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ナイジェリア・少女276人が過激派の標的に。日本からも一日も早い釈放を求めて声を。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 200人以上の少女が拉致される

あまりにも 許しがたい事件だ。ナイジェリア北東部のボルノ州チボク。

4月中旬、銃で武装した集団が中高一貫教育を行っている女子校の学生寮に押し入り、生徒の200人以上の少女たちを拉致した。

5月5日に、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が、外国のメディアを通じて犯行を認めるビデオ映像を公開、

ボコ・ハラムの指導者とされるアブバカル・シェカウ(Abubakar Shekau)は拉致した少女たち276人を「奴隷」として拘束している、「欧米流の教育をやめさせるために連れ去った。少女たちを売り飛ばす」と宣言した。

少女たちのうち53人は脱出に成功したが、依然200人以上の少女たちが拘束されていると言う。さらに、ユニセフ等によれば、今月4日夜にも「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が北東部の別の村を襲い、12歳から15歳の少なくとも8人の少女を連れ去ったと言う。

さらに、「ボコ・ハラム」は、5日には、カメルーン国境の北東部のほかの村を襲い、100人以上の村人を殺したという。

■ イスラム過激派が学校に通う少女を標的に

テロリズムのなかでも、これほど弱い立場の人~少女を、意図的かつ大量に狙った犯罪は世界を戦慄させるに十分である。

しかも重大なのは、少女たちが標的とされた理由、それは、学校に通い、教育を受けていたことだというのだ。

少女たちを、教育を受けているということを理由に、拉致し、奴隷とし、売りとばす、これほどひどいことがあろうか。

いかなる宗教、環境のもとでも、等しく教育を受ける権利を保障されなければならない。

教育こそは少女たちが世界を知り、自分の能力を高め、無力な状態から脱却し、人生を変えうる希望なのだ。

2012年10月、パキスタンで同様のことが起きた。被害者は一人の少女、イスラム過激派の脅しに屈することなく、女性への教育の必要性や平和を訴える活動を続けた、マララさんだ。彼女は、2012年の10月にイスラム過激派に銃撃され、重傷となった。

しかし、彼女は奇跡的に回復し、勇敢に行動を続けた。

昨年7月には「銃弾では自身の行動は止められない」と教育の重要性を訴え、世界に希望を与えたのだ。

しかし、そうした営みに挑戦するような今回の事態だ。

学校に通っていることを理由に子どもたちが標的になり、奴隷、売買の対象となるとは、、、

現在、ボルノ州は恐怖でおおわれ、誰も安全ではない。

このような犯罪行為に萎縮して誰も教育を受けられなくなる、ということになりかねない。

誘拐、奴隷化、人身売買はいずれも深刻な国際犯罪である。国連人権高等弁務官は、彼らの行為は、最も重大な犯罪である「人道に対する罪」に該当すると述べた。

■ あまりにも遅かったナイジェリア政府の対応

被害を深刻にしているのはナイジェリア政府の対応だ。事件は4月半ばに起きたが、ナイジェリア政府は、十分な対応を取らないどころか、問題を過小評価しようとした。

三週間、大統領は、事件について沈黙を続けたという。

ナイジェリアではなんと、世界経済フォーラムアフリカ会議がいま開催されている。

日本からも参加者がたくさんいるらしいが、中止せずに開催していること自体が信じがたいことである。

報道によれば、大統領夫人は被害者の母親を呼び、「騒がないように、静かにしているべき」「こんなことが知られれば、ナイジェリアの国の恥となる」と説得さえしたそうだ。

ナイジェリアの女性達は、こうした政府の対応に黙っていられず、街頭に出て少女たちの早期釈放を求める大規模なデモを展開している。 ところが、大統領夫人は、こうしたデモの女性リーダーを自ら命令して身柄拘束した、という。

