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「ケータイ小説は終わった」なんて大間違い! 今も16万部のヒットを生み出すスターツ出版に聞く

飯田一史ライター
かつてはモノをイメージしたイラストが表紙だったケータイ小説も、最近はキャラ主体に

Yoshiの『Deep Love』がヒットしたのが2002年、美嘉の『恋空』書籍化が2006年。Wikipediaにはケータイ小説の「ブームは終わった」と書かれている。たしかにかつてのように100万部、200万部クラスの作品はなくなった。

しかし2015年12月に刊行された沖田円『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』は口コミで広がり発売3か月で16万部。櫻いいよ『君が落とした青空』は横書きの文庫で6万部まで到達したのち縦書きでも刊行され、さらに4.5万部売り伸ばしている。

単行本なら初版4000部以下がざらである日本の小説市場において、ケータイ小説の書籍化は、映像化に頼らずとも継続的にポテンヒットを生み出しているジャンルとして注目に値する。

また、内容面から見ても、「実話をもとに書かれた」と銘打った、性的暴力や妊娠、難病による死などを扱ったジェットコースター的な物語というかつてのイメージは完全に過去のものだ。

沖田円の『ぼくなん』は1日で記憶が失われる男子と恋をする少女の物語であり、『君が落とした青空』は恋人の事故死を救うために苦闘する女子高生を描いたループもの(!)である。大人が眉をひそめるような過激さは微塵もなく(そもそもセックスシーンがない)、いずれもリリカルな青春恋愛小説だ。さらに言えば、文字の組み方もかつてのようにスカスカしたものではない。

「ケータイ小説」の初期から現在に至るまで携わってきたスターツ出版・松島滋氏に、ブームが去ったあともなぜスターツはコンスタントにヒットを生み続けることができたのか、また、読者の変化について訊いた。

■『Deep Love』のころは、ローティーンが読むなんて想像していなかった

――スターツ出版さんはティーン向けの「野いちご」、大人の女性向けの「ベリーズカフェ」というケータイ小説のプラットフォームを運営しながら、自社で書籍化も手かけています。以前、出版業界紙「新文化」でも何度かお話をうかがい、ケータイ小説が様変わりしていることに驚きました。ウェルザードさんの『カラダ探し』のようなホラーがヒット作になっていたりですとか……。そこからさらに変化が起こっているようですので、この機会にインタビューをお願いしました。

読者層は二つの方をイメージしています。

ひとつはもちろん、書店さんをはじめとする出版業界の方。

もうひとつは、Yahoo!ニュース個人の多くは「野いちご」読者のお父さん層であり「ベリーズカフェ」読者の夫層ですから、娘や嫁が読んでいるものには興味があると思うんです。特に娘さんの読書に対してあらぬ誤解をしているのであれば、それを取り払うべきだろうと。今のケータイ小説は、基本的にはとても健全ですよね。

松島:実はケータイ小説の初期のころは、中学生が読むことを想定していなかったんです。

Chacoさんの『天使がくれたもの』が人気になったくらいから「ケータイ小説ってほかにもあるんじゃないか?」と思いはじめ、それで魔法のiらんどさんや『恋空』の存在も知りました。

女性スタッフがサイト上で『恋空』を読んで「めちゃくちゃ泣いた」と言うので覗いてみたらコメント欄に分刻みで絶賛と罵倒の書き込みが交互についてケンカになるくらいの状態で「ああ、好きな人だけが読んでいるんじゃないんだ」と広がりに驚いたり。でもはじめのうちはケータイで女子高生……もっと言えば当時ギャルと呼ばれていた子たちがメールで回しているということは、想像もしていませんでした。

今年で十年目になる「日本ケータイ小説大賞」を始めた2006年ころまでは「大人が読むもの」ないし「大人も読むもの」だと思っていた気がします。

でも徐々に読者は子どもたち、それもその中心は14歳になりました。2007年から自社で始めた「野いちご」の読者層は、早い子は小学校高学年から入り、中学三年から高校一年くらいからゆるやかに離れていきます。そうした状況を見ながら、「この子たちに出していい情報とは何か?」を考えた結果でもあると思っています。

横書きのケータイ小説というだけで色眼鏡で見られることもありますが、でも、10代のときに読んで好きだったものは、その後の自分の生き方に影響を与えますよね。だからこそ、子どもたちにとって等身大でありながら、将来にわたって心に残る物語を出していきたい、と僕らは考えてきたんです。

■10代が安心して集まれる場所をめざして

――単純に小中高校生側の変化があるだけではなくて、御社の運営方針もある?

