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ガザ紛争・イスラエル指導者・司令官がいよいよ戦争犯罪に問われる可能性浮上

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
国際刑事裁判所(International Criminal Court)ハーグ

■ 国連が昨年のガザ紛争について事実調査報告書を公表

スイス・ジュネーブの国連欧州本部で現在開催中の国連人権理事会に来週、昨年夏、多くの人の命を奪った中東・ガザ紛争・侵攻に関わる人権侵害についての国連調査団報告書が提出される。

2014年7月8日に始まり、1カ月以上続いたイスラエル軍のガザ侵攻。

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「境界防衛」(Protective Edge)作戦と名づけられたガザ侵攻では2000人以上のパレスチナ人が殺害され、このうち500人は子どもだったという。

昨年のガザ紛争の最中に、国連の人権理事会は事実調査団を任命、「紛争にあたり、紛争両当事者において戦争犯罪などの国際人権・人道法違反があったか否か」について調査をするよう命じた。

イスラエルはこの調査にまったく応じず、調査は困難を極めたが、ついに、国連調査団(Commission of Inquiry, COIという)が調査報告書を完成・公表したのである。来週月曜日の討議を控え、国際社会では大きな関心が寄せられている。

■ 調査報告書は何を認定したのか。

調査団の事実認定(Finding)は、イスラエル、ハマス双方に重大な国際人権法・人道法の違反があり、そのうちのいくつかは、戦争犯罪を構成する可能性がある、というものである。

報告書は、公平中立に双方の人権侵害を調査するという使命に基づき、ハマスのロケット攻撃や、「協力者」の処刑などについても国際人道法違反があると指摘している。

とはいえ、パラグラフ59~502まで列挙されている、ガザに関する事実認定のうち、多くをしめているのは、イスラエルによる空爆、地上戦による人命の犠牲、本来攻撃してはならない目的物への攻撃による民間人の殺害などである。

犠牲者数はガザの住民のほうが桁違いに多く、まさにワンサイドゲームが展開されたのを反映した調査報告書となっている。

英語で書かれた報告書は、家族、愛する夫や妻や、小さい子どもたちを一瞬にして失った人々の証言に満ちており、改めてその犠牲に胸が痛む。 

特に、避難所とされた国連の学校や発電所、救急車など、本来絶対に攻撃してはならない場所が攻撃されたことに関する調査団の判断は重要である。

あれは人生で最悪の日でした。絶対忘れられない。戦争ではなく、地獄でした。幼い娘は殺されるようなわるいことは何もしていなかったのに・・・“It was the worst day in my entire life. I will never forget it…This was hell, not war... My young daughter did not deserve to die.” "

ガザには安全な場所はありません。私たちは学校は安全だと思っていたけれどそうではなかった。正義はどこにあるのでしょう。私は夫を殺されました。 “There is nowhere to be safe in Gaza. We thought that the school would be a safe place for me and my family. This was not the case. There is no way for me to get justice, I lost my husband.”

出典:国連ガザ事実調査報告書(2015)

これは、国連事実調査報告書の一節、イスラエルによる地上戦が開始され、連日居住地でも続く攻撃・空爆から逃れるために、国連(UNRWA)が運営する学校に避難した民間人に対し、イスラエル軍が攻撃を行った際に、攻撃を体験し、家族の命を奪われた人々の証言だ。

調査報告書によれば、この紛争中、30万人の民間人が避難所と指定された国連(UNRWA)が運営する学校・850か所に避難。イスラエルはこのことを熟知しつつ、避難施設を攻撃したことになる。

意図的な民間人攻撃や無差別攻撃は許されない。紛争中でも民間人は保護されなければならず、無辜の市民を攻撃対象としてはならない。これは、ジュネーブ第四条約をはじめとする国際人道法に基づく確立されたルールだ。これに反する民間人殺害は戦争犯罪に該当する。

調査団長のMary McGowan Davisは、米・ニューヨーク州で 判事・検事として24年間にわたり刑事裁判の分野で活躍してきただけあり、報告書の内容は刑事事件の判決のように手堅く、説得力のあるものであり、「被害を避ける措置をとった」「攻撃は意図したものではなかった」などのイスラエルの反論を証拠に基づいて退け、国際人道法違反を結論付けている。

国連の学校への攻撃については、被害者のみならず国連関係者が証言をしており、国連事務総長のもとに別途実施された調査団(Board of Inquiry- 国連施設が破壊された際に事務総長が設置・派遣する調査団) からの情報にも依拠している。

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もう一点注目されるのは、イスラエル軍上層部が、空爆・市街戦において、住民が居住するエリアであっても全面的に破壊攻撃するという攻撃ポリシーを採用しているとし、「多くのケースで個々の兵士は軍規に従って行動しているが、軍規そのものが戦時国際法に違反している」と言及し、国際法上の義務に反する司令官の責任に言及している点である(640パラ)。

