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航空機事故はなぜ「連鎖」するように感じるのか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

また「この日」が来たのか、というのが8月12日である。1985年(昭和60年)8月12日と言えば、30年近く前のことだ。「あの日」の筆者は、芸能人が集まることで有名な渋谷の飲み屋で仕事仲間と会っていた。

午後9時を回った頃だろうか。店のママが突然「九ちゃんが死んじゃった」と取り乱し号泣し始めたのだ。その光景をよく思い出す。「九ちゃん」とは、日本航空123便に搭乗し、亡くなった歌手でタレントの坂本九さんのことだ。30年も前の「普通の一日」なら、こんなに記憶が鮮明に残されることはない。

毎年「この日」が来るとテレビや新聞などでは、御巣鷹山に墜落した日本航空123便の事故について繰り返し報道する。不謹慎な表現を許してもらえば、すでにマスメディアにおける「お盆の風物詩」といった状況だ。こうした報道を見聞きするたびに、視聴者や大衆は「航空機事故の恐ろしさ」を改めて思い出し、改めて「空の安全」を願う。また、年に一度、繰り返し報じられるたびに、短期記憶は長期記憶となり、あの事故が頭の中に「固定化」されていく。

もちろん、死者520人、負傷者4人を出した本航空123便の事故のような大惨事は二度と繰り返してはならない。1987年に出された事故調査報告書の推論によればあの事故の原因は、1978年に同機が起こした尻もち事故後のボーイング社による修理不良、となっている。尻もち事故で破損した圧力隔壁が高度上昇と共に強まる機内内部の与圧により破壊され、尾翼を吹き飛ばした、というわけだ。この原因については、事故調の推論が出る前後から今にいたるまであちこちから異論が出ているが、尻もち事故のような深刻な事故後の修理は慎重を重ねて行い、修理後にも十分な検査が繰り返し必要なことは言うまでもない。

航空機事故の原因の半数近くは「人災」であり、関係者などのミスに起因することが多い。日本航空123便の事故も、ボーイング社の修理の不手際や修理後の点検不足という人災に含まれるだろう。また、貨物便も含め、定期便よりチャーター便などの臨時便のほうが格段に事故の確率が高いのも事実だ。世界的にバケーションで人が移動し、日本航空123便のように日本ではお盆で帰省する人も多いこの時期には臨時便も増える。普段なら難しくない航空管制のオペレーションも離発着や航路上の航空機が多くなれば、それだけ煩雑になり、その結果、ケアレスミスも多くなる傾向があるのかもしれない。

ところで、航空機事故と言えば「連鎖」的に起きる、という一種の感覚的な「印象」がある。たとえば離陸重量12000ポンド(5.7トン、軍用機を含む)以上の大型機が事故を起こした年で、32件と最近でも多かった2011年の月別リストで言えば、1月2件、2月3件、3月2件、4月3件、5月3件、6月2件、7月7件、8月3件、9月4件、10月1件、11月0件、12月2件となっていて、7月には7件も起きている。一カ月に7件も重大事故が起きれば「連鎖」している、と感じるのは当然かもしれない。

しかし、この2011年7月の事故は、アフガニスタンで小型機、コンゴのヘワボラ航空、ロシア・イルクーツクのアンガラ航空、ブラジルのNOAR航空、モロッコで墜落したモロッコ空軍機、韓国チェジュドに落ちたアシアナ貨物、カリビアン航空、といったもので、モロッコ空軍機では80人が亡くなっているものの日本で大きく報じられたわけではない。航空関係者でもない限り、一般の日本人で2011年7月に航空機事故が「連鎖」している、と実感し、それを強く記憶している人は多くないのではないだろうか。

一方、今年2014年の2月から3月にかけて、さらに7月から8月にかけて起きた航空機事故は、それぞれ大きく報じられ、新しい情報なので我々の記憶に強く印象づけられることになる。2月11日にはアルジェリア空軍機が墜落して77人が亡くなり、2月16日にはネパール航空機が、さらに3月8日にはマレーシア航空機が239人の乗客乗員を乗せて失踪。いまだに行方不明だ。7月17日にはウクライナでマレーシア航空機が「撃墜」されて298人が亡くなり、7月23日には台湾でトランスアジア航空機が墜落して47人が亡くなり、7月24日にはアフリカのマリでスペインのスウィフトエア航空機が事故を起こして乗客乗員118人全員が亡くなっている。さらに8月10日には、イランのセパハンエア航空機がテヘラン近郊で墜落した。

