Yahoo!ニュース

ダボス会議で安倍首相が約束した「女性が輝く社会」を作るのに必要なこと ~今、聞くべき“彼女の声”とは

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
「私は一生懸命働きたいだけなんです」と語る、長迫忍さん

週末が間近になり、また雪が降りそうなほど寒かった2月21日の金曜日。13人の女性と1人の男性が東京都心に集まりました。目的は買い物でも観光でもなく、最高裁判所の担当官に署名を渡すこと。その数、1415筆に上り、以前に渡した分も合わせると4219筆に達しました。署名は、中国電力の男女差別賃金事件で、広島高等裁判所の判決を取り消すよう、最高裁に求めていました。

この裁判の控訴審では会社から2001~2011年の賃金データが提出されており、それを見れば同じ学歴の同期入社の社員を比較した場合でも、男女の賃金格差は明らかでした。それにも関わらず、平成25年7月広島高裁は原告の主張を全面的に退けます。男女で昇格や賃金に格差があると認めながら、これを男女差別ではないと判断したためです。原告は最高裁判所に上告しました。

一番の販売実績でも平社員のままだった

話は6年前に遡ります。中国電力に勤務する長迫忍さんは、勤続27年目の2008年、会社を訴えました。会社に対して職能等級と職位の確認と損害賠償を求めて、広島地方裁判所に提訴したのです。勤め先の会社を訴えたのには、それだけの理由があります。代理人の宮地光子弁護士によると、入社当初は、長迫さんの同期で同学歴の男性には集金業務や契約業務が割り当てられたにもかかわらず、長迫さん自身には、男性の補佐のような仕事や来客の接待などの諸務が割り当てられ、始業前には男性当直者の残飯整理や風呂掃除などの家事的な労働も分担させられていたそうです。また、2000年には営業開発の中心的な業務である電気温水器を担当し、主任を抜いて一番の集客・販売実績を上げたにもかかわらず、職能等級は主任2級で平社員のままだったそうです。

最高裁に上告しようとしていた長迫さんを支援したのが、シカゴ大学社会学部の山口一男教授です。山口教授はアメリカの一流大学でテニュア(終身在職権)を持つ数少ない日本人で、近年は経済産業研究所でダイバーシティやワークライフバランスに関する研究を行い、日本でも著書を出し、講演をしています。

統計分析を専門にする山口教授は、この裁判で原告の主張に科学的な根拠があることを立証するため、最高裁に意見書を提出しました。それは、男女の賃金上昇機会が平等である場合(=中国電力が性差別をしていない場合)に、企業内で観察された賃金順位の男女格差が実際に生じる確率を求める、というものです。

性差別の存在を科学的に統計で検証

結論から言えば「賃金上昇機会に男女の平等があれば、トップ54人がすべて男性になることは、1兆回に2回も起こらない」(山口教授)。要するに、性差別が行われていないとしたら、現状のような男女賃金格差は生まれなかった、と言えるのです。詳細な計算方法など山口教授の意見書の原文は、長迫さんを支援する働く女性の地位向上を目指すNGO「ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク(WWN)」のウェブサイトでご覧下さい。

統計的にも明らかな、差別の存在。それを地裁、高裁が認めなかったのはおかしい。そう考えて、私はこの裁判や長迫さんのメッセージを、30代の共働き世代向けウェブマガジン「日経DUAL」の記事にまとめました。

「勤続27年、彼女が男女賃金差別で会社を訴えた理由」

21日(金)、長迫さんとWWNのメンバーは、最高裁判所の担当官に署名と一緒に上記の記事を手渡し、内容を口頭でも伝えました。

これでは後輩女性がやる気を削がれてしまう

WWNの報告によれば、署名を手渡しながら、長迫さんは最高裁の担当官に次のように話したそうです。

「これだけ男女の格差がはっきりしていたら勝つと思っていたのですが、私は地裁でも高裁でも負けました。中国電力は、ライフラインを扱っているのに、女性は深夜勤務ができなかった。それでは困るのだと、労基法の旧女子保護規定の存在などをあげ男女差別を正当化しています。でも、入社試験ではそんなことは言われませんでした。努力すれば上がれると思ってきたんです。深夜勤務をさせないという、本来女性を保護するための規定を逆手に取って差別を正当化するのはおかしいと思います。そもそも、こんな風に裁判にうってでなくてはいけないことは、悲しいことです。こういう様子を見ていたら、後輩の女性たちは仕事を続けられない、無理だ、と思ってしまうのではないでしょうか」

不公平な人事慣行や職場で受けたいじめにも関わらず「仕事をしたい。一生懸命やりたい。営業をしてお客さんのところへ行きたい」という長迫さんの気持ちは変わらなかったそうです。最近、転勤をした際は、お客さんからお花が届けられたほどです。また、長迫さんに、同僚の女性がお礼を言いにきたこともありました。「私が昇進したのは、長迫さんが頑張ってくれたおかげです」と言って。

ジェンダー・ギャップ指数、先進国最下位の現実を打破するために

世界経済フォーラム(WEF)のジェンダー・ギャップ指数は、男女平等の度合いを指数化したものですが、日本は2013年に136カ国中、105位と順位を下げました。大変残念なことに、これは先進国で一番低い数字です。

参考記事:日本経済新聞 2013年10月25日

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2404H_U3A021C1000000/

このジェンダー・ギャップ指数を発表しているWEFが主催し、今年1月に開かれたダボス会議の年次会議で、安倍晋三首相は「新しい日本から、新しいビジョン」と題した冒頭演説を行います。そこで、次のように述べています。

いまだに活用されていない資源の最たるもの。それが女性の力ですから、日本は女性に、輝く機会を与える場でなくてはなりません。2020年までに、指導的地位にいる人の3割を、女性にします。

多くの女性が市場の主人公となるためには、多様な労働環境と、家事の補助、あるいはお年寄りの介護などの分野に外国人のサポートが必要です。

女性の労働参加率が、男性並みになったら、日本のGDPは16%伸びるという話です。ヒラリー・クリントンさんのお話です。私は大いに勇気づけられました。

出典:官邸ウェブサイト(2月22日アクセス)

長迫さんが言うように、後輩世代の女性が「頑張って働けば努力は報われる」と思えることは、女性の力を引き出す上で何より大事です。そして、働きたいと願い、しかも一生懸命に働きたいと希望し、仕事は楽しいと言いきる女性を公平に扱うこと。それは今、日本の社会と政治と、そして経済が、まさに求めていることであるはずです。

最高裁判所で署名と報道記事を手渡した長迫さんと、支援者のWWNメンバー
最高裁判所で署名と報道記事を手渡した長迫さんと、支援者のWWNメンバー
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

治部れんげの最近の記事