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「耳をすませば」は「姉の50秒」シーンに刮目せよ ~「進路」という隠れテーマを考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト

再放送が10回目となるジブリの名作

ジブリアニメ「耳をすませば」が本日(2017年1月27日)、日本テレビ系列で放送されます。

1995年作品が再放送されるのは、これで10回目。

中学生なのにスマホどころか、携帯電話もPHSもポケベルもなし。

友人からの電話は自宅への電話、など、時代を随所に感じます。

図書カードというのも、現代では学校図書室でも珍しいような。

とは言え、ジブリアニメには珍しい青春恋愛ものであり、今なお支持される名作であります。

恋愛作品で隠れテーマは?

さて、同作は、月島雫という中学3年生の女の子が主人公。

読書好きの雫は、借りている本の図書カードに「天沢聖司」の名前を見つけます。

そこから色々あり。

最後は夜明けを見に行くデートで、

「俺と結婚してくれないか」「うん」

で、ハッピーエンド、という物語です。

……。

えー、途中、かなり省略しましたが、詳しくは、今日の再放送を見るか、あるいはTSUTAYAにでも行って借りてください。

それでも、面倒、という方は、ウィキペディアをどうぞ。

中3の分際で「結婚しよう」「うん」というあたりに、腹立つとか、リア充死ね、とか、死にたくなるとか、ま、色々なご意見もありますが、その辺も飛ばすとして。

「耳をすませば」は中学生の恋愛がテーマです。

そして、この名作を支える隠れテーマが「進路」なのです。

「進路」という視点から人物分析

まず、「進路」という視点から登場人物、月島雫と天沢聖司の2人を分析していきます。

月島雫

主人公。中3女子。

・受験生だが進路未定だった。

・しっかり者の姉、社会人学生として大学院に通う母にやや押され気味。

・読書好きで夏休みの学校開放日前にも本を借りようとするほど(「夏休み中に20冊は読む)。

・天沢聖司に影響され、小説を書くようになる。

・小説を書くことに没頭し、成績が急降下。姉と大喧嘩となる。

天沢聖司

・準主人公、中3男子。

・才色兼備でイケメン。ヴァイオリンが弾ける。

・ヴァイオリン職人を志望、高校に進学せずイタリアに留学する予定。

・祖父以外の身内は大反対。

・親が折れて、卒業前にイタリアに行く。

・一時帰国で雫に会い、プロポーズ。

改めてみると、聖司君は、中3にしてヴァイオリン職人を志望。

進路選択が早いうちから決まっています。

一方、雫さんは中学生にありがちな、進路未定というパターン。

ついでながら、家族は姉がしっかり者。

母は、社会人学生として大学院に通うようになった、というシーンがあります。

両親は良い意味での放任主義のようですが、姉が母代わりに受検についてあれこれ言うシーンがあります。

聖司君の影響から、「自分を試す」として小説を書くようになるのも、わかる気がします。

姉と進路を話す50秒シーン

主人公の雫さんは、しっかり者の姉に圧倒されていますが、実はそのお姉さん(月島汐さん)もまた、実は進路未定に悩んでいるシーンが一瞬だけ流れます。

「中学生の恋愛」というメインテーマからすれば、ある意味、「つなぎ」のシーンでしかありません。

が、「進路」という隠れテーマからすれば、結構、大きなシーンです。

映画の中盤、聖司君がヴァイオリンを弾き、月島さんが「カントリーロード」を熱唱。聖司君の祖父やその友人がリュート、タンバリン、リコーダーの演奏で加わり、盛り上がる名シーンがあります。

