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「対称と非対称」どちらが魅力的か考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者

人はなぜ左右対称にこだわるのか

女性の化粧の話ですが、眉を描くのが苦手な人はけっこういるようです。形がいびつになったり、どうしても左右対称にならなかったりで苦労している。ただ、最近はきれいに眉毛を剃って整えてる男子も多く、さすがにペンシルや眉マスカラなんかを使う男子高校生はいないでしょうけれど、高校野球の球児たちの眉毛を見るとなるほどと思ったりします。

これは不器用と言うより、人間はもともと左右対称のものを描くのが苦手だからです。フリーハンドで完璧な円を描ける人はいないように、左右対称形の図形を描くのもかなり難易度が高い。

一方、人間の顔は、ほぼ左右対称になってる。ほとんどの生物にも、上下と左右、前後がある。人間は直立してるのでちょっとわかりにくいかもしれませんが、上下が背中と腹、前後が頭と尻になります。

魚類や昆虫、ほ乳類といった動物の場合、背と腹、頭と尻は一見してわかるように形が違います。ところが、左右は対称(鏡像、鏡面対称)になっていて、右と左に大きな違いはない。だからこそ、眉を描くときに必死になって左右対称にしようとするんでしょう。

ただ、厳密に観察すると、完璧に左右対称の動物はほとんどいません。全く左右が対称の顔の人は、それこそ何万人に一人という稀少な確率らしい。前回紹介したヒラメやカレイのように、まったく左右非対称になる生物もいます。

では、左右対称の顔と非対称の顔があったら、我々はどちらを魅力的と感じるのでしょうか。

ある調査によると、人間は左右対称の顔のほうを好むようです(*1、英国、スターリング大学の研究者らによる調査)。この研究では、コンピュータ・グラフィックを使って同じ人の顔に画像処理を施し、左右対称の顔と左右が対称でなくした顔をランダムに提示し、男女の被験者に選んでもらいました。

すると、男女ともに左右対称の顔のほうを好み、異性を選ぶ基準も左右対称の顔が重要な要素とみられる結果になった。つまり、左右対称は「モテ顔」ということになります。

また、以前この連載でも触れたように、左右対称性などの「外見」が人間以外の動物で、メスやオスが相手を選ぶという生殖、繁殖の時にも重要なのではないかという仮説もあります。この仮説の背景には、病原体や寄生虫などに冒されると体型などが変形することが多く、環境に適応できない個体は、飢餓などのストレスにさらされたり外敵から傷を受けたりして体が左右対称になりにくいという傾向があるからです(*2、オーストラリアのアデレード大学の研究者による論文)。

だから、左右対称の異性のほうが、環境適応能力に優れた好ましい遺伝子を持っている可能性があり、その結果、モテるのでは、というわけです。

本当に左右対称が魅力的か

実際、別の調査で不妊治療をしている男性の精子を調べてみたら、左右が対称でない人ほど精子数が少なく精子の泳ぐ速度が劣っている割合が高かったという報告や、バストが左右対称の女性のほうが対称ではない女性より生涯で産む子供の数が多かったという報告もある(*3、英国、リバプール大学の研究者らによる調査)。左右が対称であるかないかが、人間の精子や出産に影響し、その結果、左右対称の個体のほうが子孫をより多く残せるのではないか、ということになる。

こうなってくると俄然、左右の対称性が気になります。我々が眉毛の左右対称にこだわる理由も、このあたりにあるのかもしれません。

では、私たち人間を含めた動物は、本当に左右対称を好むんでしょうか。

先ほど紹介した左右対称な顔を好むという調査報告について考えてみれば、同じ人の顔を画像処理して左右非対称と左右対称のどちらかを選んでもらったわけです。そりゃ、同じ人の顔だったら対称のほうがいいと答えるのは予想できます。

そもそも、微動だにしない顔を真正面からじっと見つめる機会はあまりありません。ちょっとでも動いて顔が横を向けば、左右の対称性はとたんにあいまいになる。しかも、顔はすぐ斜めに傾いたりして、常に直立し続けているわけじゃありません。左右対称に描かれた図形も、角度が付くと対称性が認識しにくくなるので、傾けばわかりにくなる。

厳密にじっと観察しなければわからないものが、何かを判断する基準になっているんでしょうか。私たちの識別力が、そんなに高いのかどうか疑問です。

左右非対称の男性の精子の優劣やバストの左右対称性で出産数に違いが出るという調査も、精子の調査では53人の男性を調べたそうですが、サンプルはあまり多くありません。世界中の研究者がこぞって研究テーマにし、大量にサンプルを集めた結果ではない。

一方、左右対称を繁殖相手の選択基準にしている生物はいないという、まったく逆の研究報告や論文も数多く出ています(*4、英国、リバプール大学の研究者らによるハサミムシについての論文やカナダ、カールトン大学の研究者らによるハゴロモガラス:Red-winged blackbirdについての論文など)。つまり、繁殖行動で動物が左右対称の相手を積極的に選ぶという考え方も、学会ではっきり認められたり確立されたものではないんですね。

