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日本史必修化・「公共」新設は自殺者を出すだけ~繰り返されるカリキュラム改訂と未履修問題

石渡嶺司大学ジャーナリスト

日本史必修化、「公共」新設が記者会見で

日本史の必修化、「公共」科目の新設が新年早々報じられました。

下村博文文部科学相は7日の記者会見で、選択科目の高校日本史について「必修化は前向きに検討すべき課題」と述べた。文科省は小中学校での英語教育強化などを含む学習指導要領の全面改訂を、今年中に中央教育審議会(文科相の諮問機関)に諮問する方針。新要領は2020年度の全面実施を目指す。

高校の日本史必修化については、「グローバル社会を見据え、日本のアイデンティティーを学ばせる必要がある」との意見が自民党を中心に強い。また、規範意識や社会制度などを高校生に教える新科目として同党が目指す「公共」の導入に関しても、下村氏は検討する意向を示した。

第2次安倍政権発足後、小中学校での「道徳」教科化、政府見解などを書かせる教科書検定基準の改定などの動きがあり、今回も歴史や規範教育分野での保守色の濃い見直しとなる。

出典:朝日新聞デジタル 1月8日(水)7時36分配信

今回はこの日本史必修化・「公共」新設についてです。

カリキュラム編成は失敗の山だらけ

結論から言えば、私は日本史必修化・「公共」新設には反対です。

なぜ、反対か、と言えば、これまでの履修科目編成が教育現場を混乱させるだけで実効性を伴っていないからです。

先ほどの記事では日本史について

「グローバル社会を見据え、日本のアイデンティティーを学ばせる必要がある」

「公共」については

「規範意識や社会制度などを高校生に教える新科目」

とあります。

ここで、日本史必修化については

イデオロギー色が強すぎる、

とか、「公共」新設については

「規範意識や社会制度などは高校生に教える話ではない」

と批判することも可能です。

ですが、そうした批判はこの記事ではとりあえずパスするとします。

どうせ、他の人がそういう批判をしているのでわざわざこの記事で書くこともないでしょうし。

さて、カリキュラム改訂の際には必ず「改訂する理由」がそれぞれ存在します。

1992年:世界史を必修化、家庭科が男女とも必修科目に

2003年:情報、総合的な学習の時間を導入

この4科目、それぞれ導入理由があることは言うまでもありません。

導入理由は、今月報じられた日本史・「公共」の必修化・新設理由と同じく、その時点での課題を教育によって解決するためのものでした。

現在、ある課題に対して教育ではどのような政策によって未来の日本を変えていくか、それは大切なことです。

少なくとも問題を放置せず対応策を考えて実行されるのは悪いことではありません。

しかし、日本の場合、文部科学行政にしろ、文教関連の政治家にしろ、

「教育の問題を解決するために××を実施(新規導入)する」

というところまではいいのですが、

「実施(新規導入)のために障害となる問題を解決する」

ができていません。

カリキュラム改訂で言えば未履修問題が挙げられます。

高校で未履修問題が起きる理由

未履修問題は学習指導要領で定められた必修科目を履修せず、受験指導などに振り分けていることを指します。

高校からすれば、生徒や保護者から大学受験指導の強化を求められている以上、やるしかありません。

それに今も昔も、進学校は公立も含め、進学実績が大きく注目されます。県によってはこの実績が人事にも影響しています。

2006年に発覚した未履修問題は世界史、家庭科、情報などか受験科目でないため未履修であることが日本各地で発覚しました。

高校現場が悪い?

この未履修問題が起きたとき、マスコミや文部科学省などは

「学習指導要領を守らない高校(のトップと教員)が悪い」

と批判。

この影響もあって、茨城県と愛媛県では県立高校の校長が自殺する事件まで起きてしまいました。

しかし、私は高校の校長なり教頭なり進路指導主事なりを非難すれば解決する問題ではない、とみています。

一方で、それぞれ意義があるにせよ学習指導要領を改訂しておいて、一方で生徒・保護者のリクエストがあり、さらにもう一方では難関大の大学受験は厳しいまま。

本来は、それぞれの課題を整理したうえで解決する方策を考えるのが文部科学省と文教関連の政治家の役割です。

しかし、これまでのカリキュラム改訂は、ある課題は解決したかもしれませんが、未履修問題が起きる可能性については

「高校現場でどうにかしろ」

進学校の生徒や保護者からすれば、受験指導が第一ですし、進学実績を気にする地方行政・政治も同じく、受験指導が第一。

高校側にそうした要望を止める権限がない以上、そりゃ、未履修問題は繰り返されることになります。

そもそも進学校では常態化?

