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性暴力を描いた映画『月光』、男性監督が作品に込めた思いとは

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
(C)2016「月光」製作委員会

映画の試写会で監督の挨拶を聞く機会はよくある。ただ、その監督から「気分が悪くなったら遠慮なく退室してください。精神科医が来ていますので何かあれば相談してください」という言葉を聞くのは初めてだった。

映画「月光」の主題は性暴力である。試写会における監督の配慮は重いテーマから目を逸らさない作品ゆえに必要なものだった。「それ」が起きる様を目にして衝撃を受ける人への配慮。また、作品を見た人が過去に自分が受けた被害を思い出して心身に不調をきたすかもしれない、という配慮が感じられた。

主人公はピアノ教室を営む若い女性。彼女は発表会の帰りに教え子の父親から性暴力を受ける。物語は「それ」がどのように起き、主人公がどう対処していくのかを描く。正確にいえば主人公が受けた被害に的確に対処できずに苦しむ様をリアルに見せてくれる。

こうした問題に詳しい寺町東子・弁護士は映画を見た感想を次のように述べる。

「映画を見て、私たち法律家が被害者の方々から遠くにいることが改めてよく分かりました。主人公は被害に遭った後、様々な行動を取りますがその中に弁護士や警察に相談する、ということはありません。

逆に言えば、私たち法律家のところに相談にいらっしゃる被害者の方々は、ものすごく大きなハードルを乗り越えてきて下さった、ということになります。そういう気持ちを大事にしなくてはいけない、とあらためて思いました」

性暴力の被害者を二重三重に苦しめるのは第三者からの次のような問いである。そこには被害者に落ち度があった、とみなす偏見がある。この映画は被害者を責める問いの無意味さを教えてくれる。

性暴力被害者に対するよくある問い1)「なぜ、断らなかったのか?」

断りにくい人間関係を加害者は巧みに利用する。その様子が映画では自然に描かれている。

性暴力被害者に対するよくある問い2)「なぜ、力ずくで抵抗しなかったのか?」

それ以上抵抗したら殺されるかもしれない、と恐怖を覚えるような状況、もしくは抵抗しても無駄だと思わせるような状況があることが、映画では自然に描かれている。

性暴力被害者に対するよくある問い3)「なぜ、すぐに警察に行かなかったのか?」

平成26年版「男女共同参画白書」によれば、強姦の認知件数は年間1410件(警察庁調べ)。女性警察官による被害者からの事情聴取などの努力はあるが、被害者の3.7%しか警察に相談していない。被害者の67.9%が「どこ(だれ)にも相談しなかった」というのが実態である。

映画を撮った小澤雅人監督は、前作『風切羽~かざきりば~』では児童虐待を扱っている。今回の主題を選んだ理由などを聞いた。

映画「月光」について語る小澤雅人監督。 photo by 渡邉博江
映画「月光」について語る小澤雅人監督。 photo by 渡邉博江

――なぜ、性暴力を映画の主題にしたのですか?

「前作『風切羽~かざきりば~』の製作で児童養護施設を取材しました。その際、子ども達の多くが性的虐待を受けていた事実を知りショックを受けました。セイギャク”という言葉が普通に出てくる。そういう問題があることは知っていましたが、こんなに多いなんて…と驚きました。次の映画では子どもの性的虐待と大人の女性に対する性暴力がテーマになると思いました」

――フィクションですが、かなりリアルだと思います。取材はどのようにされたのでしょうか。

性暴力被害者の手記はすべて読んだと言っていいと思います。加えて、ある被害者の方に日記を見せていただきました。被害直後からの心境を克明に綴っていました。」

――男性の監督がこのテーマに取り組んで下さったことに希望を感じます。性暴力被害者の支援に携わるのは女性が多く「男性に理解してもらうのが難しい」という声が多いので。

性暴力に関する男性の理解を深めたい、ということがこの作品を製作したモチベーションのひとつです。AVなどで描かれるレイプと実際のそれは大きく違います。『女性は嫌がっていても、実際は喜んでいるのではないか』といった男性側の誤った思い込みに、この作品を見て気づいてもらえたら、と思います。

試写会を何度か開催し、手応えも感じています。男性の俳優さんが多く見に来て下さった試写会では気分が悪くなってしまった方もいました。レイプというものがどれほど被害者の心身を傷つけるのか、この作品で気づいていただけたのではないか、と思っています」

私が抱いた感想は、小中学校の先生や警察官向けの研修で見て欲しい、ということだった。作品には父親から性的虐待を受ける少女が登場する。一見、親密にうつる父娘の日常生活のどこに「それ」が入り込んでいるのか。「それ」が彼女の日常生活をどのように破壊するのか。壊れた日常を生きる少女は学校や街で不可解な行動を繰り返す。こういう少女に、もしかしたら私たちも日々会っているかもしれない。

本来なら被害者として保護されるべき子どもの逸脱行動がどんな形で現れるのか。本作品は描く。教育関係者が本作品を見ることで、不登校、非行という形で大人の目の前に現れる出来事を子どもの被害という視点から捉え直すことができるかもしれない。

前出の寺町東子弁護士は言う。「映画で描かれる少女の行方が気になります。彼女の保護は間に合うのか。彼女が家出をしてさらなる被害に遭わないで欲しい…と願います」。

映画は6月11日(土)に東京・新宿K’s cinemaを皮切りに全国順次公開予定。詳しくは公式サイト gekko-movie.com

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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