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目指すは「音楽ラジオのNetflix」。英ラジオ局BBC Radio1の新戦略とは

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
BBC Radio 1

「音楽ラジオのNetflix」という、今までとは全く違ったコンセプトを打ち出したラジオ局があります。それはイギリスで若者をターゲットにしている、老舗のラジオ局、BBC Radio 1です。

従来の生放送が中心の番組構成で運営してきたラジオ局が、オンデマンド中心のNetflixモデルにシフトするとは一体どんな意味があるのでしょうか?

BBC Radio 1と1Xtraでコントローラーを務めるベン・クーパー(Ben Cooper)はガーディアンの取材で、BBC Radio 1が目指すNetflixモデルの新戦略について語っています。クーパーは、Netflixのようなオンデマンド視聴が可能なコンテンツをラジオに導入し、スマホ特化型のラジオ番組をすでに25時間分制作依頼したことを明らかにしています。

クーパーの語る「スマホ特化型ラジオ番組」戦略では、リスナーはスマホでラジオ番組をストリーミング再生もダウンロード視聴も可能になります。これによって、通勤時間や職場でもBBCを環境に制限なく視聴出来るメリットを生まれる見込みです。

ラジオの生放送と音楽キュレーションの流れを保ちつつ、外出先のリスナーが聴き逃ししないためのオンデマンド配信を組み合わせた構成。それも曲単位ではなく、番組を流すやり方は、60分コンテンツをシリーズで流すNetflixのモデルに近いイメージです。

BBC Radio 1が目指すNetflixモデルのラジオ運営戦略は、今秋から導入予定。来年は25時間以上の番組をオンデマンドで視聴可能にする予定だそうです。オンデマンド視聴可能な番組は、Radio 1の週間人気トラックトップ10、毎週金曜日にリリースされる全ての新曲を含む「New Music Friday」、Radio 1のスペシャリストDJたちのトップ10などで構成される予定です。

「この戦略を打ち出した背景には、Netflixがテレビ業界に与えた影響があります。Netflixはエリザベス女王2世がテーマのドラマ『ザ・クラウン』制作に一話あたり約3000万ドル(約30億円)を投資したと言われています(注)。『ハウス・オブ・カード』は1エピソードが600万ドル(約6億円)。もし視聴者が1時間のテレビ番組を選ぶなら、中身が最高で、スターが揃って、巨額の制作資金がある番組を選ぶはずです。オーディオの世界でも同じ流れが来ていると感じます」

(注:正確には10エピソードで1億5600ドル。1エピソードあたり推定約1500万ドル)

クーパーの言う「音楽ラジオのNetflix」化には、別の音楽サービスの存在を無視することはできません。それは音楽ストリーミングサービス「Apple Music」と「Spotify」です。アップルは元Radio 1で人気DJだったゼイン・ロウ(Zane Lowe)を引き抜き、Beats 1ラジオのメインDJにアサインしただけでなく、彼の番組プロデューサーを含む制作スタッフもアップルへと移動していった過去があります。

関連記事:アップル、英BBCからラジオ番組プロデューサー4人を引き抜きか?ゼイン・ロウの同僚が対象、新音楽サービスの担当に(All Digital Music)

また昨年末にはRadio 1と1Xtraの音楽部門責任者だったGeorge Ergatoudisが同職を離れ、Spotify UK初のコンテンツプログラミング責任者に就任することが発表されました。

二社の動向を見ると、コンテンツ制作の強化にラジオ制作のノウハウを持った人材を置く傾向が強まっていることは一目瞭然です。今後は、オリジナルコンテンツや音楽キュレーションが大きな価値提供における差別化のカギになると予想される音楽ストリーミングサービス。ますます従来のラジオ局はコンテンツ制作の戦略転換を迎えると考えられます。

「Spotifyやアップルは私たちが担ってきた新しい音楽発見の場所を狙っています。私たちは市場の一歩先を行く必要があります。ラジオ局として私たちはスマホを優先的に考える必要があります。メディアのグローバリゼーション、そしてコンテンツに費やせる時間を考えると、それが次にオーディオの世界に来るからです」

Radio 1などラジオ局がこれまで行ってきた「ミュージック・ディスカバリー」(音楽発掘)で、リスナーに新曲や新人アーティストを紹介する役割を、今ではBeats 1やSpotifyなど音楽ストリーミングサービスが奪い始めた今、ラジオ局がリスナーに提供できる価値が問われます。

Radio 1は伝統的に18-34歳の若者層をターゲットにしたラジオ局で、毎週放送されるイギリスの公式チャート番組など、ポップやロックの人気トラックや新人アーティストを取り上げてくる音楽キュレーションの力があります。

また「スペシャリスト」と呼ばれる専門ジャンルのDJたちを集め、アンダーグラウンドシーンで活躍するアーティストをいち早くフィーチャーするなど、従来のメディアと違ってシーンへの忠誠を示し音楽の活性化を促進する場所として機能しています。例えばRadio 1では1993年から続く、ダンスミュージックのミックス番組「Essential Mix」を毎週放送しつつも、DiploやBenji Bといった若手発掘に定評のあるDJや、アンダーグラウンドのDJたちにフォーカスした番組「Residency」などが存在しています。

さらに、新人タレントの楽曲をラジオで取り上げイギリス国内から新たな才能を輩出する役割を担い、新しい音楽をいち早くリスナーに届ける取り組みを積極的に行っています。

これらのラジオ番組の動きに加えて、BBCはデジタル配信プラットフォームの「BBC iPlayer」を展開。スマホ、タブレット、PC、スマートTVなどクロスプラットフォーム対応で、イギリス国内なら無料でBBCのラジオとテレビの番組が視聴できるこのサービスで、デジタル世代の視聴者に狙いを定めたBBCのメディア戦略。

筆者もBBCがネット配信を始めた当初からRadio 1を聴いてきたリスナーの一人で、ジョン・ピールやジャイルス・ピーターソンといったDJたちの番組で数多くの新しいアーティストを知るキッカケを貰った経験があるだけに、この新しい方向性がどんな影響をRadio 1に与え、他のラジオ局が受け入れるか、それとも拒絶するのか、注目しています。急変する音楽シーンの中で、ラジオがどう生き残るのか、BBCの方向転換の結果が今から気になってきました。

ソース

BBC Radio 1 aims to be ‘Netflix of music radio’ with phone-first strategy (The Guardian)

BBC Radio 1 head of music to join Spotify UK (The Guardian)

この記事はデジタル音楽ブログ「All Digital Music」で2016年9月23日に掲載された記事の転載です。

デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

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