Yahoo!ニュース

AV強要被害問題は今、どうなっているのか。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
AV出演強要問題で体験を語る松本圭世アナ

1 調査報告書公表から半年

ヒューマンライツ・ナウが、2016年3月3日付で、調査報告書日本:強要されるアダルトビデオ撮影 ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害」を公表してから6か月が経過しました。

私たちとしても思いがけないほど、メディア等でこの調査報告書を取り上げていただき、大きな話題にもなりました。

「モデルにならない?」「タレントにならない?」などとスカウトされ、デビューを夢見てプロダクションと契約した途端、「契約」「違約金」をたてに出演強要されるAV出演強要被害。若い女性たちに身近に潜んでいるリスクであり、その結果性行為とその撮影が強要され、ネットや販売を続けていつまでも自分の性行為動画が人々に見られ続けていくという被害に多くの方が衝撃を受けたことと思います。

こうした女性に対する重大な人権侵害に光をあてることができてよかったと思っています。

2 業界からの強い反発と否定~ 被害者のカミングアウトで事態が変わった。

当初、この報告書をめぐっては、業界から大きな反発があり、「出演強要などありえない」などの批判を受けることとなりました。

また、報告書自体は業界そのものの撲滅を求めているものでなく、人権侵害をなくすための改革を求めていますが、意図がうまく伝わらず、反発された面もあったことと思われます。

しかし、その後、匿名、実名で次々と声をあげる方が現れ、事態は変わりました。

今年6月には、大手AVプロダクションであるマークスジャパンの代表者が、AV出演強要の被害者の訴えを受けて、労働者派遣法違反で逮捕、書類送検、罰金刑となったことも報道されました。

逮捕時には、業界内から、この被害を訴えたとされる女性についてその特定をしようとしたり、疑われた女性のAV出演本数等を理由に「強要されたわけがない」などの声があがり、バッシング的な言動がネット上で拡散されたことがあり、「これでは被害にあったとしても、もう誰も怖くて名乗り出なくなるのではないか」ととても心配しました。

しかし、こうしたバッシングもようやく収束しつつあります。

最近は、新聞のなかに取材班ができるなど、AV出演強要問題について特集が次々と組まれるようになり、勇気ある告発が実名でも、匿名でも続くようになりました。

冒頭の写真で紹介していますが、5月26日に国会内で開催されたシンポジウムでは、アナウンサーの松本圭世さんが騙されて知らないうちにAVに出演させられることとなってしまった自らの経験を語ってくれました。

7月には週刊文春で香西咲さんがAV出演被害について実名で勇気ある告白をされました。

● 人気AV女優・香西咲が実名告発!「出演強要で刑事・民事訴訟します」週刊文春

また、ユーチューバーのくるみんアロマさんも、意に反するAV出演の被害についてカミングアウトをされて話をされています。

● AV出演強要、ユーチューバーの過去 「音楽デビュー信じた自分」withnews

さらに、男優さんからも声があがるなどし、被害の実像が明らかになりつつあります。

●AV出演強要 「昔からあった」元トップ男優が証言毎日新聞

私も様々な人権問題に取り組んできましたが、当初、これだけ「被害はない」と全力否定されるケースは大変珍しかったため、とまどいました。

しかしやはり、被害があるのに様々な圧力から被害が隠され続け、被害者が声をあげられないという事態は非常に健全でないし、長くは続かないものだ、とつくづく思いました。ようやく、被害が率直に語られるようになり、社会的な認知も進んだことは今後の被害をなくしていくために本当に良かったと思います。

同時に、いつもそうですが、やはり事態を変えうるのは勇気ある被害者の方々の声だと実感し、その勇気に敬意を表したいと思います。

また、メディアの役割が果たされたことも大きかったと思います。

3 今後の課題   法制度について

さて、ようやく被害が社会に認知された今、被害をなくしていくために、どのようなことが求められるかをぜひ多くの方に考えていただきたいと思います。

ヒューマンライツ・ナウの調査報告書では、アダルトビデオの出演を強要される女性の被害が相次いでいる状況、また、こうした被害に対応する法律が存在せず、監督官庁がない状況を取り上げ、望ましい法制度の整備について提言しました。

