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国際教養大の二番煎じは大丈夫か?その2~長崎大・山口大がこけた理由

石渡嶺司大学ジャーナリスト

前回(国際教養大の二番煎じは大丈夫か?その1~2015年度入試結果から)の続き。

未読の方は、国際教養大シリーズ1回目の「国際教養大があれこれけなされている件」もどうぞ。

前回、山口大国際総合科学部と長崎大多文化社会学部の大苦戦についてお伝えしました。

山口大国際総合科学部 前期1.3倍、後期6.9倍

長崎大多文化社会学部 前期1.0倍、後期5.8倍

※代々木ゼミナール「国公立大の出願結果」より

長崎大は、昨年実施のAO入試で20人募集のところ、出願者がわずか2人。

この18人(AO入試の2人は合格)の欠員を前期入試に振りかえましたが、88人の募集人員に対して86人出願、82人受験、75人合格。大学公表の倍率(競争率)は1.1倍ですが、大惨敗で定員割れとも言えます。

後期も出願こそ58人でしたが、受験者は10人、合格9人と惨敗します。

そこで、欠員補充で30人募集という前代未聞の手に出ます。

しかし、スケジュールは、なんというか、潰れかけの私立大並みでした。

出願が3月29日と30日の午前中(9時~12時)、試験が30日の14時から(面接のみ)、合否発表が31日15時、入学手続きが4月1日、入学式が2日……。

こんなタイトな日程に受験生も高校も対応できるわけがなく、合格者はわずか9人。

この長崎大多文化社会学部の惨敗を詳細に伝えているのがブログ「香川大学解体新書」です。

長崎大学多文化社会学部の誤算

長崎大学多文化社会学部のさらなる誤算

詳しいことは記事に譲りますが、評価が高い経済学部の定員を減らしてまで新設したことに疑問を呈するなど、鋭い記事です。

さて、私は、4年間の学費・生活費に注目しました。

国立大学の標準額は年間53万5800円。これは山口大・長崎大、ともに同じです。

しかし、山口大国際総合科学部、長崎大多文化社会学部は、この標準額53万5800円(×4年)だけでは収まりません。

●山口大国際総合科学部

・1年次夏…フィリピン研修(1か月)/費用は20万円(交通費・食費込)

・2年夏~3年夏…1年間の留学/学費は無料/交通費・食費は自己負担

●長崎大多文化社会学部

・1年次夏か3月…アメリカ・カナダ(夏)かオーストラリア(3月)に3~4週間の短期留学/費用は40~50万円(食費・交通費込)/参加者全員に12万円(オーストラリア)か13万円(アメリカ・カナダ)の奨学金を支給

・2年次後期~4年次前期…グローバル社会コース・オランダ特別コースは半年~1年の留学が必須(社会動態・共生社会は希望者のみ)/学費は無料/交通費・食費は自己負担

なお、長崎大は中長期留学者に対して6~10万円を3か月間支給する奨学金を新設。

また、留学先の生活費はアジア圏で60~100万円、ヨーロッパ圏だと160~180万円程度かかります。

これに往復の航空券料金がアジア圏だと5~10万円程度、ヨーロッパ圏だと20~30万円程度かかります。

このあたりをまとめると、

●山口大国際総合科学部…授業料214万3200円+フィリピン研修20万円+留学先の生活費・食費・航空券料金など65万円~210万円/合計299万3200円~444万3200円

●長崎大多文化社会学部(グローバル社会コース・オランダ特別コース)…授業料214万3200円+短期留学27万円~38万円(奨学金分を引いた額)+留学先の生活費・食費・航空券料金など35万円~210万円-長崎大学海外留学奨学金18~30万円/合計246万3200円~444万3200円

となります。

結構、怖い金額になってきましたが、実はまだこれだけではありません。

自宅から通える学生はいいですが、そうでなければ、学生寮かアパートを契約して居住することになります。

短期留学・研修中に家賃を払うのは他大学・学部も同様ですが、問題は留学期間中です。

留学に行っている間、日本の寮・アパートはどうするか。

考えてみれば、面倒な話です。

●山口大国際総合科学部

・大学生協が国際総合科学部特別プランを用意。4年一括契約で留学期間中のうち、半年分を割り引き。1.2万円で月1回の室内点検オプションあり。

・部屋代月2~4万円

・4年間総額84万円~168万円

●長崎大多文化社会学部

・1年間は外国人留学生と寮で共同生活(部屋代・光熱費月2.2万円/食事は自炊)

・2年次以降は各自アパートに入居?(記載なし)

