Yahoo!ニュース

知られざる韓国マンガ&ウェブ小説市場について、ラノベ翻訳出版社と識者に訊く

飯田一史ライター
韓国イメージフレーム社から出版された『俺、りん』表紙

じぇにゅいん作『俺、りん』は小説投稿サイト「小説家になろう」に連載され、日本人が日本語で書いた作品ながら、日本語版書籍の前に韓国語版が出た。刊行を手がけた株式会社イメージフレームの朴寛炯(パク・グァンヒョン)編集長と、このインタビューに協力した、日本の漫画研究誌などにも寄稿しているライター、翻訳家であり、出版エージェントでもある宣政佑(ソン・ジョンウ)氏に、その前提となる韓国のマンガ、ラノベ、文芸についての出版状況と刊行の経緯を訊いた。

■韓国市場規模の推移――冊数ベースでは減っているが金額ベースでは……

――じぇにゅいんさんの『俺、りん』韓国語版出版の話に入る前に、まずは前提として、韓国の出版市場についてマクロな視点からうかがい、徐々に個別のジャンルや事例に移っていきたいと思います。

この10年ほどにおける、韓国の出版市場の規模の推移から教えてください。

朴:全般的に減少しています。しかし、減少のしかたは日本の出版市場よりはもうちょっとなだらかだと言えるでしょう。もっとも、その減少の幅を電子書籍が埋め合わせたとまでは言えませんが。大韓出版文化協会の統計によると、

2004年 新刊発行部数 111,450,224部

2014年 新刊発行部数  94,165,930部

となっています。

宣:大韓出版文化協会は1947年に設立された社団法人で、納本制度による納本を代行するなどもやっている、韓国出版界を代表する協会です。データを引用する時はそのデータの信憑性が重要でしょうし、特に勝手が分からない外国の場合はもっとそうだと思います。日本でも韓国出版や漫画についての記事で時々あまり信憑性のおけないデータを元にしたケースを見ますが、その意味ではここで示されたデータは比較的信頼度が高いと思われます。

朴:ちなみにここでいう「新刊発行部数」は、その年に新しく出版された本の1刷(初版)だけを意味します。つまりその年に2刷以後が出版された部数は入っていません。

韓国でも日本同様に、1990年代の方が2000年代よりも「新刊発行部数」が多く、つまり90年代からずっと新刊発行部数が減少し続けているという状況です。

ただ、韓国では1990年代から現在まで、物価が10年間で40%ほどずつ上昇していますから(日本のように物価上昇が長期にわたってほとんど止まっている国は少ないでしょう)、金額ベースで見た場合の市場規模は、そこまで減少していない可能性もあります。

――たしかに物価変動も視野に入れて、金額ベースで見たほうがよさそうですね。

■再販制の法改正の影響

――日本では出版物に関する再販制が長らくありますが、韓国では2014年に再販制に関する法改正がされた(緩和された?)と訊きました。どんな影響がでてきていますか。

朴:いえ、逆ですね。韓国では再販制が2014年11月から「強化」されました。それ以前までは発行後18ヶ月以上の旧刊に対して割引の幅に制限がありませんでした。新刊の割引も書店のポイントを含め最大19%まで可能だったのが、2014年11月以後最大15%(価格の割引10%、ポイント5%まで)と、割引への規制も強化されました。

その影響で出版市場の販売部数はかなり減少しましたが、売上額はそれよりは小さな比率での減少でした。

また、割引マーケティングによる出血が少なくなった分、書店の収益性は改善されたと聞いています。

■リアル書店の数は減少しているがネット書店は隆盛している

――書店数は国内に1000店ほどだそうですが、日本と同じく年々減っている状況ですか?

朴:日本と同じく毎年少なくなっています。年間の減少比率は両国で似たような推移だと思います。全国のオフライン書店の数は2014年基準で1500店ほどと推算しています。

宣:韓国ではネット書店が2000年を前後して繁盛しはじめました。Amazon.co.jpは2000年11月オープンでしたが、その時期アマゾンはアジアでは日本の市場だけを狙っていたのでしょう。ですがアマゾンが韓国市場について考えていなかった間に韓国では国内のネット書店が隆盛し、2000年代に強力な会社がいくつも出そろい、激しい競争を広げることとなりました。

韓国の書店数が急減した理由として、「ネット書店の成長」も大きく影響したと言われています。

■韓国の漫画市場の規模は?

