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なぜ我々が「食いしん坊」なのか遺伝子から考える

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

テトロドトキシンはどんな味?

よく中国人の食に対するどん欲さについて「四本足で食べないのは椅子だけ、二本足で食べないのは自分の母親だけ」などと言います。中国人に限らず、人間はほとんどなんでも食べます。なにしろ、世の中には、バニラ味やイチゴ味を付けた卵まであるそうです。

ナマコや蜂の子を食べるくらいは理解できますが、私が感心し、常々その勇気を称えているのは、フグを最初に食べた人です。欧米人はフグは食べないようです。しかし、日本はもちろん中国や東南アジアでも、フグはよく食べられています。フグはおいしいので大好物で、私は特にフグの唐揚げが大好きです。

フグの毒は、テトロドトキシンという神経毒です。生物の神経系を麻痺させ、結果、呼吸困難におちいらせる猛毒。調理後によく手を洗っても、爪の間に入った目に見えないほどのフグの卵の欠片が、ちょっと口に入っただけで死んじゃったりする。その毒性は、青酸カリの約千倍などと言われています。

このテトロドトキシン、フグ自身が作り出すのではありません。まだよくわかっていませんが、どうも食べ物から摂取しているようです。フグ自身が毒で死なないのは、毒を神経系に作用しにくくさせるタンパク質を作り出す遺伝子があり、さらに血液中のテトロドトキシンを不活性化できるからです(*1、日本の東北大学大学院農学研究科の研究者らによる論文)。

このテトロドトキシン、いったいどんな味がするんでしょう。死人に口なしですが、どうもピリピリするらしい。テトロドトキシン自体、無味無臭です。ほとんど味はないと想像できますが、死に至る猛毒なのでピリピリと表現するしかないのでしょう。

味覚は体内に入る最初のセンサー

最近の食べ物は、怖いことに腐りにくくなっているそうですが、冷蔵庫の中には賞味期限がかなり昔に切れた食べ物が転がっていたりします。それを吟味するとき、私たちはまずにおいを嗅ぎ、液体だったらちょっと舐めてみる。腐ってる食べ物は、嫌なにおいや嫌な味がします。異変を感じたら「やっぱりやめとこう」ということになる。腐ってる食べ物は、苦かったり酸っぱかったりします。

生物の五感、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚は、自分の身を守り、子孫を増やしていくために備わったセンサーです。その中でも味覚は、生命活動の最も根源となる食べ物について、入り口で体に入れる前に取捨選択するためのセンサーでもある。生命維持のために必要な食べ物を積極的に食べ、必要ではないもの、害になるものは食べないための役割を担っているんですね。

味覚は食べ物を体に入れる前のセンサーなので、頭で情報をあれこれ吟味したりじっくり判断するようにはできていません。もう直感的、瞬間的に反応する器官になっている。じっくり味わってたら、その間に死んでしまうからかもしれません。

人間が感じる味覚は諸説ありますが、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五種類と言われています。舌の表面にある味蕾という器官で味を感じるんですが、一つひとつの味蕾に多種多様の味を感知するセンサー、味覚受容体細胞が入っているという構造になっている(*2、米国、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らによる論文)。ちなみに人間の舌ベラには、地図みたいに味覚を感じるそれぞれの部位がある、というのはウソのようです。

味蕾の中には、少なくとも五種類の味覚受容体細胞があると考えられていますが、マウスの研究によると、どうもそれ以上の数のセンサーが備わっているようです(*3、日本の九州大学歯学研究院歯学府の研究者らによる論文)。味覚細胞は寿命が短く、約10日で入れ替わる。体の外から入ってくる物質が、まず最初に出会うセンサーなので、その仕事は過酷で大変なんでしょう。

苦い水をゴクゴク飲むマウス

マウスを使った実験では、甘味と苦味の味覚受容体細胞を入れ替えると、嫌いなはずの苦い水をまるで甘い水のように好んでゴクゴク飲むそうです(*4、米国、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らによる論文)。これは、外から入ってきた入り口のセンサーが味覚である証拠です。

五種類の味覚を感じるのは、それぞれ役割があると考えられています。

甘味は、エネルギー源の糖を示し、酸味が腐ったものだと教え、塩味はミネラル成分を、また苦味が害毒と警報し、うま味は必須アミノ酸やタンパク質を知らせてくれます。甘味やうま味は、糖やタンパク質、脂質などのようにカロリー系に多い味なので、生命維持の基本に関わる味覚でしょう。