こうした調査の場合、母数が少ないことがよくありますし、左右対称もどの部分をどう計ったかがバラバラで、誤差もあるでしょう。どんな異性がモテるのか知りたいという欲求はわかりますが、まだよくわからない、というのが真相のようです。

アンバランスさにある『モナ・リザ』の魅力

人間の顔に限って言えば、むしろ少しくらいアンバランスなほうが魅力的ということもよくあります。

実際に人体解剖をして解剖図も描き、人間の体の構造に詳しかったレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』。このモナ・リザの顔も左右非対称です。ダ・ヴィンチは、わざとそういう表情に描いたのかもしれませんが、美術研究の分野には『モナ・リザ』の微妙な左右非対称性こそが魅力の理由という説もある。

人間の顔は、左右で少しずつ違います。顔面非対称を完璧に修正することは美容整形などでも不可能ですし、仮に一時的にほぼ左右対称に整えたとしても、精神や健康状態、加齢によって日々変化していく顔を維持し続けていくことはできないでしょう。

逆に、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』のように多少、左右非対称のほうが魅力的だと考えれば、そのアンバランスさの中にある魅力とはいったい何でしょうか。

人間の脳の機能、それ自体が左右非対称だからかもしれません。たとえば、人間の顔認知は、脳の右半球で主に行われています。右半球には顔だけを認知するニューロン群がある。だから、右半球の顔を認知する部位が損傷すると、顔を認識できない「相貌失認」という症状になることもあります。

人間の体や行動で、左右が対象じゃないことは多い。あなたは右利きですか、左利きですか。心臓はどっちにありますか。つむじはどっち巻きかな。目には利き目、手には利き腕があります。人間の体の機能も左右非対称です。

左右非対称である脳や内臓、利き目や利き腕といった機能に何か意味があるとすれば、それが左右非対称やアンバランスさに魅力的を感じる理由なのかもしれません。

心臓が左寄りに位置しているのは、胎児の体作りの初期に作用する細胞の繊毛が左巻きに回転するという、ほんの小さなきっかけでそうなるんです(*5、大阪大学大学院生命機能研究科の研究者らによる論文)。こうした、ちょっとした「ゆらぎ」が大きくなっていき、心臓の位置決めをする。

人間の心臓がなぜ左寄りに位置しているか、その理由はまだはっきりとわかりません。そのほうが血流の流れをうまくコントロールできるからとか、心臓の構造自体が左右非対称なのでそうなったとか、いろいろ説があります。ゆらぎという偶然の作用で非対称になることを考えると、生物の左右対称性もいい加減なバランスの上に成り立っているのかもしれません。

厳密に左右を対象にすることよりバランスが大事ということでもあり、ときには左右非対称にしないとうまくいかなくなることもあるわけです。そう考えれば、眉を描くときもそんなに緊張しなくて大丈夫なんですね。

そもそも人間の眉毛自体が、完璧に左右で同じ形に生えてるわけじゃない。眉頭や眉尻の位置も違えば毛の量だって左右対称じゃありません。目の大きさや形だって左右非対称です。むしろ、多少アンバランスになっても自分の非対称な顔全体に合わせて眉の形を整えることが大事なのかもしれません。

(*1:Anthony C. Little, Benedict C. Jones, Lisa M. DeBruine and David R. Feinberg, "Symmetry and sexual dimorphism in human faces: interrelated preferences suggest both signal quality", Behavioral Ecology Volume19, Issue 4Pp. 902-908. Accepted April 9, 2008.

(*2:P A Parsons, "Fluctuating asymmetry: a biological monitor of environmental and genomic stress" Heredity, 68, 361-364.1992.

(*3:J.T. Manning, D. Scutt, G.H. Whitehouse, S.J. Leinster, "Breast asymmetry and phenotypic quality in women" Evolution and Human Behavior Received: April 25, 1996 ; Received in revised form: January 6, 1997

(*4:Tomkins, J. L. & Simmons, L. W., "Heritability of size but not symmetry in a sexually selected trait chosen by female earwigs.", Heredity 82, 151-157. 1999

Dufour, K.W. and P.J. Weatherhead. "Bilateral symmetry and social dominance in captive male red-winged blackbirds." Behavioral Ecology and Sociobiology 42: 71-76, 1998.

Dufour, K.W. and P.J. Weatherhead. "Bilateral symmetry as an indicator of male quality in red-winged blackbirds: associations with measures of health, viability, and parental effort." Behavioral Ecology 9: 220-231. 1998.

Dufour, K.W. and P.J. Weatherhead. "Reproductive consequences of bilateral asymmetry for individual male red-winged blackbirds." Behavioral Ecology 9: 232-242. 1998.

(*5:Masakazu Hashimoto, Kyosuke Shinohara, Jianbo Wang, Shingo Ikeuchi, Satoko Yoshiba, Chikara Meno, Shigenori Nonaka, Shinji Takada, Kohei Hatta, Anthony Wynshaw-Boris & Hiroshi Hamada, "Planar polarization of node cells determines the rotational axis of node cilia", Nature Cell Biology 12, 170- 176 (2010) Published online: 24 January 2010 | doi:10.1038/ncb2020

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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