帰り、聖司君が雫さんを送っていくときに、天沢君が自分の進路の話をします。

「すごいね、もう、進路を決めているなんて。私なんて、全然、見当もつかない。毎日、なんとなく過ぎちゃうだけ」

と、雫さんはため息をついてしまいます。

自宅に帰ってから、ベッド(姉妹で同じ部屋、2段ベッドの下が雫さん、上が姉)でぼんやり考え事をする雫さん。

ここから、「姉の50秒」と私が勝手に名付けたシーンとなります。

姉「雫、スタンド、ちゃんと消しな。昨日、着けっぱなしだったよ」

雫「お姉ちゃん、進路っていつ決めた?」

姉「え?」

雫「進路!」

姉「あんた、杉宮、受けるんでしょ?」

雫「そうじゃなくって」

姉「それを探すために大学に行っているの」

雫「ふうーん」

姉「おやすみ」

雫「おやすみ」

※納得できない表情で電気を消す雫

文字起こしをすると、たかだか、これだけです。

他愛のない、姉妹の会話、とも言えます。

ですが、この「姉の50秒」にこそ、日本の高校生・大学生が抱える悩みが凝縮されている、と私は感じるのです。

「しっかり者=進路決定」ではない

この劇中において、雫さんのお姉さん、汐さんは、かなりのしっかり者です。

社会人学生として大学院に通う母に代わり、掃除から洗濯、料理までしっかり家事をこなしています。

その合間を縫って、勉強もして、アルバイトもして、物語の途中では、家を出て一人暮らしを始めます。

アルバイトでその費用も貯めていた模様。

ことほど左様に、しっかりしている汐さんですが、進路は実はまだ決まっていません。

「姉の50秒」シーンから、

「それ(進路)を探すために大学に行っているの」

と、答えています。

しっかりしている汐さんですが、それは家事などの生活全般について。

進路選択については、多くの大学生や、実は妹の雫と同じく、進路未定で悩む一人にすぎないのです。

キャリア教育は「ダメ雫」を生み出す危険大

物語では、「自分を試す」として、勉強そっちのけで小説を書きだす雫さん。

姉と大喧嘩し、両親に不審がられながらも、許しを得て小説執筆に打ち込みます。

何とか書き上げ、聖司君の祖父に読んでもらうことで一区切りついた雫さんは、

「ご心配をおかけしました。今日からとりあえず受験生に戻ります」

と、母に報告します。

受験勉強に復帰する、ということですから、おそらくはどこかの高校に進学したのでしょう。志望校だったかどうかはわかりませんが。

それはさておき、この母への受験生復帰報告のシーンで、「進路」というテーマには一区切りがついています。

ああ、良かったね、というところですが、現実はそうではありません。

2000年代に入ってから、日本の学校教育、それから大学教育においても、やたらとキャリア教育が浸透しました。

このキャリア教育、本来であれば「職業観を身に付ける」という程度のものです。

が、小中高、それから、大学とも、相当数の学校では、

「なりたい自分になろう」

「夢を持とう。夢の実現のための進路選択(大学・専門学校)をしよう」

という方向性に固まっています。

「なりたい自分」とか「夢」というものを全否定するものではありません。

全否定はしませんが、「なりたい」と言い続ける、「夢」を持ち続ければ、それが実現するのでしょうか。

そんなことはあり得ません。

この作品の中でも、はからずも聖司君がこう言っています。

「本当に才能があるかどうか、やってみないとわからない」

もし、「なりたい自分になる」という方向性が正しいなら、どうでしょうか。

雫さんは、「自分を試す」小説執筆をずっと続けて、高校受験すら放棄すべきだった、という言説が成立してしまいます。

それって、現実的かあ?

小説執筆に没頭しているだけで、それで小説家になれればいいですが、そうでなかったら?