・アパートは2.5万円~5.8万円

・4年間総額は76.4万円~142.4万円

長崎大については、2年次の半年間、留学終了後の1年間を合わせれば18か月間、長崎大周辺のアパートを契約することになります。

が、2度契約する場合、それぞれ敷金・礼金・契約手数料を合わせて最低でも家賃1か月分は見た方が妥当でしょう。

そこで、アパートの費用は2度の契約で2か月分、合計20か月分で計算しました。

これに先ほどの学費・留学費用を合わせるとこうなります。

●山口大国際総合科学部

合計383万3200円~612万3200円

●長崎大多文化社会学部(グローバル社会コース・オランダ特別コース)

合計322万7200円~586万7200円

参考:私立大の学費平均額は年86万円、4年で344万円。

この留学費用と生活費負担に加え、大学の地理条件も影響しているでしょう。

山口大・長崎大、ともに、福岡から学生が来ることを想定していたはずです。

しかし、福岡の高校生からすればどうでしょうか。

学費の安さを期待するから国公立大を目指す傾向が強い中、私立大以上に費用がかかることを考えれば敬遠してもおかしくはありません。

それに、福岡の場合、西南学院大・福岡大という九州の私立大2トップがあります。

「国際的なことに興味がある」「受験学力はそこそこある」「学費・生活費は安くしたい」の3点を満たす福岡の高校生はどう考えるでしょうか。

1・2点目で山口大・長崎大の国際系2学部は条件を満たしています。しかし、3点目は該当しません。

となると、他の国公立大・学部か、実家から通学可能な西南学院大・福岡大などを選ぶのが自然というものです。

それに、西日本の国公立大で外国語・国際系学部は大阪大外国語学部(旧・大阪外国語大)、神戸市外国語大、北九州市立大外国語学部という伝統校の3トップが存在します。

他にも、社会学系なども含めれば、乱戦模様です。

福岡女子大国際文理学部、和歌山大観光学部、島根大法文学部言語文化学科、県立広島大人間文化学部国際文化学科、山口大経済学部観光政策学科、山口県立大国際文化学部、高知大人文学部国際社会コミュニケーション学科、長崎県立大国際情報学部、宮崎公立大人文学部、鹿児島大法文学部経済情報学科、琉球大観光産業科学部、名桜大国際学群……

国公立大だけでも国際関連の科目を履修できる大学はこれだけありますし、私立大は関関同立・産近甲龍はすべて国際系学部を設置しています。

まして、山口大・長崎大に近いところでは、立命館アジア太平洋大が存在。

この志願者を集めにくい地理条件で、国際系学部を新設するのであれば、よほどの仕込みがないと厳しいでしょう。

ちなみに、国際教養大での生活費負担はどうでしょうか。

1年生は全寮制。2年次以降は学生宿舎かアパートですが、学生宿舎は半期ごとの契約。

つまり、留学中は契約をしないだけで敷金等の余計な負担はかかりません。

「学生宿舎の支払方法は、学期単位での支払を推奨していますが、月単位・2~3か月まとめての支払いも認めていま す。留学中は、大学が学生の荷物を預かる、あるいは宿舎を借りたままにする、ということを認めていません。そのため、留学の期間は、荷物を実家に送る、先輩・後輩に預かってもらう、後輩に売るといった方法を取る学生が多いようです。貸倉庫も紹介はしていますが、利用する学生はあまり多くないかもしれません。2年次~卒業までの住居費・生活費は1年間約100万円~120万円が目安です。留学期間中に学内の宿舎に住むことができない事について、学生または保護者からの質問・苦情などは特にありません」(国際教養大学学生課長・小林和世さん)

山口大・長崎大が国際系学部新設で受験生集めを考えるのであれば、国際教養大を真似るだけでは不十分でした。

競合相手の多い地理条件に寮・アパートの生活支援など考えるべきことは多かったはずです。

まあ、山口大はおそらく、生活支援の必要性に気付いたのでしょう。半年分を割り引く特別プラン設置はうまい手ですし、これがあるから、長崎大のような大量辞退につながらなかったと推定できます。

その点、長崎大の場合、寮設置までは良かったですが、そのあとの生活支援は未定。

この曖昧さも敬遠された要因になっているのではないでしょうか。

今後、長崎大多文化社会学部の関係者には、この生活支援策の整備が求められます。

放置したままで、単に広報・宣伝を強化したり、入試地方会場の増設をしても、根本的な解決にはつながらないでしょう。

特に入試地方会場は、すでに東京・福岡で実施しています。

名古屋・広島・熊本・鹿児島などでの増設が予想されますが、どうでしょうね…。

まあ、このまま、志願者集めで低迷すれば、新設の国際寮が空室だらけで1年どころか4年間住める、という笑えない事態もあり得ます。

さあ、どうする、山口大・長崎大。というわけで、このシリーズ、もう1回続きます。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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