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AV出演強要問題はいまどうなっているか。政治が果たすべき役割とは。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1 社会問題化したAV強要問題

「モデルにならない?」などとスカウトされて、プロダクションと契約を締結し、入った仕事がAV出演だった、そして、仕事を拒絶すると違約金が発生するなどとして、出演を強要される。。。

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このようなAV出演強要被害についてヒューマンライツ・ナウが調査報告書を公表したのは昨年3月、その後、この問題は大きな社会問題として認識されることとなりました。

勇気をもって被害を告発する被害者の方々が現れ、被害を訴えたからです。

昨年は、AVプロダクション関係者が労働者派遣法違反で逮捕され、略式罰金となるなど、司法も動き出しました。

2017年1月、国政政党で初めて、公明党が、この問題でPTを結成、今後、被害の防止や被害者支援策などをまとめ、政府に提出する方針といいます。

AV出演強要問題については国会でも議論が進みそうです。

こうした歓迎すべき動きがあるなか、それを本当の被害救済、被害を出さないということにつなげていけるかが問われています。

そこで、これまでに何が前進してきて、何が残されているのか、何が課題なのか、をまとめてみたいと思います。

2 省庁や警察などの対応

AV出演強要が社会問題化したことを受け、昨年は、省庁、警察においてさまざまな取り組みが進みました。主な前進は以下のようなものです。

■ 閣議決定

2016年6月、内閣府はAV出演強要問題に山本太郎議員の質問主意書に対する答弁書を閣議決定

答弁書は、女性に対して本人の意に反してアダルトビデオに出演を強要することは、「女性に対する暴力」(ちなみに、政府がいま進めている「第4次男女共同参画基本計画」は女性に対する暴力の防止と根絶に取り組むとしている)にあたると指摘。そのうえで、教育・啓発の推進や、被害者が相談しやすい体制づくりを通じて、効果的な支援の拡充を図っていくとしています。

2016年5月に開催した院内シンポジウム
2016年5月に開催した院内シンポジウム

■ 内閣府による調査の開始

これを受けて、内閣府では「女性に対する暴力に関する専門調査会」がAV出演強要問題に関する調査を開始、各省庁や民間団体を呼んだヒアリングにより実態究明と今後の方策について検討を進めているとしています。実際、毎月のようにヒアリングを開催、3月までに専門調査会としてのとりまとめがなされるようです。

■ 警察による取り組み

警察庁生活安全局保安課長は2016年6月、  「アダルトビデオへの強制的な出演等に係る相談等への適切な対応等について(通達)」を全国の警察に対して出し、取締りの推進、定期報告等を進めていくことを決定しました。

2016年11月に警察庁が公表した資料によれば、2014年以降既に22件の相談が寄せられ、対応を進めていることが報告されています。

この資料では検挙事例として以下の2つの事例があげられています。  

1 芸能プロダクションに所属していた女性をアダルトビデオ制作会社に派遣したとして、同プロダクションの元社長等3人を労働者派遣法違反(有害業務派遣)で検挙(平成28年6月警視庁)

2 芸能プロダクションに所属していた女性をアダルトビデオ制作会社に派遣したとして、6社の社長ら12人を労働者派遣法違反(有害業務派遣)で検挙(平成28年10月警視庁)

■ 国民生活センターの注意喚起

国民生活センターは「タレント・モデル契約のトラブルに注意してください!-10代・20代の女性を中心にトラブル発生中-」を発表、「一人で悩まずに、消費生活センターや警察に相談しましょう」と訴えています。

3 現実の被害救済は進んでいるのか。

このように、各省庁は対策に動き出しています。大変熱心で、ありがたいと思っています。

それでは、現行法のもと、今と同様の対策を進めればよいのか、というと、被害者の視点にたつとまだまだ解決されるべき問題のほうが多いのが現状です。  

■ 被害者がとれる手段は今も限られている。

司法の分野で、昨年、一昨年に現実になされた判断としては、

・違約金請求訴訟で、AV出演を断ったことを理由に違約金請求が認められないとする判決が出たこと

・プロダクションが労働者派遣法違反で書類送検され、有罪となったこと

があります。

そこで、被害者の方がとれる手段としては、

・違約金で脅されたとしても、嫌な撮影は断ることができる。

・後で、訴えたいと思ったら、労働者派遣法違反で告発することができる。

ということはいえるものの、なかなかそれ以上は難しいのが現状です。

労働者派遣法違反は書類送検・罰金どまり。すぐに出てきて、社名変更して、同じ仕事をすることができてしまいます。

■ 強要・強姦で立件されない理由

被害者のなかには、強要に追い込んだ加害者をもっと厳罰に処したい、という強い気持ちの方もいます。

しかし、強要罪や強姦罪での立件は今のところ報告されていません。

AV強要被害について、強要罪や強姦罪でなかなか立件されないのはなぜか、大きな障害があるからです。

第一に、告発した被害者側がプライバシーを暴かれることを恐れるためです。多く被害女性たちにとって一番心配なのは自分の名前が表に出ないこと。刑事公判などになると女性の名前を完全に秘匿することが難しくなり、女性は躊躇してしまうのです。

