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ノベルゲームは復活できるか? 新プラットフォーム「ノベルスフィア」の挑戦

飯田一史ライター
「ノベルスフィア」トップページより

『弟切草』に始まる、ゲームながら大量の文章を読み進めていく「ノベルゲーム」は、2000年代には『Fate/stay night』をはじめ美少女ゲームでブームとなり、『ひぐらしのなく頃に』をはじめ同人ゲーム界をも賑わせるも、美少女ゲーム/狭義の同人ゲーム領域では徐々に低調になっていった。

だが2010年代に入るとまた異なる文脈のホラー系や青春ものなどの有力同人ゲームが、徐々にあらたなファンを獲得しつつある。

ひとつは「自作ゲーム」と呼ばれる、YouTubeやニコニコ動画などでゲーム実況の対象となり、pixivで積極的に二次創作されるようなPCゲームである。こちらの代表格には『包丁さんのうわさ』などがあり、一部はノベライズもされている。

もうひとつは、スマホ向けのノベルゲームである。こちらはガラケー用ノベルゲームの流れを汲むテンクロスや、学生サークル発ながら一部で熱い注目を集める超水道などがいる。

そのふたつのいずれとも関わりながら、独自のノベルゲーム・プラットフォームを展開しようとしているのが、ノベルスフィアである。

運営会社・言語社の代表である笠井翔氏は、もともとはKey作品に衝撃を受け、自身がライターとなって同人美少女ゲームを作成。その後、商業でもゲームをリリースしたのち、Windows・Mac・Android・iOSいずれの端末でも利用できる、ノベルゲーム配信プラットフォーム「ノベルスフィア」を構想する。

笠井氏に、現在のノベルゲーム制作・流通の問題点と、打開策としてのノベルスフィアの展望について訊いた。

■ノベルゲーム配信プラットフォームは「出版社」を目指す

――まずはノベルスフィアとはなんぞや? という方のために簡単にご説明いただけますか。

笠井 ノベルスフィアはノベルゲーム配信プラットフォームです。PCやアンドロイド上でブラウザを使えば簡単にプレイできますし、iPhoneアプリも配布していますので、iPhone上でもプレイできます。作り手にとってはマルチプラットフォームで展開できることが魅力です。

ただ、それだけでは「たんにノベルゲームをやるだけなら、別にマルチでできなくてもいいじゃん」ということになりますよね。われわれとしては、それにとどまらず、このプラットフォームを徐々に「出版社」的なものにしていきたいと考えています。

――「出版社」というと?

笠井 特定の方向性の作品を集めて『こういうユーザーにプレイしてもらいたい』『こういう人に届けたい』というかたちで、ターゲティングしたものにしたい。来るもの拒まず、なんでもござれのダウンロードサイトでは特徴がなくなって、逆に「引き」が弱くなってしまうからです。

――カラーを持ったプラットフォームにして、ブランド化していきたい?

笠井 そうですね。無色透明な、ゲームのDLサイトはすでに存在しますから。なんらかのカラーを持たないと生き残りが難しいと考えています。

そこで「出版社」と言っているのは、ノベルゲームはそもそも本としての色彩が強いと思っているからです。言ってみれば「絵と音楽がある本」ですよね。

そのアナロジーで考えていくならば、ノベルゲームにも出版社的なものが必要なんじゃないかと。ちなみにノベルスフィアでは基本的に「ノベルゲーム」とは呼ばず、「ノベル」としか表記していません」

■独自カラーを持った作品の集まるプラットフォームでないと生き残りは難しい

――ノベルゲームが本(小説)みたいだから出版社と言っている、というだけですか?

