Yahoo!ニュース

路面電車?いいえ、バスです。「神都バス」発進!

伊原薫鉄道ライター
三重交通が導入した路面電車型バス「神都バス」。ハンパないこだわりに脱帽!

伊勢神宮で準備が進められている「第62回神宮式年遷宮」。20年に一度、伊勢神宮の建物を始め装束や神宝をすべて造り替えるという大行事だ。約8年の期間をかけて準備される式年遷宮は、10月の「遷御の儀」でクライマックスを迎える。この一大行事に合わせて地元では様々な観光振興が行われており、またアクセス手段として近鉄の新型観光特急「しまかぜ」がデビューしたことは以前に紹介させていただいた。(詳細はこちらの記事を参照

これに続き、伊勢神宮のお膝元・伊勢市内を運行するバス会社「三重交通」では、かつて伊勢神宮へのアクセス路線として活躍した「三重交通神都線」の電車をモチーフとした路線バス車両「神都バス」を製作。7月3日の運行開始を前に、そのお披露目が行われた。

ということで、今回はちょっと脱線して、バスの話をしてみたい。

○伊勢神宮へのアクセス鉄道「神都線」

神都線モ543号車。「神都バス」のモデルとなった車両だ。(写真提供:中野本一氏)
神都線モ543号車。「神都バス」のモデルとなった車両だ。(写真提供:中野本一氏)

三重交通神都線は、この地域の電力事業を行っていた宮川電気によって1903(明治36)年に本町(外宮前)~二見間で営業を開始。何度かの延伸を経て、1914(大正3)年に全線が開業した。経営する会社も幾度の合併・名称変更ののち、1944(昭和19)年には三重交通の路線となる。一部路線は戦時中に不要不急路線として休止されつつも、戦後も近鉄の伊勢市駅・宇治山田駅から外宮~内宮~二見のアクセス路線として活躍したが、モータリゼーションの波に押され、1961(昭和36)年に廃線。その役目をバスに譲ったのである。

神都線は路線の一部が併用軌道となっていたこともあり、開業時から路面電車タイプの車両が使用されていた。廃線後、多くの車両は豊橋鉄道や南海電気鉄道和歌山軌道線に移籍して第二の人生を送ったが、いずれも解体され(一部は漁礁として海に沈められた)、残念ながら現存しない。ちなみに余談であるが、和歌山軌道線は戦前の一時期、神都線と経営会社が同じだったことがあり、車両の譲渡にしても何かの縁があったのかもしれない。

○路面電車がバスとして復活!?

神都バス(上)と、ベース車両とほぼ同一のバス(下)。ここまで化けた!
神都バス(上)と、ベース車両とほぼ同一のバス(下)。ここまで化けた!

今回「バス」として復活?することになったのは、神都線で最後に製造された、1937(昭和12)年製のモ541形式543号車である。当時の路面電車としては少し大型な木造ボギー車両で、集電方式はポール。車体の下半分を濃緑、上半分をクリーム色に塗り、神都線の廃線まで活躍したのち豊橋鉄道に移籍し、1971(昭和46)年まで豊橋市内線で使用されていた。

屋根上には集電ポールとベンチレーター。どちらも本物と見間違うほど。
屋根上には集電ポールとベンチレーター。どちらも本物と見間違うほど。

復活にあたっては、「バス」という制約の中で出来る限り路面電車の雰囲気を出すことが目標とされ、当時の写真や図面等を元に細部に至るまで検討が重ねられた。外観は実車さながらの2段窓を巧みに再現、左側面は乗降ドア(一般的な路線バス車がベースとなっているため、前・中の2ヶ所)がどうしても目立ってしまうが、右側面はまるっきり路面電車のそれである。

窓枠や保護棒、リベットもラッピングではなく実際に再現。
窓枠や保護棒、リベットもラッピングではなく実際に再現。

窓枠の表現はシールによるラッピングではなく、金属パーツを組み合わせた本格的な仕上がりで、下段窓に設置されていた保護棒や窓下に見られたリベット(鋲)ももちろん設置。路面電車特有の丸屋根上には、集電ポールやガーランド型ベンチレーターまで再現されているこだわりっぷりである。