なにしろ、人間には内臓の小腸にも、甘味を感じる味覚受容体がある(*5、米国、ニューヨーク大学マウントサイナイ医科大学の研究者らによる論文)。この受容体、人工甘味料にも反応するので、感じた甘味の分も糖を摂らなきゃと頑張ります。だから、いくらカロリーゼロの人工甘味料を使っても、ダイエットにはほとんど効果がない、という説もあります。

内臓にも甘味を感じる味覚受容体があるのは、限られたエネルギーをとことん利用するための飢餓を乗り越えるメカニズムです。もちろん、カロリーの摂り過ぎは生活習慣病などを引き起こしますが、自然界の生物の多くはぎりぎり食べていけるかどうかという環境にいるので、甘味やうま味は生きていく上での重要な刺激なのです。

ちなみに、うま味は池田菊苗という日本人が発見した味覚です。遺伝子の研究で、アミノ酸に対応する味覚受容体が発見されてから(*6、米国、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らによる論文)、カツオや昆布だしのうま味が理解されていなかった欧米でも急に注目され始めました。また、ネコは甘味を感じる遺伝子が失われていて、甘さには反応しないそうです(*7、米国、ペンシルベニア大学モネル化学感覚研究所の研究者らによる論文)。

赤ちゃんは塩味を感じない?

ところで、食べ物の好き嫌いは誰にでも少しはあります。子どもは特に好き嫌いが激しい。野菜嫌いな子どもが多いのは、苦味があるからかもしれません。

野菜の苦味は、アルカロイドやビタミン、カルシウムなどの味です。ワインや渋柿のタンニン、お茶のカフェインもそうですが、独特の苦味というか「えぐみ」を出している。実際、野菜料理では「あく抜き」します。特に、野草、山菜などもそう。春の七草もえぐいですし、ワラビにはプタキロサイドという毒素があり、中毒になると死んでしまうこともあります。

ヨーグルトなどの発酵食品は、だいたい酸っぱい味がします。発酵させた食べ物は、毒素を出さない微生物を利用し、ビタミンなどの栄養素を取り出してる。でも、ちょっと間違って雑菌が繁殖すれば、食中毒を引き起こしかねない食べ物でもあるのです。

極北に暮らすイヌイットは、オットセイなどの海獣の皮にウミツバメを何百羽も丸ごと詰めこみ、ドロドロに発酵させたキビヤックという食べ物からビタミンを摂取しています。このキビヤック、世界で最も臭い食べ物とか言われていて、鼻がもげそうになるほどのにおいらしい。それでも必要な栄養をとるため、イヌイットの人たちは経験を積み重ねてこの食べ物を作り出したのです。

この酸味を感じる遺伝子は、まだはっきりわかっていません。しかし、マウスの実験では、陽イオンを通過させるタンパク質輸送体の一部に酸味を受容する機能があるんじゃないかという研究発表もされています(*8、日本の自然科学研究機構生理学研究所の研究者らによる論文、また東京大学大学院農学生命科学研究科の研究者らによる論文)。

味覚では塩味も重要ですが、塩味の好みはどうも後天的な感覚のようです。生まれたての赤ちゃんは、塩味を感じないという報告もある(*9、米国、ペンシルベニア大学モネル化学感覚研究所の研究者らによる論文)。

人間は早い段階から森から出て草原へ、そして海辺で進化したと考えられています。生命は海から誕生したので、体液、細胞外液の濃度は海水の約三分の一になっていて、ナトリウムは必須の物質であると同時に、摂り過ぎると高血圧などの病気になる。つまり、塩分は必要ですが、摂り過ぎに注意も必要なので、環境によって調節可能な後天的なセンサーにしたのかもしれません。

天才ソムリエの遺伝子

ところで、味覚の中で苦味には、優勢と劣勢の対立遺伝子があります。4人に一人は、苦味を感じない遺伝子を持っているらしい。このため、苦味を中心にした味の感覚に個人差ができ、鋭敏な遺伝子を持つ人は鈍感な人より約千倍も多様な味を区別できるそうです。こんなに敏感だと、逆に味のノイズだらけで困りそうですが、天才シェフや天才ソムリエなんかは鋭敏遺伝子の持ち主なのかもしれません。

苦味は毒性に対するセンサーです。苦味を感じられなければ、その遺伝子が残るはずはありません。人間と共通祖先を持つチンパンジーにも同じ遺伝子があります(*10、英国、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのガルトン研究所の研究者らによる論文、また日本の京都大学霊長類研究所の研究者らによる論文)。それでも苦味受容体がない人間が、かなりの割合で生き残ってきたのには何か理由がありそうです。