笠井 いえ。たとえば本であれば、出版社(のなかのレーベル)があり、作品が流通する場としては書店があって、それぞれ特色がありますよね。

――専門出版社とか専門書店とか。そうでなくても「これが強い」とか特徴はありますね。

笠井 そうですよね。さらに言えば、一部の有力な編集者たちは、プロデューサー的に業界全体の流れを見据えて「次はこうしよう」とか「これをしかけていこう」というかたちで動いていると思います。

ノベルゲーム界は、作り手と受け手の両方を見て全体の見通しをよくする情報の流れ自体が弱い。ほとんどメーカーが個々に自助努力で行っているだけなんですね。たとえば「今こういうものが売れてるから投入していこう」というような設計や「しかけ」を、流通側は制作サイドにあまり働きかけをしてこなかった。

また、今はゲームのプレイヤー(読者)に情報収集やブームへの追いつきを投げてしまっています。ユーザーは貴重な時間を使ってやるわけですから、ガイドをしたり、「あなたにはこういうタイプの作品がいいのでは?」とレコメンドしたりマッチングするメカニズムを考えないといけない。

――紙の雑誌に影響力があった時代には、ゲーム雑誌がそういう機能を果たしてくれたんでしょうね。ただその役割は出版社というより、マッチングサービスに近いのでは?

笠井 それはそうなんですが、既存ユーザーにレコメンドするだけではなく、今はまだプレイしていない、あるいは離れてしまったノベルゲームユーザーを掘り起こしていくこともやらないといけない。それはだいぶ先の、将来の話ですけれども。

――整理すると、プロデューサー以前に、ユーザーやクリエイターに対して情報を行きわたらせる適切なメディアが存在しないと。作り手と売り手、作り手と受け手、売り手と買い手をうまくつなぐ媒介装置がない。だから全体が見えなくて、結果、ムダが生じて、いろんなひとが離脱していってしまったと。

笠井 そういうものがない状態は、作り手や売り手にとっても不幸なことなんです。クリエイターは基本的に自分の作品のことしか考えません。当たり前ですよね。流通も自社の店舗やチェーンごとの数字は見ますが、それ以上の働きかけをしてくれるわけではない。でもそれだけでは、個々のメーカーやショップが部分最適をめざしているだけです。

このジャンルを総体として、文化的にもビジネス的にも盛り上げようという人がいないと本当はまずいわけです。業界全体のグランドデザインをしたり、ユーザーとメーカーの関係をうまく交通整理するような存在が。僕たちは、そういう状況を整備していきたいわけです。

■出版社であり、書店であり、雑誌でもあるプラットフォーム

――それを「出版社」と呼ぶのが、なかなか理解しにくいんですが……。

笠井 本を読む(ノベルゲームをプレイする)のは、時間がかかる行為ですよね。ユーザーからしたら、変なものをつかまされたくない。だから情報を集める。

でも、メーカーの自助努力だけでは、新規参入者やまだ無名な制作者には圧倒的に不利です。まだ発信力が弱いわけですから。

だけどたとえば本やマンガなら「『ジャンプ』で始まった新連載、読んでみるか」とか「この叢書から出た本なら間違いないだろう」ということがありうる。雑誌やレーベルのようなブランド、ないしプラットフォームがあれば、作り手にも受け手にも新人/新作の実験やチャレンジが許容できるようになりますよね。そういう意味で「出版社」と言っています。

――なるほど。作り手が作品を投稿して流通できる場所を作る。さらに受け手に対して作品についての情報を提供する。のみならず、「メーカー」とかクリエイター個人とはまた別の切り口のブランドとして、その場所(プラットフォーム)自体をブランド化したい?

笠井 そうですね。

――ちょっとわかってきました。出版社であり、書店であり、雑誌でもある、みたいな感じがノベルスフィアのめざす理想ということでしょうか。

■既成のノベルゲーム流通および制作における、ビジネス面での問題点

――ここからビジネス的な観点からこれまでのノベルゲーム業界の問題点について探っていきたいと思います。

PC向けノベルゲームが一部を除いては行きづまってきている、市場が縮小していることは、周知のことと思います。そのオルタナティブとして、たとえばスマートフォン用のモバイルゲームアプリが一部で台頭していますし、今後の発展も期待もされている。ですが、プロモーション面とマネタイズに関して大きな課題を抱えています。

