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東大推薦入試・AO義塾騒動のその後~塾長本人に聞いてみた

石渡嶺司大学ジャーナリスト

AO義塾、東大推薦入試で注目される

AO義塾が大きく注目されるようになったのは、東大推薦入試で合格者14人を出したことです。

今年2月、東大推薦入試の合格発表直後、JCASTニュースから私にコメント依頼が来ました。

AO・推薦入試に特化した塾から14人合格とのこと。

確かそのときは、大阪出張中だったので、AO入試全般も含めて話したところ、以下の部分が使われていました。

付言しますと、このとき、AO義塾の存在は知りませんでした。

AO入試に特化した予備校「AO義塾」に注目 東大推薦入試、合格者の6人に1人を輩出 2016年2月12日

「ふたを開けてみたら、まず応募者数があまり伸びませんでした。その分、合格者も少なかったですが、これは受験者も勝手がわからず腰が引けていたのではないかと思います。そうした中で、AO入試に特化した塾が高い実績をあげて、確かにスゴイなと思うのですが、これが続くかどうか、またAOに特化する予備校が増えてくるのか、それを評価するにはまだ早いように思います」

AO義塾について

AO義塾は代表の斎木陽平さんが2011年、開校されました。

斎木さんは福岡出身。慶応義塾大法学部にFIT・AO入試で入学されました。

なお、インタビュー後にいただいたパンフレットにはこうあります。

AO入試を受験することで生まれた諍いから、12年間通った小中高一貫校を高校3年の12月に退学になっています。すでに慶應義塾大学法学部に合格していた僕は、正直その瞬間「終わったな」と思いました。

在学中に立ち上げた同塾は、

「13年には慶應AO入試合格者数で全国ナンバー1に」(AO義塾パンフレット「AO-GIJUKU 2016 SPRING BREAKTHROUGH」より)

となるなど、成長。

2015年に東大推薦入試の対策講座を開始。

これが前述の通り、14人合格、ということで一気に注目されます。

なお、塾是は、

書を読み、友と語らい、師にまねび、現場に赴き、同志と共に事を為す。

東大以外の2016年度実績は、

慶応義塾大118人(法学部FIT入試74人、SFC・AO入試42人、文学部推薦入試2人)

早稲田大政治経済学部2人

九州大21世紀プログラム 1人

同志社大商学部 3人

中央大法学部 6人

立教大 7人

など。

いつの間にか大炎上でフルボッコ

いずれ取材を、と思いつつ、3月の就活解禁などでバタバタしているうちに、気が付けば、盛大に炎上をしていました。

ネットでも、批判一色となります。

「東大推薦入試が塾に攻略された」は誤解だ「14名合格」のAO義塾に疑問をぶつけてみた(東洋経済オンライン おおたとしまさ)

東大推薦入試の「合格実績」は誰の手柄なのかAO義塾・報道の矛盾の真相があきらかに(東洋経済オンライン おおたとしまさ)

東大合格実績に疑義あり「AO義塾」24歳経営者と安倍家の関係(デイリー新潮 4月2日)

「AO義塾」問題と大学改革の是非(Yahoo!個人 山本一郎)

【炎上】東大推薦合格No.1を謳うAO義塾に実績水増し疑惑が浮上。斎木陽平代表は「その質問には意味がないと思います」と言って回答を拒否。(netgeek)

AO義塾の東大推薦合格者疑惑 これぞ「意識高い系」の病だ(BLOGOS 常見陽平)

AO義塾問題のその後 ずさんすぎる組織、未熟な若者の放置こそが問題だ(BLOGOS 常見陽平)

東大推薦入試、AO入試に特化した塾の合格率約50%ってホント?(THEPAGE)

で、結局、何がまずかった?

他の方の記事をざっくりまとめると、

「合格者数は14人ではなく6人が正しいはずなのに水増ししている」

「初年度は無料講座で無理に集めているあたりもおかしい」

「取材にきちんと回答せず不誠実」

「取材対応も『意図はなんですか』と聞き返すなど変」

と言ったところでしょうか。

ただ、合格実績が14人ではなく6人としても、それはそれで大したものです。

いや、そもそも、AO入試って対策できるものなのでしょうか?