――韓国のマンガをはじめとするサブカルチャー関係の出版物の規模はおおよそどれくらいでしょうか。日本語で簡単に入手できる情報は

http://nipponmkt.net/2014/12/26/whomor_shibatsuji-03/

http://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000842/kr_publications_market.pdf

http://hon.jp/news/1.0/0/5495/

これらのものがありますが、こうした情報は韓国の方から見て正確なのでしょうか。

朴:正確な部分と不正確な部分、そして過去の資料のままの部分などが混じっていますね。これらのリンクの正確性について厳密にひとつひとつ検証することは可能ですが、今ここでつぶさに確認していくのは時間的に難しそうです。

漫画市場に限って言えば、上記のリンクで言う「700億ウォン」という規模は、「娯楽用漫画の紙の本の出版」に限定された市場規模です。

その他に、その2倍程度と推定されている「学習漫画と実用漫画」の市場があります。また、最近大きく縮小した「貸与漫画市場」、逆に大きく成長した「ウェブトゥーンと「オンライン漫画の有料連載市場」があります。

――ウェブトゥーンというのはフルカラーで縦スクロールで読む、韓国で先行していたウェブコミックのスタイルですね。日本では「comico」がやっているもの――comicoは言うまでもなく運営会社は韓国資本であり、表示形式のみならずビジネスモデルも韓国由来のものですが。

朴:現在は「ウェブトゥーンと「オンライン漫画の有料連載市場」の規模が出版漫画市場(700~1000億ウォンと推定)を超えている状態です。特にウェブトゥーン市場の場合、その殆どがポータルサイトにおいては全体の「広告売上」として合算されるため、普通は「韓国漫画市場」の統計に入らないことが多いということは、指摘しなければなりません。

――なるほど、「紙の本または有料の電子書籍」として「販売」されているものしか「韓国漫画市場」にカウントされていない、と。それは指摘されなければ見落としてしまうポイントだと思います。

宣:実際そのとおりで、日本での韓国漫画に関する研究においてもそういう「データ解釈の間違い」がよく見うけられます。

データを解釈するとき一番重要なのは、そのデータが何を意味するのか、ということでしょう。たとえば先述の朴さんが提示した大韓出版文化協会の統計での「新刊発行部数」が、「その年発行された書籍全ての部数」ではなく「その年に新刊として出版された書籍の、1刷だけの部数」だということを知らずに、単に「韓国の2014年度の新刊発行部数は○○部」というデータだけを持ってきて分析すると、間違った解釈になる可能性が少なくないということです。

ときどき日本の記事や論文でそういうケースを見ますが、とはいえそうなってしまう理由は、そもそも韓国国内での漫画分野の研究がまだ乏しく、全分野のデータが細かく揃ってはいないからです。ですから、外国から正確に把握することは難しいのでしょう。

韓国では「漫画の市場規模」と書いておきながら学習漫画を除いたり、または2000年代以前までなら貸与市場が除外されたデータも多かった。2000年代以後はウェブトゥーン市場において、朴さんの言うとおりオンライン広告市場の中でウェブトゥーン“だけ”の統計データを抜き出すことが難しいなどの理由で除外されているのが実情なのです。

また最近は「オンライン漫画の有料連載市場」が急成長しているのですが、それは最新すぎて反映されていなかったりもするのです。

――韓国コンテンツ新興院は日本のデジタルコンテンツ協会(DCAJ)、北京大学とともに2009年から3カ国のコンテンツ市場比較調査も行っている機関ですね。

■純文学市場の衰退と有料ウェブ小説の台頭

――日本では2000年代以降、いわゆる「純文学」ジャンルの需要は減り、ライトノベルやその周辺ジャンルは比較的元気ですが、韓国の状況はどうですか。

朴:一般の文学出版の市場規模が少なくなっているのは韓国も同じです。

また韓国のライトノベル市場規模は、ここ10年間、かなり大きくなりましたが、そもそもサブカルチャー分野の小説(いわゆる「ジャンル小説」)の市場全体からすれば、ライトノベルが占有する大きさはそんなに大きくありません。韓国では一番大きな市場は(女性向けの)ロマンス小説です。

――なるほど、そうですか。日本でもウェブ小説およびそれを書籍化したものでは、女性向けロマンスはかなり大きい市場を形成していると思います(規模の正確な算出はされていませんし、メディアで取り上げられることも決して多くはありませんが)。

