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新入学予定者が知っておきたい奨学金の「大誤解」~利子比較から就職の話まで

石渡嶺司大学ジャーナリスト

奨学金をめぐる議論が沸騰中

日本学生支援機構の奨学金について、議論が沸騰しています。

Yahoo!個人でも、千田有紀・武蔵大教授が、

「大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たち」

という記事が注目されました。

なお、後述しますが、

大学進学率を下げよう!~「Fの悲劇」をなくすために(田中俊英)

や、この記事の元ネタでもある、

多額ローン、就職先はブラック…Fランク大学卒業生の厳しい現実〜なぜ入学者減らない?(ビジネスジャーナル、佐藤留美)

など、いずれも、

「奨学金の金利は高い→それでいて大学を卒業しても就職先はないか、ブラック企業→大学に行く意味はあるのか」

という構成になっているのが特徴です。

たぶん、今後も同様の記事は出てくるでしょう。

奨学金や高等教育の是非が論じられるのはいいのですが、事実ベースで混同や誤解があったり、複数の議論がすれ違っている、ということが多々あります。

そこで、本稿では事実ベースがどうなのかを明らかにしながらまとめていきます。

誤解1~日本学生支援機構第二種奨学金の金利は3%

まず、日本学生支援機構の奨学金、それも利用者が多い、有利子タイプの第二種について解説します。

これは日本学生支援機構の表示方法が悪いとも言えます。

返済シミュレーションの簡易版は3%で計算していますし。

実は私も最初、この簡易シミュレーションに騙されて、あやうく、民間金融機関の教育ローンの方が低利、との記事を書くところでした。

「金利3%」というのは、あくまでも上限です。

では、実際の金利はいくらでしょうか。

日本学生支援機構のサイトを見ると、平成19年以降の貸与終了者では、一番金利が高かったのが平成19年度・20年度の基本月額1.9%、増額部分2.1%(ともに利率固定方式/終了月による)です。

去年、平成27年度の貸与終了者は、もっとも高い月(終了)で、基本月額は利率固定方式0.69%、利率見直し方式0.2%。増額部分が利率固定方式0.89%、利率見直し方式0.4%です。

いずれも3%には至っていません。

奨学金をめぐる議論や関連記事で、

「奨学金の金利は3%」

という前提で構成するケースがよくありますが、これは誤解です(2回目)。

千田教授の記事については、ご自身が追記でこう書かれています。

貸与終了時の書類には、確かに利率3パーセントのケースが記入されているようです。なぜなら金利が変動した場合、3パーセントまで行く契約をしたのだという事実を踏まえ、最悪の可能性を伝えているということのようです。私も奨学金の専門家ではなく、書類をみて驚きました。実際にこれまでは最大利息の3パーセントが適用されてはいないということにホッとしたと同時に(過去ギリギリでも2パーセントを超えていないので)、誤解を招いたとしたら謝罪いたします。

きちんと訂正されているようで良かったです。

一方、やや古い記事ですが、週刊金曜日による記事では、

「成績優秀者などで無利子に貸与される第一種より、多くは利息付きの第二種。たとえば、毎月一〇万円借りれば利率三%で返還総額は六四六万円。毎月二万七〇〇〇円となり完済まで二〇年かかる。非正規労働にしか就けない若者に返せるわけがない。返済の順が延滞金、利子、元金なのでいつまでたっても元金が返還できない」(中京大学の大内裕和教授のコメント)

なお、同記事のタイトルは

「日本学生支援機構の利息収入は232億円――奨学金はサラ金よりも悪質」

かくて、日本学生支援機構の奨学金がきわめてリスクが高いもの、との意識が醸成されていくことになります。

議論や記事の是非はさておき、前提条件となる日本学生支援機構の第二種奨学金は利率が3%ではありません(3回目)。

3%は上限金利であり、この10年間は高くても2%、直近では0.2%~0.89%です。

誤解2・他の教育ローンの方が金利は低い・1(銀行)

この奨学金を巡る議論、学費無料化とか、給付型奨学金の増強とか、大卒就職先の有無、大学進学の是非など、様々な話が絡み合っています。

千田有紀教授の記事に対して、中嶋よしふみ・シェアーズカフェオンライン編集長の反論記事

奨学金は悪者なのか?

