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いま注目の公共交通システム「BRT」とは?

伊原薫鉄道ライター
「奇跡の一本松」臨時駅と大船渡線BRT車両。復興に向け更なる活躍を期待したい。

いま、鉄道が廃線となった地域で、東日本大震災からの復興が進む地域で、そして都市の再興を目指す地域で、新しい交通システムが注目されている。「BRT」と呼ばれる、バスを利用した輸送システムだ。従来の「路線バス」のイメージを覆し、むしろ鉄道に近い性格を持つと言われているBRTについて、今回は紹介しよう。

○ブラジルの都市が生んだBRT

BRTとは「Bus Rapid Transit」の略、日本語に訳すと「バス高速輸送システム」となる。世界的には、専用道路を走行するバスによって、鉄道並みの大量輸送を可能にするシステムのことを指す。

このシステムを生み出したのは、ブラジルのクリチバ市と言われている。1960年代、クリチバ市は人口が急増し、それに伴い計画的な都市形成が急務となる。乱開発を防ぐために土地利用を制限・管理するとともに、都心部へ流入する自動車を抑制し、人や環境に優しい都市を構築する上で、公共交通の整備は必須だった。しかしながら、財政にゆとりのないクリチバ市に地下鉄を敷設する資金はない。そこで、バスを用いて地下鉄と同等の輸送力を確保しようと構築されたのがRITと呼ばれる輸送システムで、いわばBRTの基礎となるものである。

クリチバ市では、都市開発の上で「背骨」となる幹線道路にバス専用レーンを設け、3両連結・定員約250人の連接バスを1~2分間隔で運行している。乗客はシェルター状のバス停から乗車する方式で、運賃はこのシェルター内で先に払うため、乗降時間も短縮できる。主要バス停内での乗り継ぎは無料なので、市街地から離れた場所に住む低所得者でも利用しやすい上に、このバスターミナルに公共施設やショッピングモールも併設されているなど、バスの利用客が一番便利になるようなシステムが作られた。

以降、BRTは地下鉄やLRT(次世代型路面電車システム)よりも安価で柔軟な公共交通を構築する手段として、南米やカナダをはじめ世界中の都市で導入され、特に中国ではこの10年間に約20都市で運行を開始したほか、現在も約10都市で計画が進んでいる。

○鉄道の廃線跡を利用してバス専用道を整備

「かしてつバス」石岡駅南側にあるバス専用道入口。バス停と遮断機が見える。
「かしてつバス」石岡駅南側にあるバス専用道入口。バス停と遮断機が見える。
鹿島鉄道時代のホームが残る、かしてつバス石岡南台駅。道路部分は元線路だ。
鹿島鉄道時代のホームが残る、かしてつバス石岡南台駅。道路部分は元線路だ。

一方、日本でBRTという言葉が聞かれるようになったのはつい最近のこと。2007年4月に廃線となった鹿島鉄道の代行バス「かしてつバス」が、国道の渋滞を回避するためにその廃線跡をバス専用道として利用することとなり、この頃から「バス専用道を走行する路線バス」がBRTと呼ばれるようになった。もっとも、鉄道の廃線跡を利用したバス専用道としては、それまでにも国鉄白棚線や富山地方鉄道射水線、名鉄岡崎市内線など多くの例があり、またBRTの特徴である「道路空間にバス専用レーンを設置」した例としては名古屋市営バス(基幹バス)があるなど、かしてつバスがその先鞭という訳ではない。

○東日本大震災からの復興に貢献

線路から道路になった盛駅で出発を待つ大船渡線BRT。
線路から道路になった盛駅で出発を待つ大船渡線BRT。

BRTという言葉が一気に浸透したきっかけは、東日本大震災である。甚大な被害を受けたJR東日本が、気仙沼線・大船渡線の仮復旧にあたりBRT方式を活用。線路敷を暫定的にバス専用道とし、津波によって被害を受けた区間は一般道を走行することで、バスによる運行を開始した。BRTにより、鉄道と比べて早期・低コストでの復旧が可能となり、また専用道区間では渋滞の影響を受けないため、通常の代行バスより定時制が確保できるというメリットもある。

