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インドを揺るがすレイプ事件から一年余、被害があとをたたない。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

一昨年12月にインドを揺るがすレイプ事件が発生してから、一年余が経過した。

しかし、女性達を取り巻く状況は変化したのだろうか。レイプ被害は減り、女性達が安心して生活できるようになったのだろうか。

現状はとても厳しい。

今年に入り、1月21日頃、インド東部の西ベンガル(West Bengal)州の村で、20歳の女性が集団レイプされた。

彼女は、別の村の男性と一緒にいるところを見つかったため、村議会の命令で、罰として少なくとも12人の男から集団レイプされる事件が起きたという。

警察によると、事件が起きたのは西ベンガル州の州都コルカタ(Kolkata)から約240キロ西方にあるスバルプル(Subalpur)村。被害者の女性は20日、別の村の出身の恋人と一緒にいるところを村人に発見され、村議会議長が翌21日に緊急集会を招集した。

村内の広場に呼び出された女性と恋人は別々の木に縛り付けられ、関係を持った罰として、それぞれ2万5000ルピー(約4万円)の罰金を命じられた。恋人の男性は1週間以内に罰金を支払うことを約束して釈放されたが、女性の方は集会に出席していた両親が、罰金が高すぎて支払えないと表明した。すると村議会議長は、女性は罰として村人たちにレイプされなければならないと命じたという。

出典:AFP

驚くべきことであるが、残念ながら、インドの伝統的な村ではこうした慣習が続いている村も少なくない。

村・伝統社会の秩序、ジェンダー規範からはみ出した行動をした場合、特に女性は厳しく制裁される。

女性が婚姻前に男性と親しくしたこと、そしてそれが別の村の男性であること、というのは、伝統社会の男性たちによって何より許しがたい罪である。そして、最も厳しい制裁は集団レイプであり、村の掟を守るための制裁として正当化されてきた。

ターゲットとなるのは、村の女性だけでなく、村に新しい価値観を持ち込もうとする女性。

インドに広がる幼児婚をなくすため、女性のソーシャル・ワーカーや活動家たちが、コミュニティで様々な運動をしてきたが、そのような行為が村の秩序を乱すとして、制裁されたケースも少なくない。

1992年に、20歳のソーシャルワーカーが幼児婚をやめさせるためのキャンペーン活動をしたことが村人の逆鱗にふれ、彼女を集団レイプする事件が発生(Vishakha事件と呼ばれる)。

しかし、2007年にも、幼児婚反対のキャンぺーナーがコミュニティの怒りを買い、腕を切断される事件が発生したという。

こうした、伝統的な村の、人権侵害が横行する慣行を根本から改革するだけの真摯な対策を、この一年間、インド政府が講じてきたとは到底思えない。

この一年、それこそ多数のレイプの事件が報告された。

なかでも、西ベンガルでは、凄惨な事件のレポートが後をたたない。

2013年12月31日、16歳の少女が死亡した。彼女は10月25日に集団レイプされ、この件で家族とともに警察に被害を申告しにいって帰宅後、同じ犯人らにとらえられて再び集団レイプされた。それでも家族は告訴を取り下げずにいたところ、身の危険を感じて、転居したが、転居先にも12月23日、犯人らのグループが訪れ、告訴を取り下げなければ殺す、と脅し、少女に火をつけた。彼女は病院に運ばれたが、家族は病院でも十分な治療がされず、彼女は放置されていたと訴える。そして31日に彼女は死亡したのだ。

2012年の事件以降、勇気をもって、レイプ被害を告発する女性や家族は増えてきた。

しかし、これに対して、加害者側も黙ってはいない。刑務所に入れられたり死刑になりたくないから、力づくで抑え込もうとする。

この事件では、警察や病院の対応が、勇気をもって被害を申告した女性の安全を確保するに十分なものだったとは到底いえない。

脅しに屈せず、被害を申告し、取り下げようとしなかった女性が見せしめとなったのである。

振り返って、2012年12月に起きた事件に戻ろう。昨年9月、成人の被告4人全員に対し、死刑判決が出された。

この事件では被害者家族が厳罰を求め、世論もこれに呼応して、正義の実現を司法に求めた。

女性に対する残虐なレイプ事件が放置され、不処罰のまま被害者が泣き寝入りし続けてきたインドにおいて、世論の厳しい監視のなかで、常にはてしない長時間をかけてきたレイプ裁判で、早期の審理により有罪判決が出たこと、刑事責任が重いと判断されたこと自体は、確かに評価できるかもしれない。

しかし、4人全員死刑が本当に正しい結論なのか。正義は実現したのだろうか。

死刑が滅多に執行されない国であったインドで、今回の事態を受けて雪崩を打って死刑判決が増え、そして死刑執行が増えていくのではないかと人権団体は懸念している。

その一方、この事件の熱狂が過ぎ去ったあと、女性を取り巻く実態は一向に変わらない、ということになりかねない。

過熱化した世論のもと、この事件の加害者がスケープゴート的に死刑判決を受けただけ、また刑罰の厳罰化が進んだだけであり、過熱した人々の感情をそれによって沈静化・満足させることはできても、肝心の再発防止の対策は全く不十分、ということになりかねない。

不処罰の克服、という点でインドは確かに1年前より前進したといえるし、女性達に勇気を与えている。

しかし、短絡的に厳罰化・死刑を導入すれば、女性に対する暴力を根絶できる、というものではない。

被害者が安心して、生存したまま被害を訴えることのできる制度的確保や、レイプを根絶するために、地方のコミュニティの意識改革も含めた抜本的な政策の実施という点では、政府が十分な対策を、強い政治的意思で取り組んできたとはいえない。

特に伝統社会のジェンダー規範や、懲罰としての集団レイプという風習は、どうしても避けては通れない、取り組まなければならない問題である。

不処罰を克服する過程で明るみに出てきた、女性に対する暴力の根本原因をなくすために、コミュニティの女性たち、ソーシャルワーカーやNGOで働く女性たちからじっくり話をきき、地域の実情を把握して、きめ細かい政策をつくりあげ、実施していく。

そのための、インド政府・地方政府・市民社会の政治的意思の発揮が待たれる。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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