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保育園入園が決まったら読みたい本『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
子どもとの「ほどよい距離」を知ることで、仕事と育児を長期的な視点で見られます。(写真:アフロ)

多くの自治体で、保育園の入園審査結果が出ています。今年も保育園不足が続く中、「入れました!」という嬉しい報告も聞きます。

働く親にとって、保育園に入れるかどうかは大きな問題です。ただ、入れたからといって、全てOKというわけではありません。仕事と育児の両立はできるのか? といった不安に加え、今まで1日中、一緒に過ごしてきた赤ちゃんや子どもと離れて過ごすことに寂しさを感じることもあるでしょう。

実を言うと、私は数年前、保育園入園審査を待つ間、複雑な気持ちでいました。この赤ちゃんともう少し一緒にいたいなあ…でも今、保育園に預けないと年度途中は入れないから、仕事には戻れない。もし、審査に落ちたら困るけれど、一緒にいる理由はできる。本当は、どっちがいいんだろう、と。

預けて働くことに不安と寂しさを感じている人に

こんな風に「仕事はしたい(だから保育園がないと困る)」でも「子どもと長く離れるのは寂しい(もう少し一緒にいたい)」だけど「この4月に復帰しないとタイミングを失う」…とぐるぐる考えている方に、読んでいただきたい本があります。

『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』(柘植書房新社)。ふつうの育児書と違うのは、対象を「働くママ」と限定しているところです。また、書店に並ぶ他の育児書と異なり「母親の努力投入」と「子どもが発揮する能力」を関連づけてはいません。親が「何をするか」ではなく「何をしないように努力するか」というところに焦点を当てているのが面白く、また、働く親にとって役立つと思います。

監修者を含めた12名の筆者は、医学、社会学、心理学など様々な分野の専門家です。それぞれの持つ知見を、分かりやすく、そして働く親の不安を取り除く優しい表現で記しています。

『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』(柘植書房新社)
『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』(柘植書房新社)

タイトルに「ママ」と書いてあるのは、今の日本で、子どもの育児にかかわるのが、主に母親だからでしょう。各種統計を見れば、共働きでも育児時間は圧倒的に母親の方が長いことが分かります。ただ、本書の中身を見ると父親向けの記述も多いので、お父さんにも有益です。

例えば、甲南大学教授で家族社会学が専門の中里英樹さんは「さまざまな立場のワーク・ライフ・バランス向上戦略」として「専業主婦のワーク・ライフ・バランス」「再就職のステップ」や「資源としての夫の活用方法」について書いています(P196~P226)。専門家としての知見を、夫の視点で、今日からできそうなヒントを散りばめながら記しているので、納得感と安心感を覚えます。夫は妻への声掛けなどについて、妻は夫にもう少し育児をやってもらうためのアプローチについて、具体的なヒントを得られるでしょう。

「正しい育児」に振り回されないために

また、プロローグには、甲南大学文学部教授で臨床心理学が専門の高石恭子さんは、1990年代前半と後半で、「正しい」とされる乳児の寝かせ方が変わったことを例に、次のように記しています(P14~P15)。

このような母親の頑張りを支えているのは「科学的に正しい育児」というものです。しかし、科学が絶対ではないことは、少し考えてみれば明らかでしょう。

(中略)

科学的な真実とは、新たな実証結果がひとつでも出れば、たった数年でいつでも覆る程度のものなのです。いま、これがベストとされている方法であっても、「来年にはワーストになっているかもしれない」と相対化できる心のゆとりをもち続けることが、育児にも必要だろうと思います。

出典:『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』

ここでは、うつぶせ寝と乳児の突然死の関連が指摘される前後で「正しい育児」のやり方が正反対のものになった、という事例が挙げられています。育児情報があふれる中「科学的に正しい」とされる論に振り回されて無理をしすぎないことは重要です。本書で提示される、子どもとの「ほどよい距離」という考え方は、完璧を求めて心理的に追い詰められがちな、まじめな親に必要な視点と言えるでしょう。

本書の特徴は「ほどよい距離」という、タイトルにもあるコンセプトに表れています。これは、イギリスの小児科医・ウィニコットが、子どもの健やかな成長にとって必要なのが「ほどよい母親(good-enough mother)」である、と主張したところからきているそうです(P18)。子どもの要求を何でも満たしてあげる「完璧な母親」像が、しばしば、多くの母親に無理を強いているのと対照的です。「ほどよい距離」を保つことは正解を求めて、すぐにネット検索してしまいがちな私にとっても、新鮮な発想でした。

今、直面している育児の悩みと楽しさを知る

本書のもう一つのすぐれた点は、1冊で長期的な視点を得られることです。本書の前半部分は育児の悩みや課題を子どもの年代別に記しています。妊娠期から始まり、乳児、幼児、学童、思春期、青年期について、専門家自身の育児経験や分析が書かれているのが特徴です。通読することで「今の悩み」は数年後には消え「新たな悩み」が出てくることが分かります。そのように長期的な視点を持つと「今の悩み」の中に「今だからこその楽しさ」も入っていることに気づきます。

私の場合、子ども達は幼児期と学童期に入っており、乳児期の大変さが夢のようです。電車の中で赤ちゃんを見かけると、嬉しくなってつい話しかけてしまいますが、自分の子どもが同じくらいの時は、ひたすら大変と思っていました。自分と子どもの置かれた状況を相対化するのが難しかった数年前に、この本を読みたかったです。

そして、本書に書かれている思春期と青春期の記述は、少し大きいお子さんを育てている友人たちの話と重なる部分もあって、とても興味深いです。今は「ママ、ママ」と言っているけれど、こういう風に反発してくる。ある年齢になると、親の考えを押し付けることは、もはやできないから「見守る」しかないんだな、と。親の役割は、子どもがいつか、親がいなくても生きていけるようにすることなのだ、今、思い切り可愛がるのは、そういう日のための準備なのだなあ、ということを、少しの寂しさと共に学びました。

長期的な視点を獲得できると、目の前にある悩みや課題を相対化して考えられるようになります。特に、働きながら小さな子どもを育てていると、日常的に、細かなところで「何を優先するのか」選択を迫られることが多くなります。例えば、女性活用ジャーナリスト/研究者の中野円佳さんの記述(P29~P30)は、私も覚えがあります。

その仕事が「毎日の子どもとの時間を犠牲にするほど重要か」「絶対に自分しかできないことか」を、以前よりも厳しくみるようになる。

出典:『働くママと子どもの<ほどよい距離>のとり方』(柘植書房新社)

自分が選んだものと選んでいないものを自覚する

私も、まさにこのように考えるようになり、夕方以降は基本的には仕事を入れなくなり、飲み会に参加する頻度が極端に減りました。同じような経験を、働く親はしているでしょう。日々の仕事と育児に追われていると、自分が何を選び、何を選んでいないのか、じっくり考える機会は少ないです。本書は、育児にまつわる日常的な話題に加え、分析的な視点が入っているため、読み進めることで、自然と自分を見つめなおすこともできるでしょう。

保育園が決まって、様々な不安を感じている方。入園準備などで忙しくしている方。ぜひ、今のうちに、本書を読み、これからの子育てと仕事について心の準備を、できれば夫婦一緒にすることをお勧めしたいと思います。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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