松島:と思います。「野いちご」では、小説を書いてもらうさいにはなるべく言葉に制限をかけたくないとは思いつつも、その場に集まる読者の年齢層に合わせた内容にしてもらいたいわけです。だから運営スタッフが細かく規定をして、注意を喚起したり、修正をお願いしたり、場合によっては非公開にしたりという細かいやりとりをしてきました。それで「野いちご」のカラーができていったんです。

小説の内容だけではなく、女子中学生、高校生がうちのサイト/アプリをきっかけに変なかたちでの出会いがあって事件に巻き込まれたりすると悲しいことになりますから、サイト上では個人情報を一切交換できないようにしています。

かつてのケータイ小説サイトでは読者と著者が直接やりとりをできるメッセンジャー機能がついているのが普通でした。あるいは最近ではTwitterやLINEで作家と読者、あるいは読者同士が勝手につながるようになったので、そこには僕らはタッチできません。ただ、「野いちご」にはそうした機能を持たせていません。

書き込みややりとりはすべてオープンにオモテに出るようにしていますし、書き込み内容もチェックしていて、たとえば「みんなで遊びに行こうよ」という内容が含まれていたら出せないようになっています。

その代わり、「日本ケータイ小説大賞」の表彰式を兼ねた「野いちごファン祭り」という公式のクローズド・イベントを開催して、サイン会やトークショーを通じて、著者とファンのコミュニケーションができる場をつくったりしています。

――最近、都内の中高生にウェブ小説のアプリやサイトで使っているものがあるかどうかについて選択式のアンケートを採ってみたところ、女子では1位はpixivでしたが(つまりアニメやマンガの二次創作の小説を読んでいる層)、2位が野いちごでした。E★エブリスタや魔法のiらんどよりも多かったです。

松島:10代には、うちがいちばん合うような小説があるからかもしれません。E★エブリスタさんは大人のユーザーの方が多めでしょうし、魔法のiらんどさんも利用者が幅広い印象があります。うちは18歳以上の女性向けの「ベリーズカフェ」を分けたこともあって、子どもにとってわかりやすいのかなと。狙ったというより、ほとんど結果論なんですけどね。

――今は比較的安定しているそうですが、一時期のブームが去ったときは大変だったのでは?

松島:そうですね。「単行本を出せば10万部」という時代から急激に下降したのが2008年。そのときは理由がわからなくて、たくさん議論もしたし、試行錯誤しました。

それが、文庫を出しはじめたくらいからですかね、「ケータイ小説は、泣けて、最後に人が死ぬ、実話」みたいな既成概念を僕らも取り払って、素直にサイト上で人気のものを書籍化していくようにしたら、売れる確率が上がったんですね。

それ以来、時代に合わせて出すタイトルやパッケージ、書店で販売する棚を変化させてきました。今は安定した売れ方をしています。初版1.3万部~1.5万部くらいのものが多いですが、ほとんどが実売8割程度で、重版がかかるものも少なくなく、いくつかはロングセラーになっていきます。そうすると、次のチャレンジもしやすくなるんですよね。

発売3か月で16万部になった沖田円さんの『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』は、自分たちの得意なケータイ小説の棚から離れ、一般文芸・ライト文芸棚で勝負した縦書きの「スターツ出版文庫」という新しいレーベルの作品です。

こういう賭けができたのは、「野いちご」の月間UU(ユニークユーザー)70万人、「ベリーズカフェ」40万超、合わせて110万人という読者がいてくれるおかげであり、作家さんがみなさん熱意をもって投稿してくれているおかげです。

■2000年代とは様変わり! 最新ケータイ小説事情

――UU70万で『ぼくなん』16万部、『君が落とした青空』が横書き6万+縦書き4.5万部ということは、アプリで読んでいない層も書籍版を買っている?