あれだけネットで炎上した後、斎木陽平塾長、ご本人はどうお考えで、今後、どうされていきたいのか?

などなど、これはもう聞かないと、分かりません。

そこで、取材をお願いしたところ、お受けいただけることになりました。

※なお、インタビューの合間に、石渡による補足メモを入れています

「取材は応じますよ」

石渡:今回はインタビューをお受けいただきありがとうございます。

ネットで総攻撃状態ですし、さぞマスコミ不信だろうと思っていました。まず、おおたさんとはこじれてしまい、私についてはお受けいただける理由をお伺いしたいのですが。

石渡メモ1:取材場所

取材場所はAO義塾代々木キャンプ。

同塾では教室のことを「キャンプ」と呼称。

他に横浜キャンプと吉祥寺キャンプ(2016年4月開校)がある。

代々木キャンプ周辺には、代々木ゼミナールや鉄緑会など予備校・塾がひしめいている。

石渡メモ2:「おおたさんとはこじれた」:

東洋経済オンラインの記事が出た後、斎木塾長はTwitterで「事実誤認」などと批判。

以降もTwitterで批判コメントを連発。

おおた氏もブログで取材のやり取りなどを公表

「AO義塾代表・斎木陽平氏への公開書簡」

「AO義塾代表・斎木陽平氏への公開書簡 その2」

記事中でおおた氏は

「斎木様への信用の気持ちはなくなっています」

と批判。

斎木:いや、取材は応じるようにはしていますよ。

「おおたさんの記事はちょっと不公平」

石渡:そうですか。いや、おおたさんの取材があそこまでこじれて、斎木さんのTwitterでも「事実誤認多数なので訂正してもらわないと」とありました。

ですから、さぞマスコミ嫌いになったのかな、と思いまして。

斎木:おおたさん個人はいい人とは思います。ただ、おおたさんの記事についてはちょっと不公平ではないでしょうか。

全国学習塾協会の自主基準などのメモ

石渡メモ3:全国学習塾協会の自主基準とAO義塾の合格者数の出し方

学習塾業界団体の公益社団法人全国学習塾協会は「学習塾業界における事業活動の適正化に関する自主基準」を設けている。

9章34条からなる同基準では、誇大広告などを禁じている。

「自主基準実施細則」では情報基準の項目で、合格者について以下のように定義している。

合格実績

1 合格実績を表示する場合には対象となる生徒の範囲を明示する、当年度実績か過年度の累計・積算かを明示する

2 ア塾生徒の範囲を決定するための基準は、受験直前の6ヶ月間の内、継続的に3ヶ月を超える期間当該学習塾に在籍し、通常の学習指導を受けた者とする

但し、受験直前に集中講義等を受講し、その受講時間数が50時間を超える場合には、在籍期間にかかわらず塾生徒とする

ことができる

3ヶ月又は50時間の受講内容は、正規の授業若しくは講習でかつ有料のものでなければならないものとし、体験授業・体験講習・無料講習・自習・補習等であったり単に教室内にいただけの自習時間等は含まれないものとする

イ 学習塾は、合格実績の広告表示にあたり、表示する情報の範囲・従属性を明確にするため、事業主体となる広告主体及び/又は合格実績が次の各号のいずれかに該当するかを明示するものとする。

一 事業主体の全部

二 分教室の一部

三 チェーンシステムにおける同名塾全体

但し、FC・RCの有無を問わない

四 チェーンシステムにおける同名塾の一部

但し、FC・RCの有無を問わない

五 提携塾(資本の同一性或いは資本占有率は不問)全体

六 提携塾(資本の同一性或いは資本占有率は不問)の一部

七 事業主体における地域又はグループ等、特定される一部

特に前各号のうち一・三・五・七号の場合、提携する各塾個別の合格実績が消費者に認知できるように表記するものとする。

ウ 合格実籍の人数表示は、学校別に表示するものとする

また、消費者である保護者には具体的な情報が必要であるということから、学校群或いはグループ分けで表示したり、小学校・中学校・高等学校・大学それぞれの合格数を積算しての表示も認められないものとする

