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ついに男性経営者も「育児のため」仕事を減らす時代。シリコンバレー3児の父CEOの「自主降格」

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

「ワーク・ライフ・バランス」は主に働く母親の話――。そんな常識は崩れつつあります。

最初の情報は8月5日に出た、あるプレスリリース。米ニューヨークとパロ・アルトに本社を置くテクノロジー企業、MongoDBが社長交代を発表しました。

トップ人事だけを取れば「よくある話」ですが、注目を集めたのはプレスリリースと同日に出た、CEOを「降りる」決心をしたMax Schireson 氏のブログエントリです。ここには、明確に10代の息子たちとの時間を取るために社長をやめて副社長になる、と書かれているからです。

子どもと過ごすため社長から副社長に「自主降格」

ブログエントリによれば、Schireson氏は急成長を続ける企業のトップという最高の仕事を心から楽しんでいたことが分かります。一方で、そのために払う犠牲が大きかったことも、率直に書かれています。「普通のCEOがこなす出張に加え、2~3週間ごとに、パロアルトとNYを行き来していた」と言います。年間30万マイルというのは、確かに「クレイジー」な忙しさです。

息子達と遊ぶ時間がなくなるだけでなく、愛犬が事故にあった時、また息子が手術をした時など、家族の一大事に一緒にいられなかった、とブログには記されています。

CEOは「クレイジーなフルタイム」

家族との時間を増やし「クレイジーなフルタイム」から「ノーマルなフルタイム」勤務にしたいという理由で、彼は社長の座を譲って副社長になることを決心したそうです。

日本と比べると男性の家事育児参加度合いが多いアメリカでも、男性経営者がこのような決断をするのは珍しいこと。翌6日、ワシントン・ポスト紙がこの件について”The greatest memo about work-life balance ever?” という記事を出しています。

アメリカでは1990年代に高学歴で高い地位に女性が育児を理由に仕事を辞める例が相次ぎ、彼女たちは自発的に仕事を辞めている(Opting Outしている)という議論が出てきました。その後、仕事と育児の両立が難しい実態に着目した社会学者が「高学歴女性たちは自発的に辞めているのではなく、職場からはじき出されて辞めざるを得ない(Pushed out)」という趣旨の研究を発表。Fortune500企業の役員に15%~16%も女性が占めるようになった今もなお、仕事と育児の両立の難しさは、話題になり続けています。

アメリカのメディアも性別役割分担意識強い

両立が「女性の問題」とみなされがちな社会のありようを、Schireson氏のブログは簡潔に、上手に描き出しています。例えば、女性の企業経営者に対して、メディアは必ず「仕事と家庭の両立」について尋ねるのに、自分のような男性経営者には両立に関する質問をせず、趣味について尋ねる…といった具合です。

Schireson氏の妻はスタンフォード大の教授。その妻は、仕事と家庭の両立について、よく尋ねられるのに、自分は尋ねられることがなかった、と振り返っています。この構造は日本でも当てはまります。背景にあるのは、女性はどれほど社会的に高い地位についていても家庭責任を負い、男性は本人がどれほど希望していても家庭役割は基本的にない、という社会の思い込みです。

つまりこの出来事は、Schireson氏の個人的な幸福追求に関わる物語であるだけでなく、「男性には家庭役割がない」という思い込み、依然としてどんな先進国にも存在するジェンダーギャップに対するアンチテーゼと解釈できます。

男性にも真の選択肢を

女性の社会進出と男性の家庭進出は、車の両輪のように同時に進みます。近い将来、日本でも、働き盛りの成長企業の男性経営者が「子どもとの時間確保」を理由に自ら降格を望み、実践し、広く社会に向けて情報発信することが当たり前になるかもしれません。本当に女性が輝く社会においては、男性にも真の意味で選択肢があるはずなのです。

  • 一部、和訳に誤りがありました。お詫びして訂正します(8月12日、22時)
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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