第二に、多くの場合、強要を裏付ける物的証拠がないということです。

プロダクションからの違約金の脅し、出演契約締結の強要などは、多くは、口頭で、かつ、プロダクションの事務所など密室で行われます。

・出演を断りに行ったところ、その場でレイプされて出演強要された

・撮影現場に知らずに行ったところ、AVの撮影であり、恫喝と説得により強要された

報道されているこのようなひどい強要のプロセスの多くは密室で行われ、記録もとられていないため、強要の物的証拠は残されません。

そして、証言を確認するとしても、被害者側に立つ人間は被害者一人、残りのすべての人は業界側ですので、被害者に有利な証言等を得るのは極めて困難です。そして、制作会社・メーカーと被害女性の言い分が対立し、水掛け論となってしまいます。

この密室でのAV強要のプロセスは、密室での自白強要と極めて似ており、取り調べ同様、全過程録画で可視化すべきだ!と言いたいところです。

さらに、強要した後で、書類のサインも強要され、「出演同意」にサインしていることも多く、撮影内容は商業ベースの商品となっていくので、なかなか、強要、強姦で立件しにくいお膳立てができてしまっています。

こうした状況のもと、これまで強要、強姦等で立件された例が報告されていないのです。

■ 調査も謝罪もしないAV業界関係者

しかしそれでもこの間、実名で出ているだけでも、星野明日香さん、香西咲さん、くるみんアロマさんが、AV出演強要被害を訴えました。

ヒューマンライツ・ナウのイベントで、強要被害を訴えるくるみんアロマさん。
ヒューマンライツ・ナウのイベントで、強要被害を訴えるくるみんアロマさん。

しかし、こうした事例を受けて、AV業界関係者の間で強要の実態調査が進んでいるという話はあまり聞きませんし、星野さん、香西さん、くるみんさんに対する公的な謝罪や賠償があったという話も一切聞きません。

少なくとも、実名で告発が出ている案件については、きちんと業界内で関係者を呼び出し、調査すべきではないでしょうか。

私たちは第三者機関による公正な調査を業界に申し入れましたが、そのような調査機関が設置されたという話は聞こえてきません。

週刊文春で告発された、星野さん、香西さんを強要被害に陥れた中心人物とその会社についていえば、業界から取引停止となっているかといえば、そのようなことも一切なく、今も会社名を変えて活躍をつづけ、利益を出しているという話を聞いています。業界ではそうしたことが容認されているわけです。

■ 「強要」を認めないメーカー、プロダクション・・配信停止をめぐって

こうしたなか、多くのメーカーが、「強要などあってはならない」などと抽象的にいうものの、実際に強要の存在を認めていないのではいかと思われます。

私のもとには今も、「強要されました。販売を止めてほしい。動画を削除・配信停止してほしい」という被害者が相談に来られます。

しかし、被害者の聞き取りをもとに強要の事実を主張したうえで、削除を求めても、  

そちらの主張に沿う事実は認められません。強要はありませんでした。

とメーカーが開き直る事例がほとんどです。 

昨年6月に労働者派遣法で逮捕されたプロダクション所属のケースですら、

プロダクションが逮捕された事例は労働者派遣法違反であり、強要で刑事事件化したものではありません

という姿勢を貫いています。

それでも、少なからぬ業者は、「強要はなかったが、当社営業上の理由により削除します」、「お気持ちを尊重して動画削除します」などと回答し、配信停止しています。ところが、某大手メーカーは、削除すらしません。

某大手メーカーは、ある被害者からの削除要請に対し、被害者証言を詳細に主張したにも関わらず一顧だにせず、

私たちは強要は一切許されないと考えています。したがって強要を示す物的な証拠を示していただければ、直ちに削除します。

と回答しています。つまり物的な証拠がない限り削除はしない、ということです。

先ほど書いた通り、強要は密室で行われ、多くの女性は周囲に取り囲まれ、強要の証拠を残すこともできない、という被害の実情を全く考慮に入れない対応というほかありません。