特に、小学校・中学校・高等学校の学校群或いはグループ分けによる累計或いは積算表示は、学習塾の独断で行われる場合、消費者に錯誤を招く恐れが多く、避けるべきものとする。大学の合格実籍表示においては、学校別に表示するものとし、できる限り学部・学科別の表示とすることが望ましい。

この基準に従えば、AO義塾の合格実績は

「1次合格後の講習参加者がいる」

「1次合格前の講習参加者も無料」

の2点から自主基準に反している、となる。

なお、AO義塾は公益社団法人全国学習塾協会には加入していない。

同協会の加入塾はさなる、市進ホールディングス、栄光ゼミナール、東進こべつ、東進四国、練成会グループ、英進館などが加盟している。

ただし、東進ハイスクール、増進会、SAPIXなど非加盟の塾も多い。

なお、合格者数の出し方について、一時は模試・季節講習受講者なども合格者に含む塾・予備校は珍しくなかった。

この10年間でも公正取引委員会が景品表示法違反で警告を出したのは、市進ホールディングスなど。

消費者庁 公正取引委員会 平成23年4月26日 「学習塾等を経営する事業者3社に対する景品表示法に基づく措置 命令について」

消費者庁 公正取引委員会 平成26年5月20日 「株式会社進学会に対する景品表示法に基づく措置命令について」

合格者数ではなく別件(講師が国公立大出身者との表記が実は少数だった)で進学会も警告を受けている。

「『からくり』が納得できない」

石渡:不公平?

斎木:AO義塾については合格実績の出し方が「からくり」と書かれているのは納得できません。

合格率について「有意さがない」とも書かれています。

私たちは合格実績を出しているわけですから、答えは明確ではないでしょうか。

取材意図がよくわからないので、そこもお伺いしましたが、お答えをいただけなかった、というのもあります。

石渡メモ4:「有意さがない」

おおたとしまさ氏は東洋経済オンライン記事で、東大推薦入試について、AO義塾受講からの合格率とAO義塾を受講しなかった受験者の合格率をそれぞれ51.8%、51.6%と計算。

