ、クロースが前線にも関わりながらゲームを作っていきます。

もう1つの形は、サイドバックを高い位置に押し込む攻撃で、その場合には前線3トップの両ウイング(ロナウド、ベイル)が中に入ります。その時のビルドアップの起点は、SBの空けたサイドのスペースに下りてくるモドリッチ、クロースとなります。いずれにせよ、2つの形はモドリッチ、クロースがゲームメイクをします。

とはいえ、チームの中心はロナウドで彼は左ウイングとして自由に動き、周りの選手がロナウドに合わせてポジションを変えているのがチームの連動に見える仕組みです。彼が中に入ってきた場合、ベンゼマがサイドに流れる動きや、マルセロがそのスペースに上がってきます。右ウイングのベイルにもロナウドに近い自由度が与えられていて、R・マドリーは両ウイングの動き次第で周りの選手がポジションを当て込み、攻撃のモビリティを発生させています。

――R・マドリーの守備のプレーモデルは?

ボールを失った時の「攻撃→守備への切り替え」、「組織的プレッシング(守備)」は速いです。ボールを保持したいチームですので、なるべく高い位置、早いタイミングでボールを奪いたい意識が守備の設定に反映されています。特徴的なのが、万が一前線でのプレッシングをはがされ、サイドを突破されるようなことがあってもCBのセルヒオ・ラモス、ペペが躊躇なく外(サイド)へ出て行きカバーリングを行なう点です。

逆に、R・マドリーの守備におけるウィークポイントはCBが外につり出された時の中央のスペースやギャップです。アンカーのカゼミーロがそこを埋める決まり事はありますが、素早いタイミングでクロスを入れられた時にカバーリングが間に合わないシーンが出ます。当然、A・マドリーとしてもR・マドリーの守備における狙いどころは知っていますので、この決勝でもカゼミーロの予測・カバーリングが早いのか、グリーズマンの飛び出しや彼をターゲットとしたクロスが早いのか、という攻防になるでしょう。

――決勝の展開予想は?

ボールを持つのはR・マドリーでしょうが、ゲームのリズムを決めるのはA・マドリーだと予想しています。というのも、A・マドリーが前線からはめていくプレッシングを仕掛けてくるのか、中盤でブロックを作って待つ守備を設定するのかによってゲームの展開が変わるからです。

おそらく、シメオネ監督は立ち上がりの数分間は前からはめていく守備をプランニングしてくると思います。それはメンタル面においてアグレッシブな姿勢を十分に打ち出し、「主導権はこちらにある」とメッセージを表現するためでもあります。

R・マドリーは準々決勝、準決勝で下したFCバルセロナやバイエルン・ミュンヘンほどボール保持するチームではないですが、やはりボールを自由に持たせると嫌なチームですから、シメオネ監督としても序盤から容易に攻撃のリズムを作らせるような展開は望まないでしょう。A・マドリーとしては、前から行きながら「BBC」(ベイル、ベンゼマ、ロナウド)の3トップをきちんと抑えることを考えることになります。よって、開始10分、15分のA・マドリーの守備は序盤の大きなポイントです。

――A・マドリーが前線から積極的なプレッシングをかけてきた場合、R・マドリーはどう回避すればいいですか?

鍵となるのは、モドリッチ、クロースです。A・マドリーは4-4-2のシステムで来るでしょうから、第一はFW(2トップ)のラインを突破した位置で彼らがボールを受けることができるかどうか。ただし、相手FWのスライド対応は上手いですからパスコースを消されてしまう現象が起きます。その時は特に、モドリッチがカルバハルの上がった右SBのスペースに下りて、ビルドアップの起点となる動きをしてくるでしょう。(前述の攻撃パターンの2つ目)

もしA・マドリーの前線からのプレスが機能し、モドリッチとクロースが足元へボールを受けられない場合、キックオフ直後は多少蹴り合いの展開になる可能性はあります。その場合、R・マドリーが前線にロングフィードを入れてもA・マドリーのCB2枚はゴディン、ヒメネス(サヴィッチ)共にハイボールに強いので、そう簡単にR・マドリーが前線でボールを収めることはできないでしょう。

そうなるとR・マドリーの攻撃としては「ビルドアップ」の次に来る「前進」のプロセスでモドリッチ、クロースが何とかボールを足元で受けて関わり、質の高いグラウンダーのパスを前線に供給する必要があります。

――「ファボリート(勝つと思われるチーム)」はどちらですか?

