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「性格」はどれくらい遺伝子に影響されるのか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

ドーパミンの遺伝子が好奇心を与える?

人間は何か新しいことをするとき、リスクやコストと得られる利益を天秤にかけます。しかし、前後の見境なく猪突猛進する人もいれば、石橋を叩き過ぎて石橋を壊しちゃうような人もいる。人間の性格は多種多様です。

こうした人間の気質と性格について、遺伝的な面や後天的な面を含めて分類し、独自の検査方法を確立したことで有名なのが、米国の精神科医で生物学者のロバート・クロニンジャー(Robert Cloninger、現在は米国ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学所属)です。彼は「気質と性格の7次元モデル」(TCI、temperament and character inventory)というのを考えました(*1、クロニンジャーらの論文など)。

7次元ですから七つあり、これによると人間の気質や性格で遺伝に左右されやすい四つの気質因子があり、後天的な学習や経験の影響を受ける性格因子が三つあるそうです。

まず、遺伝子と関係している気質、四つの因子。

・新奇性追求(行動の触発。よく言えば好奇心旺盛、悪く言うと情緒不安定)

・損害回避(行動の抑制。よく言えば慎重、悪く言うと臆病)

・報酬依存(行動の維持。よく言えば愛情深い、悪く言うと感情的)

・固執(行動の固着。よく言えば粘り強い、悪く言うと頑固で頭が固い)

三つの後天的性格は「自立性と自己志向」、「協調と統合」、「克己心と俯瞰」です。こっちは生まれ育った環境に影響される因子。人それぞれなので詳述しません。

遺伝的な気質の四つについてですが、新奇性追求はドーパミン、損害回避はセロトニン、報酬依存はノルアドレナリンという神経伝達物質とその受容体遺伝子が、それぞれ関係していると考えられています。ただ、最後の固執については、まだはっきり特定の遺伝子の存在が明らかになってません。

たとえば、大逆転を狙った一発勝負の危険を冒すような行動は、新奇性の追求ということになり、ドーパミン関係の遺伝子が関係しているんでしょう。ドーパミンは、体を動かしたりホルモンを調節したり、気持ちよさに関係した学習行動を引き起こす神経伝達物質です。

気持ちよさに関係していることで、覚醒剤などの幻覚物質はドーパミンを受容する神経回路に働きかけたりする。ドーパミンを受け取ることで体に様々な作用をおよぼすいくつかの遺伝子があるんですが、これがなかなか複雑です。ドーパミンの受容体には、D1からD5まで5種類あり、興奮作用と抑制作用という相反する機能を持っているらしい。

興奮作用という働きがあるため、新奇性追求とドーパミン受容体遺伝子の関係は、けっこう前から取りざたされてきました。中でも、強迫性障害や注意欠陥多動性障害といった精神疾患との関係で、特にD4という遺伝子の多型が気質に影響を与えているという研究が発表され(*2、イスラエルのHerzog記念病院の研究者らによる論文)、それ以後、いろいろ検証が繰り返されてきたんです(*3、英国、ブリストル大学の研究者らによる論文、日本人の新奇探索傾向について調査した弘前大学の研究者らによる論文)。どうやら、ドーパミン受容体のD4多型については、この遺伝子の塩基が繰り返される部分(VNTR)、そしてD4の一部である521C/Tという遺伝的多型の両方が気質に影響を与えているらしい(*4、日本の筑波大学の研究者らによる論文、ハンガリーのセンメルヴェイス大学の研究者らによる論文)。

単純に分けられない性格遺伝子

521C/Tでは、日本人の若いボランティア男性(18歳から29歳、平均22・8歳)86人を対象にし、D4の遺伝子を調べた研究があります。気質の検査でクロニンジャーのTCIを使って検査したら、521C/Tの多型で気質に影響がみられた、というわけです。

ただ、人間の性格と遺伝子を関係させるのが難しいのか、なかなか説得力のある研究が出てこない。そのため、様々な方法で性格検査をし、遺伝子との関係を立証しようという研究が続けられています。

たとえば、ある日本の研究者は、ドーパミン受容体D4の多型を繰り返しの長さによって二つのグループに分け、TCIで調べてみた結果、短い繰り返しのほうで新奇性追求の気質がみられたそうです(*5、日本の弘前大学の研究者らによる論文)。

その一方で、ドーパミン受容体D4と新奇性追求という気質の関係には、どうも疑問が残るという研究も出ています(*6、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者らによる論文、韓国人の気質について調査した延世大学の研究者らによる論文)。これらの反論で最新の研究では、5117人を対象に125万2387の遺伝子を調べた結果、ほとんど無関係だとされているんですね。

