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観光列車ブームはどこへ行くのか ~デザイナー水戸岡鋭治さんに訊く~2/2

一志治夫ノンフィクション作家
運行開始直前の「ななつ星 in 九州」

究極の観光列車「ななつ星」の成功が火をつけた

JR九州の観光列車群の頂点である豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」は、運行開始以来丸2年が過ぎてもなお、競争率20倍以上という狭き門で、乗車希望者の途絶えぬ状態が続いている。3泊4日のコースでは一人最高約85万円という価格にもかかわらず、だ。

もちろん、この「ななつ星」の成功が、他の鉄道各社を刺激しないはずもなかった。「ななつ星」の誕生と前後して、国を挙げてのインバウンド招致が本格的に始まり、裕福なシニア世代の活発な経済活動や観光産業の隆盛も手伝って、全国の鉄道会社が一気に観光列車の運行、あるいは寝台列車計画へと雪崩を打っていくのだ。

観光列車によって活性化する地方

「ななつ星」をはじめ九州で多くの観光列車を手がけてきた水戸岡は、前回も触れたように、さまざまな新素材とデザインを列車に持ち込み成功した。しかし、成功の理由はそれだけではない。特筆しなければならないのは、地域の文化、伝統工芸の職人の技、地元産の天然素材などを積極的に取り入れたことなのだ。

「九州各地は地域地域で細かな文化特性を抱えています。そこには高度な技術を持つ職人がいるのに、使う場が少なくなっていて、廃れつつあるという状況があった。そうした素晴らしい技術を車両や施設で使っていきたいと思ったんです」

たとえば水戸岡は、鹿児島県南九州市川辺町で盛んだった仏壇づくりの加工技術を生かし、列車内に金箔や漆を持ち込んだ。あるいは、「ななつ星」では、家具の街福岡県大川市の組子技術を多用した。組子は、日本家屋の欄間などに用いられる高度な細工技術で、これを車内の装飾に用いたのだ。展示品としてではなく、車窓のような実際に人々が触れるところにリ・デザインした組子を用いたことが画期的だった。これらの技術は、「ななつ星」に限らず、他の列車(たとえば昨年運行を始めた「或る列車」など)でも用いられている。

大川組子をつかってリ・デザインされた車内
大川組子をつかってリ・デザインされた車内

当然、車内で提供される食材も、ほぼ地元産のものを使う。これによって、地域の農業が潤う。もちろん、列車内で提供される食材の量などたかが知れているが、農家は、モチベーションとプライドを得られるし、場合によっては、観光列車で採用されたという実績をうたい文句に使える。

こうした水戸岡のアイディアとJR九州のメソッドもまた、全国の観光列車のひな形となって、いまでは当り前のように各地を走る列車にも取り入れられている。伝統工芸、食文化、地域性が色濃く観光列車に投影されるプラットフォームが出来上がったのである。すなわちそれは、全国の職人たちの技が注目を集め、ひいては地域が活性化されるということにつながっていくわけだ。

近くをゆっくり走る贅沢

しかし、こうした観光列車による地方の活性化も、鉄道そのものがなくなってしまっては、元も子もない。鉄道の未来を水戸岡はどう見ているのだろう。

「いまのクルマはどこまで進化するかわからないですよね。最近では自動運転なんていうのも出てきたし。それでも、鉄道はずっと残ると思うんです。線路を走るということがいかにエネルギーが少なくてすむか。動き出したら、あとは滑るように走っていくわけですから。鉄道にはまだ残る可能性は十分ある。でも、そのためには、もっともっと進化しなきゃいけないことがいっぱいある。鉄道を取り巻くルールが、法律がもっと自由になって、規制がなくなり、多様性のあるものになっていけば、鉄道はもっと楽しいものになっていくと思うんです」

水戸岡は、現在、JR九州のみならず、全国の観光列車を手がけている。基本的には、デザインのオーダーが来れば応じる。赤字が続く地方の私鉄の中には、起死回生の一手として水戸岡に依頼してくるケースも少なくない。期待するのは集客だ。

「小さな鉄道はもう必死です。このままだと潰れちゃう、あと10年で廃線になっちゃうという会社です。意識の高い会社は、JR九州にまず勉強しに来ます。JR九州もちゃんとレクチャーしてくれている。でも、ただJR九州の真似をして、列車内で料理を出したからって成功はしませんよ。何のために鉄道はあるのか、誰のために走るのか、採算とは何かと、根本的な問題を自ら考えないとね。まずは意識改革をしないと」

水戸岡は、未来の観光列車に関してこう思う。

「僕がいま提案しているのは、駅で1時間停まっても、2時間停まってもいいんじゃないの、ということ。特に夜は外の景色は真っ暗で見えないし。でも、鉄道マンは列車は走らないといけないと思っている。みんな思い込みなんですよ。正確で、早く、遠くまで行かなくちゃいけないと思っている。でも、観光列車には近くでゆっくり走りながら楽しむ贅沢もあるんです」

豊後森機関庫に立つ水戸岡鋭治氏
豊後森機関庫に立つ水戸岡鋭治氏

手間こそが感動を生む

水戸岡は、これまで鉄道の世界にあった先入観や思い込みを払拭し続けてきた。鉄道に関しては素人同然で飛び込んできたから逆に思い切って為し得たことも多かったのだろう。いまや全国の観光列車の範となっている水戸岡デザインだが、それは、水戸岡鋭治というデザイナーの哲学があればこそなのだ思う。裏を返せば、哲学なき安易な模倣は危険だとも言える。「水戸岡もどき」が日本の鉄道デザインを席巻するような事態は誰も望んでいない。

水戸岡が重んじるのは「手間」だ。

「みんな、割れるだとか、壊れるだとか、最悪の話ばかりする。でも、楽しいもの、美しいもの、心地いいものって、危ういに決まっているじゃないですか。それに、思っているほど壊れないですよ。組子にしたって、壊れたことはない。もし壊れても修理すればいいんです。つくり直せばいいじゃないですか。みんなその手間を惜しむからダメなんです。手間こそが感動を生むんですから」

そして、最後に水戸岡は、こう結んだ。

「ファインプレーをするためには、全力で試合をしないと。一生懸命やっているからファインプレーは起きるんで、だらだら試合しているときにファインプレーなんか出ない。全力でやっていると、一緒にやっているみんなの気持ちがひとつになって、予感の共有というやつが起きて、それそれが自分の力を超えたプレーができてしまう。私は、それが一番素晴らしい仕事だと思うんです」

水戸岡のつくる観光列車は、駅を動かし、街を動かし、そこに住む人たちを動かす。単に列車がデザインされて美しいということにはとどまらない。観光列車のパイオニアは、ブームをブームで終わらせるつもりは毛頭ないのである。

ノンフィクション作家

1994年『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。環境保全と地域活性、食文化に関する取材ルポを中心に執筆。植物学者の半生を描いた『魂の森を行け』、京都の豆腐屋「森嘉」の聞き書き『豆腐道』、山形・庄内地方のレストランを核に動いていく地域社会を書いた『庄内パラディーゾ』、鮨をテーマにした『失われゆく鮨をもとめて』、『旅する江戸前鮨』など環境・食関連の書籍多数。最新刊は『美酒復権 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦 』。他ジャンルの著書として、、1992年より取材を続けているカズのドキュメンタリー『たったひとりのワールドカップ 三浦知良 1700日の戦い』がある。

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