■ プロテストと国際世論

このようなナイジェリア政府が態度を変えて、救出に真剣になったのは、女性たちを中心とするナイジェリア市民のプロテスト、そして、世界の大都市でのナイジェリア出身の市民のプロテスト、そして国際的な報道を知った世界の人たちの「少女たちを救出せよ」という声だった。

インターネットを通じて、少女たちの救出を願う声が世界であっという間に広がった。

このような世論がなければ、ナイジェリア政府は重い腰を動かそうともしなかったし、真剣に国際的な協力を求めようともしなかったかもしれない。ガバナンスが弱く、少女たちを守る政治的意思が弱いナイジェリアにおいて、少女たちをこのまま見殺しにしないため、国際的な世論はこれからも必要不可欠だと思う(日本からの関心ももちろんとても重要だ)。

各国の国際的協力が功を奏し、とにかく、少女たちが一刻も早く、無事に解放されることを願わずにいられない。

十分なトラウマケアと安全の保障の確保もとても必要だ。

そして、このような卑劣な行為をした者は国内法廷、または国際刑事裁判所によって必ず処罰されなければならない。

状況に対処するため、そしてこうした事態が二度と起きないよう、国連が強いメッセージを発することも求められる。

国連安保理は、2011年に、紛争中の学校、病院への攻撃をなくすことの必要性を確認する決議1998を採択したが、今回のような事態を防ぐために国連としてなしうることをもっと具体化することが求められている。

■ 犠牲者は女子学生たちだけではない。

200人以上の少女たちの行方に世界の注目が集まっているが、今現在も、ナイジェリアでは、7万人にものぼる人たちが奴隷状態に置かれているとの統計もNGOなどから出されている。

ナイジェリアは、人身売買であまりにも有名であり、子どもたちや女性たちが犠牲になっている。

少女たちは、拉致されるだけでなく、親から売られ、性的奴隷や強制結婚の被害にあっているケースも多い。

赤ちゃんの売買も深刻であり、一日に少なくとも10人の子どもが人身売買の犠牲になっていると国連機関は推計している。

拉致事件があったボルノ州では80%近い少女が小学校にすらいったことがないという。教育を受けず、家庭が貧しい家庭の子たちの多くが、国際的な注目も全くないまま、人身売買の犠牲にあっている。

こうした事態の背景には、本当に豊かな石油資源を有しながら、国営企業の腐敗により、国民のほとんどが貧困にあえいでいるナイジェリアの実情がある。

■ 日本からも声を

日本はナイジェリアからの石油・天然ガスの輸出を大幅に増大させ、この腐敗したナイジェリアの経済構造の利益を享受しているが、

ナイジェリアの貧困削減やガバナンスの向上のための国際貢献をしている形跡はほとんど見られない。

さらに残念なことは、人身売買対策や女性の教育、女性の権利のためのプロジェクトも見当たらないことだ。

さらに、 今回の少女拉致事件について、世界各国が懸念を表明し、支援を表明しているのに、今のところ(5月8日未明)、日本政府は声明を発表している気配が見られない。

今回のような事態をなくすために、私たちが日本からなしうることは実はたくさんある。

日本として、米国のように捜査ユニットを送らなくても、まず政府は「こんなことは絶対に許されない」と意見表明をすべきである。

また、人身取引対策や教育施策への援助など、平和的・予防的なかたちで事態の改善に貢献する支援をする余地はたくさんある。

市民レベルで、一日も早い釈放を求めて、事態に注目をし続けることも、とても重要である。

最後になるが、21世紀に入り、私たちはとても危うい世界に生きている。

不正に対して、みんなが注目し、声をあげないままにしていると、原理主義や差別意識がとめどもなく広がり、良識的な考え方を危機に晒し、罪のない人々をとめどもなく犠牲にする現象が世界的に広がっている。

うっかりしていられない時代になったと実感する。

だから、自分のいる場所で、小さくてもきちんと声をあげることが必要だし、防波堤になりうる時代なのだ、と思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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