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米電力最大手が画期的な脱原発案

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
ディアブロキャニオン原子力発電所

カリフォルニアが原発ゼロ州に

福島第1原子力発電所の爆発事故以降、原発大国の米国でも、原発の安全性に対する懸念が強まっている。しかし、原発への依存度を下げると温暖化ガスの排出増加につながるとの理由から、脱原発の動きは鈍い。そうした中、米最大の電力会社が画期的な脱原発案を打ち出し、注目を集めている。

この電力会社は、カリフォルニア州中北部地域を基盤とするパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック(PG&E)。6月下旬、所有するディアブロキャニオン原発の原子炉2基を、免許の更新時期を迎える2025年までに廃炉にすると発表した。

カリフォルニア州では1950年代以降、計6つの原発が建設されたが、うち4つは1980年代までに閉鎖。残る2つのうち、同州南部のサンオノフレ原発は放射能漏れ事故などをきっかけに住民の間で不安が高まり、2013年に稼働を停止。ディアブロキャニオン原発が唯一現役の原発となっていた。同原発の廃炉により、米最大の人口を抱えるカリフォルニア州は、主要州で初めて原発ゼロの州となる。

米全体では依然、100基前後の原子炉が稼働中。新設の動きもあり、ディアブロキャニオン原発の廃炉で、米国が一気に脱原発に突き進むわけではない。しかし、米最大の州で米最大の電力会社が脱原発に踏み切った意義は、けっして小さくない。ニューヨーク・タイムズ紙は社説で、「カリフォルニア以外の州や米国以外の国が、温暖化ガスの排出を増やさずに原発の老朽化問題を解決しようとする際の、よい前例となるだろう」とPG&Eの脱原発案を高く評価している。

決め手は州条例

ニューヨーク・タイムズ紙などがPG&Eの脱原発案を取り上げるのは、単に電力最大手が脱原発を打ち出したからだけではない。注目すべきは、脱原発の決断にいたる経緯だ。

PG&Eの決断に最も影響を与えたのは、昨年成立したカリフォルニア州条例だ。同条例は、温暖化ガスの排出量削減のため、電力会社に対し2030年までに総発電量の最低50%を太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーにするよう義務付けた。

同時に、建物のエネルギー効率を2倍にし、総電力消費量の抑制を目指している。同条例は脱原発を目的としているわけではないが、結果的に、PG&Eが脱原発を決断する決め手となった。

なぜか。企業として利益を確保しつつ、同時に再生可能エネルギー比率50%以上という目標を達成し維持するには、エネルギーミックス(電源構成)に高い柔軟性が欠かせない。ところが、図体のでかい原発は、いったん稼動停止したらすぐには営業運転を再開できないなど、小回りが利かない。さらには、福島原発のメルトダウン事故以降、日本と同様、米国でも原発の安全対策費が膨らんでいる。原発は、どこであろうと、経済的かつ柔軟なエネルギーミックスに不向きになっているのだ。

PG&Eのトニー・アーリー社長も、カリフォルニア州の新たなエネルギー政策の下では「原発は必要性がなくなった」と、脱原発決断の理由を明確に述べている。

条例の制定はもちろん、有権者の意向なしにはあり得ない。その意味では、カリフォルニア州の脱原発は、民主主義が健全に機能した結果とも言える。

反原発団体とも協働

注目すべきもうひとつの理由は、PG&Eの脱原発案が、反原発の市民団体などと一緒に練られた点だ。実際、PG&Eは同案を、「地球の友」や「NRDC」など有力環境団体と労組との「共同提案」として発表している。

参考までに、地球の友は、有力環境団体「シエラ・クラブ」の幹部だった故デヴィッド・ブラウワーが、シエラ・クラブがディアブロキャニオン原発の建設に賛成したことに激怒し、離脱して新たに設立した団体という因縁がある。

共同提案によると、PG&Eは今後、脱原発と同時に、再生可能エネルギー分野への投資を大幅に増やし、2031年までに総発電量の55%を再生可能エネルギーにする計画。ちなみに、2014年のPG&Eのエネルギーミックスは、再生可能エネルギーが総発電量の27%、原発が同21%。カリフォルニア州は自然環境に恵まれているとは言え、目標の55%を達成するのは容易ではない。

そのほか、米メディアによると、PG&Eは、原発事業に従事する社員を配置転換するための再教育費用など、従業員対策として3億5000万ドル(約350億円)を計上する計画だ。

反原発団体との共同提案は、見方を変えれば、脱原発を目指す市民団体の作戦勝ちとも言える。やみくもに反原発を叫ぶのではなく、電力会社が脱原発しやすいような戦略を立て、粘り強く交渉し、実行に移したからだ。カリフォルニア州の脱原発は、ニューヨーク・タイムズ紙が指摘するように、「米国以外の国」にも参考になるに違いない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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