また、アダルトビデオ関連業者に対しても、意に反するアダルトビデオへの出演強要、女性の心身の安全に悪影響を及ぼす撮影を直ちにやめること、そして、人権侵害の辞退を抜本的に是正することを要請しました。

まず、法整備としては、以下のような内容の包括的な立法が実現することが望ましいと考えています。

1) 監督官庁の設置

2) AV勧誘スカウトの禁止。

3) 真実を告げない勧誘、不当なAVへの誘因・説得勧誘の禁止

4) 意に反して出演させることの禁止

5) 性行為等の個々の演技に関して、撮影前に説明し、承諾を得ること

6) 違約金を定めることの禁止

7) 女性を指揮監督下において、メーカーでの撮影に派遣する行為は違法であることを確認する。

8) 禁止事項に違反する場合の刑事罰

9) 契約の解除をいつでも認めること

10)生命・身体を危険にさらし、人体に著しく有害な内容を含むビデオの販売・流布の禁止

11) 本番の性交渉の禁止

12) 意に反する出演にかかるビデオの販売差し止め

13) 悪質な事業者の企業名公表、指示、命令、業務停止などの措置

14) 相談および被害救済窓口の設置

すぐにこの秋から法律を実現、ということはさすがに難しいと思いますが、できるところから進め、2017年度予算にも組み込んでほしいと思います。

すでに内閣府では実態調査を進めていただいていますが、今年から少なくとも、

●被害を防止するための広報・教育活動

●被害者が女性センター等に駆け込めばすぐに対処が図られるような相談窓口の設置と相談員への研修

●実態および望ましい法整備のための調査研究

などは早急に具体化してほしいと思います。

また、AV強要被害は、スカウトの甘い言葉を信じて若い人が騙され、断れない、法律の知識がないという弱みに付け込まれて被害にあう、という点では消費者被害とよく似ていますので、消費者被害として扱い、消費者契約法・特定商取引法の枠内に入れ込み、不適切な勧誘を是正し、必要に応じて企業名公表・業務停止等の措置をとることを求めたいと思います。

そして、国会議員の皆様には、議連などを結成し、法規制に関する検討を開始していただきたいと思います。

省庁、政治家の皆様には深刻な女性に対する暴力として、被害の是正に真剣に取り組んでいただきたいと思います。

ところで、業界からは改善に向けた動きがあり、自主的な規制が進めば法規制は不要という消極意見がありますが、法規制をすることにより、自主規制の枠から外れてルールに服さないAV制作・販売が横行することを避けることができると私たちは考えています。

4 業界団体への要請

調査報告書の公表後しばらく、業界団体の動きは鈍く、

私は4月23日付のこちらYahoo個人記事で、

「深刻なAV出演強要被害は、大手メーカー作品にも少なくない。業界の自主的改善の動きはあるのか?」

と問いかけ、業界の改善の動きを呼びかけました。

その後、業界団体である特定非営利法人知的財産振興協会(IPPA)に対して、シンポジウムへの参加を呼び掛けるなど、対応を求めてきましたが、6月にようやく協議の機会を持ち、当方の要請を伝えました。

6月のマークスジャパンの対応を受けてIPPAは、以下のような声明を出しています。

「原因究明」「再発防止」をするために、先月この件について、被害者救済を求める認定 NPO 法人ヒューマンライツ・ナウの弁護士の皆様、NPO の皆様との会議を行いました。

そこで以下のとおり要望がございました。

1) プロダクションや制作会社との間でコードオブコンダクトを締結し、強要しない、違約金請求しない、同意のない作品には出させない、人権侵害を行わない、適正な報酬を支払う、等の項目を具体化し、それを承諾したプロダクション・制作会社としか取引しないようにする。