「『AO義塾の東大推薦入試対策講座に明確な効果があるとはいえない』ということをこの数字は物語っている」

としている。

石渡メモ5:「不公平」

他の塾・予備校が完全に情報公開をしているか、と言えばそこは疑問である。

ただ、個人的には、それを当事者である斎木塾長自らが言ってしまうのは違和感がある。

斎木塾長は、インタビューだけでなく、Twitterでも、塾・予備校全般について、

「一般入試の業界ルールですら全く遵守されていないようですけど」

と、コメントしていることも炎上騒ぎを招いたものと思われる。

取材方針について

石渡:なるほど。私の場合はメールで事前にどの媒体でどのような趣旨でまとめるか、お伝えさせていただきました。

改めてお伝えしますと、貴塾について特段持ち上げる気も貶める気もありません。

中立の立場でお話をお伺いして、その内容の是非は読者の判断にゆだねたいと思います。

それとお伺いすることは読者、特に東大推薦入試を検討したい高校生とその保護者、教育関係者などが知りたいであろうことを想定しながらということでご理解ください。

石渡メモ6:「私の場合」

掲載媒体はこのYahoo!個人であること、取材主旨の説明、コメント部分の事前確認などをまとめた取材依頼メールを送信した。

なお、おおた氏ブログによれば、私と同じ内容の取材依頼メールを送っている。1本目については2月15日に送信し、そこでは掲載媒体を

東洋経済オンラインとしている。

返信がなかったので2本目を3月1日に送信。

メールでは「掲載媒体は不明」としているが、メール送信後に電話を入れて、そこで斎木塾長に東洋経済オンラインで掲載することを伝えている、とある。

石渡メモ7:「中立」

前段でAO義塾の批判記事のリンクを貼ったが、あくまでも客観的事実であり、良い(または悪い)という判断を示すものではない。

また、批判記事についての論評や再批判等を意図するものでもない。

「批判記事」と書いたが、批判が悪く推奨がいい、というわけではない(その逆も同様)。

というより、批判記事・書籍をさんざん書いてきた自分が言えた義理ではない。

おおた氏記事については、以降、合格実績の出し方などをこの補足メモで検証はした。

ただ、それ以上の論評はここで付け加えるものではなく、読者のご判断にお任せしたい。

斎木:そこはわかりました。

週刊新潮にはプロセスも回答

石渡:週刊新潮には細かいデータを出されていますね。

石渡メモ8:「週刊新潮」

先ほどの週刊新潮記事で、斎木塾長は合格実績について、以下のようにコメントをしている。

「27人のうち、出願前から指導していたのは8人で、うち6人が合格。また一次通過後、二次選考前に加わったのが19人で、ここから8人が通りました。全員1泊2日の直前合宿プラス前日講座を受けており、さらに当初からの8人は1コマ2時間の講座を10~20コマ受けています。初年度なので、東大のAO講座はすべて無料。学習塾協会のガイドラインは知りませんでした」

「時間とともに、どれだけ濃密にやるかという“質”も重要だと思います。二次選考対策から参加した人も合格者数に含めているのは、我々が合格に貢献できたと考えているからです」

斎木:はい、報道にはきちんと回答しています。

「どのタイミングでも入塾者は入塾者、その実績を提示」

石渡:一方、AO義塾のサイトには「14人合格」としていますね。

斎木:我々は、どのタイミングで受講したとしても、それは入塾者です。

入塾者の合格者数が14人ということです。

石渡:なるほど。

ただ、それだと、これから受講するかどうか検討する高校生や保護者からすれば、

「わざと隠したのではないか」

と疑念を持つ人がいてもおかしくはないでしょう。

東大推薦入試の出願前からの受講生が8人、それで6人合格、ということであれば、それはそれで素晴らしい実績と思います。

週刊新潮や東洋経済オンラインなどの批判記事は、ざっくりまとめると、

「14人合格が水増しではないか」

というものです。

この合格者数について、「6人」に訂正する、あるいは「14人」のままにして、どのタイミングからの受講なのか、プロセスを明記する、ということはお考えですか?

「それってジュクジュクしい話」

斎木:うーん、なんか、それってジュクジュクしい話ですよね。

石渡:ジュクジュクしい?

斎木:殺伐としているというか、一般的な塾と同じじゃないかな、と。

それと、データはあまり細かく出す気はありませんでした。

ただ、これは誤解してほしくないのですが、隠すとか、水増しするとか、そういうつもりではありませんでした。

プロセスを細かく出した方が受講を検討される方に安心感を持たれる、ということであれば、今後、出していくことを検討します。

石渡メモ9:「一般的な塾と同じ」

おおた氏の記事では、

「ちなみに、東進ハイスクール、東進衛星予備校を擁する東進グループは、東大推薦入試合格者数21名を公表しており、AO義塾がNO.1になったわけではないので、誤解のないようにしてほしい」

と記載している。

この東進ハイスクールなど他の塾・予備校と同様に合格実績を出すことが

「一般的な塾と同じ」

との意のようである。

ただし、AO義塾もパンフレットには合格実績を掲載している。

東進もAO義塾も自主基準には逸脱かつ、どちらも非加盟というメモ

石渡メモ10:「細かく出す」

東進ハイスクールは推薦入試合格者数を「21人」と公表している。

ただし、東進ハイスクール、早稲田塾を含む、とも記載しており、東進衛星予備校を含むかどうかは記載がない。

また、東進ハイスクールホームページを見る限り、東大特進コースは存在するが、2016年4月26日現在、サイトを見る限り、その中に推薦入試に対応した講座は確認できなかった。

東進ハイスクールを運営する株式会社ナガセに合格実績の出し方などについて取材を打診したが、返信はなかった。

仮に東進衛星予備校まで含むとすればどうだろうか。

北海道旭川市から沖縄県宮古島市まで

「全国約1000校、約10万人の高校生が通っている」(東進衛星予備校サイト)

