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リオ、花束贈呈が消えた理由は

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
記念品を手にし、笑顔で声援にこたえる卓球女子団体の日本代表(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

オリンピックの表彰式と言えば、メダル贈呈に続く花束(ブーケ)贈呈のシーンを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。実際、前回のロンドン五輪まではそうだった。

ところが、今回のリオデジャネイロ五輪では、花束の代わりに、リオ五輪のロゴマークを3Dプリントした手のひらサイズの記念品が、金、銀、銅のメダリストに手渡されている。気付いた人もいるだろうし、気付かなかった人もいるだろう。

ネット上では、アテネ五輪以来12年ぶりに金メダルを獲得した男子体操団体の白井健三選手が、表彰台上で記念品を手にし、思わず「歯ブラシ立て?」と漏らしたことが、マイクに拾われて話題にもなった。

なぜ花束ではなく、プラスチック製のオブジェなのか?そこには、2020年の東京五輪にも間違いなく影響を及ぼすであろう、オリンピックという世界的なイベントをめぐる国際世論の変化がある。

環境破壊批判

近年のオリンピックは、アマチュアリズムに反する、商業的過ぎる、費用がかかり過ぎるなど、様々な批判を浴びてきた。そうした批判の中でも最も勢いを増していたのが、オリンピックは地球環境破壊に手を貸しているというものだった。

例えば、オリンピック会場を造成するために、貴重な樹木が伐採されたり、野生動植物の生息地が埋め立てられたりする。競技場や関連施設の建設のために、大量の資源が使われる。オリンピックを開くことで、通常ならあり得ない量のゴミや残飯が発生する、などだ。グローバル化の時代、オリンピックに注がれる世界の市民の目は、より一層厳しさを増しているのである。

こうした批判に応えるため、国際オリンピック委員会は、1990年代から環境保護重視の姿勢を打ち出し、1996年にはついに、五輪憲章に「持続可能性」を追加した。持続可能性とは聞きなれない言葉だが、要は、自然環境に配慮するという意味だ。 

この新たな五輪憲章がはっきりと行動に移されたのは、2012年のロンドン五輪からだ。

ロンドン五輪では、例えば、世界的な水産資源の枯渇懸念を受け、大会組織委員会が選手の食事のために調達する水産物については、「『国連食糧農業機関(FAO)の行動規範を満たすもの』と規定。国際的なエコラベル認証機関である海洋管理協議会(MSC)認証水産物を基準とした」(毎日新聞)。わかりやすく言うと、オリンピックの選手村のカフェテリアで提供する魚介類は、乱獲したものではありませんというお墨付きを得たものに限った、という意味だ。リオ五輪も、「MSCに加え、『養殖版エコラベル』ともいえる水産養殖管理協議会(ASC)認証食材を基本にしている」(同)という。

リオ五輪で、メダリストに対する花束贈呈を止めた理由も、まさにこれだ。花束は、どうせすぐに捨てられるか、たとえ捨てられなくても、すぐにゴミと化してしまう。リオ五輪の広報担当者は、「持続可能性の観点から、花束はメダリストに贈呈しないことが決まった」と、メディアの取材に答えている。

リオ五輪のこだわりはそれだけではない。現地からの情報によれば、金メダルに使われている金は、有毒な水銀を使わずに精製したもの。銀メダルと銅メダルは、リサイクル原料を30%使用。メダルを首から下げるためのリボンは、ペットボトルをリサイクルした原料から作られているという。

東京五輪にも影響必至

その一方で、一部のメディアからは、環境問題の観点から言えば、環境汚染の元凶の一つとされるプラスチックで作られたオブジェはいかがなものかという疑問も出ている。また、英国の高級紙ガーディアンは、リオ五輪のゴルフコースが、世界的に珍しいチョウが生息する貴重な自然の一部を破壊して造成されたと非難する、地元の環境グループの声を伝えている。持続可能性の実践は、容易ではないようだ。

いずれにせよ、4年後の東京五輪では、環境問題を含めた広範な社会問題に対する配慮が世界から一段と求められるのは、間違いない。こうした問題は、世論が割れることもあることから、ある意味、きわめて政治的問題でもある。政治とオリンピックは切り離すべきだとよく言われるが、現実には、両者はより一層密接な関わり合いを持つようになっているのだ。それだけ、オリンピックの運営の舵取りは、難しさを増していると言える。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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