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金正恩氏は自己顕示欲と反中で核と「ロケット」強行した (2) 誰も抑えられない金正恩氏の自己顕示欲

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
金正恩の偉大性を学ぶ政治学習の現場 2013年6月(アジアプレス)

北朝鮮は、党大会を控えた重要な時期に、なぜ中国をあえて遠ざける核実験と「ロケット」発射を強行したのか? 非合理、衝動的な判断が下されたのは、誰も金正恩の自己顕示欲を抑えられない北朝鮮権力の内部事情がある。

労働党大会の重要性

金正恩政権は、今年5月に、36年ぶりとなる労働党大会の開催を宣言している。北朝鮮にとって党大会は極めて重要な政治行事だ。金正恩時代4年間の成果と実績を国内にアピールし、これからの政治経済の新しい中長期ビジョンを示さなければならない。

ところが、金正恩氏の実績らしきものは、2013年2月の核実験以外皆無だ。首脳外交はゼロ。ロシア、中国をはじめ、関係の悪くない国との首脳会談は、やる気さえあれば実現可能だったはずだが、金正恩氏は出て行かなかった。韓国の朴槿恵大統領が中国、米国首脳などと会談を重ねたのと対照的だ。

経済は、地下資源輸出で対中国貿易を増大させたが、大型国営企業の稼働不振に改善の兆候は見られない。平壌中心部に次々に作った高層建築や娯楽施設、外貨商店などのおかけで、外国人が訪れる場所だけは華やいで見えるが、平壌市郊外は沈滞したまま、地方に至っては惨憺たるものだ。とりわけ電力難は2014年後半から深刻で、「一秒も電気が来ない日が珍しくない」という報告が多数届いている。

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アジアプレスでは、平壌と地方に住む人たちに、「金正恩時代になって暮らしがよくなったか?」という共通の質問をして、政権への評価を定期的に尋ねているが、昨年「イエス」と答えた人は皆無である。民心の離反は著しい。

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金正恩氏は、繰り返し人民生活の向上を訴えてきた。今年の新年辞では来たる党大会について「 朝鮮革命の最後の勝利を早めるための素晴らしい設計図を示すだろう」「経済強国の建設に総力を集中し、国の経済発展と人民生活の向上において新たな転換をもたらすべき」と述べている。

人民生活の向上は金正恩氏の国民への公約である。党大会を機に新しい具体的な経済計画=ビジョンを提示し、国民が実感できる成果をできるだけ早く見せる必要がある。

そのためには資金がいる。国営企業の大工場は錆びついて大方が止まったままで、エネルギーをまともに供給もできていない。主に中国に天然資源を売って稼いだ外貨は、非生産的な政治宣伝のハコモノや記念碑、銅像、スキー場などの娯楽施設建設や、核や「ロケット」開発に注ぎ込んできた。インフラ整備は、平壌中心部以外は切り捨てられたままだ。

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それだけではない。国の最大の祝日である2月16日(金正日生誕日)、4月15日(金日成生誕日)に、国民への特別配給も準備しなければならない。これらが滞ることは、金正恩氏が2013年3月に提示した「核開発と経済発展の並進路線」が不調、あるいは失敗であることが内外に露呈してしまう。

その場しのぎであれ、構造改革であれ、人民生活向上と産業復旧のためには、外部からの支援、投資が不可欠だ。そのためには国際孤立を脱して周辺国との関係改善が必須である。2013年2月の三回目の核実験と、同年末の張成沢粛清で冷え込んだ中国との関係改善を、ぜひとも実現したいところであったはずだ。

強い自己顕示欲

党大会を控えたこのような重要な時期に、金正恩氏は自身の訪中と支援獲得等が期待できる中国との関係改善に向かう道を断った。核実験をすれば中国も含めた国際社会の制裁が強化されるのは目に見えている。しかし、金正恩氏は「水爆保有」の実績誇示を優先させた。この非合理な判断を下した理由は、金正恩氏の強い自己顕示欲があったと思われる。

金正恩氏は自身の弱点を知っているはずだ。若さゆえの未熟と、実績と威信がないことである。韓国や外国のインターネットページ上に、自身を揶揄、風刺する記事や動画が溢れていること、北朝鮮国内で自身の評判がすこぶる悪いことぐらいは把握しているだろう。

北朝鮮に住む人々を取材していても、「あのガキが…」と侮り、「暮らしが悪くなった」と嘆き、年長の幹部を次々処刑していることに対しては、「残酷さは父親以上」「人の道に外れる」と非難する声が大半。金正恩氏を肯定的に評価しているという人は少数だ。

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未熟さと実績のなさがコンプレックスであるがゆえに、虚勢を張り、強く自己を顕示するのだろう。祖父の金日成に似せた年齢不相応なファッションにこだわるのも、核実験と「ロケット」発射の命令書にサインしている姿や、「ロケット」発射を指揮所で見守る姿をわざわざ公開したことも、そして党大会を開催しようというのも虚勢の現れに見える。

党大会が1980年以来開催できなかったのには理由がある。経済難が深刻化しているところに社会主義陣営が弱体化、瓦解へと進む中で、展望を示すどころではなかったのである。

今の金正恩政権に、難局打開の展望を示す戦略があるとはとても思えない。それでも父親金正日もできなかった党大会を開催しようとするのは、「一人前の指導者」であることを内外に顕示したいという欲望からきているのだろう。

恐怖が支配、誰も異見を言えない

さて、いくら非合理な判断であっても、金正恩氏に対して誰も異見を述べられないのが現在の北朝鮮だ。張成沢氏をはじめ政権中枢の幹部多数が粛清処刑されたのは周知のとおり。

金正恩氏は「服従しない者は容赦しない」を無慈悲に実行してきた。昨年4月に現職の人民武力部長(国防大臣に該当)だった玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)が処刑されたという報道は記憶に新しい。権力中枢の幹部たちを覆っているのは恐怖の空気に違いない。

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金正恩氏は、核実験に反対する中国に背を向けることで、中国に屈しない「強い民族指導者」を演じたかったのだろう。そんな独善を諌める者、非合理な判断を修正できる者は、政権中枢に存在することができないに違いない。33歳の若い独裁者の衝動や感情が政策を左右する。それが現在の北朝鮮だ。金正恩政権が今後どう動くか、予測は難しくなったと言わざるを得ない。(了)

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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