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「家事ハラ」、キーワード誤用した企業は原著者に謝罪。真の問題は?

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

7月27日(日)の深夜、このような記事を書きました。この記事は原著者への取材に基づく「続報」という位置づけです。

「妻からの家事ハラ」に女性たち+まともな男性が怒る理由。このままだと“逆マーケティング”に

まず、問題の要点をお伝えします。

書籍「家事労働ハラスメント」読者からは好評

昨年、元朝日新聞社編集委員で和光大学教授の竹信三恵子さんが書籍『家事労働ハラスメント』(岩波新書)を出版しました。本書は、主に女性に家事育児介護などの家庭責任が当たり前のように押し付けられ、それが「見えないこと」にされている問題を提起したものです。私は本書を読んだ知り合いから、肯定的な感想を多く聞きました。女性だけでなく男性も、家事育児を主体的に担っている人は本書を高く評価していたのが印象的です。

問題が起きたのは今月中旬のこと。旭化成ホームズ・共働き家族研究所が発表した調査で、妻が夫の家事にダメ出しすることを「妻の家事ハラ」を呼び、大々的に広告宣伝を行ったのです。この宣伝では「家事ハラスメント」という言葉を、その生みの親である竹信さんの意図と反対の意味で使っていました。

誤用を知ってすぐ抗議を準備

竹信さんが「家事ハラ」という言葉の「誤用」を知ったのは、同社がプレスリリースを出した7月中旬でした。「怒った友人がすぐに知らせてくれました」。家事労働が女性に偏っている問題を提起するために作った言葉が、誤用されたことに抗議するため、7月24日に旭化成ホームズを訪問し、抗議書を渡したそうです。

この時の話し合いで、竹信さんは「もとになる調査をまとめた研究所の方は、男性にも主体的に家事をシェアしてもらいたい、と考えていることが分かりました」。要するに、著書で記した方向性と研究所の担当者が報告書で伝えたかったことの間には齟齬がなかったということです。

話して理解した担当者の意図

担当者は謝罪し、30日には抗議文への回答を出しています。その内容は「ほぼこちらの要請を受け入れた形の回答」と竹信さんは評価します。

「もともと、家事を一手に担わされてきた女性が、その息苦しさを伝えるための言葉として考案した『家事ハラ』が、夫の家事への妻の苦情を封じる言葉に転化させられ、その定義がどんどん流布・定着しつつある被害から回復したとは言えません。でも、とりあえずできることをやってほしいと求めたことについて、かなりの誠意をもって対応していただいたことは高く評価したいと思います」(竹信さん)。

正面からの抗議で企業も誠意見せた

言葉の生みの親が正面から抗議したことにより、旭化成ホームズは問題の広告の掲載予定期間を4日繰り上げて終了しました。また、8月1日現在、同社ウェブサイトには家事ハラの'''本来の定義が掲載'''され、竹信さんの'''著書の表紙'''も掲載されています。

共働き夫婦の家事育児分担について、調査担当者が竹信さんと意見を同じくしていた、というなら、なぜ、このような問題が起きたのでしょう。考える前に見ていただきたいのが、こちらにある報告書全文です。

全86ページありますので、ざっくりでもかまいません。「いまどき30代夫の家事参加の実態と意識」と題された報告書。これだけ見せられたら「家事ハラ問題」のもとになった報告書とは、気づかない人の方が多いのではないでしょうか。

実は「まとも」な報告書本文

私も読んでみました。切り口も表現も非常にまっとうで、働く母親の視点で違和感を覚えることはありませんでした。むしろ「夫も家事をするのがいまどき」「家庭科の男女共修」「高校3年生の男子生徒の7割が、家庭科は将来生きていく上で重要と回答」「家事を頑張る夫、妻の思いはもっと!」「干す、たたむも夫の役目(洗濯に関する解説)」などなど、良い意味で時代の変化を感じる記述が並んでいます。子どもの急な病気の時に休む夫が当たり前になっている状況など、核家族共働き子育ての我が家でも「ある、ある!」な内容です。言葉選び、表現は今っぽく、かつ納得感のあるものでした。

この報告書がなぜ、あのような広告宣伝につながるのでしょうか。読み進めるうちに分かってきました。54~56ページには「もっと家事を手伝いたい」と思いつつ「妻のダメ出し」を受けてモチベーションが落ちる「チョイカジパパ」に関する解説がありました。報告書は夫の家事参加度合いによって「スゴカジパパ」「チョイカジパパ」「ノンカジパパ」と3段階に分類しています。

原文にない「妻の家事ハラ」、広告代理店がつけた?

この部分、つまり報告書全体の3%程度にすぎない記述を、全体の文脈を無視して取り出したのが「妻の家事ハラ」と名付けられた広告宣伝だったのです。ちなみに報告書本文には「家事ハラ」というフレーズは全く出てきません

「報告書は普通ですし、まともな内容ですから、問題はインパクトを狙ったマーケティングや広報、広告代理店にあったのかもしれません」と竹信さん。私もそう思いました。調査や報告書全体の趣旨を無視して面白おかしく肉付けした広告を作ったのは、一体誰なのでしょうか。

長時間労働やめないと「家事ハラ」もなくならない

今回の一件を受けて、竹信さんに、30~40代ビジネスマンに伝えたいことを聞いてみると、こんな答えが返ってきました。「夫婦の家事育児分担を考えるなら、やはり労働時間を根本的に見直す必要があります。男性の長時間労働を是正しなくてはイクメンは無理。男女協力して仕事も家事も育児もできるように、社会の仕組みを変えなくては家事ハラの構造はなくなりません」。

抗議を受けて、できる限りの譲歩をしたように思える旭化成ホームズの共働き家族研究所。でも「妻の家事ハラ白書」という表現は今もウェブサイトに大きく掲載されています。本筋の調査より、アイキャッチとして作られた「妻の家事ハラ」の方に依然として目が向くウェブデザインであることには、変わりがありません。

広告自体が当事者と報告書作成者へのハラスメント

家事分担の偏重に苦しさを感じる人に加え、時宜にかなった、きちんとした報告書を作った方の努力をぶち壊しにするような広告企画やウェブデザイン。こういうことを可能にする力学こそ「ハラスメント」と呼ぶのが、しっくりきます。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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