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尖閣・竹島問題- 村上春樹さんに深く共感

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

尖閣・竹島をめぐって国際的緊張が高まっている。

日本国内でもナショナリズムの機運が高まり、政治家たちは、より勇ましく吠えるリーダーであることを競い、それを人々も渇望しているようにみえたりする。

もちろん明らかなことは、ナショナリズムが吹き荒れているは日本だけではなく、対岸においてもっと深刻である。

中国や韓国においても、繰り返される反日教育や反日キャンペーンが今の事態につながったように思える。

中国、韓国でも貧富の差が拡大し、多くの人々が貧困にあえぐ中、外に目を転じる政策として反日的教育が選ばれてきたのかもしれない。

「征韓論」などが典型的なように、国内の不満をそらすために、政治家たちはいつも対外的な侵略や隣国への敵対心をあおり、愛国心を高揚させる。

国が危機的であればあるほど、国民が困窮すればするほどそうである。

しかし、それは危険な賭けである。あおりたてた張本人も引っ込みがつかなくなり、あおられた人々ももっと断固とした行動を望み、誰も止められなくなってしまう。そしていきつく最悪の結論は、武力の行使ではないか。

そんなことをうつうつと考えていた時に、村上春樹さんが最近朝日新聞に寄せた寄稿に接した。

私が漠然と感じていたことを的確に、凝縮した形で言葉にしてくれたもので、とても共感した。

http://japanese.joins.com/article/459/160459.html?servcode=A00§code=A10

(引用)「1930年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。

政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。

安酒の酔いはいつか覚める。

しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。」 (引用終わり)

第一次大戦後疲弊したドイツが、国内の不満を国政に向けるのではなく、もう一度ドイツ人として誇りを持つために、対外的な侵略と排外主義・差別を政策とした。それはとどまるところの知らない侵略と人権侵害を生んだ。

ヒトラーは最後に自分は何ら恥辱や迫害にまみれることなく、責任をとることなく、自殺をした。

膨大な死と侵略行為、ホロコースト等での残虐な人権侵害だけが残された。

傷付いたのは普通の人々だった。

政治化や論客は威勢の良い言葉を並べればすむが、現場で傷付くのは普通の人々。

敵対心をあおる政治家たちは戦地にいって傷付くことはない。

勇ましいことを言っていても、ヒトラーよりあっけなく、腹痛などを理由に辞任してしまったりするかもしれない。

みんなでクールダウンしてよく考えないと、と思う。

ところで、大江健三郎氏らも、尖閣・竹島問題で声明を発表した。

「声明では日本の竹島と尖閣諸島の領有権主張に関し、「韓国、中国が、もっとも弱く、外交的主張が不可能であった中で日本が領有した」と指摘。竹島については、「韓国民にとっては、単なる『島』ではなく、侵略と植民地支配の起点であり、その象徴である。そのことを日本人は理解しなければならない」と反省を促した。」という。

http://japanese.joins.com/article/443/160443.html?servcode=A00§code=A10

(いずれも韓国紙のデジタルから引用・朝日は有料になっているのと、後者の記事は日本での報道がうまく見つけられなかった)。

率直に言えば私自身は、この主張について、全面的に賛同できるわけではない。

しかし、きちんと判断するために、もっとこういう人たちの声や主張も聞きたい。

歴史にさかのぼって、事実に照らして、冷静な論議が展開されることを望む。

今、怖いのは、このような主張をする論者に対して、「非国民」ともいいかねないようなバッシングの風潮があること。

ノーベル文学賞を受賞した大江氏が先陣を切らなければ、なかなか公の場でこのような発言をすることすら難しい状況にあったのではないだろうか、と想像するに難くない。

日本は最近本当に内向きになってしまっているが、広い視野で他国の人々の痛みについても想いを馳せ、発言するような人たちが「反日」とレッテル貼りをされるようなことはとても心配。

日本が成熟した民主主義国といえるのであるならば、まず、冷静に、誰もが委縮することなく、領土問題、歴史問題、その解決のあり方について、自由に議論ができる空間が保障されなければならないと思う。議論の土俵が失われ、思考停止に陥ったり、画一的なスローガンに流され、収斂されるのは不幸なことだ。

私たちは愚かではない、もっと未来志向に、柔軟に、他人の意見に耳を傾け、憎悪や嫌悪で対立を続けるのでない解決を模索することができる力を持つ市民たちなのだと信じたい。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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