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マンガのノベライズが300万部!? 集英社ジャンプジェイブックスが破格のレーベルである理由

飯田一史ライター
ジェイブックスのラインナップ(撮影:「新文化」冨田薫)

マンガのノベライズといえば「映像化合わせで1冊出しておしまい、売上は良くて数万部」といったものが多いなか、『週刊少年ジャンプ』『ヤングジャンプ』『ジャンプSQ.』などのノベライズを主に手がける集英社JUMP j BOOKS(ジャンプジェイブックス)は平均で原作マンガ第1巻の3割の売上を誇る。

のみならずノベライズを7冊、8冊とシリーズ化して刊行し、小説版『銀魂』は累計300万部(第1巻は80万部超!)、『黒子のバスケ』は累計230万部、『ハイキュー!』は累計140万部を突破等々と、文字どおりケタ違いの実績を叩き出す、他に類を見ないレーベルである。

紙の小説市場は、一般文芸や文庫のライトノベルはここ数年厳しい状況が続いているが、j BOOKSは2015度には部署設立22年目にして過去最高売上、日販のノベルス(新書判小説)年間売上ランキングトップ10のうち9冊が同レーベル発となり、東山彰良氏の直木賞受賞後第一作が『NARUTO ド純情忍伝』(原作:岸本斉史)であったなど、文芸業界において大きな存在感を放つ。

しかし、「ジャンプブランドなんだから小説だって売れて当たり前でしょ?」というのは大間違い!

同レーベルにも低迷期はあった。だが、そこから作品内容から流通まで様々な変革を行い、施策を組み合わせることで、現在のようなヒットをコンスタントに生み出す体制を築きあげたのである。

躍進の立役者である(マンガ編集者として『ONE PIECE』や『BLEACH』を立ち上げたことでも知られる)編集長・浅田貴典氏と、副編集長・島田久央氏らに訊いた。(全3回。第2回はこちら。第3回はこちら。)

■「赤背」からリニューアルして大躍進!

――ジャンプノベル(j BOOKS)と言えば創刊から長く「赤い背」が特徴で、30代以上はその時代の印象が強いのではと思うのですが、今はコミックスと同じような装丁で同じ判型(ジャンプコミックスの小説版ならジャンプコミックスと同じサイズ、ヤングジャンプ作品のノベライズならヤンジャンのコミックスと同じサイズ)ですよね。以前の装丁よりも今の方がより「欲しいな」と思わせるものになっていると感じますが、いつから変わったんでしょうか?

浅田貴典:その前にそもそものj BOOKSの成り立ちから説明しますと、もともとは「読むジャンプ」という感じで「週刊少年ジャンプの増刊」として小説を刊行したのが始まりです。創刊タイトルは『BASTARD!!』のノベライズで、他には村山由佳先生や北方謙三先生、大沢在昌先生のオリジナルも刊行するというレーベルでした。新人賞からは乙一先生、小川一水先生を輩出したことで知られているかと思います。

――僕、文化放送で90年代に放送されていた「久川綾のSHINY NIGHT」で大沢先生の『黄龍の耳』がラジオドラマで放映されていたのを中学生のとき聴いてましたよ!

浅田:赤背のころは他社のノベルスよりも少し大きかったんです。独自のレーベル感を出したいというのと、イラストをなるべく大きく見せたい、ということで判型を設計したみたいですね。

島田久央:……という時代もあったんですが、僕が2005年に少年ジャンプ編集部から異動してきまして。正直、その頃にはj BOOKSからお客さんが離れていたんですね。でも僕は「『小説の読者』に向けるとどうしてもパイが小さくなってしまうけれども、『マンガの読者』に向けて作れば本当はもっとファンがいるはずだ」と思ったんです。

浅田:単純な理屈で、「その作品が好きな人に届く内容で、届く場所に商品を置くのが鉄則だ」と。ファンが一番喜ぶかたちを追求していったわけです。

――というと?

