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これでいいの? 「女性活躍」にも逆行。派遣法改正案が通過すれば、男女とも非正規拡大・貧困化が進む。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 派遣法改正が成立してしまう?

労働者派遣法の改正案が成立してしまうらしい、と報じられています。

これまで労働者の反発も強く、2度も廃案になった問題法案。今回も野党が共同して廃案に追い込む方向だと思っていたのですが、驚いたことに、維新の党が採決を容認してしまったという報道です。

安倍内閣が重要法案の一つと位置付ける労働者派遣法改正案の今国会成立が確実な情勢となった。維新の党が実現を目指す「同一労働同一賃金」に関する法案の共同提出に自民、公明両党が応じて可決するのと引き換えに、維新が衆院厚生労働委員会での改正案の採決を容認する方向で最終調整に入ったため。自民、維新両党幹部が6日、明らかにした。これを受け与党は、早ければ来週中にも改正案の採決に踏み切る。

出典:時事通信・6月6日

■ 派遣法改正は何が問題なのか?

派遣法改正の問題については、既に労働問題の専門家の皆さんが熱く論じているところですが、ついていけない方のためにすごーく簡単に言うと。。。

こちらの解説がわかりやすいです。

改正案の最大のポイントは派遣期間制限の見直しだ。

現行では通訳や秘書などの専門26業務は無期限、その他の業務は最長3年だが、専門26業務を廃止し、一律に3年とする。

ただ、期限を迎えた時の対応が大きく異なる。現在は3年を超えて同じ仕事に派遣労働者を使えないが、改正案では労働組合などの意見を聞いた上で、人を代えれば使い続けられるようになる。同じ派遣労働者でも事業所内で働く課を替えれば、更に3年延ばせる。事実上、派遣を使える期間制限はなくなる。

派遣会社に無期雇用されている派遣労働者は、無期限で派遣先で働ける。

一方、労働者の雇用安定措置も盛り込まれている。派遣会社に対し、キャリアアップのための教育訓練の実施を義務づけた。また、3年に達した労働者を派遣先に直接雇用するよう依頼したり、新たな雇用先を紹介したりするなどの措置も求めている。しかし、派遣先が依頼を簡単に受け入れることは考えにくいなど実効性は不透明だ。

出典:クローズアップ2015:派遣期間制限「撤廃」 狭まる正社員の道 「雇用調整容易」経済界は歓迎

この毎日新聞の記事は「今回の労働者派遣法改正案は、「臨時的、一時的」という派遣労働制度の原則が失われかねないと指摘されている。この原則が崩れれば、正社員の仕事を派遣社員に置き換える「常用代替」が進む恐れがある。」「派遣受け入れ期間が事実上、撤廃され、企業側が派遣社員を長期にわたって使えるようになるのは確か」とまとめていますが、全くそのとおりと思います。

1986年に派遣法が出来るまで、人材派遣は、人買いと言われ、ピンハネの危険性が高いということで禁止され、「犯罪」「違法」でしたが、1986年に「例外的」に解禁され、どんどん例外が拡大していったわけです。

それでも、派遣は専門性の高い分野に限定する、それ以外の業務は臨時、一時的という建前をとってきましたが、今回の法改正でこれまでの規制を撤廃し、人を変えれば、または同じ派遣労働者が事業所内を転々とすればいくらでも派遣労働者を使うことが出来る、つまり常用労働者の代わりに派遣労働者を使う、ということがどんどん発生してしまうことになります。

正規労働者の側からみると、「どんどん正規を減らして派遣を増やしていくのだろう」ということになり、派遣労働者の立場から見ると、「一生派遣労働者のまま安く使われる」ということになるのです。

専門26業種以外の派遣の方からは、3年を超えて働けるかもしれないので期待もあるかもしれませんが、3年を超えて延長してもらえるかはあくまで会社次第、将来のこともわからない不安定なままな状態が固定化されるのです。

もう一点、専門26業種の撤廃により、これまで専門性が高いということでずっと派遣で安定的に雇用されてきた労働者が3年で首切りにあう、というリスクもとても懸念されます。

■ 男女ともに進む非正規の拡大・若年層の貧困

それでは、現時点での日本の非正規労働者の状況はいったいどうなっているのでしょうか。

昨年12月の総務省統計により、日本の非正規社員は初めて2000万人を突破しています。 

派遣を含む非正規雇用は、いうまでもなく、正規職員に比べて待遇が低く、低賃金であるうえ、臨時雇用のため将来の雇用が安定しないという問題があります。つまり、先が見えない低賃金不安定就労なのです。

非正規に関する政府の調査によっても、非正規は正規とは著しい賃金格差があり、雇用期間も短く、職業能力開発機会も十分に与えられないなどの調査結果が出ています。

すでにこれは、若年層に影を落とす大きな社会問題であるというのに、派遣法の改正により、益々非正規雇用が増えることが予想されます。

つい最近、初婚年齢が高くなったという報道があり、NHKの報道では、

中京大学の松田茂樹教授が、晩婚化と晩産化が少子化を加速させているとしたうえで、「雇用が安定しないために結婚や出産をためらう若者が少なくない。安心して子育てができるよう雇用の確保や経済的な負担を減らす支援が重要だ」と話しています。

出典:NHK6月6日報道

というコメントが取り上げられています。

少子化は深刻な社会問題でもあるとして一方で国がまなじりを決して取り組む動きがあるわけですが、国の政策は全く逆行しているわけです。

非正規を野放図にさらに認め、将来世代の貧困化・不安定化を促進するようでは、将来世代はどうなるのでしょうか。

■ 派遣法改正は女性たちに打撃

派遣法改正は、非正規の多くを占める女性たちに打撃です。

政府統計によれば、2013年には女性労働者のうち非正規は56% 、1296万人にのぼるとされ女性の非正規の職員・従業員の年間収入が100 万円未満という人は全体の47.1%にのぼっています。

