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やめてほしい「女性が輝く」はずの日本で、国連の女性差別撤廃委員会委員長・林陽子氏の解任求める個人攻撃

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■「日本人委員長を解任せよ」の驚き

先週この記事を読んで驚きました。

国連女子差別撤廃委員会は今年3月、慰安婦問題をめぐる昨年末の日韓合意を批判する最終見解を公表した。これが日本政府の説明を無視した不当見解だとして、「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)は28日までに同委員会の林陽子委員長(日本弁護士連合会所属)の即時解任を求める1万1532筆の署名を、岸田文雄外相宛てに提出した。(夕刊フジ)

「林氏を、同委員会の委員に推薦したのは日本政府に責任がある。国民の怒りは大きい。即時解任していただきたい」

国民運動の幹事である拓殖大学の藤岡信勝客員教授はこう語った。

注目の署名は、自民党政調会長代理・国際情報検討委員会委員長代行である片山さつき参院議員の立ち会いのもと、外務省の北郷恭子女性参画推進室長に手渡された。

出典:産経新聞

林陽子弁護士といえば、国連女性差別撤廃条約を審査する条約機関である女性差別撤廃委員会の委員長に日本人として初めて当選された方。

外務省も林弁護士が当選された際はこのように絶賛しています。

林陽子氏は,弁護士として国内でも女性の地位向上等に向けた活動を行ってきたほか,国際的にも,第54回国連婦人の地位委員会の代表団員(2010年)や,国連の「人権の促進と保護に関する小委員会」代理委員(2004年から2006年)をはじめとして,人権分野,特にジェンダー分野における優れた専門的知見を発揮して活躍してきました。2008年1月からは,女子差別撤廃委員会委員として活躍しており,同委員会の個人通報作業部会長や自然災害・気候変動とジェンダー作業部会長もつとめ,今後も同委員会における更なる貢献が期待されます。

我が国はこれまでも女性の権利を重視してきましたが,林陽子氏が,女性の権利に関する幅広い知見・経験を生かして,引き続き女子差別撤廃委員会の活動に貢献することは,「女性が輝く社会」の実現を目指す安倍政権の下で,我が国にとって特に重要な意義を有しています。

出典:外務省ウェブサイト

■大きな誤解の出発点

なんでこのような解任を求める動きが持ち上がったのでしょうか。

署名はこちらのようですが、この女性差別撤廃委員会が日本に出した勧告が気に入らない、特に「慰安婦」問題について言われたことが気にいらない、皇室典範について議論をしていたことも気に入らない、ということのようです。

http://www.ianfu-shinjitu.jp/LMC/?p=1620

皇室典範の話については私もちょっと驚きましたが、結局、勧告には入らなかった模様です。

「慰安婦」問題については私も勧告を見ましたが、これまでも言われてきた勧告と似たような勧告で、どの国連条約機関からも繰り返し勧告されているので、特に女性差別撤廃条約だから、というわけではないようです。

とはいえ、そうした内容はさておき、ここでまず考えていただきたいのは、

勧告の中身の議論について、林弁護士は関わっているのか、

ということです。

この件で、私たちヒューマンライツ・ナウでも声明を出しましたので、説明をしたいと思います。

ヒューマンライツ・ナウ声明

■そもそも、人権条約とは。

まず、女性差別撤廃条約といわれてもなんだろう、というところがあるかもしれません。

日本は、自由権規約、社会権規約、女性差別撤廃条約などの基本的な人権条約を批准している「締約国」です。

近隣の北朝鮮や中国などは、こうした人権に関する国際的取り決めにも全部拒否ではないものの、なかなか入りたがらず、「人権後進国」として国際社会から厳しい視線を受けていますが、日本はこの点では人権に関する主要な条約を批准しており、一応国際社会の人権的価値を支持している国、と考えられています。ただ、人権条約のなかでも、特に女性差別撤廃条約や子どもの権利条約は、名だたる独裁国家でも「女性や子どもの人権をないがしろにされている」という評価は避けたいため、多くが批准しています。

女性差別撤廃条約は、女性差別をなくしていこう、という国の責務を定める条約で、世界の圧倒的多数の国から支持されています。

今や国際的にみて、女性差別など、ありえない時代になってきたのもこの条約による貢献がとても大きいといえます。日本は1986年に批准しています。

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こうした人権条約はただ、参加していてもその条約をきちんと実施しているかわからないため、専門家による委員会をつくって、条約上の人権保障をしているかをモニタリングし、定期的に政府に報告書を出してもらい、それに対して勧告を行う、ということをしているのです。そうした委員会を人権条約機関と呼んでいて、そのなかで女性差別撤廃条約に対応する委員会を「女性差別撤廃委員会」というのです。