というのも、現状のGoogle PlayやApp Storeでノベルゲームアプリを配布・販売するさい、けっこうな金額の広告を打たないと――有名なゲームメーカーがリリースするパズルゲームやRPGに対抗できるくらいの資金を投入しないと――ランキング上位にならない。ランキング上位にならないかぎりは検索してくれる人を待つしかない。けれどそれでは認知されにくい。

また、ノベル系のアプリはだいたい買い切りか、序盤は無料で「続きが読みたければ買ってね」方式です。これではマネタイズの金額がガチャを回してもらうタイプのゲームに比べて絶対的に小さい。ゆえにリクープしにくい。

この2点が指摘されていますが、ノベルスフィアではどうお考えですか。

笠井 たしかに、物語は切り売りにしたり連載形式で配信したところで、ソーシャルゲームのように(理屈上)無尽蔵に儲けることはできません。でもそれでいいと思うんです。

大半のノベルクリエイター、あるいは僕らはソーシャルゲームみたいにガンガン稼ぎたいわけではない。むしろ僕は「物語を読みたいからお金を払う」というシンプルなところにノベルゲームビジネスの姿を戻したいんです。

――すみません、それは笠井さんの認識では、今のノベルゲーム界隈は「物語を読みたいからお金を払う」というシンプルなものではなくなっている、ということですか?

笠井 ええ。話題をPCゲームの方にシフトさせますが、ある時期から、PC用ノベルゲームはプレイするのも作るのも、ものすごく大変になったんですね。テキストデータが最低1メガ分くらいあって、一週間くらいぶっ通しでやっても終わらないボリュームのゲームが単価8800円で売られている。でもユーザーはそんなに時間を使うのは大変です。今はたくさん時間を使わせる方が「コスパが悪い」と感じさせてしまう時代ですから。昔と逆なんですよね。お金より何より、みんな時間の方が足りていない。

■ノベルゲームの制作環境をシンプルな状態に戻したい

――正直、僕も時間がかかるゲームをやるのはおっくうです。

笠井 そういうゲームは、プレイヤーよりも作るほうがまず大変で、どんどん疲弊していきました。テキストだけではなく、「8800円を名乗るからにはさまざまなバリューを持たせないといけない」とどのメーカーも、そして作り手にお金を貸す流通サイドも考えた結果――最低でもイベントCG80枚、楽曲は最低20曲、ムービーも凝らないといけないし、声優さんを起用してフルボイスを付けないと、商業で企画を通すのはほぼ不可能です。

しかし、初期のTYPE-MOONや竜騎士07さんのサークルに代表されるように、もともとノベルゲームは他のコンシューマーゲームと比べて、少人数で冒険的な内容のものを作れるのが、いいことのひとつだったはずです。それが今では少人数でエッジなものを出して届けることが、困難になってしまった。

PCゲームではないスマホアプリになればいったんリセットされてもっと簡素化されたものが主流になるかと思いきや、実はその悪習を引きずっているものが多い。

――なるほど、「絵の付いた物語」を読んでもらうのがノベルゲームの本質なのに、「付加価値」であるはずのボイスやムービーを豪華にすることが必須要素になり、コストもかかる、これおかしくない? と。僕は正直、ムービーを見てゲームを買ったことはないですね。

笠井 プレイヤー視点で考えても、過度なリッチコンテンツ化は負担ですよね。さっき話題に出た「時間がかかる」もそうですし、たとえば電車に乗っているときに「あの作品、スマホに移植されたらしいし、久々にノベルゲームをやりたいな」と思っても、ボイスやムービーがガッツリある100メガ以上のiPhoneアプリなんてダウンロードできないですよね、Wi-Fiがないと。

