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倒産寸前高校、センバツへ~奇跡の復活がジャンケンの理由

石渡嶺司大学ジャーナリスト
朝礼で一斉ジャンケンをする創成館高校生徒

少子化で学校経営は冬の時代

ライター石渡です、こんにちは。

Yahoo!個人連載、目の前の仕事(ライターなのに初めてとある新書の編集を担当)が忙しくて、更新せず。いつの間にか、センバツの季節になっていました。

センバツに出場する高校は強豪校もあれば新設校もあります。厳しい競争を勝ち抜いて出場できたわけです。

高校からすれば厳しい競争はセンバツだけではありません。生徒集めという点でも高校は厳しい競争を強いられています。

1992年には18歳人口は205万人いました。それが2009年時点では121万人と94万人も減少してしまいました。

ベネッセ・2031年までの18歳人口動態

4割以上減ったということは、高校や大学からすればそれだけ減収となる可能性が高くなります。

公立高校はどの地域でも再編計画が進んでいます。

<最後の林業高校>天竜林閉校、校名から消える「林業」

私立高校でも、学校法人の倒産が起こるなどしています。

エリート養成を掲げた千葉の文理開成高校が経営破綻

その結果、1989年に5512校あった高校は2013年には4981校にまで減少しています。今後はもっと減少していく可能性が高いでしょう。

さて、2013年の高校数は1989年から531校減少して4981校、うちセンバツ出場校は32校です。

このセンバツ出場校のうち、ある高校はセンバツ出場校にも2013年時点で存続している高校でもなく、消えた531校の中に入っていてもおかしくはありませんでした。

生徒数の大幅な減少で数十億円もの負債を抱えていたからです。その高校とはセンバツ出場2度目となる長崎県の私立創成館高校です。

なぜ、潰れかけの高校が復活し、センバツ出場にまで、至ったのでしょうか。

今日は創成館高校理事長・校長の奮闘記でもある『ヤンチャ高校、学校を変える』(宝島社)を引用しながら、同校の復活の軌跡をご紹介します。

偏差値表記なし、借金数十億円

2003年、創成館高校の前理事長が逝去します。ガンでした。

そして、同時期、創成館高校もまた、死にかけ、もとい、潰れかけの高校と地元では目されていました。

●万引きから傷害までの生徒指導件数は年300件以上

●借金は数十億円以上

●偏差値表記は、なし

●中学校を訪問しても門前払いがほとんど

経営コンサルタントに経営診断を仰ぐと

「末期ガンのようなものです。手がつけられません」

銀行員(支店長でも融資課長でもなく一行員)からは

「もう生徒募集はしませんよね?」

どう考えてもボロボロです。この高校を前理事長から引き継いだのが、前理事長の息子で、現理事長・校長の奥田修史さんでした。

数十億円手形の裏書をして、街宣車が来て

学校法人オーナーの跡を継ぐ。

聞こえはいいですが、奥田校長がまずしなければならなかったのは募集停止を勧める銀行の圧力をはねのけ、存続させる代わりに、残された借金、数十億円の手形への裏書でした。

つまり、奥田校長が後を継いだのは学校と学校法人に残された借金でした。

数千万円どころか数百万円でも殺人事件は起きますし、この借金苦を理由にした自殺も起こっています。それが数十億円の借金を背負った奥田校長の心情は察するに余りあります。

さらに理由は不明ですが、一度は真っ黒な街宣車が校舎まで押し寄せることもありました。

それでも奥田校長、めげません。

リスクを負ってK1風に説明会

奥田校長は経営状態を教職員に説明、給与・賞与40%カット、自身の給料を最低にまで切り下げました。

不採算部門も整理するため、傘下の専門学校、中学校を閉鎖します。熱意のない教員もリストラしました。

リストラを進める一方で、奥田校長は生徒集めにも工夫を凝らします。高校は生徒集めの一環としてオープンスクール(オープンキャンパス、説明会)を実施します。

しかし、赴任直後のものは、他校と同じく退屈極まりないものでした。

そこで奥田校長は、K1の選手入場よろしく、派手にやることを提案。当然ながら、常識に縛られた教職員は反対します。

「そんなことをやったら、中学校から、ふざけてるのかって反感買いますよ!」

奥田校長も負けません。

「何の特徴もないオープンスクールをやるより、賛否がつくものにしてインパクトを残すほうがよっぽどマシだ。リスクを負う勇気がなければ、何も生まれない!」

かくて、K1風のオープンスクールが実現します。予算がないのでスモークではなくドライアイス(をあおぐだけ)、照明ではなく電灯(を点滅させるだけ)という低予算。そして、否定的な意見ももちろん出ました。

しかし、いつもは居眠りする参加者が出る中、この日は誰も居眠りせず、そして翌年、入学者数は一転して増加します。

教職員が心得唱和は昭和の遺物?