東進衛星予備校の受講者も加わることになる。

これを勘案して合格率を算出した場合、AO義塾の合格率51.8%よりも相当低いであろうことが想定される。

実際には、合格率がどれくらいになるかは株式会社ナガセが公表しない限り、検証は不可能だろう。

東進ハイスクールは、全国学習塾協会には非加盟である(グループ内の東進こべつ、東進四国は加盟)。

そのため、自主基準に従う必要はないし、データを公表する義務もない。

ただ、もし、自主基準に当てはめるとすれば、

「提携する各塾個別の合格実績が消費者に認知できるように表記するもの」

との条項に引っかかっている。

同じ非加盟ながら、AO義塾も東進ハイスクールも「自主基準に逸脱」はしている。

が、おおた氏の記事ではAO義塾については批判し、東進ハイスクールについては逸脱している点は特に記載がない。

とは言え、AO義塾についての記事で、東進ハイスクールなど他の塾・予備校の自主基準違反まで調べて記事化するかどうかは議論の分かれるところである。

「1年目は無料」

石渡:無料講座というのも批判されています。

斎木:そこは考え方の違いではないでしょうか。私としては東大推薦入試の1年目は無料で、と考えていました。AO・推薦入試の構造についてはよくわかっています。が、やはり初年度ということで蓋を開けてみないとわからない、という事情もありました。

無料が批判される理由とダンピングについてのメモ

石渡メモ11:「無料」

塾・予備校が授業料を無料にすると、合格できる可能性が高い受験生のみを集めて、合格実績を高く出すことが可能となる。

そこで、全国学習塾協会の自主基準では無料の受講者を合格実績から外している。

繰り返すが、AO義塾や東進ハイスクールをはじめ非加盟の塾・予備校は多いし、AO義塾が自主基準に沿う義務はどこにもない。

なお、自主基準は無料が良くない、としているのであって、特待生などの名目で授業料をダンピングすることまでは否定していない。

実際に大学受験ではよくある話で、BLOGOSにも記事になっている。

優秀な受験生を集める予備校特待生制度

非加盟のAO義塾が無料講座を展開することが批判されるのであれば、他の塾・予備校の特待生などダンピングも同様に批判されてしかるべきであろう。

無料は良くないが、9割引き(または5割引き)ならいいのか、という問題は、これもまた議論の分かれるところではある。

地方からの受講者は無料継続を検討

石渡:では、今年からは有料にしていく、と?

斎木:今後、そうしていく予定です。ただ、地域間格差を考えれば地方からの受講者については無料とすることも検討しています。

石渡:初年度が無料、2年目が地方からの受講者が無料。それぞれよくとらえれば生徒思い、となります。

一方、悪くとらえれば東大が注目されているから、一種の客寄せではないか、と批判する人もいるはずです。

斎木:そういう批判があることは承知しています。そこはどんな線引きであれ批判を集めることは承知の上です。

AO義塾は事業性を担保しながら持続可能な形で社会性あるビジネスのありかたを常に考え続けていかなければなりません。

石渡メモ12:「ビジネスのありかた」

NPO法人ではないわけで、ビジネスを追求するのは当然である。

ただ、「1年目無料」はともかく、「地方の受講者は無料」が適切かは議論の分かれるところである。地方でなくても収入格差はあるわけだし、東大ではなく早慶を狙いたい高校生もいるはず。

と言って全部無料にすれば、それはNPOであってビジネスではなくなってしまうわけだし…。

「AO・推薦はお見合いみたいなもの」

石渡:そもそも、AO入試って対策することは可能なんでしょうか?

斎木:受講生にもよりますが可能だと考えます。

まず、関心があるテーマを聞いて本を読むように勧めます。

AO・推薦入試はお見合いみたいなものです。

大学がどんなタイプを求めているか、考えたうえで、本は最低でも週1冊。

それと、新聞を読むことも強く推奨しています。

石渡メモ13:「本は最低でも週1冊」

今年2月公表の全国大学生活協同組合連合会による「第51回学生生活実態調査」によれば、

学生読書時間0時間約5割はスマホが原因?~大学生協連学生生活実態調査から(石渡嶺司 Yahoo!個人 2016年2月25日)