これは、戦争犯罪が個々の兵士の責任にのみ帰することが出来るものでなく、司令官の刑事責任に及ぶことを示唆している。

■ 今回の調査が注目される理由

ところで、こうしたイスラエルの民間人攻撃についての調査がなされても、これまでイスラエルはどこ吹く風、単に無視したり、執拗に反撃したりして、国連からの勧告や決議にすら全く従わずにいた。

これまで中東紛争で幾多の血が流され、市民が犠牲になってきたパレスチナの地。

イスラエルによる占領下で、虐殺などの深刻な人権侵害が絶え間なく繰り返されてきたが、ほとんど誰の責任も問われない、「不正義」「不処罰」が常態化してきた。

不処罰が次の人権侵害を生む、という構図は、こちらのエントリーでも書いてきたとおりだ。http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20140712-00037324/

しかし、今回はイスラエルも単に無視するわけにはいかない事情がある。今年4月1日にパレスチナが、戦争犯罪などの重大犯罪を処罰する常設の裁判所である国際刑事裁判所(ICC)に加盟したからである。

■ 国際刑事裁判所とは何か?

国際刑事裁判所(International Criminal Court、略してICC)とは、2002年に発足した、常設の国際的な刑事裁判所である(日本は2007年10月1日に加入)。

裁かれるのは、戦争犯罪、ジェノサイド罪、人道に対する罪など国際法上の最も重大な犯罪を犯した個人の刑事責任だ。

第二次世界大戦後、ニュルンベルグ戦犯法廷などでナチスのホロコーストなどの重大犯罪が裁かれた後、同じように重大な人権侵害によって悲惨な犠牲が再び繰り返されないために、重大人権侵害を罪に問う、このような裁判所の設立は長い間夢想されてきた。20世紀の終わりにそれが現実に近づき、1998年、160か国の代表がローマに集って国際刑事裁判所設立条約(ローマ規程)が採択され、2002年に60か国が批准して正式に発足した。現在では、世界123か国が参加する文字通りの国際法廷となったのである。

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ところが、国際刑事裁判所は条約に基づく機関であるため、原則としてメンバー国で発生した犯罪にしか管轄が及ばないという限界がある。国連安保理五大国のうち米国、中国、ロシアはこれに参加せず、イスラエルも参加しないという現状でスタートし、現在に至っている現状ではこの限界は軽視できるものではない。大国の行う重大な人権侵害を抑止できないのである。ローマ規程は、国際刑事裁判所のメンバー国外で発生した事態であっても、国連安保理が平和に対する破壊・ないし脅威があるとみなして、事態を国際刑事裁判所に付託することを決議した場合は、例外的に国際刑事裁判所の管轄が及び、捜査や公判が開始できると規定する。

これまでに、メンバー国でないスーダン・ダルフール地方での虐殺や、リビアでの重大な人権侵害について、安保理決議を受けて国際刑事裁判所が捜査を開始してきた。しかし、安保理はしばしば「機能不全」に陥り、大国が利害関係を持つ紛争について沈黙・容認してきた。安保理常任理事国である米国、英国、フランス、中国、ロシアが拒否権を発動すれば、いかに重大な人権侵害でも捜査や訴追を妨害することが可能となってしまっている。中東パレスチナをめぐる紛争はまさにそうした構図にあてはまる。

■ 不処罰が続く中東紛争

イスラエルによるパレスチナ占領の歴史は、国際法違反の歴史だったといえる。しかし、国際社会はこうした国際法違反に実効的対策を講じることなく、パレスチナの無辜の市民が虐殺されることを事実上容認してきたに等しい。安保理は、国連の中で唯一強制権限を有する機関であるが、パレスチナ問題については米国などが一貫してイスラエルを擁護するなか、イスラエルがいかなる軍事行動、戦争犯罪・人権侵害を繰り返しても、安保理は機能不全のまま何らの行動もとれずにきた。

昨年と同様のガザ空爆・侵攻は2008年12月から2009年1月までも行われ、イスラエルの軍事行動は、1400人にも及ぶ犠牲者を出した。この時は、国連が設置した国連調査団(ゴールドストーン調査団)が派遣され、調査団は、紛争当事者によって戦争犯罪が行われた可能性が高いとして、イスラエル・ハマスによる責任ある調査と刑事責任の追及がなされなければ、安保理が国際刑事裁判所(ICC)に事態を付託し、国際的に戦争犯罪として調査・訴追すべきだ、と勧告した。しかし、それから6年以上経過したが、何らの刑事責任も問われずにきている。安保理はこの問題についてICC付託に関するアクションを全く起こしていないからだ。

これに加えて、2009年にはパレスチナ当局が国際刑事裁判所の管轄権を受諾するとの申請書を国際刑事裁判所検察局に提出したが、検察局は「パレスチナが国にあたるのか判断できない」などとして、捜査を開始しないと宣言し、多くの人を失望させた。

