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ネコはなぜあんなにそっけないのか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
Photo by Masahiko Ishida

ネコがイヌを逆転?

ペットフード協会が2016年1月29日に「平成27年(2015年)全国犬猫飼育実態調査 結果」というのを発表した。ちょっと前に報道されて話題になったように、イヌの飼育頭数(991.7万頭)がここ数年、減少傾向にあるのに比べ、ネコの飼育頭数(987.4万頭)が横ばいであり、このままでは飼育数の逆転、つまりネコのほうがいずれは多くなる、とも言われている。

この変化の理由の一つが「ネコは清潔好きで散歩が不要で楽だから」という解釈に、ネット上ではイヌ好きネコ好きの間でちょっとした論争が巻き起こっているようだ。完全室内飼いの「箱入りネコ」も増えているらしい。待ち伏せ狩猟型であるネコの行動範囲はわりに狭くてもいいようで、かわいそうな気もするがネコなら都会のマンション飼いも可能で楽なのも確かだろう。

イヌはネコの5倍もオキシトシンを出す

イヌ好きとネコ好きの間で論争はつきない。BBCのドキュメンタリーでも最近「イヌ vs ネコ」という番組が放送されて話題になっている。

これは「愛のホルモン」として注目の「オキシトシン(oxytocin)」を使った実験のドキュメンタリーで、研究したのは米国カリフォルニア州のクレアモント大学院大学の神経経済学(neuroeconomics)研究センターのポール・ザック(Paul J. Zak)教授だ。まだ学術誌などへの発表にはなっていないようだが、彼のHPには実験結果をまとめた「Oxytocin Responses After Dog and Cat Interactions Depend on Pet Ownership and Affects Interpersonal Trust」なる論文がリストアップされている(*1。

ザック教授が行ったBBCの実験では、10匹ずつのイヌとネコを10分間、それぞれの飼い主と遊ばせ、その後、唾液からサンプルを採ってオキシトシンの量を2回、比較した。その結果、オキシトシンが、イヌでは平均57.2%増加したのに比べ、ネコでは12%だったそうだ。つまり、飼い主と遊ぶときにイヌはネコよりも5倍以上、愛や信頼の感情を起こす脳内化学物質であるオキシトシンを多く出す、ということになる。

ネコはその孤高性こそ魅力

このBBCの実験、ネコ好きには残念な結果だが、ネコにひいきをすれば、ネコはその「そっけなさ」こそが魅力でもある。ヒトと距離を置き、むやみにオキシトシンなどは放出しないのがネコ、というわけだ。日本におけるネコ研究の嚆矢でもある木村喜久弥氏の古典的名著『ねこ:その歴史・習性・人間との関係』(法政大学出版局、1966)では、イヌは奴隷根性がありネコには孤高性がある、とネコ好きならではの表現をしている。

ネコは漢字で「猫」と書く。けものへんにつくりが「苗」だが、苗は稲や麦の苗代や穀物自体のことを指す。ヒトが蓄えた苗代や穀物を狙ってネズミが集まり、それを狙ってネコの祖先がヒトの近くに集まってきてヒトと同居を始めた。「猫」という文字は、その様子をあらわしている。

つまり、ネコはヒトが好きで一緒にいるのではない。単にエサがあるから近くに住みつき、やがて家畜化され、愛玩されて今にいたった。つまり、最初はネコの事情からヒトへ近づき、その後、ヒトがネコの役割を利用して相互共生となっていった。

一方、オオカミの子などをヒトに使役させる目的で無理矢理に連れてこられたものがイヌの祖先と言われている。イヌの仲間は群れを形成して狩りをするので、ヒトが群れのリーダーや親代わりとなり、イヌとのつきあいが始まった。

オキシトシンは排他性にも関係が?

オキシトシンは、愛情と信頼の脳内化学物質なので、集団性のあるイヌで多く分泌され、単独で狩りをするネコでは少ないのだろう。ネコがそっけないわけも、そのあたりにある。また、ネコアレルギーのほうがイヌアレルギーよりも多い、という理由も、ヒトとのつきあいの長さや関係の深さによるのかもしれない。

我々ヒトの場合、見知らぬ他者との良好な関係でオキシトシンは15〜25%増加し、愛する自分の配偶者や子どもと関係するときには50%以上増加すると言われている。一方、オキシトシンは、身近で親しい関係の他者に愛情深く作用する反面、見知らぬ他者に対しては身近な関係者と比べた場合、逆に人種差別などの排他性(エスノセントリズム、ethnocentrism、自民族中心主義、自文化中心主義)に強く作用する、という「負の作用」の可能性が指摘されてもいるのである(*2。

  • 1)Curry, B., Donaldson, B., Vercoe, M,. Filippo, M., & Zak, P. J. (in press). "Oxytocin Responses After Dog and Cat Interactions Depend on Pet Ownership and Affects Interpersonal Trust." Human-Animal Interaction Bulletin
  • 2)Carsten K. W. De Dreu, Lindred L. Greer, Gerben A. Van Kleef, Shaul Shalvi, and Michel J. J. Handgraaf, "Oxytocin promotes human ethnocentrism.", Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS), 2011, 1262-1266, doi: 10.1073/pnas.1015316108

※2016/02/09:補足:2015年に日本の麻布大学が飼い主とイヌの間でオキシトシンの量を調べた研究をしたが、この記事で紹介している実験では飼い主側のオキシトシンは調べなかったようだ。イヌとネコで飼い主のオキシトシンがどう違うのか、調べてみたらよかったのに。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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