この大手メーカーは、2014年ころから同様のことを言って削除要請に全く応じてきませんでした。

結局、最大手のメーカーの姿勢は、全く変化していないと言わざるを得ません。

昨年6月にプロダクションが逮捕された際、業界団体のIPPAは、

この度AVプロダクションの関係者逮捕について皆様にご心配をおかけしておりますこと、大変申し訳なく思っております。メーカー側は法的には問題ないとされておりますが、業界としてはこの事態を重く受け止めております。

声明を出しましたが、いまやそのような殊勝な受け止め方は、メーカーと交渉するなかでほとんど垣間見られません。

■ 派遣法違反を回避する適正化もなされていない。

では、逮捕された派遣法違反に関してはどうでしょうか。この点でも適正化への動きは表立っては見えてきません。

逮捕事案後も、プロダクションが女優をAV制作現場に派遣するという行為は、平常運転のように継続されています。そのなかには、「雇用類似」とみなされる契約も少なくないと想定されます。

逮捕事例が出た以上、どこまでが有害業務でどこからが有害業務でないのか、検討・確定させたうえで、有害でない業務について労働者派遣事業として厚生労働省の許可を得て、監督に服する、というのが筋のはずですが、AVプロダクションが派遣事業として許可を得た、という話は一切聞きません。

4 AV業界の改革の動きはどうなっているのか。

昨年6月のプロダクション逮捕の後に、業界団体IPPAが出した声明では、ヒューマンライツ・ナウから概略以下の要望を受け取り、その方向で改革をしていくことを決議、実行することにした、と述べています。

1) プロダクションや制作会社との間でコードオブコンダクトを締結し、強要しない、違約金請求しない、同意のない作品には出させない、人権侵害を行わない、適正な報酬を支払う、等の項目を具体化し、それを承諾したプロダクション・制作会社としか取引しないようにする。

2) 出演契約にあたっては、女優の頭越しに契約するのでなく、女優が参加したうえで契約を締結する。その際、プロダクションの監視により女優が自由に意思決定できない事態を防ぐため、マネジャーが同席しない場での真摯な同意があるか意思確認するプロセスを踏む。

3) 女優が出演拒絶した場合、違約金を請求せず、メーカーが損失を負担する。違約金に関しては保険制度等を活用する。

4) 1)が守られていない等の苦情申し立てに対応する機関を設置し、1)が守られていない疑いが強いものについては、販売差し止めを含む救済策を講じる。

5) 女優の人格権保護のため、プライベート映像の流出・転売等を防止し、流通期間に制限を設け、意に反する二次使用、三次使用ができない体制をつくる。

これを受けて、ヒューマンライツ・ナウでは、8月に、上記柱をさらに具体化した要望書を提出しました。

しかし、IPPAの声明から6か月がたつのに、いまだに何らの改革方針も発表されていないのが現状です。

業界団体が自主的に改善を進めることを私たちとしても期待していましたが、今はなかなか希望は持ちにくいのが率直なところです。

このまま、嵐が過ぎ去れば、刑事事件の立件もひと段落すれば、また元通りにやっていけばいい、そのような姿勢なのでしょうか。

のど元過ぎれば熱さを忘れる、そんなことにならないでしょうか。

5 「違約金」以外の性搾取、不平等契約

最近、「違約金」をたてにした強要以外に多く見られるのは、女性の夢を利用して「AVは有名になるための手段」などと繰り返し洗脳して騙していくパターンです。「業界の大物とコネがある」「出演したら著名なだれだれさんにあわせる」などと巧みに女性をだまし、その約束を一つも履行しないで逃げるというのです。

星野明日香さんとくるみんアロマさん。二人が出演強要されるまでの業者の手口は酷似。
星野明日香さんとくるみんアロマさん。二人が出演強要されるまでの業者の手口は酷似。

AV出演強要被害をカミングアウトしたユーチューバー、くるみんアロマさんの訴えがその典型ですが、音楽デビューを信じさせ、夢を実現させるためだと騙して、AV出演をさせるやり方です。同じようなストーリーを私もそれこそ何人からも聞かされてきました。

同じだましの手口がそれこそ至る所で使われ、赤子の手をひねるように若い女性をだまして地獄のような苦しみに突き落としてきた関係者の悪質な手口をきくにつけ、きちんと規制の網をかける必要性が高いと感じています。

確かに、力づくの行為はないかもしれない。しかし、だからといって騙して性搾取することが野放しでは、被害者は後を絶たないはずです。

そして、どこでも横行しているのが、契約書も渡さず、どんな撮影も拒絶できないという無権利状態です。

ひとたびAV出演を承諾させられてしまえば、どんな現場でも言われるがままに派遣され、台本は直前まで渡されず、どんないやな行為でも拒絶できない、という被害の訴えが相次いでいます。