このように、どんな戦争犯罪・虐殺行為をしても、国際的に何の制裁・処罰もされないことがわかれば、加害国は人権侵害を繰り返すであろう。人権侵害の不処罰は、さらなる犯罪・人権侵害を助長し、罪もない民間人、特に女性や子どもたちを犠牲にしてきた。

こうした軍事侵攻だけではない、ガザに対する封鎖、ヨルダン川西岸地区への「入植」、家屋破壊など、日常的に続く違法行為も、実はジュネーブ条約に反する戦争犯罪に該当する。こうした日常的な人権侵害の横行はパレスチナの人々の人生に深い絶望感をもたらしてきたのだ。

■ 国際刑事裁判所加入は「不正義」の構造を変えるか。

こうしたなか、パレスチナは国家承認に向けて歩みだした。2012年11月、国連総会でパレスチナは初めて「オブザーバー国家」と認められた。2014年12月には、パレスチナが2017年には独立国家になるという安保理決議が提案されたが、12月30日に安保理はこれを否決。しかし、翌日の12月31日、パレスチナ自治政府は、国際刑事裁判所に関するローマ規程を含む16の国際条約に署名した。

2015年1月1日、国際刑事裁判所の担当部局は、パレスチナ自治政府による同裁判所加入を宣言する文書を受理した。1月7日、国連パンギムン事務総長は、パレスチナは、4月1日に国際刑事裁判所の締約国に正式になることを承認した。

ローマ規程を批准したことに基づき、国際刑事裁判所は、パレスチナの占領地で行われた戦争犯罪・人道に対する罪について、管轄権を有することになった。裁判所登録によれば、管轄権は、2014年6月13日にさかのぼる。そのため、国際刑事裁判所検察官は、多大な犠牲を出した2014年7月、8月のガザにおけるイスラエルとハマスの戦闘で行われた戦争犯罪・人道に対する罪について捜査をすることができることになる。

こうした経緯を経て、冒頭のガザ侵攻に関する国連調査団が、イスラエル・ハマスの軍事行動と被害について詳細な証拠・事実・証言の分析さらに法的分析を行って、戦争犯罪の可能性に言及したのである。

まず、これを受けた国連人権理事会の対応が注目されるが、焦点はその後の国際刑事裁判所検察官の行動である。

■ ICC検察官はついに捜査を開始するのか。

国際刑事裁判所検察官は、現在8か国に対する捜査を行っているが、9番目の捜査対象として、ガザ紛争に関する紛争当事者の戦争犯罪について、こんどこそ実際に捜査を開始するのか、注目される。

そして、どのようなケースを取り上げ、誰を捜査対象とするのかも、注目される。

国際刑事裁判所は実行犯だけでなく、指揮官も処罰の対象としており、スーダンについては現職の大統領や大臣に逮捕状が出されている。ただし、スーダンのようにメンバー国でない国においてはICC検察局の逮捕状を執行することができないなど、捜査の障害も明らかになってはいる。

それでも、仮にイスラエルの政権中枢の人間に逮捕状が出るとすれば、それは大きな圧力であることは間違いない。

国際刑事裁判所メンバー国は、戦争犯罪人が自国に滞在している場合、検察局の求めなどがあれば犯人引き渡しに協力すべき義務を負う。例えば逮捕状の出ている政府高官が日本やイギリス、フランスなど、世界123か国のメンバー国に渡航すれば、犯人引き渡しの問題が現実に浮上するだろう。もはや人権侵害を続けても何らの責任も問われないという事態ではない。

■ 歴史を変える一歩になることを期待

パレスチナ占領地、そしてパレスチナをめぐる紛争においては、国際人権・人道法に対する重大な違反が数十年間、絶え間なく繰り返されてきた。

こうした違反行為に対する不処罰に終止符を打つことは、パレスチナ及び周辺地域に住む人々の人権を保障するために不可欠である。そして、紛争の平和的解決に向けての本質的な前提条件でもある。

また、発足後、「アフリカだけを処罰し、大国の人権侵害を容認している」とそのダブルスタンダードを批判されてきた国際刑事裁判所に とっても、真に公平に重大な人権侵害を裁く機関といえるのか、その真価が問われる正念場でもある。

小さな一歩が紛争が絶えないこの地域の歴史と未来を変える結果をもらたすのか、今後のICC検察官、そして、国際社会の動向を注目していきたい。

ヒューマンライツ・ナウでも、来週の国連人権理事会の討議にエントリーしており、(発言順が廻ってくれば)発言する予定である。

残念ながら、日本政府は常にこの問題で、不処罰の終焉に対して、消極的な立場に終始してきた。

日本政府にはこうした深刻な人権問題へのセンシティビティをもってもらいたいと切に願う。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/me_a/me1/il/page4_000911.html

( スマホ版『情報・知識事典 imidas』の記事より大幅加筆転載)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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