しかも落としていたとしても、10分の細切れ時間にノベルゲームを立ち上げるのはハードルが高い。たとえば、多くのノベルゲームではスマホアプリであっても音楽や音声が流れます。すると、イヤホンをつけないといけない。それってめんどくさいですよね。『じゃあ、家に帰ってからやろう』となる。――たぶん、ほとんどの人は帰ってもやらないんですけどね。音楽や音声があることでむしろアプリを立ち上げることをおっくうにさせ、プレイする機会の損失になっていることもある。

もちろん、Key作品を筆頭として、音楽がノベルゲームのプレイ体験のすばらしさを間違いなく支えたジャンルでもあるので、単純に「音をなくせばいい」という話ではないんですが……。

■兼業で冒険度の高い作品をつくって発表できる環境を

――今はいろんなものが「絶対ないとダメ」状態になっているけれども、「ないものでもいい」「あってもいい」という選択肢を増やしたい、許容範囲を広げたい、ということですよね。そうすれば販売するさいの単価設定も融通が利くようになる……というかPC用ノベルゲーム的な「値段ありき」のゲームづくりから作り手も解放される。

笠井 実は「定価8800円」よりも安く、ボリュームも小さめで、という試みはいろんな会社がいくつもチャレンジしています。しかし、決定的と言えるほどの成功例は出ていません。そうするとますます今あるフォーマットが強固なものに見えてくる。でも、ジリジリと全体のマーケットは小さくなってきている。だから、何かしなきゃいけないことは間違いないんです。

――それがさっき言っていた「業界全体を見て動くプロデューサーが必要だ」という話につながるわけですね。

笠井 ええ。今の美少女ゲーム系のノベルゲーム界隈は、どうやってクリエイターを探してきているかと言うと、同人などでゲームをつくっているひとたちに流通の人たちが声をかけるんですね。流通がポッと出のクリエイターにお金を貸して商業ラインに乗せる、という発掘のしかたがメインなんです。

つまり、既存のゲーム会社にいるひとたちがそのノウハウを活かして独立する、ということよりも「インディーズから一気にプロに行く」という音楽に近いモデルが主流なんですね。このやりかたでは、プロデューサーは育ちません。ある作品なりメーカーのディレクターどまりでしょう。

制作に必要なお金は流通さんが貸すので、「何本作ったら?」みたいな話を最終的に決めるのは流通さんです。大手メーカーになればまた話は別ですが、「この作品はいついつに出し、こういうポスターにしてこの客層を狙おう」ということって、同人だけやってきたひとたちはわからない。だから流通さんがしきる。でも流通さんはクリエイターじゃないから、過去のセオリーに倣いがちで、とがったものは出てきにくくなってしまう。

――というか、プロデュース能力の前に、マネジメントや資金繰りといった経営のスキルが、同人ゲームを作ってきた経験しかないひとたちにいきなり求められるようになる、ということですよね。それは……失礼ながら、打率が低くなって当然という気がします。

笠井 しかも先ほど述べたような事情もあって、この十年、十五年でノベルゲームの制作費は上がっています。つまり、貸し付けの金額も、昔より増えている。同人サークルでやっていた人たちが商業デビューしようとすると、突然ひとりで1000万円くらいの借金を背負うことになる。そのお金を返していくには、問屋が設定した発売日から逆算して急いでゲームをつくらないといけないし、一本出したらユーザーから忘れられないようにすぐ次をつくらないといけない。

人間、借金を背負って「これを外したら路頭に迷う」というふうな状態に置かれると、「目先のカネをどうにかしなきゃ」「コケないように手堅くいこう」となりがちで、狂ったことができないんですよ。だけど、手堅くやった作品が当たる保証もない。

――むしろ、外さないようにつくられた無難な作品って、記憶に残らないし、目も惹きませんよね。

笠井 同人でやってきた若いひとが商業に移ってメーカーをつくろう、ブランドとしてがんばろうとするとなかば必然的に借金や時間的制約を背負うので、兼業でやるのがむずかしくなってしまう。それが今の状態です。