なども興味深いのですが、ひとまず、実務的なところから話を進めていきます。

日本学生支援機構の奨学金、特に第二種奨学金については、有利子でしかも、返済が必要なわけですから、英語で言うところの「scholarship」ではなく「loan」であることは誰もが認めるところでしょう(除く・日本学生支援機構)。

では、その教育ローン、金融機関では利率がどれくらいなのでしょうか。

「価格.com」には教育ローンの項目があって、掲載されていました(まさか掲載されているとは思いませんでした)。

※確認したのは2016年3月10日17時時点

・Mr.(ミスター)教育ローン(住信SBIネット銀行) 変動1.775%~3.975%

・横浜銀行教育ローン 変動2.1%~3.445%

・スーパー教育ローン(千葉銀行) 変動2.2%~2.4%

「価格.com」に掲載されていなかったネット銀行などは以下の通り。

・東京スター銀行 教育・自分まなびローン 2.8%~7.8%

・イオン銀行 2.8%

・楽天銀行 4.9%~14.5%

※2016年3月31日までキャンペーンで2.45%~7.25%

・ソニー銀行 変動3.0% 固定10年・3.253%

・中央労働金庫 カード型:2.2%(団体会員構成員は別途保証料0.7%、生協組合員・家族は別途保証料0.98%をそれぞれ上乗せ)

・中央労働金庫 証書貸付型:変動金利1.5%、固定金利10年以内1.7%(団体会員構成員は別途保証料0.7%、生協組合員・家族は別途保証料0.98%をそれぞれ上乗せ)

※一般勤労者は証書貸付型・固定金利10年で2.2%、同15年で2.7%(別途保証料1.2%を上乗せ)

いずれも、「上限3%」と比較すると、安いところもあります。

しかし、それはあくまでも「上限金利」。

直近金利0.2%~0.89%と比較した場合、民間の金融機関は2倍以上することになります。

誤解3・他の教育ローンの方が金利は低い・2(カード・消費者金融)

週刊金曜日記事で「サラ金」との文言がありますので、消費者金融(サラ金)やクレジットカード会社の教育ローンとも比較してみます。

・プロミス 6.3%~16.5%

・セディナ学費ローン(加盟校のみ) 4.8%

・三井住友VISAカード 7.5%~10.5%

・アプラス 7.2%~12.0%

こちらも、銀行以上に金利が高いです。

週刊金曜日記事タイトルの

「奨学金はサラ金よりも悪質」

これが、取り立てを指すのか金利を指すのかは不明です。

しかし、金利については、サラ金はもちろんのこと、クレジットカード会社、銀行、ネット銀行よりも日本学生支援機構の方が低利子です。

誤解4・他の教育ローンの方が金利は低い・3(国の教育ローン)

教育ローンで知っている人と知らない人の差が極端に分かれるのが、日本政策金融公庫の教育一般貸付(国の教育ローン)です。

融資基準が緩やかであり、固定金利で2.05%と他の銀行・カード・消費者金融よりは低利です。

ただ、それでも今の日本学生支援機構の適用金利0.2%~0.89%からすれば、高いと言わざるを得ません。

誤解5・滞納すると金利は高くなり、元金が返済できなくなる

もうこの時点で、

「こいつは、日本学生支援機構の回し者か」

云々という批判が出てきそうですが、まだまだ事実ベースの整理を続けます。

千田教授の中嶋氏の批判記事に対する再反論記事

奨学金というリスク 中嶋よしふみさんの批判にこたえて

では、

「中嶋さんは、なんでそこまで日本学生支援機構の奨学金を誉めそやすのだろう」

と指摘したうえでこう書かれています。

日本学生支援機構は2010年に「債権管理部」を設置し、回収を強化している。延滞が3か月に達すると、延滞者の情報は個人信用情報機関(全国銀行個人信用情報センター)に登録され、5年間はローンやクレジットカードの審査に通らなくなる可能性が高くなる。4か月に達すると延滞債権の回収を債権回収専門会社に委託、9か月になると裁判所に「支払い督促」を申し立てられ、その後は差し押さえや提訴が始まるのである。延滞すると延滞金の金利は10パーセント(現在は、批判を受けて5パーセントに改められた)。猶予期間は1回きりで、5年のみ(10年に改められた)。