松島:横書きのケータイ小説文庫に関しては、アプリと書籍の読者層は重なっています。

ただ、縦書きのスターツ出版文庫に関しては、ほとんどアプリで触れていなかった層だと思います。POSを見ると15~25歳の女性7割、男性3割、とくに高校生、大学生層が多い。つまり、従来僕たちが展開してきた横書きのケータイ小説文庫より高めです。『ぼくなん』や『君が落とした青空』は、ケータイ小説ではなく新潮社nexさんやオレンジ文庫さん、あるいは有川浩さんの『植物図鑑』のような恋愛小説といっしょに買われているようです。

内容的にも、いわゆるライト文芸に近い作品だと思います。実は『君が落とした青空』はそこまでPV(ページビュー)が多くはなかったので、僕は一度、書籍化決定会議で難色をしめしました。「今のうちの読者層には難しい話なんじゃないの?」と。でも書き込まれている感想が熱くて、編集も販売部ももう一度「やりたい」と会議にあげてきたので出してみたら……累計10万部以上になりました。

ここ数年の売れた作品を順番に並べてみると、こういうタイプの、きちんと作られていて、読んで成長感のある、恋愛が絡むストーリーがけっこうあったんですね。それもあって、縦書きにして、あえて売り場をケータイ小説コーナーから外して一般文芸に持ってこれるようにやってみようよ、と。

『君が落とした青空』はループもの。これを「実話を元にした」物語だと思う人はいない
『君が落とした青空』はループもの。これを「実話を元にした」物語だと思う人はいない

――『Deep Love』、『恋空』の時代からは本当に変わっていますよね。横書きのケータイ小説文庫のものでも、第10回ケータイ小説大賞の大賞受賞作、Linkさんの『はちみつ色の太陽』は1ページが27文字×25行の横書き作品ですが、350ページ近くあります。中身は学園青春ラブコメで軽く読めるものですが、この分量のものを「スカスカ」と言うのはムリがある。

松島:ケータイ上では改行が多いものも、書籍化するさいには詰めて本として読みやすくしています。また、本にするときには編集部から作家さんに誤字脱字の修正以外にも「ここが書き込まれていたらもっと盛り上がるのでは」ということも伝え、原稿へたくさん手を入れていただいていることも、そう見える理由かなと思います。

もちろん作品によりけりで、文字の組み方がゆるやかなものもあります。ただ、昔は8割くらいそうだったものが、今は逆転して2割くらいになっている気がします。最近の読者は文字好きが多くて、横書きでも比較的厚いもののほうが好まれています。

ガラケーからスマホにシフトしたことによって画面が広くなって文字の表示量が増えましたし、かつてはボタンをポチポチ押していましたが、今はアプリを使えばTwitterやFacebookを読むように縦スクロールですいすい読めることも、影響しているかもしれません。サイト上でも意欲的な読者が多いです。

――「野いちご」はガラケーからスマホへの移行・対応が、かなり早かったですよね。

松島:ユーザーのアクセスが、若ければ若いほどスマホに移っていっていることに気付いていましたので。あとはいかに使いやすくするかは、読者の要望を反映して、改善してきました。サイトの開設当初こそ、競合サイトを意識していましたが、実は他社の様子を見ながら手を打っているスタッフはほとんどいません。またサイトを運営するエンジニアが内部にいるのも強みで、目の前の読者と対話しながら、うちの媒体に愛をもって取り組んでくれているんです。初期はアクセスするのに重たかったり、サーバが落ちやすかったりして相当怒られましたが、今では使いやすいものになっていると思います。

■親に向かって「クソババア」と叫ぶ主人公に共感できない「nicola」モデルのリアルな声

――出版社が自社でウェブ小説のプラットフォームを持つデメリットとメリットを教えてください。

松島:デメリットというか……コストがすごいかかりますよね(笑)。今でこそサーバも安くなりましたけども。ただ、本が売れてくれましたし、うちのほかの事業、たとえば『OZmagazine』などが好調であったり、『OZmall』という女性サイトが安定した収益を生んでいたこともあって、幸いにして投資できる体力があったので、なんとかなりました。

メリットは、読者を間近に見ることができることです。うちが紙の本だけしかやっていなかったら、今のように変化していくことはできなかったかもしれない。「野いちご」を持ったことによって、どんな小説が読まれているのかとか、アンケートを通じて普段どういう生活を送っているのかがわかったりするんです。それは大きいと思います。

うちは「野いちご」のサイト/アプリのチームと書籍の編集部が隣り合っていて、常に情報を共有しながらお互いやっています。同じ会社でやっていても、ここの距離が遠かったり、それぞれで思惑が違っていたりしたら、こうはなっていないかもしれません。

――アンケートと言えば、スターツ出版さんの本に入っているアンケートハガキは、質問項目を見れば“ちゃんと使っている”会社のものだな、とわかるものになっていますよね。昨今、コスト削減を理由に読者からの貴重な情報源であるハガキを本に同封することをやめたり、「どうせちょっとしか送って来ないから」と集計や分析をおろそかにしたりする版元が少なくないですが、ここでも読者の方を向いていることがわかります。

