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図書館と出版社の役割を改めて考える~『図書館に児童室ができた日:アン・キャロル・ムーアのものがたり』

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

図書館をめぐる議論が活発です。色んなことを、あらためて考えるきっかけになった絵本を1冊、ご紹介したいと思います。

『図書館に児童室ができた日:アン・キャロル・ムーアのものがたり』(徳間書店、ジャン・ピンボロー 文、デビー・アトウェル 絵、張替恵子 訳、2013年)

散歩がてら出かけた図書館のカウンター近くに置いてあった絵本で、150年前にアメリカで生まれた女性が、図書館を子どものために改革していく様子を伝えています。

図書館の改革者は子どもを歓迎した

当時、図書館は子ども立ち入り禁止だったり、児童書があっても鍵がかかっていたり、子どもは本を借りることができなかったそうです。女の子はお裁縫や刺繍をするもの、と思われていた中、お父さんと同じように弁護士になりたいと願い、女性が図書館員になれると知って、ニューヨークに専門の勉強をしに行った女性がいました。

本書は、図書館業界の改革者アン・キャロル・ムーアが、どんなふうにニューヨークの、そして全米の図書館を子どものために解放していったか、記しています。子どもが本を借りると返さないだろう、とか、図書館は静かに読書するところ(だから読み聞かせなんてありえない)、という当時の思い込みと、それをひとつずつ変えていったアンの試みに、大人も目を見張ります。アンは今の言葉でいえば、イノベーターです。

アンは「図書館のやくそく」をつくり、そこで、子ども達に本を大切に扱うこと、きまりを守ることを誓わせます。子どもは「やくそく」の書かれたノートに署名をします。

カラフルな色合いの絵と、アンが何をしたのか、たんたんと事実を記す文章から、彼女が心から本を愛していたこと、本が子どもの人生に与えるものの大きさを信じていたことが、伝わってきます。早くに亡くなったお父さんが、アンに本を読んでくれたことが影響しているのかな、とも思います。

この本を借りたのは自宅から近い中規模の図書館で、4階建ての2階部分を児童室にしています。そこには赤ちゃんから小学生、中学生までが楽しめる本が並び、木の椅子や机があり、本に登場する動物や生き物の人形があって、小さな子どもの関心を惹いています。めだかのいる水槽もあります。ごくふつうの住宅地の中にある図書館です。隣には公園があります。

4歳になる私の娘は、ここで好きな本を3冊選ぶと「自分で借りてくる」と言って、誇らしそうに、自分の図書カードと本を抱えて、貸出しカウンターへ歩いていきました。本を落とさないかな…と心配でついていくと、カウンターのすぐそばに並べてあったこの絵本が目に留まったのです。

日本全国のほとんどすべての町に図書館があり、そこに子ども向けのスペースがあると思います。数十年前につくられた名作、少ししか売れないかもしれないけれど、大事なテーマ。そういうことを優先して選ばれた本に、子ども達が、お金持ちでもそうでなくても、触れる機会があるのは、素晴らしいことです。本書の最後のページに、こう書いてありました。

「いまでは、アメリカじゅうの図書館に、子どものための本が何千冊もそろっています。(中略)それはみんな、(中略)じぶんのかんがえをしっかりもっていた女の子のおかげなのです」

図書館にあるたくさんの本は、子どもが自分の考えを持つことを助けます。

出版ビジネスと公共図書館それぞれの意義と役割

私自身は、新刊書店も図書館も両方好きです。大学を出て出版社で働くようになった時「これからは仕事で本と関われる!」とすごくうれしかったのを覚えています。仕事半分、趣味半分で新刊書店を色々見てきました。

最近は、小学生と幼稚園児の子どもと一緒によく図書館へ行きます。いろいろ考えると、児童書選びに関しては、新刊書店より図書館が勝っているな…と思うことがあります。

図書館は収益を考えずに「良い本」にスペースを割くことができます。それは、本や雑誌づくりのコストを回収し、利益をあげることが求められる出版ビジネスとは、似て非なる事業です。これは、どちらがいい悪い、ということではありません。出版社が主に新刊書店で売って採算をとることを考えながら本や雑誌を作らなければ、図書館に置く本も供給されないからです。

企業として短期的な収益を考えつつ、本を作る使命を持つ出版社と、公共事業体として地域の人々の長期的な幸福増大を考える図書館。出版社で働いていちばん楽しかったのは「何か面白いことをやろう」と言ってくれる上司のもとで働いていた時期でした。業界全体が不況に陥ると、そういう雰囲気を維持するのは難しくなりますが、それでもやはり、出版社で働く人の多くは、何か面白いもの、良きものを作りたい、と今も思っています。

図書館に勤務していたアンは、出版社に手紙を書いて、子どものために良い本を作ってくれるよう、頼んだそうです。手紙を受け取った編集者は何を考えたのだろうか。そして、図書館に当たり前に入ることができる子ども達は、何を変えていくんだろう、と考えます。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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