延滞金の金利が現在は5%、猶予期間は10年間。

一方、銀行やクレジットカードや消費者金融(サラ金)で借りて、延滞した場合、遅延損害金が発生します。

この金利は20%が上限です。

20%ジャストか、それを少し下回る金融機関が多いようです。

大和ネクスト銀行 19.9%

みずほ銀行 19.9%

オリックス銀行 貸出金利にプラス2.1%

延滞金の金利5%は他の金融機関に比べれば、やはり低利です。

誤解6・日本学生支援機構の奨学金を利用したら人生終わり

これは就職できて返済できるかどうか、という問題。それから、返済が大変、という問題、両方含んでいます。

これを混同されている方も多いのですが、まず、事実ベースから。

日本学生支援機構の奨学金は在学中に返済する必要がありませんし、利子も発生しません。

一方、国の教育ローンも含めて、教育ローンは借り入れた翌月か翌々月からの返済が始まります。

国の教育ローンや一部の教育ローンは、

「在学期間中は利息のみの支払いも可能」

としています。

逆に言えば、利子分だけは支払う必要があります。

国の教育ローンでは、「借り入れ100万円、在学中の利息払い4年」というモデルを掲載。

在学中は月1700円としています。

250万円(15年返済)でシミュレーションをすると、在学中が月4300円、総返済額が299万円9600円。

一方、日本学生支援機構だとどうでしょうか。

月5万円・入学時増額10万円、合計250万円。金利を固定型で2015年卒業者でもっとも高い0.69%(入学時増額分0.89%)で計算してみました。

すると、シミュレーション(詳細シミュレーション)では264万2359円(月賦返還・毎月約1.4万円)となりました。

国の教育ローンと日本学生支援機構の差額、35万7241円。

おそらく、銀行やカードローン、消費者金融などを利用していれば、この差額はもっと大きなものになるでしょう。

'''日本学生支援機構の奨学金は在学中の返済が必要なく、今の低金利のままだと、他の教育ローンよりもはるかに低利子です。

返済に限って言えば、利用したからと言って、それで人生が詰むだの、終りだの、との言い方はどうかと思う次第です。'''

誤解7・奨学金はすぐ利用できる

これは利用する新入学予定者やその保護者であっても、誤解している人が多くいます。

入学金増額分も含めて、日本学生支援機構の奨学金は最初の振り込みが4月中旬(2016年は4月21日)。

ほとんどの大学では、入学金・初年度納付金の振り込みが3月中です。

その分は3月までに手当てする必要があります。

その際、銀行やカードなどの教育ローンを利用する方が多いのですが、便利なのが全国の労働金庫で実施している入学時必要資金融資です。

日本学生支援機構の入学時増額分を予約申し込みしている、振込口座を労働金庫に指定、新入学予定者本人が対象で父母などが保証人、など条件はあります。

もし、審査に通過すれば、3月中に入学時増額分(上限50万円)が振り込まれます。

なお、4月の奨学金振り込みと同時に返済することが求められます。

さて、ここからもつれた糸へ

以上、ここまで事実ベースの整理をしました。

ここから、議論が分かれるところ、かつ、私論も踏まえてまとめていきます。

※奨学金をさあ使おう、とする新入学予定者・保護者の方は以下、鬱陶しい議論が続きますのでご注意ください

衝突1・奨学金は「教育ローン」「奨学金は奨学金」

東洋経済オンラインの遠藤理事長インタビューでは、

奨学金は教育ローンだって言われるけど、われわれ金融人からすれば、奨学金がローンなんていうことは絶対にあり得ない。無担保で、稼ぎゼロの、学生本人に貸すのですから。

その通りなんですが、利子を取るという時点でそれは英語で言うところのloanであって、scholarshipじゃないのですよ。

Scholarshipは、給付型奨学金なのですから。

無利子の第一種奨学金は、まあ、教育ローンと同一にするのはさすがに言い過ぎかとは思いますが、これも要返済である以上、scholarshipではないですね。

週刊金曜日記事や奨学金批判論者などが言うところの、「サラ金並み」とまでは言いませんが、名称はちょっとなあ。

教育ローンへの改称がまずければ、教育資金猶予制度とか、なんか適当な名前の方が良さそうと思うのですがどうでしょうね?