読者アンケートのハガキ
読者アンケートのハガキ

松島:切手を買って貼ってもらわないといけないにもかかわらず、熱い感想を書いて送ってくれる読者が月に100人以上います。それも参考になりますよね。短時間で全体感をつかもうと思ったらネットで選択式のアンケートを取ればいいのですが、本音は手書きのハガキに表れることがある。ハガキを何枚も見ているうちに、初めてネットで取ったデータの意味が立体的にわかってくることもあります。

――なるほど、組み合わせが重要なんですね。読者の目線を知るという意味では、日本ケータイ小説大賞の選考委員にファッション誌「nicola」のモデル(いわゆるニコモ)が入っていることも、おもしろいなと思っています。

松島:「nicola」さんは読者層が「野いちご」とほぼ同じ小学校5年生~中学2年生で、非常に影響力のある媒体ですので、ニコラモデルさんに入っていただいています。

彼女たちはこちらが想像していた以上に作品に向き合ってくれて、かつ、意見が鋭いんです。選考会は、いかに自分たちが大人の目線で作品を解釈していたのかがわかる貴重な機会になっています。

たとえば、ある作品でお母さんに向かって「このクソババア!」と叫ぶシーンがあったんですね。僕らは誰しも若いころは親に反抗するものだと思っていたんですが、ニコラモデルのお二人は「お母さんがかわいそうで、主人公の女の子に共感できなかったんです」と。

――たしかに、最近の子は親と仲がいいですよね。親が趣味に無理解なこととか、進路で衝突することも昔よりは少ないようで。

松島:そういう気づきが、選考に影響を与えたりもしています。

――「りぼん」編集部も選考委員に入っていますよね。大賞受賞作の『はちみつ色の太陽』もさっそくコミカライズされています。

同じレーベルの作品でも細かい趣味嗜好に合わせて表紙イラストのテイストが違う
同じレーベルの作品でも細かい趣味嗜好に合わせて表紙イラストのテイストが違う

松島:これもおもしろくて、『はちみつ色の太陽』のような少女マンガ的な表紙イラストと、ボカロ系のイラストレーターさんに描いてもらった作品と、うちで「顔なし」と呼んでいる、読者にキャラクターの表情を想像してもらうためにあえて顔が入っていないイラストを使ったものの3種類を同じ発売日に出したんですね。購買層の平均年齢を見ると、顔なしはお母さん層が買い、子どもたちが自分で買っているのは『はちみつ』だと。ボカロ系のイラストはその中間です。

――ああ、「中学生が自分で買いたい本」と「お母さんが子どもに買ってもいい/買ってあげたいと思う本」(ないし、「子どもが親に『買って』と言いやすい本」?)は違うわけですね。

■大人の女性向け恋愛小説サイト「ベリーズ・カフェ」の試行錯誤

――お母さんと言えば、「ベリーズ・カフェ」は「野いちご」に主婦層の恋愛小説がたくさん投稿されるようになったことをきっかけにサイトを分けたものだそうですが、こちらについても教えてください。

松島:ハーレクイン・ロマンスの日本版とお考えいただければと思います。今は40代の女性がコア読者になっていまして、30代、50代の方もいらっしゃいます。お子さんがいて、旦那さんが働き盛りで、という方が多いですね。

実は「ベリーズ・カフェ」は当初、文字通りカフェのような、ミュージシャンから小説家までが集まる場所を作ろうと思っていました。

だから谷村志穂さんやワタミの渡邉美樹さん、元ゴールデン・カップスのベーシスト、ルイズルイス加部さんの自伝的な小説を掲載したりしていたんですが……フタをあけてみたら投稿されるものは恋愛小説がほとんどで、賞を開催して最初の審査員を湊かなえさんにお願いしたのですが、それでも恋愛ものが大半だったんですね。

それからは恋愛に特化して、人気になった作品をはじめは単行本、次に文庫本で刊行するようになりましたが、こちらの書籍化も試行錯誤がありました。

――というと?