大学生の読書時間は平均28.8分。0分との回答者が45.2%。書籍費は自宅生1680円、自宅外生1720円。

石渡:週1冊に新聞ですか。

書籍離れが著しい出版業界にいる身としては読書を勧めてくれることはありがたいかぎりですが。

「東大志望なら市民的エリートとしての責任感が必要」

斎木:東大だと、約1000億円もの税金が投入されています。

学部生が約1.4万人ですから1人あたり約710万円。

それだけの税金が掛けられている大学に行く、ということはどういうことでしょうか。

それは市民的エリートとして責任感を引き受ける覚悟が必要です。

そのためには本を読む、新聞を読む、そのうえで考えていくことが求められます。

そういう話を授業ではよくします。

地方から受講した生徒は、この話を聞いて、

「東大に行くことを単純に考えていたが、それだけの責任がある、と考えていくと怖くもなった。でも、だからこそ、その責任を引き受けたい」

そう言って受験しました。

授業は斎木塾長と学生講師が担当

石渡:授業を担当するのはどんな方でしょうか?

斎木:私含めて20人います。

私以外は全員大学生で、ここ(AO義塾)の卒業生です。

早稲田、慶応義塾など難関大の学生で、講師として適性あり、と見た人に声をかけています。

石渡メモ14:「私以外は全員大学生」

この点を批判する人がいるかもしれない。が、大手塾を含め、講師が大学生ということは珍しくはない。

ただし、大手塾によっては、講師となるための試験を設けるなど審査基準は厳しいところもある。

平均は45万円

石渡:受講する場合、費用はどれくらいでしょうか?

斎木:1コマ2時間、月6回で4万9800円です。

講義は志望理由書対策講座、グループディスカッション、小論文など。

月によっては大学別特化講座などが入ることもあります。

平均では、1人あたり約45万円というところです。

石渡:夏季講習は?

斎木:これも月6コマで4万9800円と普段と同じです。

石渡:現在の受講者は?

斎木:全体では200人くらいです。月あたりだと、月にもよりますが60人から70人というところです。

「地方はAO・推薦に無理解」

石渡:地方の高校生は東大以外でも推薦入試を検討したい、と考える人もいます。

斎木:すでにSkypeを利用した授業を展開しています。

2016年以降は全国90校舎を持つ武田塾でサテライト授業を展開する予定です。

地方だと高校の先生の無理解もありますし。

石渡:AO・推薦入試に否定的、ということでしょうか?

斎木:ええ。対策に慣れていない、というのもあるでしょうし、地元国公立大の合格者のみ増やそうとしています。

私も地方の高校出身ですが、慶応義塾大法学部のAO入試を受けると言ったら親不孝だなんだと言われて、ついにはこじれて3年生12月で中退する羽目になりました。

石渡メモ15:「地方の高校の先生の無理解」

石渡の取材では、推薦・AO入試に否定的な教員は多い。

心なしか、上位校ほど否定派が多い印象がある。

理由としては対策が難しいことのほか、不合格だった場合のショック回復ができないまま一般入試を迎えてしまい不合格を重ねる、などを理由として挙げる教員が多い。

「地元国公立大合格者のみ増やそうとする」

は私の取材ではやや違和感がある。

そうした高校があることは事実だが、国公立大進学者の多い地方の高校でも話を聞くと、

「いや、早慶や関関同立、MARCHクラスを勧めたいのですが、生活費の高さから本人か保護者、もしくは両方が敬遠してしまうのです」

との回答がよく出てくる。

石渡:そこまでこじれたのですか?

