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Spotify,大手レコード会社と契約更新で、「有料会員」向けに仕様を変更か

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
Spotify logo(写真:ロイター/アフロ)

世界最大の定額制音楽ストリーミングサービス「Spotify」(スポティファイ)は、新たな音楽配信に関する複雑なライセンス契約を更新すると、フィナンシャル・タイムズが報じています。Spotifyとユニバーサルミュージック、ソニーミュージック、ワーナーミュージックの世界3大大手レコード会社は、配信の契約に関して長年に渡って協議を重ねてきました。

伝えられる新たな契約内容では、これまでのサービス内容における最大の変化として、Spotifyの有料会員が人気アルバムの再生時間に一定期間の制限が掛かる仕様に変更されると言われています。大手レコード会社とSpotifyはすでに合意済みとのことで、Spotifyは、契約によってレコード会社に支払うロイヤリティ分配額をこれまでよりも低く抑えることができると、関係者の情報として伝えられています。今回提案された契約内容に基いて新契約は数週間以内に締結するだろうと関係者は述べています。

Spotifyが大手レーベルとの契約更新に踏み切った背景には、2017年に同社が目指しているIPO(新規株式公開)前に投資家たちに現在のビジネスモデルを成長に繋げられることを説得する目的が一つにあると見られています。特にユニバーサルミュージックとSpotifyとの間では、新しい契約についての議論が約2年ほど続いている状況でした。

また、ユニバーサルミュージック、ソニーミュージック、ワーナーミュージックの3社メジャーは、Spotifyに投資も行っています。そのため、SpotifyのIPOによって各社が利益を得られると考えられます。ちなみに、現在Spotifyの企業価値は85億ドル。

Spotifyは、音楽配信を世界各地で展開するビジネスのため、レーベルごとのライセンス契約が必要になります。その中でも、数多くのレーベルをグループ会社に抱え、世界的に人気のアーティストと契約を結ぶメジャー大手とのライセンス契約の更新は、Spotifyが楽曲を確保し、他社との差別化を図る意味でも重要なポイントです。

音楽業界の中では、「サブスクリプション」と呼ばれる有料配信がより多くの分配額を生み出すため、フリーサービスと有料サービスを提供するSpotifyはより有料会員を重要視するべきで、無料で聴けるフリーサービスに制限をかけるべきとする考え方があり、同じ批判はフリーで大量の音楽動画が見れるYouTubeにも向けられているため、YouTubeではその対策として、月額9.99ドルの有料サービス「YouTube Red」を2015年10月から本格展開しています。

Spotifyは2017年3月に有料会員は5000万人に達したことを発表、ライバルであるアップルのApple Music(有料会員数は2000万人と発表、現在はそれ以上とアップル幹部は発言)を大きく引き離して、定額制音楽ストリーミングサービスの成長速度が継続していることをアピールすると同時に、売上の分配や新人アーティストの発掘、プロモーションなど、音楽業界に対する継続した貢献度の高さを示してきました。

今回レポートされたSpotifyとメジャーレーベルとの契約が実現すれば、Spotifyがサービス開始から続けてきた、フリーユーザーと有料ユーザー問わず楽曲を聴けるプラットフォームというモデルが、有料会員のみしか聴けない作品の配信という「ウィンドウ戦略」を本格的に導入することによって、一変する可能性が浮上しています。

同じ音楽ストリーミングサービスでも、定額制の有料サービスのみ展開するApple MusicとTidalは、これまでそれぞれのサービスで一定期間先行試聴できる「独占配信」を売りにして、ビヨンセやカニエ・ウェスト、ドレイク、チャンス・ザ・ラッパー、フランク・オーシャンのアルバムを先行配信することにより、会員の獲得を目指す戦略を打ち出してきました。YouTubeもまた、有料サービスのYouTube Redでしか見れないオリジナル動画コンテンツを配信するなど、有料サービスとフリーサービスの差別化を図り、有料会員を増やそうとしています(Tidal、YouTube Redは日本からはアクセス不可)。

フランク・オーシャンが2016年に出した最新アルバム『Blonde』は現在はどのストリーミングサービスでも聴けますが、そのリリース前日に突然リリースしたビジュアルアルバム『Endless』は、いまだにApple Music限定公開になっています。

現在の音楽ストリーミングサービスのトレンドとなっている「ウィンドウ戦略」、「独占配信」とは一線を画して、「フリーミアム」モデルの確固たる信念を貫いてきたきたSpotifyは、フリーユーザーと有料ユーザーに対して、同じ音楽へのアクセスを提供してきました(利用できる機能は別として)。さらに、過去にはSpotify関係者が「独占配信」のモデルを批判する発言を行うほど、フリーユーザーの価値を重要と考えてきた経緯があります。Spotifyが今後フリーミアムを止めることは、現在では考えられません。しかし、有料ユーザーに対して、人気の音楽コンテンツの先行配信(例えばテイラー・スウィフト)を行うことは、有料会員数につながりビジネスの規模拡大の可能性が広がります。またアーティストにとってもSpotifyでの配信(キュレーション型プレイリストも含めて)は、ライブチケットや音楽チャートでのランクインにつながるメリットが生まれます(日本以外の音楽市場では、Spotifyでの再生が音楽チャートに換算される)。

最後は、独占配信をSpotifyのユーザーが望むかどうかの心配が考えられそうです。予想ですが、Spotifyとメジャーレーベルとの契約内容では、今後リリースされる作品が対象となり、すでにリリースされている作品は対象外になることに期待したいです。制限と考えるのではなく、「先に聴けて便利」というイメージがPRできれば、成功なのでしょうが、YouTubeに慣れた多くのユーザーは、聴けない環境が目の前に存在することに慣れていないため、仕様を変えればSpotifyが議論や非難の対象になる可能性も考えられます。

ソース

ft.comThe Verge

この記事は、デジタル音楽ブログ「All Digital Music」で2017年3月18日に掲載された記事の転載です。

デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

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