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ドーナツ人気低迷の真犯人は?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

「気軽な食べ物でなくなった? ミスドもセブンも苦戦、どうなるドーナツ業界」。ニュース閲覧サービス・サイトのTHE PAGEがこんな見出しの記事を配信していた。

消費者のドーナツ離れが止まらず、ミスタードーナツを運営するダスキンの業績が悪化。行列のできる店だったクリスピー・クリーム・ドーナツも今年に入り、一気に約20店舗(3割)を閉鎖。戦略商品としてドーナツを投入したセブンイレブンも、商品のテコ入れを余儀なくされた、という話だ。

記事では、考えられるドーナツ人気低迷の理由として、少子化と労働者の実質賃金の低下を指摘している。

糖質制限ダイエット犯人説

肥満問題や食と健康に関する取材をしてきた筆者(私)は、ドーナツ人気の低迷は、そうした要因に加え、ここ数年、急速な広がりを見せている「糖質制限(または低糖質)ダイエット」ブームが関係しているとみている。少子化と家計の収入減だけが原因なら、その影響はもっと広範囲に現れると考えられるからだ。

糖質制限ダイエットは、ご飯や麺類、パンといった糖質を多く含む食べ物の摂取量を抑えることで、体重を減らすダイエット法。もともと糖尿病の治療法の一つだったが、一般の人のダイエットにも効果があることがマスコミ経由や口コミで広がり、実践する人が増えている。テレビCMで話題のライザップも、シェイプアップの基本は運動と糖質制限食の組み合わせだ。

ビッグマックの2~3倍

ドーナツは、小麦粉と砂糖を主原料としているので、まさに糖質の塊だ。

例えば、一般的なフワフワした食感のドーナツ100グラム当たりに含まれる糖質の量は43.8グラム。オールドファッションのようなやや硬い食感のドーナツは同60.3 グラム。これらの値は、実は、マクドナルドのビッグマックを100グラムに換算した場合の糖質の量(20.1グラム)の2~3倍に匹敵する。(データはいずれも「日本食品標準成分表2010」を使用)

もちろん、ビックマックは1個あたりの重量がドーナツ1個の3~4倍ぐらいなので、1個当たりで比較すると、ビッグマックの方が糖質の量は多くなる。ただ、100グラムあたりの数値の差は、ドーナツがいかに糖質の塊かということを雄弁に物語っている。

糖質の量をいちいち調べながら食べる人はそうはいないが、これだけ糖質制限ダイエットが広がると、明らかに糖質の多そうな食べ物は避けようとする消費者は多いだろう。実際、最近は、糖質制限ダイエットをしているからという理由でレストランなどでライスを残す人が増え、店を困惑させているという記事が、週刊誌などに出ている。

美味しそうなドーナツが目の前にあっても、糖質制限中だと自分に言い聞かせて、手を出さない消費者が増えていたとしても、なんら不思議ではない。

米国でも同じことが起きていた

実は、ドーナツ大好きという人が多い米国でも、糖質制限ダイエット・ブームで、ドーナツが売れなくなったことがあった。その影響をもろに受けて経営危機に陥ったのが、ほかならぬクリスピー・クリームだ。

クリスピー・クリームの日本進出は2006年だが、その数年前までは、米国でも破竹の勢いで成長していた。日本では作りたての美味しさが人気の理由とよく言われているが、米国では、店内でドーナツを作る様子をガラス越しに客に見せるパフォーマンスで人気が出た。

ところが、2000年代前半、米国で突然、「ローカーブ・ダイエット」ブームが起きる。ローカーブは低糖質の意味。折しも米国では、肥満が大きな社会問題となりつつあっただけに、多くの消費者がローカーブ・ダイエットに飛びついた。クリスピー・クリームは、突如吹き始めた強烈な逆風をまともに受け、業績が急速に悪化。その焦りからか、2004年から2005年にかけて不正会計処理や売上高水増し疑惑が相次いで発覚し、経営幹部が大量に解雇され、一時、経営危機に陥った。

その後、経営陣を入れ替えるなどして何とか経営を立て直したものの、かつての勢いは取り戻せず、今年5月、投資ファンドに身売りした。

そのクリスピー・クリームが今、日本で苦戦している原因が糖質制限ダイエットにあるとするなら、何か因縁めいたものを感じざるを得ない。

米国では、ローカーブ・ダイエット・ブームが吹き荒れたにもかかわらず、ドーナツは今でも多くの米国人に愛され続けている。これは、米国ではドーナツが、スイーツやおやつというよりは、主食のイメージが強いからだろう。

果たして日本のドーナツ市場は今後、どうなるのか。このまま右肩下がりが続くのだろうか、あるいは新商品の開発で息を吹き返すのだろうか。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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