2) 出演契約にあたっては、女優の頭越しに契約するのでなく、女優が参加したうえで契約を締結する。その際、プロダクションの監視により女優が自由に意思決定できない事態を防ぐため、マネジャーが同席しない場での真摯な同意があるか意思確認するプロセスを踏む。

3) 女優が出演拒絶した場合、違約金を請求せず、メーカーが損失を負担する。違約金に関しては保険制度等を活用する。

4) 1)が守られていない等の苦情申し立てに対応する機関を設置し、1)が守られていない疑いが強いものについては、販売差し止めを含む救済策を講じる。

5) 女優の人格権保護のため、プライベート映像の流出・転売等を防止し、流通期間に制限を設け、意に反する二次使用、三次使用ができない体制をつくる。

この会議の後、NPO 法人知的財産振興協会の理事社にて話し合い、この要望に沿い業界の健全化へ向け、メーカーとしてもプロダクション側に働きかけていくことを決議、実行することに致しました。

以上の5項目は確かに私たちが会合で要請したことであり、これら5項目を受けてIPPAが改革を進めていくと決断したことは大きいと思います。

ただ、その後、まだ具体的な動きは目に見えてきていません。そこで、私たちは、8月初旬に再びIPPAと会合を持ち、より具体的な提案を行いました。

特定非営利活動法人 知的財産振興協会 御中

要 請 書

当団体は、本年3月3日付で、調査報告書「日本:強要されるアダルトビデオ撮影 ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害」を公表いたしました。

このたび、出演強要被害の再発防止および人権侵害の防止のため当面取り組むべき優先的事項として、御団体に対し以下のとおり要請いたします。

I  人権侵害を防止するための制度改革について

1 出演強要や人権侵害を防止し、被害者を救済するメカニズムの設置~第三者機関が必要である。

法律の専門家、ジェンダー問題に詳しい有識者等、業界の利害関係から独立した第三者による機関をつくるのが望ましいのではないか。独立性、第三者性が必要であり、業界からもNGOからも労働者からも独立した第三者であるべき。

2 プロダクションやメーカーとの間でコードオブコンダクトを締結し、以下の項目を規定する。メーカーは、以下を承諾したプロダクション・制作会社としか取引しないようにする。

下記内容をプロダクション、メーカー、制作会社、流通団体、配信、販売業者共通のルールとする。

1)意に反する出演強要を禁止する。

2)女優が撮影に欠席した場合、違約金を女性に請求しない。

3)契約の解除をいつでも認める・契約書のコピーを本人に交付する。

4)適正な報酬を支払う。利益の50%以下となる不当な搾取・不払いの禁止

5)スカウトを禁止し、真実を告げない勧誘、不当・不適切なAVへの誘因を禁止する。

3 女優が出演拒絶した場合、違約金を請求せず、メーカーが損失を負担する。違約金に関しては保険制度等を活用する。

4 出演契約にあたっては、女優の頭越しに契約するのでなく、女優が参加したうえで契約を締結する。その際、プロダクションの監視により女優が自由に意思決定できない事態を防ぐため、マネジャーが同席しない場での真摯な同意があるか意思確認するプロセスを踏む。

5 制作会社・メーカーは以下の事項をルール化する。

1)個々の出演契約にあたり、性行為等の個々の演技に関して、撮影前に説明し、承諾を得る。

2)本番の性交渉をしない。

3)生命・身体を危険にさらす行為、残虐行為、人体・健康を害する行為、危険な行為、人格を辱め、屈辱を与える行為を含む撮影を禁止する(業界でリストを作成して取り組んでいただきたい)。