単なる中卒のニートでしかありません。

中学生で小説を書き続けないにしても、勉強と小説執筆を両立して文学部に進学ということだってあるでしょう。

小説家を目指すにしても、その間に小説家としてデビューできるでしょうか。

あるいは、デビューしたとして、小説家として活躍し続けることができるでしょうか。

どこかで、夢をあきらめる、という発想がないと、単なる夢を追いかけるだけの痛い人になるだけです。

いうなれば、今の日本のキャリア教育は「ダメな雫」を量産する危険性を相当持っている、と指摘せざるを得ないのです。

専門職と総合職を混同

キャリア教育の全てが誤り、というわけではありません。

高校によっては進学意識を高校生に持たせるためにも有効、との指摘もあります。

が、現在のキャリア教育で決定的に間違っているのは専門職と総合職を混同している点です。

専門職とは、スポーツ選手や芸術家、小説家、料理人、俳優などの専門的な職業を指します。

この専門職を目指す場合、早い時期での進路選択が求められます。

たとえば、スポーツ選手などその典型です。

少なくとも、中学生、あるいはそれ以前から、夢を持ち、進路を決めておく必要があります。

ごくまれに、大学以降の進路選択(キャリア選択)で専門職として大成していった、という例もあります。

俳優だと、役所広司さん(高卒→区役所勤務→俳優養成所)などがその典型。

が、大勢としては、早いうちからの進路選択が必要。

この専門職については、現在のキャリア教育がきわめて有効です。

一方、総合職とは、企業、中央省庁・自治体などに勤務する会社員・公務員です。

なお、就活市場では、幹部候補生が総合職、窓口業務などが一般職とされます。

ここでは、一般職も含めて、総合職とします。

さて、この総合職は専門職よりも就業人口は10倍以上の差があります。専門職よりも就職しやすいと言っていいでしょう。

それから、専門職と異なり、早いうちの進路選択を必要としません。

厳密には、高校卒業段階では、進路選択が必要です。

たとえば、医療関連の職業であれば、医療関連の大学か専門学校。メーカーの技術職・研究職であれば、理工系学部への進学がそれぞれ必要です。

法曹業界なら法学部・法科大学院(か独学)、学校教員なら教育系学部か教員養成課程の履修なども必要です。

とは言え、文系学部から総合職を目指す場合、そのほとんどで「夢」がどうこう、とは問われません。

汐さんが「進路を探すために大学に行っているの」と答えるシーンで、汐さんは大学1年生。

「早いうちの進路選択を」とするキャリア教育では、進路選択が遅すぎる、となってしまいます。

が、実際には、大学1年生からの選択でも十分に間に合うのです。

中・高生の場合~「いい加減」と「良い加減」は別

では、進路選択において、どんなキャリア観が有効か。

中・高生と大学生とでは、若干異なるので別々に解説します。

まずは中・高生から。

進路未定のまま、いい加減に大学なり専門学校なりを目指せばいい、というものではありません。

そこは、現状のキャリア教育を是とする学校教員の方と同意見です。

私が進路未定の中高生によく話すのが「いい加減」と「良い加減」は別、ということです。

「いい加減」とは、本当に適当に選択する、もっと言えば、進路選択のために、自分であれこれ考える、あるいは進路選択のための行動を放棄することを意味します。

自分の将来、何もしないまま適当でいい、というのは、健全とは言えません。

一方、「良い加減」(これだって、読み方次第では「いい加減」ともいうのですがそれはさておき)とは、進路選択のためにあれこれ考える、あれこれ動くことを放棄しない、ということです。

それから、大学に進路選択を持ち越すにしても、大学進学後に勉強を続けられるかどうか、その点を考える必要があります。

日本大法学部、危機管理学部を例に考える

一例として、公務員が何となくいい、と考えた高校生がいた、としましょう。

救急救命士養成であれば、国士館大体育学部スポーツ医学科、消防官要請であれば千葉科学大、警察官養成であれば日本文化大などでそれぞれ特化した大学・学部が設立されています。