神都バスと当時の電車。543号車とは救助網の形が異なる。(写真提供:中野本一氏)
神都バスと当時の電車。543号車とは救助網の形が異なる。(写真提供:中野本一氏)

神都線車両の特徴だった取り外し式ヘッドライトも特注で製作され、前面はもちろんバスの後面に取り付けることも可能だ。運転席のある前面に比べ、デザイン上の制約が少ない後面はさらに「電車チック」。3枚窓が表現されているその後ろ姿は、どこからみても電車にしか見えない。車体の下部には路面電車の床下機器もラッピングで描かれ、前面には行先板、隅部には銘板や車体表記と、細かいところまで再現されている。

行先板、ヘッドライト、各種表記。細かい部分まで再現されている。
行先板、ヘッドライト、各種表記。細かい部分まで再現されている。

○「レトロ」と「ハイテク」の融合

レトロ感あふれる車内。木、真鍮、革など「ホンモノの素材」が使われている。
レトロ感あふれる車内。木、真鍮、革など「ホンモノの素材」が使われている。

もちろん車内も雰囲気抜群だ。木の質感まで再現した床と壁に、青い布地のロングシート。屋根板の押さえパーツまで木目調である。「当時の図面を基に、特注で再現しました」という丸い室内灯や手すりは真鍮製で、吊り革はもちろん本物の革でできている。

(左)窓枠もシールラッピングではなく作り込まれている。(右)ドア上のベル。
(左)窓枠もシールラッピングではなく作り込まれている。(右)ドア上のベル。

車体中央の引き戸上には、昔懐かしいベルが。ドアが閉まると自動的に「チンチン!」と鳴るのだ。「電気の特性上、ベルを1回鳴らすのは簡単なんですが、2回鳴らす仕組みというのは意外と難しい。一時は不可能かと思ったのですが、メーカーさんが頑張ってくれて再現が可能になりました」と担当者さんの言葉。電子音でない、本物の「チンチン!」で気分は最高潮!皆さんもぜひ一度聞いていただきたい。

レトロ感満載の車両だが、元々は最新式のワンステップバス。丸屋根の中にはクーラーが隠されているほか、車いすでの乗車も可能になっている。最新技術でステップの高さも抑えられており、乗降時には車体が傾いてさらに低くなる「ニーリング機構」も装備。まさに「レトロ」と「ハイテク」の融合された車両なのだ。

車いす用スペースも確保。スペース両側にある手すり壁の造作にも注目。
車いす用スペースも確保。スペース両側にある手すり壁の造作にも注目。

・・・ここだけの話だが、筆者は3か月前に「神都バス」製作決定のイメージイラストを見た際、正直言ってここまですごいバスができるとは思っていなかった。イラストでは、屋根上はつるつる、窓部分もシールラッピングっぽさ全開で、前面・後面もどこかハリボテ感のあるものだったからだ。ところがどっこい、実物を見てビックリである。聞けば、イメージイラストの発表後もデザインは幾度となく修正され、追加資料や寄せられた意見を元に、完成直前まで検討が続いたという。そのこだわりっぷり、失礼なことを考えてごめんなさいと平謝りする以外にない。それほどまでにこのバスは、素晴らしい出来だった。

○1便限定48名様、きっぷは現地でお早めに!

今年の神都線開業110周年、そして来年の三重交通設立70周年を控え、7千万円をかけて導入された「神都バス」。7月3日から毎日運行され、伊勢市駅前~外宮前~内宮前を1日5往復運行する。乗車は定員制(着席28名、立席20名の合計48名)で、当日に販売される利用券(特別車両料金込み・700円)が必要。なお、車両点検等の事情で通常車両で運行する場合は、三重交通ホームページや各乗り場でアナウンスされるとのことだ。

日本人の心の原風景がある場所、伊勢。ここに生まれたもう一つの原風景「神都バス」を、ぜひ味わっていただきたい。

画像
鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

伊原薫の最近の記事