4)制作過程での人権侵害・意に反する性行為の強要を防止するため、全過程のメイキング映像を録画して、保管する。

5)児童ポルノを疑わせる作品内容について児童保護を徹底する取り組みを行う。審査のプロセスで年齢確認を行う。

6 審査機構は、5について審査基準を明確化して公表し、実質的な審査を行うとともに、5 5)の録画を認したうえで、審査合格を決定する。

7 2ないし5が守られていない等の苦情申し立てに対応して、上記1の第三者機関が苦情申し立てを受けることとし、いずれかが守られていない疑いが強いものについては、契約解除、販売差し止めを含む救済策を講じる。関与したプロダクション、制作会社、メーカーに対する取引停止等のペナルティを課す。

8 女優の人格権保護のため、プライベート映像の流出・転売等を防止し、流通期間に制限を設け、意に反する二次使用、三次使用ができない体制をつくる。 二次使用、三次使用、第三者への権利譲渡には少なくとも本人の同意を必要とすべき。

9 撮影に対し、メーカーの負担により演技者に対する保険をかけ、負傷、罹患、PTSD等の症状に対して、補償をする。

10 6による審査を受けないメーカー、上記1の機関の調査・勧告・決定に服しないメーカーの作品は販売・流通・配信を行わない。

II AV業界の機構改革について

機構改革には、外部有識者を入れた慎重な対応が望ましい。

不祥事が起きた他の企業や業界の経験に学び、いわゆる第三者委員会を設置して、徹底した事実確認、実態把握、検証を行う必要があるのではないか。

(第三者委員会のマンデート)

・実態調査・原因究明

・検証

・機構改革・再発防止策の提案

このほか、前記3に記載した通りの法整備についても、業界の理解と協力を求めました。

私たちとしては、当面必要な改革について網羅したつもりでいます。

改革と併せて、第三者委員会での調査というのは、改革を表面的なものとせず、実態に即した改革を進めていくために私たちとしては不可欠だと考えています。

今も、AV出演強要被害に関する相談は耐えることなく私のところにも、支援団体のところにも押し寄せています。

これからも、個別のメーカーやプロダクションに対して、販売差し止めを求め、民事、または刑事の責任追及を行おうとする被害者もいることでしょう。

こうした問題の背景について業界団体としてメスを入れて実態を調査し、原因を特定して付け焼刃でない真摯な再発防止策を打ち出すことを求めたいと思います。

これまで「業界団体」が不祥事等を受けて、第三者委員会を設置した例としては、NPB(日本プロ野球機構)統一球問題、PGA(日本プロゴルフ協会)反社会的勢力問題、全柔連助成金問題、日本相撲協会八百長問題などがあり、

企業では、ゼンショースキヤ、マルハニチロ等多数あります。

・第三者委員会は、通常、コンプライアンスに精通した弁護士によって行われますが、その独立性を尊重され、調査権限を与えられ、報告書の内容に対しいかなる介入も受けず、勧告内容は尊重されなければならないとされています(詳細は、日弁連第三者委員会ガイドライン参照)。

そして、被害を訴える人が救済されるメカニズムを一日も早く確立してほしいと思います。

幸い、業界団体は、現在の状況を受けて、真摯な取り組みを約束されています。

まもなく、私たちの要請にこたえて、業界団体からの何らかの具体的な改革の方向性が示されることを期待したいと思います。

そのために、引き続き多くの方々にこの問題に関心を寄せていただきたいと思います。

強要被害がどの程度の広がりなのか、多いのか少ないのかはわかりませんが、件数の多い、少ないに関わらず、あってはならない人権侵害であり、業界としてこれをなくす対応が求められると思います。

AV強要問題が解決するまでは、安心してAVを見る気になれない、というユーザーの声、被害者の方々に共感を示していただく女性たちの声は、何よりも業界に強いメッセージとなることでしょう。

※ ユーチューバーのくるみんアロマさんと私がユーチューブでこの問題について対談しています。どうして意に反する出演強要をさせられてしまったのか、当事者でないとわからない経緯を語ってくださいました。是非多くの方に見ていただけると嬉しいです。

第一話はこちら。https://www.youtube.com/watch?v=a4ZCgdALkN8

続きはユーチューブチャンネルでご覧ください。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

伊藤和子の最近の記事