斎木:ええ。結局、単位制高校に転校、という形で高校を卒業、AO入試合格も取り消されずに済みました。

一般入試は一般入試でいいと思います。

ただ、AO・推薦入試はこれはこれで社会貢献できる人材を求める入試形態です。

AO義塾はこのAO・推薦入試によって大学に入り、さらに羽ばたこうとする高校生を今後も応援していきたいと思います。

石渡:ありがとうございました。

取材を終えて

インタビューだけで授業風景を見学したわけではありませんが、目の前にいる高校生には熱心に授業をするのだろうな、と思いました。

高校生だってバカじゃありませんから、もし、斎木塾長に怪しいところがあればさっさと見捨てるはず。

それが、見捨てられるどころか、代々木以外に横浜、吉祥寺にも教室(AO義塾の呼称だと「キャンプ」)を設けています。

それだけ経営能力、教育指導力は優れているのだろうな、と思います。

ただ、一方で、脇が甘いというところは取材中にも強く感じました。

批判記事への反論や他の塾・予備校批判も(記事主旨とは異なるのでカットしていますがそこそこ激しいものでした)、Twitterで出せば、炎上することは明らかなはず。

ま、いい歳した大人だって、少しでもネガティブな評価に過敏に反応する人は、有名・無名問わず、それなりにいます。

ただ、そういうの、結局、損するのはご本人なわけで。

この斎木塾長にはそういうダークサイドに堕ちてほしくないなあ、と感じました。

20代塾長の今後は小泉進次郎?それとも消える?

インタビューでは斎木塾長について、教育への情熱と、数字の出し方などを含めた脇の甘さを感じました。

ただ、授業自体は見学したわけではなく、AO義塾については受講を推奨することも、東進ハイスクールなど他の塾・予備校の方がいいかも含めて、現時点では判断できません。

もし、東大推薦入試のために、受講を検討したい、という読者がいれば、それはもうご自身でご確認ください、としか言いようがありません。

今の斎木塾長を例えるなら、初当選直前の小泉進次郎・横粂勝仁のお二人でしょうか。

今でこそ、小泉議員は若手政治家の代表格で将来の首相候補ともされています。

ご本人は謙遜されていますが、小泉議員にネガティブな立場をとる政治家や政治評論家なども、彼が首相候補であることは衆目一致するはずです。

一方、横粂氏は1期で落選。

1期目の終盤には民主党を離党、首相指名選挙(2回)では自らに投票し、議場内の失笑を買っていました。

その後、Twitterの更新も止まっていますし、どこでどうしているのやら。

2016年現在どころか、1期目の途中あたりから、横粂氏を首相候補と考える政治家・政治評論家は皆無だったことでしょう(ご本人以外は)。

ことほど左様に、道が大きく分かれた二人ですが、初当選直前の2009年衆議院選挙では、こう言っては何ですが五十歩百歩、と私は見ていました。

横粂氏の選挙活動は上滑り気味としか思えませんでしたし、小泉議員も当時はマスコミの取材に曖昧な対応しか取れていませんでした。

2016年現在の今でこそ、池上彰さんの選挙番組で、演説が取り上げられて、

「対比法がうまいですよね」

などと評されていますが、2009年時点では、そこまで伸びるなんて考えてもいませんでした。

ついでに言えば、二人とも、自民党、民主党それぞれから公認を得て立候補。

つまり、他の同年代よりも一歩先に行き、目立っている。

これも斎木塾長と同じと私は思うのです。

今の批判がブーメランになって戻ってくる?

斎木塾長に話を戻します。

他の塾・予備校について、合格者数・合格率の出し方や受講料無料がおかしい、と斎木塾長ご本人が批判すること自体、議論は分かれるところです。

その批判は、批判でいいとしましょう。

実際、東進ハイスクールなど他の塾・予備校も、数字の出し方や無料もといダンピングについて、ガラス張りにしている、とは言い難いわけですし。

問題は、斎木塾長の批判が今後、ブーメランのようにご自身にはね返ってくる可能性があることです。

AO義塾は、今年から武田塾と提携して全国90カ所でも受講可能になるとのこと。

その衛星授業で東大推薦入試の対策講座をして、そこから合格者が出た場合はどうでしょうか。

それこそ、細かいプロセスを公表していない限り、斎木塾長が批判していた他の塾・予備校と同じ、となってしまいます。

つまり、現在の批判がブーメランとなってご自身に降りかかるわけです。

そうしたリスク管理も含めて、今後どのように展開されていくのか。繰り返しますが、ちょうど今は、小泉・横粂両氏が初当選直前と同じであり、AO義塾や斎木塾長について、是非を判断するのはまだ早いような気がします。

リスク管理なども含めて展開していくことができれば、小泉議員のように光ある道を歩むでしょう。

一方、脇の甘さを露呈したままだと、横粂氏のように消えていくのかもしれません。

どちらの道を斎木塾長が歩まれるのか、今後を見守りたいと思います。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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