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なぜ北朝鮮テレビは朴槿恵弾劾デモにモザイクをかけるのか 隠したいものは何?

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
朴槿恵退陣訴える集会の背後のビルにモザイクが。12月3日の朝鮮中央テレビより

韓国で11月から拡大を続けていた朴槿恵(パク・クネ)大統領退陣要求デモの画像を、朝鮮中央テレビが、画像にモザイクをかけて放送していた。

モザイクがかけられていたのは、12月3日に朝鮮中央テレビが放送した「朴槿恵逆徒は欺瞞的な『談話』遊びを止めて即刻退陣しなければならない」と題された対談番組だ。

北朝鮮の宣伝サイト「我が民族同士」に掲載された当該番組(朝鮮語)

デモや集会の様子を約20点の静止画像で紹介しながら13分余り放映したが、ソウル中心部の高層ビルや、光化門広場にある李舜臣(イ・スンシン)将軍と世宗(セジョン)大王の銅像にモザイクをかけていた。

(李舜臣将軍は豊臣秀吉の朝鮮出兵軍を撃退した英雄。世宗大王は15世紀にハングルを創製した)

不自然なモザイクをかけたのは、金正恩政権が、韓国の反朴槿恵闘争の高揚を北朝鮮住民に積極的に知らせたい一方で、韓国の発展ぶりが確認できる情報は隠したかったからだと思われる。

李舜臣や世宗大王は、北朝鮮でも英雄として知られており、学校でも教えられている。しかし、金日成―金正日とその母金正淑(キム・ジョンスク)以外の銅像が都市の中心に建てられることはあり得ない。北朝鮮では三人こそが「絶世の偉人」であり、唯一の尊敬対象なのである。

とはいえ、四百~五百年前の英雄の銅像がソウルにあるという事実が国内に知られたとして、大した影響があるとは考えにくい。この番組の検閲担当者は、後に万一にも批判される事態を避けるため、上部の意向を過度に忖度(そんたく)してモザイクをかけたのではないだろうか。

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◆80年代、北民衆はデモ映像で韓国の豊かさ知った

1980年代、韓国では反独裁と民主化を訴える大規模デモが燃え盛った。北朝鮮でも、しばしばそのニュースが流された。独裁的軍事政権に南の民衆が反対していることを強調して、韓国に正当性がないことを国内で宣伝するためだ。

だが、北朝鮮の人々は、そのデモ映像に映る別の情報に注目した。韓国の人々の服装や街並み、車の多さを見て、経済が発展していることを推測するようになったのである。

「南は軍事ファッショ政権下で、人民は抑圧され飢えていると教えられていたのですが、デモ映像に映っている若者たちは、いい服を着ているし、痩せこけた人なんていない。街には高層ビルが立ち並んでいる。かすかに伝え聞いていた『南は豊だ』という噂を確認した思いでした。」。

ソウルに住む知り合いの脱北者は、80年代に韓国のデモのニュースを見た時の「発見」についてこのように述べた。

2000年代から情報流入が続き、今や北朝鮮では、都市と農村に関係なく、また大人から子供に至るまで、韓国が経済的に豊かになったことは常識として知っており、憧れや矜持すら感じている人が少なくない。今さら街並みにモザイクを掛けたところで、効果があるとは考えられないのだが。

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アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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