政府は定期的に「自分の国はこういう活動をしています」という報告書を委員会に出して(定期報告といいます)、それを受けて委員会が審査を行い、「ここは進んだけれど、ここはまだまだなのでさらに具体的にこうしてみてほしい」という勧告を出します。女性差別撤廃条約については今年2月にそうした定期報告書審査が行われ、3月に勧告が出されたわけなのです。

■ 出身国の委員は審査に加わらない。

こうした人権条約機関の委員は、人権分野において能力を認められた締約国(条約を批准している国)の国民の中から、締約国会議において選出され、個人の資格で職務を遂行しています。

ところで、その出身国について、委員会が調査をするとき、選出国出身の委員は公正な判断ができるのか、いろんなロビー活動が政府やNGO両方からあって、公平性がゆがめられるのではないか、ということが心配になります。

というわけで、各国の報告審査については、すべての人権条約機関は、公平性を維持するため、当該国出身の委員は審査に関わらないことを慣例とし、かつその作業方法を明文で確認しています。

女性差別撤廃委員会も、1998年の決定18/III「報告書の検討」において、「女性差別撤廃委員会は、実質においても外見においても最高度の不偏不党性を維持するため、委員会の委員は、自分がその国民である国の報告書の検討のいかなる側面にも参加することを控えるべきであるというこれまでの慣行を再確認する」としています(UN Doc. A/53/ 38/Rev.1 (1998), p.3.)

現在では、このような人権条約機関の作業方法は、

「人権条約機関の委員の独立性及び不偏不党性に関する指針(アジスアベバ・ガイドライン)」としてまとめられ、女性差別撤廃委員会もこれに従って行動しているのです。

詳細はこちら。検索すると出てきます。

Addis Ababa guidelines on the independence and impartiality of members of the human rights treaty bodies, UN Doc. A/67/222 (2012), annex I.

つまり、'''日本出身の委員である林陽子委員は、この作業方法に倣い、日本政府報告審査及び総括所見の作成には関与していません。

林委員がいま、女性差別撤廃委員会の委員長を務めているとしても、このことは同様なのです。'''

この点で、大いなる誤解があったということですね。

■  日本政府は委員を解任できる?

ここにも大きな誤解があります。 

林委員は女性差別撤廃条約の締約国会議で選挙により選出されているのであって、そもそも日本政府は林委員を解任できる立場にはありません。もし、外務省が国連人権条約機関の人事に口出しすることになれば、深刻な外交問題と言えるでしょう。

人権条約機関の委員の任務遂行に関する完全な誤解に基づいて、委員に対して不当な圧力をかけようとすることはやはり、大きな問題ですね。

■ 片山さつき議員が役割を演じている。

この署名が報道され、外務省に手渡されるにあたり、大きな役割を果たしたのが自民党の片山さつき議員です。

産経新聞とはやや別の角度から、週刊金曜日が以下のように説明しています。

「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)は、国連・女性差別撤廃委員会が日本政府に対し元「慰安婦」に謝罪と賠償を行なうよう総括所見を公表したことを理由に、林陽子委員長の「即刻解任」を求める署名を11月16日、自民党の片山さつき参議院議員同席のもと外務省女性参画推進室長に手渡した。

同団体は、「慰安婦」問題に関する総括所見を解任の理由としているが、国連の委員は出身国報告書審査には関われないことになっており、林委員長も日本政府報告書審査には一切関わっていない。片山議員はそのことを承知で林委員長の解任を求めており、極めて不当である。24日、外務省に経緯を尋ねると、「片山議員から、女性参画推進室長が新しく替わられたので挨拶をしたいということだったので議員会館に伺ったところ、署名を渡された」と困惑していた。

出典:週刊金曜日

片山議員が、林弁護士が女性差別撤廃委員会の対日審査に加われないことを知らずに、このような役割を果たしているなら、本当に勉強不足としか言いようがないと思いますが、週刊金曜日の報道によれば、知っているのに解任を求めているということのようです。

