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JR北海道が断念した、2つの未来

伊原薫鉄道ライター
明知鉄道を走行するDMV。この技術が再び日の目を見ることはあるのだろうか。

◯相次ぐ事故を受け、新型特急車両の開発を中止

先日、残念なニュースが飛び込んできた。JR北海道が、新型車両キハ285系などの開発を断念するというものだ。

キハ285系は、現在JR北海道で活躍する特急用気動車をベースに、更なるスピードアップと省エネルギー化を進めた、次世代の特急用車両として開発が進められていた。キハ283系で採用されている制御式振り子装置や、キハ261系で採用されている車体傾斜装置を組み合わせ、これまでにない最大傾斜角度8度という性能を確保。これによって曲線通過速度が更に向上し、スピードアップが可能になった。また、モーターアシスト機構を組み込んだハイブリッド駆動システムにより、従来より燃費を向上させるとともに、環境にやさしいディーゼルカーとなるはずだった。

しかし、相次いで発生した車両故障・事故を踏まえた安全対策や、現在工事が進められている北海道新幹線の開業準備に「人」「時間」「資金」を優先的に投入する必要があると判断、今回の開発中止に至ったという。キハ285系は既に試作車両が完成し、札幌にあるJR苗穂工場へ搬入されているが、軌道及び電気設備を検査する在来線用総合検測車両として使用することを含め、具体的な活用方法を検討するとしている。

◯もう一つの開発断念:DMVとは

明知鉄道で行われた実証実験。DMV車両がモードインターチェンジに進入する。
明知鉄道で行われた実証実験。DMV車両がモードインターチェンジに進入する。

このニュースで、新型特急車両に期待していた人たちは少なからず落胆したかもしれない。が、大きく報道されたこの「新型特急車両の開発中止」の陰でもう一つ、JR北海道がこれまで取り組んできたプロジェクトの中止が発表され、一部の人々や鉄道会社に大きな失望を与えたのである。それは「DMVの開発」だ。

阿佐海岸鉄道での実証実験時に行われた展示会。鉄製車輪を下ろした様子が分かる。
阿佐海岸鉄道での実証実験時に行われた展示会。鉄製車輪を下ろした様子が分かる。
前部の鉄製車輪を収納した様子。この状態で道路走行が可能となる。
前部の鉄製車輪を収納した様子。この状態で道路走行が可能となる。

DMVとは「Dual Mode Vehicle(デュアル・モード・ビークル)」の略称で、線路と道路の両方を走ることができる車両だ。JR北海道では赤字ローカル線での導入を視野に入れて開発を始め、2004年にマイクロバスを改造した試作車が登場。線路上では鉄製車輪を下ろして走行(ゴムタイヤの後輪もレールに接し、駆動輪として機能する)、道路上では鉄製車輪を上げ、通常のバスとして走行できる仕組みだ。道路から線路への乗り入れは専用のモードインターチェンジを利用し、線路から道路へ出るには線路を舗装した踏切のようなスペースで鉄製車輪を収納する。

試作車は3次にわたって製作され、様々な試験を実施、2007年~2008年には釧網本線で試験的に営業運転も行われた。この時は浜小清水→藻琴間で線路上を走行し、藻琴駅からは道路上を走って周辺の観光地を巡りながら浜小清水へ戻るというルートだった。JR北海道では2015年度を目標にDMVを営業線区に投入、市内中心部や山間部の道路未整備区間では鉄路を利用し、各拠点駅からは道路を走って住宅地や公共施設を回るという、バスと鉄道の利点を組み合わせた新たな手段として期待がされていた。

線路モードに転換したDMV。鉄製車輪が設置し、前輪タイヤが浮いている。
線路モードに転換したDMV。鉄製車輪が設置し、前輪タイヤが浮いている。
線路上を走行するDMV。2軸車両に似た独特のジョイント音と乗り心地が特徴だ。
線路上を走行するDMV。2軸車両に似た独特のジョイント音と乗り心地が特徴だ。