衝突2・奨学金は「返還訴訟が増えるなど問題」「全体の2~3%」

奨学金批判論者は、返還訴訟が増えるなど問題、としています。

一方、遠藤理事長は東洋経済オンラインインタビューで次のように回答しています。

要返還者が400万人いるんですけど、そのうち返還率は97%以上です。つまり延滞債権者の比率は2~3%。メガバンクもだいたい同じくらいなんですよ。無審査で貸与しているのに、この数字は本当にすごいことだと思います。

(中略)「在学中に受けた貸与金を返すために、ソープランドで働いています」とかね。本当にイレギュラーなものだけが記事になる。奨学金の返還者の例として、こういった特殊な事例だけをあげてほしくない。

これはもうどちらがどうとは言えないのでは。

無審査で貸与して延滞債権者比率がメガバンクと同じくらい、という遠藤理事長のコメントは、金融のプロからすれば、あるいは、マクロの視点から考えれば、その通りでしょう。

一方、返済に行き詰まった利用者やその支援者からすれば、

「だから奨学金は問題がある」

となるのも当然です。

ミクロかマクロか、ものさしが違うわけで、そのどちらが正しいかは答えが出ないのではないでしょうか。

どちらも大事だし、どちらかの視点が欠ければいい、とは私は思いません。

衝突3・奨学金を使ってまで「大学に行く価値はある」「行く価値はない」

奨学金批判論者(の大半あるいは一部)と、遠藤理事長の意見はなぜかここで一致します。

奨学金批判記事を使っている田中氏の記事には、

「Fランク高校」の進路指導担当の教師たちは、卒業生がすぐにやめてしまう就職指導は避けて、企業とは無関係な「Fランク大学」への進学を進めているとのこと。

その結果、「F」の学生たちには多額の大学ローンが残り、大卒後就職できたとしても(大学院どころか)ブラック企業に入るという。

(中略)

答えは一つ、大学進学率をあえて下げ、実践的職業訓練コースを設けて「高卒サービス業のブロ」になる若者を大量に育成することだ。

と明記しています。

大学には行かず、高卒からサービス業を目指すことでいいじゃないか、と。

千田教授の記事でも、

しかしこれほどの借金を背負ってまで行く価値のあるものかと問われると、歯切れは悪くならざるを得ない。以前のように高卒でも、きちんと職がある時代も終わった。大学を出ていたほうが、まだ有利ではあるだろう。しかし大学を出たからと言って、職があるという保証もない。この奨学金は、運よく一流企業に就職できたならば返還できる額だろうが、そうでなかった場合には、マイナスからのスタートである。まさに博打としか言いようがない。

とあります。

いくら、

私自身は大学教育に意味があると思っている。

と書いていても、タイトルの「大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たち」と、先ほどの文章から大学進学に対してネガティブにとらえる読者が多いでしょう。

遠藤理事長も、東洋経済オンラインのインタビューでは、

人生の選択肢はいろいろありますよ、と言いたい。手に職をつけて、料理人になる、職人になるという選択肢だってある。

日本の高度経済成長を支えた企業戦士と言われていた人たちの大半は、高卒の方々。ではその人たちはアンハッピーだったのかというと、そんなわけはない。日本の社会の屋台骨を支えて、戦後復興と高度成長の担い手となっていた。

(中略)

親は子供の幸せを思ってか、「大学だけはなんとか出てちょうだいよ」となる。大学さえ出ればハッピーだと思う傾向がありますね。これもイリュージョン、幻想ですよと言いたい。目の前の子供の能力を見てやるべき。せっかくの子供の意欲や能力を封じることは、あってはならない。

これもまとめれば、奨学金を使ってまで大学進学にしなくても、という論旨ですね。

おや不思議、田中・千田両氏の論旨と一致します。

私は遠藤理事長、田中・千田氏の「奨学金を使ってまで大学に行かなくても」という論には、全く反対です。

奨学金を使ってでも大学には進学した方が絶対にいいですし、それを今後も進路講演などで言い続けます。

理由は、私の今年1月の記事、

「Fの悲劇」記事への反論~Fランク大学ってそんなにダメですか?