つまり誤解が生じていることを知りつつ、誤解を助長し、林弁護士、ひいては女性差別撤廃委員会全体に不当な嫌がらせをしているということになりますね。個人へのいじめだとしても、極めて悪質というべきであり、どうしてそのようなことをされるのか全く分かりませんが、政府与党の国会議員が、日本が批准している人権条約についてこのような敵対的な姿勢を取る、誤解と知りつつ不当な攻撃をする、というのは重大な問題であると思います。

片山議員は今年秋の貧困JKの際も大きな問題となって、多くの方から批判され、反省されたのかと思っていたのですが、どうしてこのようなことを繰り返してしまうのか、とても残念に思います。

■ 政府・外務省に求めたい

最近、国際的にも人権活動をしているNGO関係者が殺されたり、不当な圧力を加えられたり、ということは相次いでいます。政府がそういうことをする場合もありますし、企業の人権侵害を追及している活動家に対して、企業が密かにヒットマンを雇う、ということもあります。ハラスメント被害もあります。国・政府はこうした不当な攻撃から人権活動家を守るべき、という国連総会の決議がしばしば出されていて、日本政府はおおむね賛成の態度を示してきました。

ところが、今回のように人権条約機関の現職の委員長に対してこんなことが起きるとはあまり例を見ません。私も大変驚きました。

このような場合、政府、外務省としては、署名を粛々と受け取っている場合なのでしょうか。

人権条約に対する誤解があるのであれば、その場で、または別途、きちんと誤解を解くべきです。そして、締約国である以上、人権条約の機構はこういうものである、ということについて国民の理解をきちんと得る努力をし、人権条約機関で公正中立の立場から活動している専門家を守る責務があります。

日本は現在、「女性が輝く社会」を標榜していますが、国際社会の最前線で男女平等のために活躍する女性が攻撃されてもだれも助けない社会であれば、推して知るべしということになるでしょう。

日本政府は、来週、WAWと称して、

世界の様々な地域,国際機関から女性の分野で活躍するトップ・リーダーが参加し,日本及び世界における女性のエンパワーメント,女性の活躍促進のための取組について議論を行います。

との予定です。

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(過去の会議の様子)

この取り組み自体は前向きなものですが、国際機関から女性の分野で活躍するトップ・リーダーがこの事態を知ったらどう思われるでしょうか。

表面だけそのようなポーズをとるのでなく、実際に女性たちを守ってほしいですし、意味のあることをしてほしいですね。

いろいろ大変なことと思いますが、ぜひよろしくお願いいたします。

■ 実は私たちに身近。女性差別撤廃条約や勧告の理解が進むといい。

皇室典範や慰安婦問題ばかりが注目を集めた3月の委員会勧告ですが、とてもいい勧告がたくさん出ています。メディアも一部の勧告しか取り上げないので、私もとても残念に思っています。

日本政府も3月の勧告を仮訳して公表していますので、ぜひ参照していただけると嬉しいです。

みなさんの日頃不便に思っている問題、例えばセクハラとか、マタハラや女性×働くの課題についてもいろんな有益な勧告が出ています。

http://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/CO7-8_j.pdf

そもそも、1986年に女性差別撤廃条約を批准するための国内法整備として、男女雇用機会均等法が1985年に制定されました。男子も学校で家庭科を習うようになりました。

日本がこの条約に参加しなければ、いまだに四年制大学に女性の求人はなく、女性が今のように社会に進出する時代もこなかったでしょうし、夫に家事分担を求めるカルチャーもなかったと思います。

その意味、多くの女性、そして男性も、この条約の恩恵をすごく受けている、ということができます。時に厳しいことを言われて、おしりをたたかれて、国もようやく腰をあげる、という役割を人権条約機関は果たしていますので、ぜひ愛をもって見守ってほしいですね。

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そして、国際的なスタンダードから見れば日本の女性の地位をよくするためには、こんなこともしたほうがいい、という声はとても参考になりますので、勧告をどう実現できるか、という建設的な話し合いができるといいですね。

スウェーデンやノルウェーみたいに、またはフランスみたいに、女性が社会の第一線で活躍している社会へのあこがれ、自由にさっそうと生きる女性たちへのあこがれを持っている方も多いと思いますが、それに日本を近づけるためには日本の足元で、いろんな制度改革を地道に進めないといけないわけで、そのためにはこうした勧告などに謙虚に学ぶことは役に立つと思うのです。

※ ちなみに一部保守的なネット界隈等で私が林弁護士の後任? などという噂が出ていますが、絶対にありえませんし、大きな迷惑ですので、この点くれぐれもよろしくお願いいたします。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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