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ミャンマーで人権教育を始める! 歴史的な瞬間に立ち会って思うこと

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

民主化が進み、「人権」という言葉がストリートでも聞かれるようになったミャンマーですが、実は、多くの人は「人権」とは何か知らず今も人権侵害は深刻です。

そこで、私たちヒューマンライツ・ナウでは、ようやく合法的な活動を始めたヤンゴン弁護士会と提携し、「世界人権宣言」の研修会を開始することになり、まずは私が2月15日から21日にかけてヤンゴンに滞在して、研修をスタートしました。

実はミャンマーには国の弁護士会のようなものはなく、地域の弁護士の集まりも軍事政権下で非合法化されていたわけですが、ヤンゴンに「弁護士会」という組織があり、ヤンゴンを越えて全国3000人くらいの弁護士さんが加入しており、最近の民主化を受けて今後は旺盛に活動を進めていく予定だそうです(国の弁護士会も設立の方向だとのこと)。日本では想像もつかない話ですが、厳しい時代を耐えぬいた弁護士の皆さんには尊敬の念を覚えざるを得ません。

今回は、ヤンゴン弁護士会の若手女性弁護士のイニシアティブで実現した企画で、四日間の連続セミナーに約100人の弁護士さんが登録され、老若男女問わず、なんと初めて「世界人権宣言」(1948年に世界の人々が等しく保障される人権を国連総会が宣言したもの。人権の基本文書)を勉強されました。

このようなことは軍事政権時代は許されなかったので、みなさん初めて「人権」に触れる機会となりました。

その意味で、歴史的な瞬間に立ち会うことが出来て、大変感激しました。

実は人権の担い手である弁護士さんたちの間での人権に関する正確な知識はほとんどないのです。

これまで25年にわたる軍事独裁政権の下、人権について教育する機会はなく、そもそも人権について語ること自体許されず、人権教育など、大変危険なことであり、逮捕、処罰される危険があったのです。

そして、そもそも、軍政の許可のない団体は非合法とされていましたので、弁護士会自体が非合法ということを余儀なくされていたのです。

ところがようやく、弁護士会も活性化し、人権活動にも踏み出すことができるようになったわけです。

今回は、4日間、世界人権宣言と、国連人権メカニズムの活用についてトレーニングをしたのですが、

「どのような権利が国際的に保障されているのか」

「それぞれの人権の意味、内実は?」

「政府はどんな責任を負うのか」

「人権制約はどこまで可能か、どういう場合に許されないのか」

ということが、きちんと法的な意味で正確に理解されていないまま、日常的に続く人権侵害に多くの弁護士さんが立ち向かっている現状を垣間見ることが出来ました。

これからアウンサンスーチーさんと打ち合わせなのよ、と言って退席される年配のNLDの女性弁護士さんもいました。

また現在、深刻な人権侵害が続いているラカイン州からもわざわざ数人の弁護士さんが参加されていたことにも、感激しました。

各地で起きている不当な人権侵害について、手をあげて私に訴えられ、「これは世界人権宣言などで保障される人権を侵害しているのか」と真剣に、義憤に駆られながら、聞いてくる弁護士さんたちに、ひとつひとつの事例について説明をしていきました(どの条文に違反し、なぜ人権侵害と言えるのか、など)。

憲法が人権をきちんと保障していない国、ミャンマーで、みなさんが国際人権法の正確な知識を得て、それを使って、是非人権を前に進めてほしい、と願うばかりで、私たちの教育活動の責任を強く感じました。

この講座、現実に法廷活動で忙しい弁護士さんにあわせて、午前に三時間、午後に三時間、それぞれ同じ講義を繰り返して4講座ずつ行い、午前か午後のクラスに出席してもらう形で開催し、講師の私と通訳さんは、6時間講義を続けて大変でしたけれど、弁護士の皆さんには参加しやすいやり方だったようです。

皆さんには有益だったと言っていただきましたが、4日では当然十分ではありません。

今後も継続して人権教育を進めていく予定です。

また、ヤンゴン以外ではまだ弁護士さんたちは萎縮している状況で自由に人権を学べる環境ではないようです。なんとかそうした事態も改善していきたいと思いますし、若者、女性、少数民族の方々の間にもトレーニングのニーズがあるので、是非応えていきたいと思います。

こちら講義の様子。

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私たち、ヒューマンライツ・ナウでは、事実調査、アドボカシー活動等と併せて、エンパワーメント、つまり草の根レベルの人権教育活動やキャパシティ・ビルディングを大変重視しています。

というのも、国連決議などで国際的プレッシャーをかけて人権状況を改善させることは、国際人権NGOの一つのセオリー・戦略ですが、外圧だけではものごとは変わらないし定着しません。

地元で暮らす人たちこそ、人権状況を変える担い手である、と考えているからです。

こうした活動、ミャンマーに限らず、人権侵害による困難を抱える地域で展開しています。

ミャンマー国内では長年にわたり人権について語るのも許されなかったことから、タイでトレーニングを続けてきましたが、今後はミャンマー国内に軸足を移していきます(この間の経過は、拙著「人権は国境を越えて」(岩波ジュニア新書)にもくわしく書いています

https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/50/2/5007560.html)。

日本はミャンマーの人権・民主化を後押しするという政策をとっていると内外で公表していますが、その実、ほとんどが経済連携と取引関係法整備で、人権・民主化そのものに対する支援はほとんどなく、そこは欧米諸国との明白な違いとなっています。是非、人権・民主化の担い手を支援する政策をきちんと立案・実施してほしいものです。

NGO団体からは日本政府への期待をあちこちで聞きましたが、期待されているうちが花と言えるでしょう。

また、今回改めて痛感したことですが、今ミャンマーで最も深刻な人権問題のひとつは、人々が開発の名のもとに土地を奪われる、ということでした。

特に最近は、新しい人権侵害、外国の投資に基づく新しい国土開発の結果、長年住み続けた土地を突然何の補償もなく奪われ、強制的に土地を追い出されてホームレス化する人たちが続出し、立ち退きの過程で苛烈な暴力の被害にあうケースが多いことに心が痛みます。

「いままでは自由に物が言えない、ということが問題だった。でも今では生活ができない。住む土地もなくなってしまった、そういう人がたくさんいる・・・」という訴えをたくさん耳にしました。

日本から進出する企業を含め、私たちは本当にミャンマーの人たちを後押ししているのか、苦しみを助長する結果になっていないか、そうならないようにするセーフガードをどうすべきか、国際社会が真剣に考えるべきです。

(以下、私たちがこれに関連して国連などに提出したステートメントです)

http://hrn.or.jp/activity/topic/post-173/

http://hrn.or.jp/eng/news/2013/02/12/overseas_aid_and_investment_to_myanmar_without_principles_inhibits_democratization_and_conflict_reso/

ところで、私が教えた世界人権宣言はこちら。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_002.html

世界人権宣言のひとつひとつの条項についてミャンマーの皆さんに説明していると、日本では大丈夫? という思いに改めて直面します。

空気のようにあたりまえの人権、でも徐々に浸食されていないでしょうか。

人権や過去の人権侵害に関する認識をめぐるいまの状況はとても危ういものを感じます。

日本でも人権を担う担い手(市民一人ひとり)が油断すると権利はいつのまにか浸食されていきます。

是非みなさんも一度、または改めて、読んでみていただけると嬉しいです。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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