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まもなく統一地方選挙投票日。政策の中身を吟味しよう ― 子ども医療費無料化を事例として

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

4月17日(金)の朝日新聞の一面に「中学生も医療費助成、自治体の65% 10年で103倍」という記事が出た。

医療費助成とは、子育て世帯の負担を軽減するために、子どもが病院にかかった際の治療費の自己負担分(義務教育未就学児童は2割、それ以上の子どもは3割負担。残りは健康保険が負担)を自治体の税金で賄うというもの(以下、子ども医療費無料化)だ。

記事によると、助成対象を小学校就学前までとしていた自治体は、2004年には全3123自治体の96%(2988自治体)だったのが、2014年には38%(全1742自治体中657自治体)、中学校卒業までもしくはそれ以上の自治体は、2004年の0.4%(11自治体)から2014年は40%(696自治体)となっており、この10年間で助成対象の年齢が全国的に大きく引き上げられていることがわかる。

この子ども医療費無料化は構想日本が実施している事業仕分けでも、多くの自治体で議論している。

表は子ども医療費無料化の議論で使用した「事業シート」(自治体の実施する事業の情報をA4、2枚程度にまとめたもの)の情報を整理したものだ。

事業仕分けで子ども医療費助成が対象となった自治体の比較(筆者作成)
事業仕分けで子ども医療費助成が対象となった自治体の比較(筆者作成)

自治体の規模(医療費無料化の対象者数)によって事業費の金額は異なるが、対象者1人あたりで見るとどの自治体でも概ね3万円前後でとなっている。記事にあるような医療費無料化の対象者の拡大が今後も続き、仮にすべての自治体で中学校卒業まで無料化になったとすると、約1700万人の子どもが対象となり、自治体の事業費の合計は5000億円を超える。

この金額が多いと見るか少ないと見るかは人によって議論が分かれるところだろうが、大事なのは、この事業が本当に効果があるかどうかだ。

各自治体の子ども医療費無料化の「事業シート」には、目的として次の2つが書かれていることが多い。

1.子育て世帯の経済的負担を軽減する。

2.安心して医療を受けられるようにして子どもの健康に資する。

1.の目的において仕分けの議論になるポイントは、所得制限の有無だ。

当然ながら世帯によって収入のばらつきがあるため、子ども1人あたり約3万円の助成の効果は、世帯によって異なる。したがって助成対象を効果の高い低所得世帯に限定するべきという意見がある。多くの人にとって納得できる議論ではないだろうか(ちなみに、医療費に関しては生活保護世帯では無料)。また、経済的負担の軽減の観点では、児童手当、出産費用助成など子ども医療費無料化以外にもメニューがあるため、俯瞰して考えていくことが重要ではないか。

次に2.の目的と合わせて考えてみる。子ども医療費の無料化が子育て世帯の経済的負担の軽減だけでなく、子どもの健康もあわせて達成できればこの取組みは効果的だと言えるが、果たしてそうなっているのだろうか。

経済的負担の軽減と同様、子どもの健康対策も様々な形で行われている。小児がんなどの慢性的な疾患は医療費が高額になるため特別な助成(小児慢性特定疾患医療費助成)があるし、それ以外にも高額な医療費がかかった場合には年齢を問わず健康保険組合からの助成を受けられる制度(高額療養費制度)もある。難病などの高度な医療を要する病気には別途制度が整えられているのだ。

子ども医療費無料化はそれ以外の部分、すなわち日常的な疾病(風邪など)や怪我などを対象にしていると言える。

では、日常的な疾病や怪我などの医療費が無料になると何が起こるだろうか。

0~14歳の一人あたり医療費の推移(単位:万円)
0~14歳の一人あたり医療費の推移(単位:万円)

図は、0~14歳の一人あたり医療費の推移だ。常に拡大傾向にあるが2004年度以降は傾きを増している。これは記事にあった子ども医療費無料化の対象が、小学校就学前から中学校卒業までなどに拡大していった時期と重なっている。

子ども医療費無料化によって病院に行きやすくなり、重症化する前に病気を早期発見できるというメリットを考える人がいるかもしれないし、そういうケースもあるだろう。ただし、重症化を未然に発見できるケースが多ければ当然高額な医療費分は減る。しかし、図を見る限りでは、それ以上に医療費の増加が目立つ。つまり、子ども医療費無料化による影響は、重症化の抑制以上に軽微な受診が増えているということだろう。

医療供給の観点から見ても、ずいぶん前から小児科医の不足が指摘されているがあまり改善されていない。診療点数が低いために給料が安い、子どもの病気は感染性が多いため敬遠されがちなどの原因もあるが、医療費無料化拡大の流れによって患者数が増えたことによる負担の増加も指摘されている。小児科医の数が変わらない中で軽微な受診が増えれば本当に治療が必要な人が受診できなくなるおそれが生じる。つまり、子どもの健康に資するという目的に対して逆効果になってしまう可能性があるのだ。

以上のように、子ども医療費無料化は、その目的である1.子育て世帯の経済的負担の軽減としては中途半端で、2.子どもがより健康になるかどうかはわからない。必ずしも効果の高い政策とは言えないのだと思う。

「子ども医療費の無料化を拡大します」と言えば聞こえが良いし、子育て世帯のためになっているように感じさせる。そのため多くの政治家が主張し、選挙があるたびに対象者が拡大され続けてきた。隣の町が対象を拡大すると「うちの町も合わせよう」と理屈や効果をあまり考えずに「対象拡大レース」が展開されてしまう(ふるさと納税にも似たことが言えるが)。

この無料化拡大がすべて悪いとは思わない。ただし、この事業が目的達成のための手段として、また他の施策も勘案したうえで本当に効果があるのかをしっかりと見極める必要がある。確かなことは、「選挙のためだけ」の材料にしてはいけないということだ。

明日26日は統一地方選の投票日。候補者の中に子ども医療費の無料化拡充を訴えている候補者は多くいるだろう。まずはその候補者の演説やホームページでどこまで考えたうえで主張しているのか考えたいものだ。それらの情報でわからないことがあれば候補者の事務所に聞いてみても良いのではないか。

選挙最終日は、政策の話よりは「○○です。最終最後のお願いです。○○区の未来のために私を働かせてください。必ず変えてみせます」といった感じで情に訴える候補者が経験上ほとんどだと思う。

個人的には、そのような中に「子どもや子育て世帯の支援を効果的に充実させたい。その時には全国で拡大され続けている子ども医療費の無料化の拡大が本当に効果があるのか、他の取組みとも比較しながら考えていきたい。全体最適を考えて政策決定するのが議員の役割です。」という候補者がいたら投票したくなる。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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