でも『月姫』だって『ひぐらし』だってもともとは日曜クリエイター的なところから始まったものですよね。少人数で兼業でもつくれて発表できる、開かれた場がないと、このジャンルにチャレンジするひと自体がいなくなってしまうのではないかと僕は危惧しています。ノベルスフィアは兼業の日曜クリエイターでも大歓迎です。

■ノベルゲーム衰退と「なろう」の隆盛

――同人ゲームや商業用ノベルゲームと入れ替わるように隆盛してきたものに、小説投稿プラットフォームの「小説家になろう」がありますよね。あれはノベルゲームのリッチコンテンツ化と真逆で、書き手がひとりでやりたいことをやれる。しかも8800円で最低1メガのテキストでパッケージ販売じゃなくていい。連載で細切れで展開していい気軽さがある。

笠井 「文章を読んでもらえれば、それでいい」という書き手は、今ではノベルゲームよりも「なろう」に流れていってしまったと思っています。ただ「なろう」には良くも悪くも流行があって、そこから外れたものだと注目を集めにくいという欠点があります。

もちろん僕も、本当に自分ひとりであたらしいことをやりたいクリエイターには、小説を書くことをおすすめします。でも、ノベルゲームという文章と音楽と絵のくみあわせで表現ができるメディアでしかできないこと、そちらのほうが効果的に表現できることは、確実にあります。

――ただ、ノベルゲームだと、後先考えずに書きはじめられないですよね。キャラや背景の絵も必要ですし。

笠井 でも、ほかのゲームよりはできると思うんですよ。3DCGてんこ盛りのFPSゲームを行き当たりばったりで作ったら、そんなメーカーは倒産します。

だけどノベルスフィア上で提供するノベルでなら、不可能ではない。たとえば、先にテキストと立ち絵だけのものをつくって、あとから背景や音楽を追加していくこともできますし、背景や音楽がないタイプの作品でもいいわけですから。

――文字と音楽だけとか、文字と絵だけとかいうかたちのノベルゲームでもいい?

笠井 そういう引き算の発想も、アリだと思います。超水道さんの『佐倉ユウナの上京』なんかは、基本はいわゆる電子書籍に近いスタイルで、絵も音楽も要所要所でしか入らない。そういうミニマルなものでもいい。

くり返しになりますが、ノベルスフィアはシンプルな状態を取り戻したいんです。

今はまだそういうスキームで作るひとたちがあまりいませんが、そういう使い方も提案していきたい。今『なろう』に投稿しているひとたちに、選択肢のひとつとして見てもらえるようにもしたいですね。

さっきも言いましたが、僕はノベル「ゲーム」という名称は使いたくないんです。ノベルスフィアの中ではたんに「ノベル」と言っています。紙の本じゃなくても、文章を読む方法としてこのプラットフォーム/メディアがあるよ、という意味です。文字だけから映像や演劇まで、世の中にはさまざまな表現媒体があるわけですが、「文字だけ」と「映像」の中間項は、もっとグラデーションがあっていい。ノベルゲームであれば、それが選択できる。

分量面から言っても、小ボリュームのノベルでももちろんいいし、雑誌や『なろう』みたいに連載形式での発表でもいい。たとえばトータル1メガのテキストであっても、おもしろいものなら1回で全部アップするより、100回に分けてリテンションしたほうがウェブ上のプロモーションでは有効です。でも、パッケージ販売や普通のDLサイトだとそういうやり方もできない。それをやるには、新しい場が必要なんです。

■スマホファースト時代に合わせたノベルゲームの姿に刷新していく必要がある

――小説投稿サイトでもモバイルゲームでも頻繁に更新されるのが重要ですからね。ノベルゲームは大艦巨砲主義になりすぎたので、もっと機動的に戦えるようにしようと。

笠井 アプリやブラウザベースでなら、パッケージよりはるかに簡単にパート別に分割販売することができますし、それに対するユーザーの抵抗も薄いはずです。コンシューマゲームでもSteamのようなインディーズにも開かれた販売プラットフォームが出て盛り上がっていますが、ノベルゲームであってもいい。今はまだ「細切れでノベルゲームをやる」という発想がプレイヤー側にも浸透していないですが、その意識改革もしていきたい。まさに「雑誌」ですね。