この中では、特に二つのマレーシア航空機関連の事故や事件が、我々の印象に強く刻みつけられている。同じ航空会社ということもあり、3月と7月という短期間に起きたことでもあり、まさに「連鎖」しているように感じる、というわけだ。航空トラフィックや平均飛行時間がここ十数年で飛躍的に増加しているのにもかかわらず、重大な航空機事故や犠牲者の数はむしろ減っている。たとえば、1999年〜2008年の10年間に起きた重大な事故件数や死亡者数は、1959年〜2008年の50年間に起きた重大な航空機事故件数のざっと1/5である。

馬に蹴られて亡くなる確率、というような現象を考える際、統計ではよくポアソン分布という理論を使う。滅多に起きないが一度起きると連鎖的に二度、三度と続けざまに起きる、ということを調べるんだが、過去の航空機事故をポアソン分布に当てはめた場合、世界的な数値で調べてみると起きる事象に「連鎖性」はなく、それぞれは独立したものらしい。ただし日本国内に限れば、サンプル数が少ないために「連鎖性」が認められる、という結果になるそうだ。火山灰などの物理的な影響以外で、それぞれの航空機事故には、何らかの「連鎖」的作用や関係があるのだろうか。

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この図は『ゆらぎの世界』(武者利光 著、1980、講談社ブルーバックス)に掲載されたもので、1953(昭和28)年から1977(昭和52)年までに起きた145件の航空機事故の件数と発生間隔である。事故同士の発生間隔が10日以内のものが33件、20日以内が63件、となっている。この数値から事故同士の間隔が短いように感じるが、80日以上の間隔も多く、全体を見ると事故の間隔はバラバラに発生しているものの、短い間隔と長い間隔の間、ちょうど70日から80日の間に「谷」があることがわかる。20日以内の多さと「谷」の存在が「連鎖性」を感じさせているのかもしれない。

我々は、大きな事件や事故が起きると、その理由や背景や動機などを知りたがる。なぜなら、ある現象には納得できる原因や理由がある、と思っており、それが理解できず、わからないと不安になるからだ。ところが、多くの人は面倒くさがりで合理的な思考の回りくどさを嫌うので、まず現象について自分が見知っている知識や理解の範囲で簡単に判断しがちである。自分なりのパターン認識に当てはめ、簡単に素早く理解し、納得して安心したがる、というわけだ。

このパターン認識は「経験則」と言い換えることもできるだろう。我々の記憶は、すぐに忘れる短期記憶と、繰り返されることで固定化される長期記憶に大きく分けられる。同じようなパターン化された風景などを何度も見ると、それが自分の中で「普遍化」し、再度、違う場所で同じような光景や場面に接すると「デジャビュ」を感じる、という心理状態になる。どうやら我々は、現象や問題に対し、その理解や解決に対してせっかちであり、判断にはむしろ自分なりの経験則による認知的な「バイアス」を強くかけたがるようだ。

さて、こうした現象や問題が、我々の生活に対する様々な「リスク」となってやってくることがある。リスクは我々に不安や恐怖を引き起こす。前述したように、こうしたリスクに対しても我々は、わかりやすく簡単な問題解決や回避、理解を拙速に求めるようになりがちだ。可能性として、マスメディアによる報道などにより、我々の記憶や心理に刻み込まれる課程で認知バイアスがかかり、ある特定のパターン化された判断や理解、問題解決に陥ってしまうようなことがあるかもしれない。

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日本航空123便の事故は、この時期になると毎年毎年、マスメディアで報じられる。悲惨な航空機事故の記憶を「風化させるな」という視点からの報道は「誰にも反対できない聖域」である。もちろん、犠牲者の無念を思えば、遺族にとってその思いは強いだろう。すでに日本航空をはじめ、国内航空各社は事故を起こしたボーイング747を全て退役させている。お盆という季節的な面もあり、史上2番目の死者を出した事故の規模もあり、30年近く経っても8月12日のマスメディアの報道は減らない。

マスメディアの動機は単純だろう。しかし、あの航空機事故は「象徴的な事例」となり、我々の記憶に強く深く刻み込まれている。航空機事故、と聴いただけで、御巣鷹山で救助される少女の映像を想起する人もいるはずだ。航空機事故が「連鎖的」に起きる、という我々の感覚に、繰り返されるマスメディアの報道によって過去の航空機事故の記憶が過大に評価されていることが大きく影響しているのではないだろうか。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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