2006年の未履修問題は文部科学省が救済策(補習とレポート提出で対応)を発表して一応決着します。

しかし、未履修問題はその後もくすぶり続けます。

2012年12月12日には読売新聞の記事で未履修の実態が明らかになっています。

高校の必履修教科「情報」について、東京農工大などの研究グループが同大などの1年生を対象に行ったアンケート調査で、約半数が高校で未履修だった疑いがあることがわかった。

必履修教科の未履修問題は2006年、世界史などを中心に全国の高校で相次いで発覚したが、専門家は「今でも大学入試センター試験に出題されない教科の授業が、受験用の教科に割り振られているのでは」と指摘している。

「高1の時に週1時間しか受けていない」。本来なら週2時間履修しなければならない「情報」の授業について、同大工学部1年の男子学生(20)はこう証言した。昨春卒業した兵庫県の県立高校では、週1時間だけ、主にパソコンの操作方法などを教わったという。東京都内の私立校出身という同級生の女子(18)も「週1時間だった」と打ち明ける。

「情報」は、学習指導要領で高校3年間に2単位の履修が義務付けられている。しかし、同大の辰己丈夫准教授らが今年4月、同大など5大学の新入生1266人を対象に行った高校情報科に関するアンケート調査では、45%の学生が「週1時間で1年間(1単位)」と回答。全く履修していないという学生も1%いた。

「情報」は03年度に新設されたが、いまだに大学入試センター試験の出題教科に採用されておらず、私立でも受験科目に取り入れている大学は少ない。このため、受験対策を重視する進学校では、試験科目の授業を優先する傾向があるという。

必履修教科を履修しないと卒業できない。文部科学省によると、06年に全国の公私立663校で世界史や情報などの履修逃れが発覚。この時は、救済策として高校生に休み中の補習授業などで対応し、卒業生の卒業資格は取り消さなかった。07年度に新たに2校で未履修が発覚したが、それ以降、同省に報告はないという。今回の調査について、同省の担当者は「独自のカリキュラムが認められている高校もあり、一校一校の実態をみていかないと、未履修かどうかの判断はできない」としているが、辰己准教授は「高校時代の記憶が鮮明な時期に調査しており、実態に近い数字だろう」と指摘している。

出典:読売新聞2012年12月12日記事

今回、上がっている日本史と「公共」の場合、日本史は受験科目に選ぶ高校生が多いので、未履修となる可能性はそれほど高くありません。

しかし、「公共」については、内容のあいまいさも手伝って、情報、家庭科、総合的な学習の時間と同様、未履修の温床となる可能性はきわめて高いと言わざるを得ません。

日本史・「公共」を必修にするには?

日本史や「公共」、あるいはそれ以前の情報なども含めて、必修化・導入していく意義は認めます。

しかし、受験指導・対策やクラブ活動なども含めればどう考えても時間が足りず、無理があります。

日本史・「公共」に限らず、高校のカリキュラム改訂については以下の3点が解決策として考えられます。

その1:全科目を大学受験で必須科目扱いとする

その2:高校を3年制でなく4年制にする

その3:大学を秋入学制にして、高校は6月卒業にする(3.5年制)。

こういう方策を出すと、

「そんなの無理」

と言われる方もいるでしょう。

その通り。

「公共」も情報も家庭科も大学受験で必須科目なんてどう考えても無理。

※大体において、「総合的な学習の時間」、どうやって入試にするんでしょうかね?

4年制や秋入学・3.5年制化だって、導入にあたってはこれはこれで様々な問題を解決する必要があります。

高校3年制を維持したまま、大学受験で必須科目扱いも無理となると、考えられる方策は、これ。

その4:カリキュラムを現状よりも減らして最低限の必修科目は履修するように定める(履修したかどうかを確認するテストも導入)。あとは高校または自治体の自由裁量とする

もう、これしかないんじゃないですか?そうなったら、進学校は一斉に情報や家庭科などは履修しなくなりますけど。

それとも、

その5:学習指導要領は改訂して履修するよう定めるが、細かいことは高校現場任せ。何かあれば全部、高校が悪くて自殺者が出るまで批判する

というこれまでの方策を繰り返すことになるのでしょうか?

それこそ、規範意識や社会制度云々以前の問題と思う次第です。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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