――ボルテージがやっている女性向けの恋愛ゲームアプリなんかだと「続きを今すぐ読みたかったら課金してね」みたいなモデルもありますが、男性向けのPC用ノベルゲーム的な文脈では、あまりないかもしれません。

笠井 ノベルゲームも本も、テクノロジーの発達に合わせて自然と姿を変えていくと思います。僕は15年前にはインターネットにつながっていないパソコンに向かってノベルゲームをプレイしてガチ泣きしていました。携帯の電源も切って、固定電話の回線も抜いて。むかしはいい感じに孤独な状態で作品と向き合えた。でも今はそんなコミュニケーションからシャットダウンされた環境をプレイヤーに求めるのは不可能ですよね。「スマホの電源は切ってね」「ほかのものを排除して集中してやってね」とお願いはしたいけれども、現実には難しい。何かしていたら頻繁にLINEやTwitterの通知が来る。

そういう時代に即したメディアにノベルゲームもならないといけない。そういう時代にふさわしいノベルの形式を、作り手が編み出していくしかない。

それには多様性を担保して、自由にさまざまなものがつくれる環境を整える必要があります。

ノベルスフィアは当初、ある程度プラットフォーム側(つまりわれわれ側)で制作者に提供する機能を絞ったほうがいいかなと思っていたんです。「なんでもできます」にしてしまうと、PCゲームのように「右へ倣え」でリッチコンテンツ化をめざしてしまうのでは、という危惧があったからです。

ですが、実際にいろんな方の作品が投稿され、個別に要望をいただくにつれ、それは難しいなと思うようになりました。

全体がリッチでなくても「ここではこういう演出がしたい!」というこだわりのポイントは、人によって全然違う。そうするとこちらでレギュレーションするよりも、ゆだねたほうがいいな、と。

だいたいは開発者から言われたとおりに新機能を提供してアップデートを続けています。最近では、商業ゲームの体験版をノベルスフィアで配信したい、というオーダーも増えてきました。でも現状の商業ベースのPCゲーム並みの作品を作るには、ブラウザベースでは厳しい、というくらいの感じです。

■HTML5ならではのメリットも活かした作品づくりが可能になる

――同じことができるなら、わざわざやる必要はない、という気もします。できないことを逆手に取るくらいでないと、新しい表現、新しいユーザーは生まれないんじゃないかと。

笠井 ただ「PCゲームよりも機能がしょぼくなった」とだけ取られると誤解があって、逆にHTML5をベースにしたことで、できるようになったことも、もちろんあります。たとえば、ノベルスフィアではユーザーがシナリオのどこで離脱したのかまで、ログが取れます。現状ではノベルゲーム制作者はそういう分析を使ってものをつくることに慣れていません。でもそうした反応を見ながら作品をつくるのも、ひとつの手ではあるんです。既成のパッケージゲームとは違う手法、違うアイデアでノベルを作ることもできる、というのはお伝えしておきたいですね。

――今後の展望は?

笠井 今はまだノベルスフィアは無料作品しか公開しておらず、収益化していません。近い将来は有料作品の販売手数料をいただくモデルで動くのが順当な線……といきたいところですが、さっきも言ったように各メーカーが作品を単品売りをするだけではユーザーに対する訴求力も弱い。そこをブランディングしてまとめて盛り上げていきたいと思っています。

今は作り手も読み手も規模が少ないので、まずは順当に作品数を増やしたい。週一で新作が読めて、それを楽しみにするユーザーがいる状態にしたい。そうなってこそ有料作品販売が意味をなすようになる。もっとたくさんのクリエイターに作品をお寄せいただける状況にすれば、ユーザーさんが集うようになる。そういうグッドサイクルを回していくために、あれこれ手を打っているところです。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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