に書きました。

読むのが面倒、という方のためのポイントをお伝えすると、

・大卒と高卒とでは収入格差がある。それに、高卒で就職できる高校生は優秀だしそうした高校生は少ない。

・大学に進学しない、でも就職できない、という高校生は専門学校に進学することになる(2015年卒業者で16.7%)が、むしろこちらの方が就職は大変なのでは?

・大学進学にストップをかけるのはいいが、それが社会システム化するまでの高校生はどうすればいい?

というものです。

このあたりどうなんでしょうか?

遠藤理事長の、高度経済成長期には高卒者が多数だった、という話は現状から、かい離していますし、田中・千田氏の記事を読む限り、今の高校生はどうすればいい、という視点が欠けています。

もちろん、奨学金を無制限に利用すればいい、というわけでも大学に行きさえすればいい、ということを主張するものではありません。

衝突4・奨学金を利用しても「一流企業に就職できなければリスクが高い」「そんなことはない」

Yahoo!意識調査の

「『奨学金が返せない』問題をどう考える?」

実施期間:2016年3月4日~2016年3月14日

では、問題点として、回答がもっとも多かったものが、

「給付型や無利子の奨学金が充実していないこと」24.5%

僅差で、

「卒業後に十分な収入を得られないこと」24.1%

となっています(3月10日22時現在)。

千田教授も、

奨学金は、運よく一流企業に就職できたならば返還できる額だろうが、そうでなかった場合には、マイナスからのスタートである。まさに博打としか言いようがない(中略)裕福ではない層にとって、大学進学自体があまりのリスクを抱え込むことになってきている。

と書かれています。

これは千田教授や奨学金批判論者だけではありません。

高校生や当の大学生でも、相当誤解しているところです。

偏差値が高くないと就職先はブラック企業か、あるいは、年収が低いところしかない、と。

これは、大きな誤解と声を大にして言いたいところ。

大学の偏差値・ランクではなく学生の就活の話

まあ、極端に基礎学力がない、とか、専門性にこだわりすぎる、という場合は別ですが。

そうでなく、中堅くらいの大学であれば、就職先が極端にブラック企業などに偏る、ということはありません。

では、就職できないか、条件が極めて悪い企業にしか就職できない学生が出るか、と言えば、それは大学がどうこう、という話ではありません。

どちらかと言えば、学生個人の責任、すなわち、キャリア選択や企業・業界選択の問題、と私は考えます。

要するに、企業・業界研究が足りなさすぎるのです。

これは遠藤理事長出身の早稲田大でも、千田氏の勤務先の武蔵大でも、私の出身校・東洋大でもどこでも大体同じです。

でまあ、早稲田大など難関大ならある程度の割合で千田氏が言われるところの「一流企業」有名企業に就職できます。

が、準難関大・中堅大やそれ以下の大学だと、数が少なくなる、これは厳然たる事実です。

ただ、それをもって、

「有名企業に就職できないから年収が低くて奨学金の返済が行き詰まる」

とする論旨は、単に就活事情を知らないだけ、と言わざるを得ません。

武蔵大を例に検証してみた

ちょうど千田氏の勤務先の武蔵大が就職先を出しているので、これを例に考えていきます。

なお、千田氏ならびに武蔵大を批判ないし中傷する意図はなく、偏差値・難易度からサンプルとしてちょうどいい、というのと、おそらく大学キャリアセンター担当者の企業・業界研究指導のセンスがいいのだろう、という想定の元、例として挙げさせていただきました。

