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米アカデミー賞が映す映画離れ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:REX FEATURES/アフロ)

最も重要な「作品賞」を間違えて発表するという大失態を演じた今年の米アカデミー賞授賞式から1週間。日本でも大きな話題となったこの世紀のハプニングの陰に隠れる形であまり報道されていないが、今年の授賞式最大の“失態”は、テレビ中継がまれにみる低視聴率にあえいだことだろう。背景にあるのは、米国民の映画離れだ。

過去9年間で最低

米時間2月26日に映画の都ハリウッドで開かれた第89回アカデミー賞のテレビ中継は、全米で3290万人が視聴。昨年の3440万人と比べて150万人(4%)少なく、2008年の3200万人以来、過去9年間で最低の記録となった。

アカデミー賞授賞式の視聴率は、映画関係者にとって大きな関心事だ。映画全体の人気を見るバロメーターとなるからだ。そのため、授賞式の司会者には毎年、視聴率を稼げる大物コメディアンが抜擢され、きらびやかなドレスを身にまとったハリウッドスターがレッドカーペットを歩く姿が全米に生中継される。

筆者も、着用義務のタキシードを着てアカデミー賞授賞式を取材した経験が何度かあるが、世界的な大スターが一堂に会する光景は圧巻だ。取材許可証を得るのも大変なだけに、会場内での取材を許された記者は、一生懸命、記事を発信する。そうして、アカデミー賞の盛り上げに一役買うわけだ。

だが、そんな主催者側の様々な視聴率アップ作戦にもかかわらず、アカデミー賞授賞式の視聴者数は、『タイタニック』が作品賞に輝いた1998年の5500万人をピークに、完全に頭打ち。ここ10年間は3000万人~4000万人台前半で推移しており、直近の3年間に限れば、2015年は前年比15%減、2016年は同8%減、そして今年は同4%減と、着実に右肩下がり。この3年間で、25%も視聴者を失った計算だ。

今年の低視聴率をめぐっては、反トランプ大統領色の強いハリウッドに、トランプ支持者が抗議の意思表示をするため視聴をボイコットしたとの分析もメディアで紹介されている。しかし、3年続けて低下しているのを見ると、トランプ原因説は説得力を持たない。

視聴率低迷の最大の原因は、やはり、米国の映画離れと見るのが正しいだろう。

歴代1位は『風と共に去りぬ』

米映画市場は一見、好調だ。売上高にあたる興行収入は、昨年、過去最高の113億7000万ドル(カナダを含む)となり、2年連続で過去最高を更新。個々の作品を見ても、歴代興行収入トップ10の中に、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(1位)、『ジュラシック・ワールド』(4位)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(7位)、『ファインディング・ドリー』(8位)と、2015年から2016年にかけて公開された作品が、4つも名を連ねている。

だが、実は、これは見せかけの好調に過ぎない。興行収入が過去最高を更新する一方、映画館の延べ入場者数(カナダを含む)は、アカデミー賞授賞式の視聴率と同様、2002年の15億7000万人をピークに完全に頭打ちだ。2016年の入場者数も、13億1400万人と、前年の13億2000万人から僅かではあるが減少している。総人口が減少に転じている日本と違い、米国の総人口は増加が続いているという事実を踏まえれば、これは実質的に、米国民の映画離れが進んでいることを意味する。

映画人口が減っているのに興行収入が伸びているのは、映画館入場料が値上がりしているためだ。2016年の平均入場料は8.65ドルと、10年前に比べて2.1ドル(32%)も高い。映画会社が、株主利益確保のために、入場者数の減少分を値上げで補っている構図だ。これが興行収入を水膨れさせている。

入場料の上昇がいかに興行収入に影響を与えているかは、「チケット代の値上がり分を調整した歴代興行収入ランキング」(Box Office Mojo調べ)を見れば、よりわかりやすい。調整後のランキングは、1位「風と共に去りぬ」(1939年)、2位「スター・ウォーズ」(1977年)、3位「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)など、トップ10はすべて1990年代以前の作品が占める。

ネットに勝てるか

ではなぜ、映画人口が減っているのか。最大の理由は、映像娯楽の多様化だ。ケーブルテレビが発達している米国では、ケーブルテレビで人気ドラマや昔の映画、スポーツ中継など、多様なコンテンツを楽しむことができる。自宅で気軽に映像娯楽を楽しめるというわけだ。とりわけ、プロスポーツ中継の人気は高く、米国のプロスポーツ選手の年棒が高騰しているのも、テレビ局が高視聴率を背景に莫大な放映権料をプロ側に払うようになったという事情がある。

インターネットによる映画作品の配信サービスが普及し始めたことも、映画離れの要因だ。オンデマンドで、見たい時に見たい場所で見たい作品を見ることができるメリットは、大きい。このように、映画離れには映画館離れの側面もある。

さらに最近は、日本と同様、米国でもユーチューブやフェイスブック、ツイッターなどに娯楽時間を使う人が若者を中心に増えており、映画への逆風がますます強まっている。

映画会社側も、コンピューターグラフィックス(CG)や3D技術を使った作品を増やすなどして、映画の醍醐味をアピールするのに必死になっている。だが、ネットの力で映像娯楽がますます多様化していく中、果たして映画離れに歯止めがかかるかどうかは微妙な情勢だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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