島田:それまでj BOOKSは「小説のレーベル」として作ったり売ったりしていたんですね。たとえば「小説の『ONE PIECE』」みたいなスタンスでした。でもファンは「小説の『ONE PIECE』」だから買うわけではなくて、「『ONE PIECE』の小説」だから欲しいと思うんじゃないかと。

浅田:もっとわかりやすく言うと、それまではマンガ本編のストーリーをそのまま文字に落とし込んだようなものが多かったんです。

島田:でも『D.Gray-man』の当時の担当編集者・吉田(幸司氏。現『ジャンプSQ.』副編集長)と僕が先輩後輩だったこともあって、密にすり合わせて外伝的な内容の小説を作り、コミックスサイズにリニューアルしたものをつくってみたんですね。

――普通、「ノベルスの部署」に配属されたら「ノベルスサイズのものを作るもの」という発想になって「サイズを変えていい」だなんてなかなか思わないですし、上司(編集長)もルーチンを崩すようなことに対しては首を縦に振らない人の方が多いのではと思いますが、英断でしたね。

島田:当時の上司からも「おもしろいね」と言ってもらえたんです。

最初は販売から「3万部」って言われて「いやいや、そういう話じゃないんです。全然足りないと思います」とやりあいをしていたのですが、蓋を開けたら初版5万部が発売前重版になり、すぐ30万部増刷となりました。

それで関係していた販売のみなさんも「これはいけるんじゃないか?」というエポックメイキングな出来事になって、現在のような装丁と内容に変わっていきました。

■「マンガのストーリーをなぞったもの」から「マンガのファンが見たいもの」へ

――装丁だけでなく、内容面でも大きく変えたわけですよね。

浅田:『D.Gray-man』は連載の本線では描き切れない情報が色々あった作品で、それをうまく島田と吉田で情報交換できたことが大きかったと思います。

島田:週刊でやっていると、作家さんは「これはできないね」というボツにしたネームとか、「ここはカット」というネタをいっぱい抱えているんです。「それをやっていると順位が下がりそうだ」とか「連載のスピード感が落ちちゃうよね」という理由でオモテに出なかったものが。

「それを小説というかたちでやってみませんか?」と提案したところ、マンガ家さん(星野桂先生)も前向きに受け入れてくださって。結果、原作マンガの単なるトランスレートではない「ここでしか読めないもの」になったし、ファンにとっても作品により深く入れるものにできたのかなと。

浅田:ノベライズに読者が求めているものは大きく言うと三つあると思っています。

第1に「あいだを埋めること」。「この事件と事件のあいだってどうだったんだろう」ということです。たとえば『ハイキュー!!』のノベライズでは本編ではさらっとしか描いていなかった合宿を描いたり、『黒子のバスケ』では黒子たちの中学時代を描いたり。

第2の欲求は「オフショット」。週刊連載だとオフショットばかりやっていると話が進まなくなってしまうので入れにくいんですが、本来だったらファンはそういう側面も見たいですよね。

第3は「夢の状況を設定する」。『ニセコイ』の場合だとマンガよりファンタジー度を上げたんですね。魔法少女にしたり、女の子に猫耳をつけたりとか。

j BOOKS浅田貴典編集長(撮影:「新文化」編集部冨田薫)
j BOOKS浅田貴典編集長(撮影:「新文化」編集部冨田薫)

取材に同席していたジャンプ編集部・齊藤優:『ニセコイ』に関して補足すると、週刊でラブコメをやっていると、本編でありとあらゆるシチュエーションをやりつくして、ぺんぺん草も生えていないような状況になるんですね。

――(笑)。

齊藤:だからたとえば「ノベライズで文化祭のエピソードをやりたいんですけど」と言われても「そんな大ネタ、こっちで使うに決まってんだろ!!!」ということになる(笑)。なので、小説では「本編だと作品のルールが変わっちゃうので絶対やらないけれども、読者が見たいと思うもの」を打ち合わせしながら考えていきました。小説はコアなファンが買うものだし、ファンタジーを入れても許してくれるだろう、という感じで。

島田:いちばんうまくいったのは『銀魂』でしょうね。もともとは増刊号のおまけでちょっとだけ描いてあった「3年B組金八先生」のパロディ「銀八先生」を膨らませて小説にして、内容的にも売上的にもすごくいいものにできました。

齊藤:空知(英秋)先生も「学園ものの『銀八』は本編では絶対やれないから、いいよ」って当時言っていましたね。

『D.Gray-man』『銀魂』『家庭教師ヒットマンREBORN!』の小説はほとんど同時期に跳ねていった印象があります。

(「すごいのはクリエイターや編集者だけじゃなかった!? 対書店の施策に至るまで全社的に練られていたことがわかるインタビュー2」に続く。インタビュー3はこちら

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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