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3歳から8歳まで叔父から受けた性的虐待。札幌高裁は「魂の殺人」の主張を容れ被害者の請求、大半を認める

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

今日(9月25日)の午前中に札幌高等裁判所が出した判決が注目されています。

加害者に賠償命令 札幌高裁、幼少期の性的虐待で(日経新聞電子版)

被害者は幼少期に叔父から受けた性的虐待により、精神障害を発症しました。大人になってから請求した損害賠償は認められるのか。一審で釧路地方裁判所は、被害者の訴えを退けていました。

高裁判決では、加害者に対して治療費919万余円、慰謝料2000万円他の支払いを命じました。「治療費は請求額に対してほぼ満額、慰謝料は請求額より低いものの、被害者が死亡した場合の慰謝料に近い額を勝ち取ることができました。これは、性的虐待は『魂の殺人』である、という私たちの主張を裁判官が受け入れてくれたことの表れ、と認識しています」と被害者側弁護団の寺町東子(てらまち・とうこ)弁護士は言います。

以降では、訴訟準備書面(個人情報は墨塗りにしたもの)と判決骨子、判決要旨をもとに事件と判決について解説します。

結論からいえば、札幌高裁の判決は真っ当であり、市民感覚に照らして常識的である、と言えるでしょう。ごく幼少期に親族から受けた性的虐待に対して、子ども自身が法的に訴えるのは不可能だからです。

地裁判決が民法の形式的な解釈に留まっていた一方で、高裁判決は真に保護すべきもの、つまり被害者の人権を考慮し、損害賠償を請求できなくなる「除斥期間」の開始時期を、精神障害の発症時期と解釈しました。子どもの人権や性虐待被害者の救済という観点から、これは、画期的な判決と言えます。

被害はどのようなものだったか

被害者の女性は幼少期に性的虐待を受けたことで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、加害者男性に損害賠償を求めていました。女性は、まだ3歳だった1978年から8歳だった1983年にかけて、叔父から複数回にわたり性的虐待を受けています。

「被告(引用者注:加害者)は原告(引用者注:被害者の女性)が成長発達する段階に応じて、加害態様をエスカレートさせ、最終的には強姦をするに至っている」(原告代理人が札幌高裁に提出した「準備書面(1)」P19より)

小学生から死を願い、悪夢にうなされながら生きてきた

虐待行為のたび、加害者は被害者に対して「他の人には言ってはダメだよ」等と言い、口止めをしてきました。

その結果、被害者は

「親や祖父母などに知られたら何か大変なことになるんじゃないかとか、家族や親戚中がもめたり、ぐじゃぐじゃになったりして、すべてが崩壊してしまうんじゃないか、自分さえ言われるままに黙っていれば何事もなかったように進むんだろうか、自分さえ我慢すればいいということなんだろうかというふうに思いました」(同P21)。

そして成長するにつれ

「小学生のころから早く死にたい、消えたいと考え、にやにやして近づいてくる加害者である叔父の顔が急に近づいてくるような気がして、フラッシュバックを週に何度も起こし、悪夢にうなされながら生きてきた」(「準備書面(2)」P5)。

冒頭で引用した寺町弁護士が言うように、被害者は、幼少期に魂を殺されたまま、生きてきたのです。それによってPTSD、離人症障害及びうつ病など精神障害を発症した、として、加害者男性に治療費や慰謝料など約4175万円の賠償を求めていました。

ハードルは民法724条だった

一審(釧路地方裁判所)は、性的虐待の事実を認めながらも、被害発生から損害賠償請求まで20年以上経っているため、除斥期間が経過していると判断し、女性の訴えを退けていました。

除斥期間とは、民法724条後段に記載されており、権利行使を限定する目的で定められたものです。社会の安定や予測可能性を重視する発想がその背景にはあります。地裁判決は、この除斥期間を形式的に当てはめ、原告女性に損害賠償請求の権利はない、と判断していたのです。

被害の内容を知れば、地裁の判決は不当であることは明らかです。大人になった被害者は、実の父親に、悲しい体験を打ち明けようとしたことがありました。けれども、父親は耳を傾けてはくれませんでした。「聞きたくない」と拒絶されたのです。

子どもの権利と親族からの性的虐待

こうした事態を踏まえ、被害者の弁護団は、子どもに対する性的虐待については、「損害賠償請求権の除斥期間の起算点を成人時と解すべき」などと主張していました。

「性的虐待が親族間でなされた場合、その性質上、未成年者の法定代理人が、未成年者を代理して損害賠償請求権を行使しうることは困難である。権利行使によって、犯罪行為という身内の恥をさらす結果となり、親族関係を破壊する結果を招くからである」(「準備書面(1)」P38)

というのが理由です。

これを日常用語で言い換えるなら、子どもが親族から受けた性的虐待については、子ども本人が訴えることも、親が代わりに訴えることも難しい、ということです。だから、被害者が成長し大人になってから、権利を行使できるようにすべき、ということです。この主張は今回の高裁判決では認められませんでしたが、今後、被害者救済の政策や法改正を考える際、重要なポイントになるでしょう。

ちなみに

「被告は、原告から平成24年3月21日付被告本人尋問の証拠申出にも関わらず、これを拒否し、結局、原審及び当審を通じて、一度も法廷に出頭せず、謝罪を示す陳述書すら提出していない」(同P14)

という状況です。

今後、必要な施策とは

私の手元には、これまで引用してきた訴訟「準備書面」があります。読むだけでも怒りで手が震えてきます。また、自立したひとりの大人として、このようなことは決して決して許してはいけない、と思います。

今後、対策として何が必要か。新しい法律の枠組みや政策について、被害者の弁護団へのインタビューをもとに考えていきます。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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