ぱっと見て、経済学部・人文学部・社会学部、どこも、有名企業ばかりか、と言えばそうではありません。

特に製造業・商社の項目は有名どころは、このあたりでしょうか。

※以下、企業名の後ろの数字は『就職四季報総合版』『就職四季報優良・中堅企業版』(いずれも2017年度版)より平均年収/「ー」表記は不明

・キューピー(780万円)

・ロート製薬(800万円)

・大王製紙(610万円)

・凸版印刷(665万円)

・伊藤園(551万円)

・日本食研ホールディングス(531万円)

・ガリバーインターナショナル(-)

業種別就職状況から言えば、製造・商社合わせて20~32%を占めています。また、日本の就業人口を考えれば、商社かメーカーの就業人口が全体の34%を占めています。

知名度低くても高年収企業が多い武蔵大

その商社・製造業(メーカー)での人気どころがこの程度、というのは、武蔵大はダメな大学ということでしょうか?

有名どころにこだわるのであれば、そりゃまあ、ダメでしょう、となります。

しかし、私は全くそうは思いません。

この就職先一覧を見て、私はすごいな、と思いました。

まず、アイリスオーヤマ。現在、日本経済新聞の「私の履歴書」で社長が書いているほど、収納用品や園芸用品の大手になっています。平均年収は583万円。

タカラスタンダードはシステムキッチン2位の大手(654万円)。

トラスコ中山は工具・消耗品の卸大手で女性総合職採用は第二次安倍内閣成立前から力を入れている企業です(756万円)。

エフピコは食品トレー・容器の最大手(698万円)。

ディスコは半導体研磨装置で世界シェア1位(792万円)。

山善は機械・工具の大手商社(812万円)。

山星屋(-)は丸紅系の菓子卸で、ディズニー関連の版権を持っています。

渡辺パイプ(-)は、私が先日講演したハービス大阪での就活イベント・JOBRASSREALでブースを出していました。

知名度の低さから閑古鳥が鳴いていましたが、実はビニールハウスの国内シェア6割を持つなどの優良企業です。

キリがないのでこの辺にしておきますが、おそらく、武蔵大キャリアセンター担当者の企業選びの目利きがいいか、学生が頑張って企業・業界研究をしたか、その両方のいずれかの結果によるものでしょう。

2014年現在、サラリーマンの平均年収は414万円です。

武蔵大の2015年卒業者の就職先は全てとは言いませんが、知名度が低くてもこの平均年収を上回っている企業が多数あります。

知名度が低くても、企業・業界研究をちゃんとやって就活をちゃんとやれば、奨学金返済に行き詰まる、というリスクは相当低くなります。

それを武蔵大の主な就職先一覧は物語っています。

もちろん、悪意に解釈すれば、武蔵大のキャリアセンター担当者があえて高年収の企業だけを掲載している、とも勘ぐれます。

が、仮にそうだったとしても、「有名どころの企業が少ない→奨学金返済が行き詰まるリスクが高くなる」という論旨のサンプルとして当てはまるとは到底言えないのではないでしょうか。

これは武蔵大に限らず、日本全国の一般的な大学には大体が当てはまります。

まだまだあるけどこの辺で

さてここから、では、日本学生支援機構の返済猶予制度や告知方法などに問題があるかどうか、などの議論が続きます。

※はっきり言えば、相当問題がありましたし、まだまだ改善の余地はあるところです

大学独自の奨学金はどうか、というのもあります。

※2年前のYahoo!個人記事「英検2級で学費タダの大学~現代大学奨学金事情」を書きました

それから、大学授業料の公費負担比率の問題など、まだまだ議論は続くところです。

それはそれで大いに議論すべき問題です。

※なお、私は公費負担をもっと上げるべき、と考えます。

ただ、それはあくまでも将来の話のはず。

直近の高校生や大学生に当てはまる話、というのは大体出しましたし、公費負担比率の問題がすぐ当てはまる話とは思いません。

まあ、1万字近く書いて力尽きた、というのもありまして、この奨学金をめぐる話、ひとまずこの辺で。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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