松島:単行本はあまり売れなかったんです。それで、どうしてだろうということで、サイト上で募って東京・大阪・名古屋のユーザーさんに直接会ってお話しを聞いて。それでわかってきたのは「主婦は単行本は高いので買わない。自分たちのパートの時給で買えるものじゃないと」と。だから文庫でやってみることにしました。

――リアルな情報です。

松島:ただ、それでも書店の棚展開でも難しいところがありました。うちは「官能小説」ではなく「恋愛小説」としてやっていますので、いわゆるTL(女性向けの官能小説)棚に行ってしまうと、あまりにも普通と言いますか、過激さはないわけです。でも一般文芸とも読者が違うし……と。

それで、アルファポリスさんの大人向け恋愛小説レーベル・エタニティ文庫がうちと併読で多かったので「いっしょに棚を作ってください」とやっていくうちに棚ができていき、今は併読はほとんどうちのレーベルのものになりました。

ベリーズ文庫は「ドキドキする恋、あります」というキャッチなんですが、必ず読後にハッピーな気分になることをお約束にしようと決めていたんですね。そういうものが好きな人は絶対に裏切られない、と。そこに気づいてくれた、TLに食傷気味だった書き手や読者が、より一層ドキドキする恋愛を求めてくださったのかもしれません。ベリーズ文庫は、紙の売上で対前年比115%できています。

――「文庫は厳しい」とどこの版元でも言われているなか、すごいですね。

松島:自分たちでも驚いています(笑)。ありがたいことですよね。ベリーズ文庫は、作家さんあてではなくて編集部あてに手紙が届くことがありまして、あるお手紙では「子育てに追われて心が病みそうなときにたまたま手に取ったのですが、読んで晴れやかな気持ちになれました」というようなことが書かれていて、みんなで涙して読みました。

■大人の男性でも文章に吸い寄せられる『僕は何度でも、きみに初めての恋をする』

――最近、出版業界では「小説を一番読むのは40代女性だから、そこに向けた本づくりを」みたいなことがよく言われていますが、御社ほど「どんなものを、なぜ求めている40代女性なのか」を具体的に掘り下げて読者に向き合っているところは、少ないかもしれません。

くわえて僕がそういう「とりあえず40代女性を」みたいなざっくりした話に違和感を持つのは「じゃあ、それ以外の年代の人たちはどうでもいいのか?」ということです。その理屈で言うと10代はもっとも人数が少ないから、相手にしなくていいことになってしまいます。

松島:40代女性に本が好きな方が多いのは、人口ピラミッドを見たら当然のことですよね。でも実際どんな方たちなのかを知らないと、表紙ひとつをとっても、どういうものにしたら読者の方にとって本当にいいものになるのか、わからないですから。うちはそこは徹底しています。

多少自戒の念を込めて言いますが、僕らも「野いちご」は中学生までは読んでくれるけれども、高校生になるといろんなところにアクセスするようになるから、書籍化しても読んでくれないだろう、と思っていたんです。でも縦書きで出してみたら高校生、大学生も受け入れてくれて、10万部を超えるものも出てきました。

そう考えると「人口が少ないから……」ではなくて、どういう人たちに、どんなパッケージで、どう届けるかをやれるかどうかなのかな、と。

ただ全然偉そうなことは言えなくて、大きな変化はつかむまでには僕たちだって時間がかかりますし、自分たちの常識を壊していくのはいつだってこわいです。でも、世の中のサイクルが本当に早くなりましたから。ガラケーを見かけなくなる日がこんなに早く来るとは思わなかった。

――最後に、ケータイ小説を読んでいる娘を持つお父さん層に何かメッセージと、一冊おすすめをいただければ。

松島:「ケータイ小説は子供の読み物だ」「教育上よくない」と思われる方がいると思うんですが、実際はたまたま小説が投稿された先がケータイないしアプリなだけであって、そこには人に愛される理由を持った作品があります。「ケータイ小説」という概念でひとまとめに切るのではなく、作品ひとつひとつで見ていただきたいなと。

お父さんが読むのだとしたら……やはり『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』でしょうか。「ピュアすぎる」と言うひともいるでしょうし、「毎日記憶がなくなる人と、本当に接することができるのか?」と思う方もいるかもしれません。でもすでに読者の3割は男性です。最後の星空のシーンでは、僕も50のおじさんですが、泣きながら読みました。

とても言葉がきれいなんですよね。沖田円さんは以前刊行された『一瞬の永遠をキミと』もすごく心に響く作品でしたし、まだ書籍化されていない作品「神様のねがいごと」もありますが、どれもいいですよ。この先が楽しみな作家さんです。

瑞々しい文体で一般文芸の読者も取り込む『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』
瑞々しい文体で一般文芸の読者も取り込む『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』
ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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