日本ではネット発の小説が書籍市場においても年々増えています。韓国はいかがでしょう。

朴:日本では電子書籍の市場が、「紙で発行された本の電子書籍出版(電子書籍への転換)」を中心にして形成されていると思いますが、韓国では最初から紙の本で出版されたことのないウェブ小説をそのまま有料化したり、電子書籍として出版したものの市場規模がはるかに大きいです。

韓国でウェブ小説がのちに紙の本で出版されて大きくヒットした事例は2000年代以後はほぼないと思います。それは今や、そもそもウェブ小説は紙での出版と無関係に、ネット連載での売上(有料連載など)で大きく成功しているからでしょう。

――そうなんですね。日本ではE★エブリスタなどの小説投稿プラットフォームに作品の有料販売機能があり、一部では成功している人が出始めているいっぽう、KDP(kindleダイレクト・パブリッシング)をはじめとした、紙での出版を必ずしも前提としていない有料電子書籍マーケットはまだ途上という印象がありますから、韓国のウェブ小説市場はぜひとも参考にしたいところです。

■日本ライトノベルの韓国での翻訳出版

――日本のライトノベルで、韓国で翻訳出版されている主要なタイトルは? また、翻訳されるラノベの平均的な初版部数と、ヒットしている作品のおおよその部数を教えてください。

朴:韓国でヒット作する日本のライトノベルは、日本とそんなには変わらないです。一番たくさん売れた作品は『ソードアート・オンライン』です。出版社からの公式発表はないのであくまで推算ですが、現在の韓国市場のデータから考えると100万部くらいは販売されていると思われます。他には『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』『デート・ア・ライブ』『ダンジョンに出合いを求めるのは間違っているだろうか』などがヒットしています。

韓国語版ライトノベルの平均の初版部数は2千から3千部程度です。ただしヒット作の場合、発売から1ヶ月間でおおよそ2万部程度売れることが多いです。

――日本の小説が翻訳された場合、日本の出版社および著者にはどれくらい金銭的な還元がありますか。

朴:日本小説(ライトノベル含む)の韓国語版出版に対する印税は6%から8%程度です。

宣:翻訳作品の場合、日本側に支払われる金額の中で契約を仲介するエージェンシーが1割か2割を手数料として除き、残りの金額を著者と日本の出版社が折半するケースが多いと聞いています。

漫画の場合は、もし漫画家と別途に原作者がいるならさらにそこからまた折半でしょうから、個人の作家さんに支払われる金額はそれだけ控除された金額になります。

日本で作家さんが「海外からの収入は一晩飲めば消える」的なことを話しているのをネット上で見かけます。たしかに海外市場は日本よりも小さく、したがって売上が小額である場合が多々あるのは事実です。

ですが、ただでさえ小額なのに、そこからまた著者に入る前にいろいろと控除され、海外出版社が支払った金額の半分以下、時には5分の1ていどの額になってしまう場合もあるということは念頭に置いて欲しいですね。

もちろん韓国でヒットした日本小説は何作品もあったので、それらの作品は韓国での印税もそれなりに大きいはずですが。

――翻訳費用はどのように支払われるのでしょうか。

朴:翻訳費用は(印税ではなく買い取りの)原稿料のかたちを取ることが多いです。

宣:翻訳費を印税でもらうのは、部数の多い一部のヒット作ならそれが有利なので数人の人気翻訳者はそうしているケースもありますが、ほとんどの翻訳作品はそこまで部数が出ないケースが多いですから買い取りの原稿料がむしろ有利なのです。日本でも翻訳者たちは買い取りか「買い取り+小額の印税」を望んでいるのをよく見ますが、韓国でも似たような事情だということです。

http://homepage2.nifty.com/hnishy/teigen1.htm

――非常によくわかりました。日本のラノベを翻訳出版する会社は、韓国ではどれくらいあるのでしょうか。

朴:日本のライトノベルを韓国に翻訳出版する出版社は現在7社あります。

宣:この7社というのは、メジャー出版社から小さな出版社まで、韓国で日本のライトノベルを翻訳出版する全ての出版社を網羅したものです。

さらに言えば、日本でライトノベルとして分類すべきかどうか迷う作品の場合、韓国では一般小説のレーベルで翻訳出版されるケースもありました。

したがってこの「7社」というのは「ライトノベルなのかどうかという議論が起こらないような、完全なライトノベル」を「多く出している韓国の出版社」の数だと思えば良いかと思います。

(後編に続く)

※本稿は出版業界紙「新文化」掲載の記事用に行ったインタビューの完全版です。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

飯田一史の最近の記事