期待していたのは北海道だけではない。2006~2007年には静岡県の岳南鉄道が、JR北海道からDMVを借り入れて実証実験を行ったのを皮切りに、熊本県の南阿蘇鉄道、静岡県の天竜浜名湖鉄道、岐阜県の明知鉄道、徳島県の阿佐海岸鉄道が、それぞれ地元自治体と連携して実験を行った。

このうち明知鉄道では、岩村駅構内にモードインターチェンジを設置し、岩村駅前を出発したDMVはここで線路に入って明智駅まで明知鉄道のレールを走行。明智駅手前の踏切で再び線路から道路に出た後は、国道363号線を通って岩村駅へ戻るルートで、2009年11月に試験走行を、翌2010年3月には実証実験が行われた。3日間にわたって行われた実証実験では、途中で岩村城趾や日本大正村など明知鉄道沿線の観光地を周遊するルートが設定され、延べ250人が「新しい乗り物」を体験した。筆者も乗車する機会に恵まれたが、乗り心地や乗車定員など様々な問題点はあるものの、渋滞や信号もなくスムーズに走れる線路と、住宅地や観光地など目的地へ近づける道路の「良いところ取り」ができるDMVには、新たな可能性を感じた。

DMVなら、道路モードで沿線の観光地を巡ることも可能だ。
DMVなら、道路モードで沿線の観光地を巡ることも可能だ。
明智駅手前の設備で道路モードに転換したDMV。通常のバスと同様に走行できる。
明智駅手前の設備で道路モードに転換したDMV。通常のバスと同様に走行できる。

それだけに、今回のDMV開発中止について残念に思う関係者は多い。実証実験を行った鉄道の関係者からは、「鉄道の不利な部分を補う地域の足として、新たな可能性を期待していたので残念」という声が聞かれた。また、DMV自体を観光資源として期待を寄せていた地域もあったほか、「運用にかかるコストがDMVは鉄道の1/4との試算もあり、地域交通のコスト削減という観点からも期待していただけに残念(自治体関係者)」とのコメントもあった。

◯DMVは地域の救世主となり得たのか?

DMVはベースがマイクロバスのため、ドアも車両左側しかない。この辺りも課題か。
DMVはベースがマイクロバスのため、ドアも車両左側しかない。この辺りも課題か。

もっとも、DMVの導入には懐疑的な意見もあった。DMVはその性質上、1両あたりの乗車定員がマイクロバス1台分と少ない。連結運転も可能であるが、バスモードではそれぞれに運転士が必要となる。しかも現在の法律では、鉄道区間を走るには鉄道の運転免許、道路区間を走るにはバスの運転免許と2種類の免許が必要で、明知鉄道の実証実験では、鉄道区間は明知鉄道の運転士が、道路区間は地元・東濃鉄道(東鉄バス)の運転手が担当した。両方の免許を持つ運転士の育成や、信号システムの開発・法令上の調整も含め、まだまだ実現には高いハードルがあった。

そしてなによりも、DMV自体がその鉄道路線に与える影響を懸念する声。これまで説明したように、DMVは拠点間を線路で結び、そこからは道路を走って目的地へ向かう。従来の鉄道のように駅へ・駅からのアクセスが便利になるほか、駅での乗換も不要になる一方、根本的な問題として「それなら、最初から最後まで道路を走れば良いのではないのか?」という、鉄道不要論に発展しかねない。安全性や道路渋滞の回避など、鉄道のメリットはまだまだ多いが、道路整備が進めばDMVはこの優位性を自ら打ち消してしまう「諸刃の剣」となる可能性も持っているのだ。

ともあれ、中途半端な形で開発中止となってしまったDMV。その開発には国土交通省や独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)なども関わっていたが、現時点でJR北海道の発表を受けた動きは見られない。DMVが再び日の目を見ることは、そしてDMVがローカル線の救世主となる日は来るのだろうか。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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