奥田校長が赴任してから現在に至るまで、実施していることの一つが朝の心得唱和です。

まず、その日の担当教職員がその日の目標、最近感じたことなどを全員の前で話します。

そのうえで、奥田校長が作った教員心得十か条を全員で唱和します。時間にして3~4分程度。最後は全員でハイタッチして終わります。

画像

心得唱和は民間企業では昭和時代、よくありましたし、今でも一部残っています。

全員で唱和したから何なんだ、とも言えますし、昭和の遺物と評価する人もいるでしょう。

奥田校長の狙いは気合いを入れること、そして自分がどのような教師であるべきかの意識付けでした。

私も見学に行きましたが、その狙いは当たっているように思います。

700人が朝礼で一斉ジャンケン

心得唱和と並んで赴任後から現在まで実施しているのが毎週月曜の全校朝礼です。

その全校朝礼ではある時点から、「本気のジャンケン」を取り入れるようになりました。

奥田校長の講話(一般的な高校の講話よりはるかに短めです)が終わると、「本気のジャンケン」に移ります。

と言っても、ルールは簡単。大きな声を出して、全校生徒と教職員が一斉にジャンケンをするだけです。

これもばかばかしいと言えばそれまでです。

しかし、生徒の元気を引き出す試みとしては実にユニークです。

この「本気のジャンケン」、終了すると朝礼も終わりますが、各クラスごとに整列し、教員と挨拶してから解散します。

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これもたかが挨拶、くだらないとも言えます。

しかし、体育館で一斉にクラスごとに整列して挨拶する風景はなかなか壮観です。そして、たかが挨拶ではありますが、この挨拶こそ奥田校長がこだわる教育でもありました。

そして、単なる挨拶が創成館高校を救うことになります。

生徒の挨拶、半沢直樹を動かす

奥田校長が赴任してから数年後、取引先銀行のそれも本店に呼ばれます。

それまでも支援継続を訴えても反応は良くありませんでした。支援打ち切りも覚悟しながら本店に行くと、銀行役員から出た言葉は意外なものでした。

役員は融資引き上げを一度は決断し、そのことを伝えるために学校に行きました。ところが…

「私どもは驚きました。行き交う生徒さんたちが、わざわざ立ち止まってあいさつをしてくれたんです。正直、我々は創成館を昔のイメージのまま捉えていたので、素行の悪い生徒にカツアゲでもされるんじゃないかとビクビクしていたんです。現実はその逆でした。私たちはこの学校を本当に見捨てていいのかと考え直し、もう一度話し合いを持ちました。そして、奥田学園を今後も支援していくと決断しました。理事長、ぜひがんばって、学園を再建してください!」

たかが挨拶とバカにしたものではありません。たかが挨拶、されど挨拶。

礼儀の基本を教えた奥田校長、そしてその教えを実践した生徒が長崎の「半沢直樹」を動かしたのです。

踊る校長、NHKまで変える

銀行の支援継続が決まった創成館高校はリストラだけでなく、制服をベネトンのものに変更。

『7つの習慣』を元にした学習プログラム「7つの習慣J」を全国の高校では17番目に導入しました。

様々な努力が実を結び、創成館高校は消えた高校531校の中に入ることはありませんでした。

奇跡の復活を果たした創成館高校は現在、生徒集めが順調な高校となっています。

長崎県内ではユニークな高校として評判になり、単年度では黒字経営に転換しています。

2013年にはセンバツに初出場、仙田育英高校と対戦し2-7で惜敗しました。

この試合、NHKの実況中継でちょっとした珍事が起こりました。

奥田校長は背中に「校長」と刺繍したユニフォームを着て応援。

しかも、メガホンを持って声を枯らすばかりでありません。

途中からは、自ら太鼓を持ってガンガン叩き出します。

※画面中央の一番熱心に応援しているのが奥田校長

※03:00あたり、創成館高校が得点してメガホンでハイタッチする奥田校長。NHKのカメラが付いてまわるように

※03:53あたり、ついに太鼓をたたき出す

これが絵になるとNHKも踏んだのか、この模様を中継し全国に流れました。

センバツのスタンド中継と言えば、かわいいチアリーダーか、応援団、家族が定番。校長の応援模様が流れるのは異例です。

3月22日の初戦は駒大苫小牧が相手。

地元が北海道の私としてはどちらを応援するかは苦しいところです。

しかし、私の思いとは無関係に奥田校長の熱い応援はまた全国で放送されることでしょう。

熱い思いを持つ奥田校長率いる創成館高校、今後も注目です。

もし、奥田校長や創成館高校のことをもっと知りたい、という方も、奥田校長はどうでもよくても元気が出る本を読んでみたいという方も『ヤンチャ校長、学校を変える』お勧めです。

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大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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