実は、女性労働者のうち、2000年頃までは非正規より正規が多かったのですが、2005年までの間にこれが逆転し、非正規雇用が正規雇用を上回るようになりました。(こちらの資料に詳しい http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002k8ag-att/2r9852000002k8f7.pdf) この時期に何かあったかというと、小泉内閣のもとで、製造業も含めた派遣業務の解禁・拡大が行なわれたのです。その影響はとても大きいものでした。

法改正と非正規の拡大というのはこのように連動しているわけです。

規制緩和されれば、経済界は易きに流れ、使いやすい非正規を使うのは、悲しいかな、自然な流れということになるでしょう。

女性たちの正規雇用への道は益々閉ざされていく可能性が高いと言わざるを得ません。

多くの女性たちを一生、無権利で先の見えない派遣に固定化する方向性で進むことが懸念されます。

■ なぜ女性たちは活躍するどころか貧困化しているのか。

ところで、今国会では「女性活躍法案」なるものが提出されています。

この背景には、世界経済フォーラムが2013年10月に発表した「The Global Gender Gap Report 2013」において、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)で、日本が過去最低の105位となり、先進国では最低レベルを記録し、

IMFなどからも女性活用について厳しく指摘され、こうした事態を受けて安倍政権が「女性が輝く社会」を提唱した、ということがあります。

このような法案が出ること自体悪いことではありませんが、女性たちが現実に置かれた状況に関する現状分析がまったく不足していますので、残念ながら、有効な対策になり得ていません。

なぜ女性たちは活躍するどころか賃金差別され、貧困化しているのでしょうか。

・ひとつには、仕事と育児等を両立できない、職場・家庭・社会の問題があります(話すと長くなりますのでここでは割愛)

・もうひとつは非正規雇用に関する労働規制緩和が、雇用における女性差別や女性の貧困を加速化させているのです。

1985年に日本が国連女性差別撤廃条約を批准したのを受けて、同年、男女雇用機会均等法が制定され、女性が男性と職業生活において平等な待遇を受け、差別されないということが実現されたはずでした。

しかし、その翌年に労働者派遣法が制定され、どんどん派遣が拡大されました。

正規職員でない非正規に対する賃金差別や、待遇の差別は認められていますので、派遣等の非正規雇用に従事する女性の賃金は低く抑えられ、低賃金を余儀なくされます。こうして男女の賃金格差は改善するどころか拡大してきたのです。

女性差別が非正規差別に置き換わり、女性の多くが非正規として差別待遇を受ける立場になっていったのです。

そして、派遣などの非正規職員はいつ切られるかわからない不安定雇用の状態に置かれてしまい、派遣労働者には育児休業などがとれる余地が法的にもほとんどありませんし、実態としては産休だって言いだしにくい状況なのです。

このような状況の非正規雇用労働者が女性労働者の56%にのぼり、年収100 万円未満という人が全体の47.1%である状況にメスを入れずに、かえってこれを拡大するということで、どうして女性が輝く社会や、女性の活躍が実現できるのでしょうか?

私も政府関係者や与党の関係者で、女性を活躍させたいとがんばっている政治家にあうと、彼らなりに熱心にこの問題を進めようとしていることに嘘はなさそうですが、やっていることはまさに、底に大きな穴が開いているバケツに必死に水を入れている、といえます。

(そのことに気づいていないのか、気づいていても気づかぬふりをしているのか不明ですが)。

実効的な対策を進めるには、もっと、現実に苦しんでいる女性たちの声を耳を傾けるべきです。

■ ちぐはぐな政策

このように、政府は少子化対策とか、女性活躍とかいいながら、これと明らかに逆行する政策を進めているわけです。

この点、田原総一朗氏は一連の労働法制に関する政府の対応について「政府に「ビジョン、戦略、カルチャー」が欠けている」とコラムに書かれていますが、まさに指摘が当たっています。

こうした制度や法律の改正の説明を聞き、私は厚労省の幹部に次のように述べた。

制度を改める場合、ビジョンがなければならない。ホワイトカラー・エグゼンプションにしても、それは経営者側の言い分に過ぎない。むしろ制度で対象になる当事者たちから「こうあるべきだ」という言い分が出てこなければならない。たとえ経営者が言うにしても、当事者たちが「こうありたい」という考えを汲み取ったビジョンがなければ、単なる「段取り」に過ぎない。

出典:田原総一朗氏・日経コラム

結局、対象となる労働者の声に耳を傾けることなく、経営者側の言いなりに法律を粛々と通そうとしているために、このようなことになっているわけです。

■ 「同一労働同一賃金に関する提案」とバーターで成立させてもいいのか?

ところで、報道によれば、この派遣法改正の審議と引き換えに、維新の党が実現を目指す「同一労働同一賃金」に関する法案の共同提出に自民、公明両党が応じて可決するとのことです。

確かにEUでは、均等待遇指令というものが出され、正規労働者と派遣労働者の待遇は完全に均等であることが各国の法制度で義務付けられています(均等待遇原則)。そこまでいけば欧米並みの対策ということができるかもしれませんが、今回出された法案はそこまでの拘束力はないのです。

それとバーターで審議に応じるというのはいかがなものでしょうか。再考すべきです。

繰り返しますが、派遣法が改正されれば、その影響は極めて深刻なものです。

これ以上、将来世代や女性たちを不安定な低賃金労働に固定化させてもいいのでしょうか。

そのことを本当に真剣に考えて進めてほしいと思います。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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