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「金融緩和」は正しいのか?

岩崎博充経済ジャーナリスト

OECDが警告する世界経済の「縮小リスク」

OECD(経済協力開発機構)が27日に発表した経済報告は、依然として世界経済が厳しい状況におかれていることを改めて示すものとなった。OECD加盟国34カ国の経済成長率は、2012年が従来予想1.6%から1.4%へ、2013年も2.2%から同じく1.4%に下方修正した。

5年に及ぶ経済危機の中で、世界経済は再び弱体化しており、米国の「財政の崖」が回避されなければ世界経済全体がリセッション(景気後退)に陥る可能性があり、さらに欧州債務危機は依然として世界経済最大の脅威であると指摘している。さらに、日本、欧州、中国に対してはさらなる金融緩和が必要だと指摘している。2007年に米国のサブプライムローン問題が発覚してから約5年を経過したわけだが、世界経済は再び弱体化しつつあるわけだ。

リーダー不在と言われる「Gゼロ」の現在、かつての活力を失った米国は「QE3(第3次量的緩和)」と呼ばれる無制限の金融緩和を続け、欧州もECB(欧州中央銀行)が事実上無制限の金融緩和を実施している。にもかかわらず、世界経済全体が弱体化しているところに大きな問題がある。各国の中央銀行がとり続けている金融緩和政策に問題はないのか。1930年代の大恐慌時も、ルーズベルト米大統領が実施した金融政策の大半は、その効果がなかったと言われる。世界経済は、再び間違いを犯しているのではないか。そんな疑問があるわけだ。

鍵握るバーナンキFRB議長の米国経済への処方箋

周知のように、2008年のリーマン・ショック以後、バーナンキFRB議長は、まさに非伝統的な金融政策を次々に打ち出して、自ら震源地となった経済危機の沈静化に対応した。その方法は、「選挙で選ばれたわけではないFRB議長が、数千億ドルといった莫大なマネーを動かして良いのか」とっ言った批判にもつながった。

リーマン・ブラザーズ倒産後、わずか1週間でメリルリンチをバンク・オブ・アメリカに買収させ、AIG存続のためには850億ドルを投入して事実上の国有化を果たした。さらに、「MMF(マネー・マーケット・ファンド)」にも元本保証プログラムを創設して事実上の政府保証を与え、もともとFRBの保護対象外であった投資銀行のゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーを銀行持ち株会社に転換させて、FRBの配下においた。加えて、財務省の救済プログラムのために7000億ドルを拠出している。

「大恐慌」の専門家であったバーナンキ議長だからこそできた金融政策だったのかもしれないが、その後のQE2、QE3も含めて、バーナンキ議長は常に強気の姿勢で、非伝統的な金融緩和政策を貫いてきた。その結果として、米国経済はやや持ち直しつつある。「財政の崖」というリスクに対する懸念はあるものの、確かに光は見えつつある。

しかし、まだ結論が出ているわけではない。バーナンキ議長は常々「必要なことは何でもやる」と繰り返し発言してきた。そんなバーナンキでさえ、FRB内の官僚体質などに阻まれて明確なインフレ・ターゲットは設定できていない。もともと、インフレ・ターゲットは「行過ぎたインフレを抑えるための政策」という意味もあるかもしれないが、少なくとも米国自体はかろうじてデフレに陥っていない。

世界的に著名な大恐慌とインフレ・ターゲットを専門とする学者だったバーナンキが、たまたまFRB議長だったために世界は救われたわけだが、そんな彼も「手本になるのは1930年代の大恐慌と最近の日本だけだ」と述べている。このあたりのバーナンキ議長の判断が正しかったのか、どうかは「バーナンキは正しかったか?FRBの真相(デイビッド・ウェッセル著、藤井清美訳、若田部昌澄解説、朝日新聞出版刊)」に詳しい。

いま改めて読んでみると、印象深いのは。バーナンキが「30年代の大恐慌では、政策の多くが意図した成果を得られなかったものの、実行する必要のあることを実行する勇気を見せたこととが重要であった」とルーズベルト大統領の政策を高く評価していることだ。中央銀行として、経済危機に対して処方箋があり、その処方箋を実行する姿勢を見せることが重要だと言うことだ。

日本の円高は253兆円の対外純資産のせい?

そのバーナンキが2000年当時、日本銀行に対して「ルーズベルト大統領が見せたような勇気を見せることは大事である」と提言して、日本銀行に非伝統的な金融緩和の実施を提案している。実際に、日本銀行はその後様々な非伝統的金融緩和政策を実施してきた。

それでも、日本経済がデフレから脱却できないのはなぜか。最大の原因は円高だが、その背景には253兆円(2011年、財務省)と言われる対外純資産の存在がある。その多くは、世界中の国債や株式などに投資されている有価証券類だが、世界経済に何かが起これば、日本に資金を戻そうとするマネーと言える。

日本が海外に持つ資産=対外資産の総額は約582兆円、そのうち海外企業への経営参加などを目指した直接投資が約75兆円、証券投資約262兆円、金融派生商品約4兆円、その他投資約140兆円、外貨準備約101兆円(ちなみに、対外債務の総額は約329兆円)となっている。資産運用として海外に投資されているマネーがほとんどと言う状況だ。そのために、OECDが心配するような世界経済に「縮小」のリスクが起きて金融不安などが再燃すれば、日本の資産は再び日本に回帰し、円に戻す段階で円が買われて円高に戻ってしまう。日本の円高は、金融政策だけでどうこうできるわけではないということだ。

バーナンキ議長は、確かに莫大な資金を使って銀行を守り、「必要なことは必ず実行する意思を見せた」ことで世界経済を第2の恐慌から救った。しかし、今後さらに大きな危機が来るかもしれない。そのときにも「必要なことは何でもやる」と言い続けられるのか。ただ、米国と日本の違いは、米国は金融政策と共に様々な経済の成長戦略を同時進行でやっていることだ。日本の場合は、金融政策に頼りすぎていて、結局は経済の成長戦略が明確になっていない。電力の送配電分離、TPPへの参加など、どれも既得権益者の妨害でなかなか一歩が歩み出せないでいる。

今回の選挙は、現在の閉塞感あふれた日本経済から脱却して、成長戦略に乗れるのか、それともハイパーインフレまで含めた未来を覚悟すべきなのか。あるいは時計の針をまた元に戻すのか。日本の未来を決める大切な選挙と言える。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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