もしかすると、苦味のある食べ物に必要な栄養素があり、あえて鈍感にしているのかもしれません。大人になってビールの苦味が好きになるように、後天的な味の許容度のために残された遺伝子とも考えられます。

味覚は直感的なセンサーです。新陳代謝も早い。おそらく味覚に関係した遺伝子は、けっこう融通無碍なものなのでしょう。だからこそ、人間はなんでも食べることができたのかもしれません。

(*1:Jun-Ho Jang, Jong-Soo Lee and Mari Yotsu-Yamashita, "LC/MS Analysis of Tetrodotoxin and Its Deoxy Analogs in the Marine Puffer Fish Fugu niphobles from the Southern Coast of Korea, and in the Brackishwater Puffer Fishes Tetraodon nigroviridis and Tetraodon biocellatus from Southeast Asia", Marine Drugs, 8, 1049-1058, 2010.

(*2:Jayaram Chandrashekar, Mark A. Hoon, Nicholas J. P. Ryba & Charles S. Zuker, "The receptors and cells for mammalian taste", Nature 444, 288-294 (16 November 2006)

(*3:Ryusuke Yoshida, Aya Miyauchi, Toshiaki Yasuo, Masafumi Jyotaki, Yoshihiro Murata, Keiko Yasumatsu, Noriatsu Shigemura, Yuchio Yanagawa, Kunihiko Obata, Hiroshi Ueno, Robert F Margolskee, and Yuzo Ninomiya, "Discrimination of taste qualities among mouse fungiform taste bud cells", The Journal of Physiology. 2009 September 15; 587(Pt 18): 4425-4439.

(*4:Ken L. Mueller, Mark A. Hoon, Isolde Erlenbach, Jayaram Chandrashekar, Charles S. Zuker & Nicholas J. P. Ryba, "The receptors and coding logic for bitter taste", Nature 434, 225-229 (10 March 2005)

(*5:Robert F. Margolskee, Jane Dyer, Zaza Kokrashvili, Kieron S. H. Salmon, Erwin Ilegems, Kristian Daly, Emeline L. Maillet, Yuzo Ninomiya, Bedrich Mosinger, and Soraya P. Shirazi-Beechey, "T1R3 and gustducin in gut sense sugars to regulate expression of Na+-glucose cotransporter 1", Proceedings of the National Academy of Sciences

(*6:Nelson, G. et al. "An amino-acid taste receptor.", Nature advance online publication, DOI: 10.1038/nature726 (2002).

(*7:Li X, et al: J Nutr. "Cats Lack a Sweet Taste Receptor", The Journal of Nutrition (2006) 136:1932S-1934S,

(*8:Hitoshi Kawaguchi, Akihiro Yamanaka, Kunitoshi Uchida, Koji Shibasaki, Takaaki Sokabe, Yuchio Yanagawa, Shingo Murakami and Makoto Tominaga, "Activation of polycystic kidney disease-2-like 1 (PKD2L1)/PKD1L3 complex by acid in mouse taste cells.", J. Biol. Chem. 285(23): 17277-17281, 2010.

Ishimaru, Y., Katano, Y., Yamamoto, K., Akiba, M., Misaka, T., Roberts, R. W., Asakura, T., Matsunami, H., and Abe, K., "Interaction between PKD1L3 and PKD2L1 through their transmembrane domains is required for localization of PKD2L1 at taste pores in taste cells of circumvallate and foliate papillae.", The FASEB Journal, 24巻(10号)(2010年6月10日オンライン版掲載)

(*9:Beauchamp GK; Cowart BJ; Moran M; "Developmental changes in salt acceptability in human infants.", Developmental Psychobiology, 1986, vol. 19, issue 1, p 17, ISSN 00121630. ISBN 00121630.

(*10:R.A.Fisher, E.B.Ford, J.S.Huxley, "Taste-testing the Anthropoid Apes", Nature, v. 144, p. 750 (1939)

Tohru Sugawara, Yasuhiro Go, Toshifumi Udono, Naruki Morimura, Masaki Tomonaga, Hirohisa Hirai and Hiroo Imai, "Diversification of bitter taste receptor gene family in western chimpanzees", Molecular Biology and Evolution (2010) doi: 10.1093/molbev/msq279

※2015/06/07 読者の方からのご指摘により「テトロドキシン」を「テトロドトキシン」に修正しました。ありがとうございました。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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