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ドワンゴへの行政指導について厚生労働省に質問を送ってみました

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

これは指導でなく「新人いじめ」だと思いました。ドワンゴの就職受験料について、厚生労働省が行政指導を行った、という報道を見た時の印象です。すでにご存知の方も多いと思いますが、こちらの記事をご参照ください。

ドワンゴ就職受験料、厚労省が中止求め行政指導

http://www.yomiuri.co.jp/net/news0/national/20140302-OYT1T00197.htm?from=ylist

twitterなどで多くの人が書いている通り、2525円という金額は、就職活動を阻害するほどの額ではないでしょう。

報道を受けて同社が掲載した「お知らせ」はこちらです。

「受験料制度に対する、厚労省から中止を求める行政指導」報道について

http://info.dwango.co.jp/recruit/graduate/info/index.html

こちらに記してあるように、受験料を徴収する対象を一都三県(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)在住者に限定することで、すでに交通費など就職活動コストがかさんでいる地方在住者への配慮はなされています。

新しい企業を叩くのはなぜ

労働市場には他にもたくさんの問題があるのに、あえて新興企業を叩く。厚労省の姿勢に疑問を感じましたが、まずは事実関係を押さえようと思い、同省のウェブサイトにある「国民の皆様の声」募集というコーナーから、質問を送ってみました。

質問文(全文)は次の通りです。氏名とメールアドレスを該当欄に記載したら、23時05分に受信確認メールがきたので、無事に届いたものと思われます。同じ接続詞を続けて使っているのは、私がかなり腹を立てながら書いていたためですが、原文のまま載せます。

ご担当者様

はじめまして、都内在住の会社員(30代女性)です。

このたび、ドワンゴ社の受験料制度への行政指導について、報道および同社ウェブサイトで知りました。

http://blog.nicovideo.jp/niconews/ni044834.html

<質問>

こちらに書かれていることは、事実でしょうか。

私は、同社に友人知人がいるわけではなく、同社サービスのユーザーでもなく、

もちろん株主でもなく、単に勢いのある新しい企業という認識を持っていただけです。

つまり、ステイクホルダーではありません。

(以下、報道内容と同社の主張が事実であるという前提で記しております。間違いでしたら大変失礼いたしました)

しかしながら、このような行政指導が本当に行われたとしたら、大変残念に思います。

新卒の採用というのは、確かに公共性の高い企業活動です。

それが公平に行われているかどうか、注意をもって眺めることは、厚生労働省の大事な職務であることはよく理解できます。

しかしながら、労働市場で起きている他の不公平な取り扱いに対する、厚生労働省の対応に比べて、今回のドワンゴ社に対する対応は、あまりにバランスを欠いているのではないでしょうか。

例えば男女雇用機会均等法に違反した企業や、育児介護休業法に書かれていることを適切に行っていない企業に対して適切な対応を取っていらっしゃるでしょうか。私の周りには、採用において、また出産前後に不当な扱いを受けて、悔しい思いをしてきた女性が数えきれないほどいますが、このような企業の名前をたとえば省のウェブサイト上で公開するような処置をしたことがあるでしょうか。

昨今問題になっているブラック企業についても同じことが言えると思います。

本当に保護すべき対象がどこにいるのか、今一度、よくお考えになっていただきたいと思います。

すでにインターネット上には関連の記事が出ていますが、批判ではなく事実を尋ねる形式にしたのは、まずは何があったのか知る必要があると思ったためです。回答が届いたら、あらためてお知らせしますが、現時点で私が持っている情報からは、厚労省の企業対応が著しくバランスを欠いているように見えます。

性差別企業やブラック企業の名を公表したら?

上記の質問文にも書きましたが、私の周りには採用時に「女だから採用できない」とか「君が男だったらね」などと言われた経験を持つ女性が少なからずいます。産休や育休を取ったり取ろうとしたことを理由に、不利益を被ったり、苛められたりした例は数えきれないほどあります。あまりに多いので「これが日本企業の現実だから仕方ない」と受け入れないと、仕事を続けていられないほどです。このような法律違反をしている企業の名前を、厚労省はひとつでも公開しているでしょうか。

ドワンゴで問題になったのは採用なので、若い方が困っている課題でいえば、いわゆるブラック企業問題はどうでしょう。こんな新しい言葉を使わなくても、異常な長時間労働を強いることは労働基準法違反です。過労で若くして亡くなった方々の遺族が裁判を起こすことがありますが、そのような形で問題になっている企業の名前を一覧にして公表する方が、一新興企業を指導するより、就職活動をする人にはずっとずっと有益です。

若い人、新しいものを叩いている場合ではない

小さな新しい企業が変わったことをしたから注意する――。厚労省はそんなことに行政権力を使うのではなく、大きな古い企業が当たり前のように慣行として続けている人権侵害にメスを入れたらどうでしょうか。

そうでなければ、新しいことをやろうとする若い人の勢いは削がれるばかりです。資源がない国。少子高齢化で減少する若年労働力。今、日本が置かれた状況を常識的な目で見たら、新しいものを生み出そうとする動きを奨励こそすれ、足を引っ張る余裕などないはず。

変わったことをする小さな企業に嫌がらせのような指導をしている場合ではないことは火を見るより明らかでしょう。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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