最近では、瀧本梨絵さんという方が、当日の撮影で突然監督との性行為を強要されたと訴えられました。

若くて交渉力の弱い立場の女性が、大勢の大人に取り囲まれてNOと言えない圧倒的弱い立場に置かれる、そうした状況に陥りやすいことに着目して、規制することが必要です。

6 人権侵害をなくすための法規制を

こうしたなか、やはり、現行法だけでは、なかなか被害救済は進みません。

AV出演に関してはまず、少なくとも真意を告げない勧誘や意に反する契約締結、出演の強要、違約金を課すことを明確に禁止し、処罰対象とする必要があります。

プロダクション、メーカーや撮影現場の関係者だけでなく、悪質なスカウトも処罰されるような法規制とすべきです。

被害者がすぐに相談ができる公的な相談支援体制や、問題のあるケースについて作品を迅速に回収できる被害救済の仕組みもつくられるべきです。

AV出演強要は消費者被害ではありませんが、若い人が交渉能力がないまま被害にあいやすいという点で消費者被害と類似しています。せめて消費者被害者並みの保護と救済が実現するようにし、監督官庁が是正勧告や企業名公表、業者名を変えて悪質な行為を繰り返す個人に対する制裁などの法規制(消費者契約法、特定商取引法、消費者安全法等)がAV出演強要被害にも導入されるべきでしょう。

ところで、消費者被害といえば、今年に入り

内閣府消費者委員会は(1月)10日、若者を消費者トラブルから守る対応策を盛り込んだ報告書をまとめた。高校生のほか大学生も念頭に18~22歳を「若年成人」と位置づけ、知識や経験の乏しさにつけこんだ契約を取り消せる規定を消費者契約法に設けるなど一定の保護を求めた。

報道されています。 

成人年齢を18歳に引き下げることにより消費者被害の拡大をなくすために、22歳くらいまでの若年成人のした契約の取り消しを認める法制の提案ですが、AV出演強要についても同様の取消権が認められるとよいと思います(ただ、被害者のお話しを聞いていると、23~24歳くらいに引き上げてほしいと思いますが。)

こうした制度ができ、それが周知徹底されれば、意に反して強要されることを防ぎ、撮影されてしまった動画を発売させないこともはるかに容易になるでしょう。意に反するAV出演の動画が出回っていることを苦にして自殺した女性も複数いるといいます。こうした傷ましい事件を繰り返さないために、是非、検討してほしいと思います。

7 被害救済、教育、情報提供のための予算と仕組み

国会で議論される今年度予算では、AV出演強要問題に関する「調査」の費用が提案されています。

予算について計上されることは素晴らしいことですが、できれば、相談体制、被害救済窓口、教育・情報提供などにも予算が使われるとよいと思います。

■ 相談体制・シェルター

現在、AV出演強要については、都内の2つの民間団体に相談が集中・殺到している状況にあります。 しかし、被害は全国的であり、もっと公的な相談機関が対応できるようにしてほしいと思います。 消費相談センターでも本格的に相談を受け付けるようにしていただきたいと思いますし、

各自治体の女性センターや、DV支援をしている「配偶者暴力相談支援センター」でも、 日常的に相談を受け付け対応ができるように体制を確立していただきたいと思います。

私もしばしば「明日撮影があっても、嫌だったらラインでいいから『出演しません』と断って逃げて」と呼びかけていますが、

実際には、上京してきてほかに身寄りがない、住居はプロダクションにばれてしまっている、逃げる場所もない、実家に逃げて両親に知らせたらどうしよう、と追い詰められて、

断った瞬間のプロダクションのリアクションが怖すぎる。。

もう死にます。

という連絡がくることがあります。

そんな時、民間の支援団体は深夜でも駆けつけて、対応してくださっていますが、このような緊急対応も含めて、もっと公的な機関が関与してほしいと思います。

そしてそんな時に公的なシェルターにすぐに避難して安心できるようにしてほしい、そのための仕組みがきちんと確立することを願わずにいられません。

■ 情報提供と教育

被害防止のために、若い人たちへの教育・情報提供も国として責任をもってほしいと思います。

スカウトが頻発する渋谷など、繁華街で毎日、「AV出演は断れます」というような公共広告を流すなど、若い人に届く教育が必要ではないかと思います。国には、教育、啓発のための予算もきちんと確保してほしいと思います。

これからの各党、内閣府、そして国会の動きに注目し、後押ししていきましょう。

※ お知らせとお願い

●被害救済の仕組みをつくるため、オンライン署名を継続中です!是非ご協力ください。

change.org

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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