両線でのBRT運行は、気仙沼線では2012年8月、大船渡線では2013年3月より開始。当初は約2.1kmだったバス専用道も、2013年9月28日のダイヤ改正後は35.4kmにまで延伸、同時に各駅では駅舎やトイレが整備されつつある。鉄道に比べ劣る輸送力を補うためもあって運行本数は大幅に増加されており、ラッシュ時には一部区間で10分間隔、昼間はおおむね30分~1時間間隔での運転となっている。

内陸部の一般道区間に移設された、気仙沼線BRT・志津川駅。駅窓口もある。
内陸部の一般道区間に移設された、気仙沼線BRT・志津川駅。駅窓口もある。

○日本では「BRT=鉄道代行バス」?

とはいえ、日本のBRTは世界のBRTと比べて明らかに性格が異なる。世界では、BRTは地下鉄やLRTに匹敵する交通手段であり、その輸送力と高速度・高頻度運行が特徴であるのに対し、日本のBRTは「鉄道代行バス」の域を脱していない。例えば、海外のBRTはそのほとんどが数分ごとの高頻度で運行されているのに対し、日本のBRTは地域のローカル線を置き換える形での運行のため、1時間に1~2本の運行というところがほとんどである。

一般道との交差部の様子。バスを感知して信号が変わり、遮断機が上がる。
一般道との交差部の様子。バスを感知して信号が変わり、遮断機が上がる。
信号と遮断機はバスが接近してから作動するため、バス側が信号で待つ形となる。
信号と遮断機はバスが接近してから作動するため、バス側が信号で待つ形となる。

また、海外のBRTでは各交差点でバス専用道側に絶対的な優先権があり、バスが近づくと交差道路の信号が赤になるところが大半であるが、日本では逆にバスが一旦停止しなければならないところが多い。中には一般車の進入を防ぐため、バス専用道に遮断機がついているところもあって、バスは信号が変わり、遮断機が上がるのを待つ必要がある。バス専用道も「道路」なので最高速度は道路交通法で制限され、これまでは踏切があった路地でも徐行し・・・BRTといえども全然「Rapid(高速)」ではないのだ。

実際、先日筆者は気仙沼線BRTに乗車したのだが、道が空いている状態でも上記のような理由で少しずつダイヤが乱れ、通常は40分程度で到着する区間が常に5~10分遅れていた。そもそものダイヤ設定に無理があるようにも感じたが、かといって制限速度を破るわけにもいかず、「乗り換え列車に間に合わないことが多くてお客様に申し訳ない」と話す運転手さん自身もかわいそうであった。今後のダイヤ改正で見直されることを切に希望するとともに、BRT専用道の取り扱いについて、法律のレベルで今一度検討してほしいものである。

○BRT本来の力を活かす動きも

2013年開通の「ひたちBRT」日立電鉄の廃線跡を活用。(写真:大室成央氏)
2013年開通の「ひたちBRT」日立電鉄の廃線跡を活用。(写真:大室成央氏)

そんな日本のBRTであるが、新たな動きも出てきている。新潟市では自動車依存から脱却し、都心への公共交通軸を構築する手段としてBRTの導入が計画されている。既存道路にバス専用レーンを設け、連接バスを「時刻表を気にしなくてすむ頻度」で運行させるとともに、既存バスとの乗換ターミナルの整備や乗換運賃体系を設定し、人々の移動を円滑に・活発にしようというもので、本来の「BRT」により近いものとなっている。また、東京都中央区は銀座~晴海方面への公共交通としてLRTを検討しており、その第1ステップとしてBRTの運行を計画しているほか、甲府市ではJR甲府駅とリニア新幹線の新駅との間に、専用道を整備しBRTを導入する計画がなされている。

これからの都市の再生を考えるとき、自動車依存社会からの脱却は必須である。LRTとともにその鍵を握るBRTが、日本でも本来の力を発揮することを期待したい。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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