さらに、そもそもクロニンジャーのTCI検査法自体に問題があるんじゃないか、という意見もあります(*7、クロニンジャーの気質尺度を否定したオーストラリアのクィーンズランド大学の研究者らによる論文、米国のオレゴン研究所の研究者らによる論文)。この疑問を呈する論文が掲載された学術雑誌では、当のクロニンジャーが反論のコメントしています。遺伝子と気質の関係を研究したほとんどで使われているTCI検査法ですが、複雑で日々刻々、様々な影響に左右されやすい人間の気質や性格を、一つか二つの検査方法で結論を出すのは早計なのではないかという意見もある、ということでしょう。

いずれにせよ、人間の気質は経験を重ねるにつれて変化もします。また、米国人のクロニンジャーが作ったTCIが、世界中の民族人種にそっくりそのまま当てはまるのかどうかも疑問です。米国のような多民族国家で生まれ育った人と、たとえば日本のような「村社会」の中で頭を叩かれながら成長した人間とでは、共通する基本的な性格も大きく違うんじゃないでしょうか。

累計的なステレオタイプに当てはめるのは、みんな大好きな血液型性格診断なんかも同じです。もちろん、人種を含めた人間を取り巻く種々雑多な要素を入れつつ遺伝的な傾向を調べることができたら、それはそれで画期的な方法だと思いますが、現状なかなか難しいのかもしれません。

(*1:C. Robert Cloninger, "Temperament and personality", Current Opinion in Neurobiology Volume 4, Issue 2, 1994, Pages 266-27

Cloninger CR, Svrakic DM, Przybeck TR. "A psychobiological model of temperament and character.", Arch Gen Psychiatry. 1993 Dec;50(12):975-90.

(*2:Richard P. Ebstein, Olga Novick, Roberto Umansky, Beatrice Priel, Yamima Osher, Darren Blaine, Estelle R. Bennett, Lubov Nemanov, Miri Katz & Robert H. Belmaker, "Dopamine D4 receptor (D4DR) exon III polymorphism associated with the human personality trait of Novelty Seeking", Nature Genetics 12, 78- 80 (1996) doi:10.1038/ng0196-78

(*3:Marcus R. Munafo*, Binnaz Yalcin, Saffron A. Willis-Owen, and Jonathan Flint, "Association of the Dopamine D4 Receptor (DRD4) Gene and Approach-Related Personality Traits:Meta-Analysis and New Data", BIOL PSYCHIATRY 2008;63:197-206

Tsuchimine S, Yasui-Furukori N, Kaneda A, Saito M, Sugawara N, Kaneko S., "Minor genetic variants of the dopamine D4 receptor (DRD4) polymorphism are associated with novelty seeking in healthy Japanese subjects.", Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2009 Oct 1;33(7):1232-5. Epub 2009 Jul 12.

(*4:Okuyama Y, Ishiguro H, Nankai M et al: Identification of a polymorphism in the promoter region of DRD4 associated with the human novelty seeking personality trait. Mol Psychiatry 5(1): 64-69, 2000.

Z Ronai, A Szekely, Z Nemoda, K Lakatos, J Gervai, M Staub and M Sasvari-Szekely, "Association between Novelty Seeking and the-521 C/T polymorphism in the promoter region of the DRD4 gene", Molecular Psychiatry, January 2001, Volume 6, Number 1, Pages 35-38

(*5:Tsuchimine S, Yasui-Furukori N, Kaneda A, Saito M, Sugawara N, Kaneko S., "Minor genetic variants of the dopamine D4 receptor (DRD4) polymorphism are associated with novelty seeking in healthy Japanese subjects.", Progress in neuro-psychopharmacology & biological psychiatry. 2009 Oct 1;33(7):1232-5. Epub 2009 Jul 12.

(*6:E G Jo*nsson, R Ivo, J P Gustavsson, T Geijer, K Forslund, M Mattila-Evenden, G Rylander, S Cichon, P Propping, H Bergman, M A*sberg and M M No*then, "No association between dopamine D4 receptor gene variants and Novelty Seeking", Molecular Psychiatry, 2002, Volume 7, Number 1, Pages 18-20

Se Joo Kim, Young Shin Kim, Chan-Hyung Kim and Hong Shick Lee, "Lack of Association between Polymorphisms of the Dopamine Receptor D4 and Dopamine Transporter Genes and Personality Traits in a Korean Population", Yonsei Medical Journal, Yonsei Med J. 2006 December 31; 47(6): 787-792.

(*7:Verweij KJ, Zietsch BP, Medland SE, Gordon SD, Benyamin B, Nyholt DR, McEvoy BP, Sullivan PF, Heath AC, Madden PA, Henders AK, Montgomery GW, Martin NG, Wray NR., "A genome-wide association study of Cloninger's temperament scales: implications for the evolutionary genetics of personality.", Biological Psychology. 2010 Oct;85(2):306-17. Epub 2010 Aug 4.

Richard F. Farmer and Lewis R. Goldberg, "A Psychometric Evaluation of the Revised Temperament and Character Inventory (TCI-R) and the TCI-140", Psychological Assessment, Vol 20(3), Sep 2008, 281-291.

※注:名前の*印はウムラウト

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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