それから、文部科学省所管外の大学校として、防衛大学校(自衛官幹部候補養成)、海上保安大学校(海上保安官幹部候補養成)などもあります。

それぞれ、公務員の中でもさらに特定の職種に特化されています。これはこれで、公務員志望の高校生にとっては志望校候補となるでしょう。

ですが、これらの大学は「何となく公務員がいい」と考える高校生からすれば、進路が限定されすぎています。

ここで「良い加減」という発想から、進路選択をすると、法学部が志望校候補となってきます。

警察官などは体力勝負、とみられがちですが、どの公務員であっても、法学の知識がないと、どうしようもありません。

実際に、各大学の法学部から警察官、消防官、自衛官を含めた公務員就職者は一定数います。

地方公務員や国家公務員が中心となる大学もありますし、法曹業界や民間企業への就職も視野に入る、と言っていいでしょう。

日本大学法学部だと、新聞学科があり、この学科を選んだ場合はマスコミ業界も有力な就職先となっています。

日本大以外の法学部からでもマスコミに就職する学生はいます。

「何となく公務員」というところを大事にしたいのであれば、日本大が2016年、28年ぶりに新設した危機管理学部も志望校候補となるでしょう。

同学部は、学士は法学士、つまり、法学部と同じです。

学部名にある「危機管理」を軸として広く学ぶ、公務員関連であれば警察、消防、防衛省・自衛官、海上保安官などの実務家講義・関連講義を開講しています。

コース選択が2年次からなので、1年次はひとまず勉強しながら将来のキャリア(進路)を考えることができます。

従来の法学部や新設の危機管理学部であれば、

「なんとなく公務員」「公務員が良さそうだけど民間企業を目指すかもしれない」

という程度の進路選択でも十分に対応できます。

そこで頑張って勉強することができれば「いい加減」ではなく「良い加減」の進路選択をした、ということになるのです。

一例として公務員志望のケースを挙げました。

同じことが他の学部にも言えるのです。

大学教育の時点で、進路を限定して考えるのか、それとも、広く考えるのか。どちらが上でどちらが下、というわけではありません。

進路未定であっても、広く考えての進学であれば、それは「いい加減」ではなく「良い加減」となるのです。

大学生の場合~「♪寂しさ押し込めて」の歌詞通り

大学生だと、中高生とは事情が異なります。

まず、文系学部を選択して、無理に「好き」「夢」を当てはめると、結構な数が、マスコミ、食品、航空などわかりやすい業界を志望することになります。

ところが、どの業界のどの企業も、「好き」「夢」への思いが強いかどうかは無関係です。

「好き」「夢」が最優先となるなら、ディズニーランドを運営するオリエンタルランドや、ハローキティを擁するサンリオなどはそれぞれディズニーファン、ハローキティファンばかり採用、ということになりますが実際にはファンの学生はことごとく落ちています。

「好き」「夢」がどうこうより、実務処理能力がありそうかどうか、ビジネス展開を考えられそうかどうか、などの方が最優先です。

まして学生になじみの薄いBtoBのビジネスを展開しているメーカー・商社は、なおさらです。

例えば鉄鋼を扱いメーカーや商社に対して、

「幼いころから鉄が好きでした」

などと志望動機を述べたところで、

「それは嘘だろう」

で終わりです。

そんなことは当の企業が一番理解していますから、「好き」「夢」を気にしないのは当然と言えるでしょう。

文系学部の場合、民間企業の事務系総合職か一般職への就職者が多数です。

それもあって、就活前か、就活中に、

「あ、それほど夢がどうこうとか、こだわらなくていいんだ」

と気づく学生が多数です。

文系学部以上に面倒なのが、理工系学部や農学部、芸術系学部、体育系学部などの専門学部の学生です。

専門学部だと、卒業後の進路の主流は、学部教育に関連した専門職です。

その専門職に就職できればいいのですが、問題はその前に主流ルートから外れた場合です。

大学入学後に進路変更を考えたが、学部変更(転部)や再受験がうまく行かなかった、学部教育が合わずにうまく単位を取れなかった、などのケースがあります。

専門家たる私からすれば、答えは一択です。

転部・再受験が難しいなら、とりあえずその学部での勉強をして単位を取り卒業。文系学部生が多数を占める民間企業の事務系総合職採用を目指す。

ところが、「夢が大事」とのキャリア教育に毒されている学生からすれば、この選択肢が見えていません。

主流ルートから外れ、大学・学部によっては十分な相談体制ができていない、という事情もあります。

「耳をすませば」のエンディングテーマ曲「カントリー・ロード」は、原曲「Take Me Home, Country Roads」に日本語歌詞をつけたものです。

「♪寂しさ押し込めて」と歌詞にありますが、これは汐さんのような大学生にも当てはまります。

進路未定であっても、1人になることを恐れず、進路を考えていくことが求められます。

「耳をすませば」を「進路」から鑑賞する

中高生、大学生別にキャリア観について見てきました。

話を「耳をすませば」に戻しましょう。

同作品は、中学生の恋愛がテーマです。

その点から鑑賞するのも、いいでしょう。

が、何度も見た、という方、あるいは、教育関係者であれば、隠れテーマでもある「進路」という観点から鑑賞してみてください。

本稿でご紹介した「姉の50秒」シーンも含めて、見ていただくと、違った面白さが見つかるのではないでしょうか。

修正のお知らせ

冒頭部分で「耳をすませば」の放送予定を「2017年1月26日」と記載しました。

正しくは「2017年1月27日」です。

ご指摘いただいた @mu0283(上西充子先生)様に感謝します。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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