私は、R・マドリーだと思います。試合序盤のフレッシュなうちは組織力が武器のA・マドリーが優位に試合を進める可能性もありますが、それほど決定機は多く作れないでしょうから、準々決勝、準決勝のように少ないチャンスでグリーズマンがゴールを奪えるかどうかが一つのポイントにはなります。

ただ、試合全般で見た時には個人のクオリティに勝るR・マドリーが個ではがしてフィニッシュまで到達する展開を維持するでしょう。そうなると終盤の疲れが出る時間帯には守備側にちょっとした集中の欠如や穴が出てきます。そうした時間にロナウドがゴールを決める、ベイルがドリブルでぶっちぎるといったビッグプレーが生まれるのではないかと見ています。

――とはいえ、より大きなプレッシャーがかかっているのはR・マドリーなのでしょうか?

そうだと思います。R・マドリーほどのクラブがシーズン無冠で終わることは許されませんし、選手の中には会見で「タイトルを獲れなければフラカッソ(失敗)のシーズンになる」といったコメントを残しています。近年のマドリードダービーではA・マドリーに負けることも多いですし、今シーズンも国内リーグでの戦績は1敗1分けと勝てていません。

一方のA・マドリーもプレッシャーはあるでしょうが種類が違います。彼らには「無冠は許されない」といったプレッシャーはなく、「このタイトルを獲れば偉業になる」というイリュージョン(高揚感)があります。また、守備をベースとしたチームなので、格上との対戦の方が自分たちの特徴、能力を出やすい面はあります。R・マドリーが総合的に有利だとは見ていますが、彼らにとってA・マドリーが「やり難い相手」であることは間違いありません。

アトレチコ・マドリーの予想スタメン
アトレチコ・マドリーの予想スタメン

――決勝のキーマンは誰になりますか?

R・マドリーではモドリッチとロナウドです。ゲームを作るモドリッチ、フィニッシャーのロナウドが活躍できるかどうか。A・マドリーではカウンターで点が取れるかという意味でグリーズマンを挙げたいと思います。

ただ、序盤のキーマンはA・マドリーのサイドハーフのコケとサウールになるでしょう。というのも、R・マドリーはSBが高い位置を取り、そこにモドリッチ、クロースが下りてビルドアップをしてくると予想できるので、A・マドリーのサイドは「マークのズレ」が生じやすいエリアになります。

そこを彼らがどう抑え、マークを上手く受け渡して縦のスライド、プレッシングを実行することができるかどうか。選手個人の判断の部分とシメオネ監督がどのようなプランを持ってそこへプレッシングをかけてくるのか、立ち上がりから注目したいポイントです。

――決勝向けてA・マドリーが新たな戦術バリエーションを披露する可能性は?

そうしたサプライズはないと思います。A・マドリーにとってサプライズをかけて守備に行くのはリスクが高いですし、そもそもサプライズを起こすほどの戦術バリエーションは存在しません。

今シーズンで実行可能な守備戦術は現時点ですでに出尽くした感があるので、新たな何かが生まれるのではなく、あるとすればいくつかのパターンやバリエーションの使い分けで新たな組み合わせが見える程度でしょう。UCL決勝のような一発勝負の大舞台で例えば、バイエルン・ミュンヘンが採用しているSBが攻撃時にボランチの位置に入るような新戦術をいきなり使うことはサプライズよりも博打の要素が強くなります。その意味では、国内リーグが終わってから少し時間が経過した中でのコンディショニングとメンタルの要素がより重要なポイントになると思います。

――最後に、日本サッカーのレベルアップのためにこのUCL決勝をどのような視点で見ていけばいいでしょうか?

最近の日本では守備のことが注目され始めていますし、日本サッカーのレベルアップのために守備のレベルアップは欠かせません。その意味でも、まずはアトレチコ・マドリーの守備を見てもらいたいと思います。

「どこでボールを奪おうとしているのか」に注目して見ていくと、状況に応じて柔軟に3種類のプレッシングを使い分けるA・マドリーの守備の構造が見えてくるはずです。

その次に、A・マドリーの守備に対してR・マドリーがどうリアクションしてくるのかを見る。続いて、R・マドリーのリアクションに対してA・マドリーがどう対応するのか。この3つのプロセスを注意深く見ていけばスコアが動かなくとも面白いと思いますし、欧州というよりも世界最高峰のレベルで実行されている守備や戦術を理解しやすくなると思います。

(取材日:5月26日)

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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